三十八話 城なしにて引きこもった
朝の体操にするには、ツバーシャとのやり取りは激しすぎる運動量。少し疲れてしまったが、腹は減った。なので、ラビやシノと朝食をとった。
ツバーシャも、お腹を減らしているかな? 食う量が俺の三倍はあるしきっとそうだ。
そう考えた俺はツバーシャに食事を持っていく事にした。
ツバーシャが引きこもったのは、墜落したときに空いた穴。垂直に空いたこの穴は、正しき縦穴式住居と言えよう。
いや、ご先祖さまに失礼か。怒られるわ。
そんな穴の入り口には格子が掛かり、牢や檻の様になっている。ツバーシャにはさしもの城なしも思うところがあったらしい。閉じ込めてしまったのだ。
たが、ツバーシャなら、石の格子なんてすぐに壊せるだろう。城なしは本気でツバーシャを閉じこめる気は無いようだ。
それにツバーシャが飛竜に戻っても、穴に詰まってひどい姿にならないよう、こっそり穴を広げている。
まあ、それはそれとして食事を出そう。すぐ食べてくれるか分からないから、ごはんはバナナ。贅沢にも20本バナナのついた房だ。
あっ、でも食べ方分かるかな? いや、バカにしすぎか。と言うか、房ごと食ってもツバーシャなら平気な気がする。
「ほら、ツバーシャ。朝ごはんだよ」
「もうやだもうやだもうやだもうやだ……」
ツバーシャは、穴の底。それも隅っこに膝を抱えて座り、震えながら「もうやだ」と絶え間なく繰り返すばかりだ。
うーん。これは重症だ。どうにかしてあげたい。しかし、元ニートな俺が引きこもりをどうにかする立場に回るとは、因果なものだ。
どちらかと言うと快適な引きこもり生活の提案の方が得意なんだが。
「ずっとこの調子なのです」
「今はそっとしておいてあげよう。バナナも入り口に置いて置こうか」
「このままの方が良いのではないかのう。主さまに害をなし、ここを荒らして、あまつさえ、墜落の危機に追い込んだ。にも関わらずそんな相手の心配をする方が可笑しいのじゃ」
シノはご立腹だ。言わんとすることも尤もだ。それでも俺はツバーシャとも仲良くしたいし、ラビやシノとも仲良くなってほしい。
戦意は確実に無くなっているから、もう悪さはしないと思う。
「パタパタはどう思う? 城なしの守護者としてはツバーシャをここに置くのに反対か?」
「ボク、この子怖い。でも、これじゃあ可哀想だ。なんとかしてあげたい。それに、城なしに仲間が増えるのは歓迎かな」
「そうか」
そうなるとシノの気持ちだけが問題だ。シノが理解して受け入れてくれるかは難しい。が、なあに、すぐに仲良くとか無理を言う訳じゃないから大丈夫だろう。
じっくり行くのだ。
三人が仲良くするところを想像すると堪らなくなる。最高じゃあないか。でも、たまにケンカしたりしてね。
ふふっ……。
「ご主人さまも何処かにいっちゃってるのです」
「ああ。すまんラビ。幸せのイメージを組み立てていたんだ」
「はー。幸せなのです?」
口に出すとくすぐったいな。そう言えば、かつて幸せを探す旅に出たことなんかもあったっけなあ。結局答えは見つからず、ある日なんのけなしにぼーっとしてたら一つ答えを見つけたりしたけども。
よし、一段落したかな。次は、汗と汚れまみれのこの体を綺麗にしたいところだ。
えーと。骨が折れているときは温めると不味いんだったか? 冷やすと不味いんだったか? 異世界ってのはこの辺が不便だなあ。
確実に記憶してないと知識が役に立たん。
拭くだけにしておこう。
「川で体を拭きたいから少し一人にしてくれないか」
「それならラビが体を綺麗にしてあげるのです!」
「えっ、いや、恥ずかしいからいいよ」
あまりにも汚れてしまったからなあ。まじまじと見られたくない。翼をツバーシャに剣でザリッてやられたから少しハゲてるし。
「さあ、ご主人ぱんつを脱ぐのです!」
「って、聞いてないし」
「ラビはお世話したいのじゃろう。わぁは服を洗濯するとしよう。さあ、ぱんつを脱ぐのじゃ」
ええっ。君たち恥ずかしがる俺で遊んでませんかね? まあいいか。ん? 恥ずかしいか……。 なら隠せば気持ちも楽になるかな。
「ご主人さままた何か考えているのです?」
「ああ、うん。ツバーシャの事をね」
「むぅ」
おっと。ふくれてしまった。俺の為に何かしてくれようと言うのに他の子の事考えてるとか酷いわな。
「すまん。悪かった」
「ふんっ」
「あ、それっぽくフンフン習得してるし。ほらあ、そんなにふくれてしまうとつついちゃうぞ」
「ぶふぅっ。ご主人さま! もうつついてる。つついてるのです!」
「いやあ、可愛事をしているもんだからつい」
「ラビは誤魔化されないのです!」
「平和じゃのう」
それでも、逃がしてはくれないようで、結局体を綺麗にしてもらうことになったわけだが。
「煤がぜんぜん落ちないのです!」
「いっぱい燃やされたからなあ」
「見てくれは真っ黒になっているのに全然火傷はしていないのじゃな」
あれ? 言われてみればその通りだ。赤くなったり、水ぶくれしたり何てのもなければヒリヒリしたり痛かったりしたりもしないな。
「空を飛べると熱にも強いんじゃあないか?」
「やっぱりご主人さまは凄いのです」
「そ、そうかのう? ちっとも納得いかないのじゃが。いや、しかし、主さまじゃからな……」
結局魔法を使っても、高熱の中を通り抜けたのには変わらない。なら髪の毛はチリチリになりそうなのにそれもない。
かつて、俺が子供だった頃、焚き火の上を飛ぶなどという、頭の悪すぎる遊びをしたことがある。火の上ってやつは、かなり上の方まで熱があるもんで一瞬で髪がチリチリになった。
チリチリになる瞬間の音は今でも明確に耳に残っている。ズボンも焦げるし。おかげで学校に行くのが憂鬱になったりもした。
「ご主人さまごめんなさい。あんまり綺麗にならないのです」
「別にいいさ。その内元に戻るだろう。努力してくれただけで十分だ」
さて、気持ちよくなったし、忘れない内にツバーシャの為に一仕事してあげよう。
「シノ。作りたいものがあるから針を貸してくれないか? 糸も譲ってくれると嬉しい」
「針? 糸? 裁縫でもするのかのう? じゃが、あいにく持ち合わせていないのじゃ」
「いや、あるじゃないか。ほら、釣りをしていただろう?」
釣り針も釣糸も、針と糸には変わらない。それならやって、やれないことは無いだろう。ちょっと、使いにくそうだが知らん。
「確かにそれならあるが、相変わらず主さまは面白い発想をするのう。ほい、針も糸も好きにして構わないのじゃ」
「ありがとうシノ」
まあ、問題は裁縫得意じゃないってところにあるんだが、しっかり縫えていればいいだろう。
布を二つに折って縫うだけだしな。
「痛てっ……。むむむ。痛ててっ……」
「ご主人さまの指にどんどん穴が空いていくのです」
「いや、そんな簡単に俺の指に穴が空くわけないんだがな……」
何で出来てるのこの釣り針。どんだけ凄まじい獲物を想定してるんだか。しかし、お魚さんの気持ちがよくわかる。
「よしできた」
「袋? 綿でも詰めて枕にするのかのう?」
「おお。綿があればそれもいいな。でもこれはツバーシャに被ってもらうんだ。ほら、この穴から外が見えるようになっているだろう?」
顔さえ隠せばお外に出られるだろう。俺もマスクすればお外に出られたしな。
「ツバーシャがそれを被るとは思えないのじゃが……」
「被る。絶対に被る!」
「凄い自信じゃのう」
そりゃ、俺も引きこもりをしていたからな。だが、今はその時じゃあない。もう少し落ち着いてから試してみよう。
事をなしたところで、取り合えずほっと一息。俺は縁側に横になる。が、今回はラビたちがいるのでそちらを向く。
なんだか、ここが俺の定位置になりつつある。
この場所が好きだ。ここに横になるのが好きだ。でもここは窓際を越えて窓の外だ。なんだか、いてはいけない場所の気もする。
縁側で横になるのは無作法なんだろうか。
まあいいや。シノはなんも言ってこないし、ここをお気に入りの場所にしよう。
ここは落ち着くのだ。
ふと、シノをみやれば、黙々と椀に細工をしているのが目に入る。
シノの奴……。何だかんだと言っていたのに、ツバーシャ用のお椀に飛竜を掘ってるのか……。
何か声を掛けようと考えるも邪魔になりそうなのでやめた。
そっと、ラビに視線を移す。
ラビは、畳にうつ伏せて、また足をパタパタ降っている。丸っこい尻尾がその度に動くのがなんだか気になってついずっと眺めてしまった。
「ご、ご主人さま。ラビのお尻をじっと見られると恥ずかしいのです……」
「あ、いや、違う! 違うんだ! ラビの尻尾を見ていたんだ。ご主人さまは、いやらしい目でラビをみていた訳じゃあ無いんだ」
「尻尾の方が……。もっといやらしいのです……」
バカな。尻尾の方がいやらしかったのか!
「す、すまん。知らなかったんだ。でも、いやらしい目で見ていた訳じゃあない。と言うか、そう思うなら、服の中にしまえば良いじゃないか」
「服にしまうと、ごわごわして嫌のです。見た目も尻尾の部分が盛り上がって変なのです」
「まあ、それは……。そうか」
だが、尻尾が生えているとついつい、それに目が言ってしまう。いかん、このままでは、ラビのご主人さまはいつも尻尾を見ているいやらしいご主人さまになってしまう。
そんなのはダメだ。しかし、いったいどうすりゃいいんだ。
降って沸いた危機に頭を悩ませていると、ふとあるものが目に入った。
「そうだよ。恥ずかしいなら隠せばいいんだ!」
ツバーシャの為に作った袋である。
「ご、ご主人さま?」
俺は布を取り出すと、シノに再び釣り針と釣り糸を借り、袋を作り始めた。
そう、尻尾も袋で隠してしまえばいい。尻尾を隠せば恥ずかしくなどない筈だ。
折った布を左手に被せて、ラビの尻尾の様にまあるくなる様に当たりをつけ、縫い合わせる。
更に、紐で引っ張り、きゅっと閉められるように、細く切った布を袋の縁を折り返したところに置き縫い合わせた。
ちょうど巾着の様なモノだ。
「ラビ、これをはくんだ。そうすれば、もう恥ずかしくなどない筈だ!」
「た、たしかにそうなのです!」
「そうだろう、そうだろう」
俺はこの袋に『しっぽ袋』と名付けた。
ラビのご主人様は、奴隷に綺麗な服を着させてあげなければいけない。しかし、綺麗な服を作る技術なんてない。
だが、こうやって、しっぽ袋を作っていれば、いずれ綺麗な服を作れる様になるはずだ。
「ご主人さま。変じゃないのです?」
「ああ、良く似合っているよ。そうだ。シノにも作ってあげよう」
「わ、わぁは、いい。要らないのじゃ。尻尾は、狙いを定めたりするのに使う。たがら、袋を被せてはならん」
ふむ。そう言えば、猫は尻尾でバランスを取っているなんて話を聞いたことがある。シノは人の姿の時は基本尻尾が出てないし、それなら必要ないか。
「そうか。パタパタとツバーシャは尻尾がデカ過ぎて収まらんだろうしラビだけか」
「ラビだけなのです!? なんだか特別な気がしてきたのです!」
「そうかそうか」
気に入ってくれて良かった。でも目指すは綺麗なお洋服。先はながい。
いや……。ラビはぱんつをまだ履いてないので、まずは、ぱんつを目標にしようと思う。




