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三十七話 落ちた飛竜は尻で息をし

 ツバーシャは、白い大翼を拡げ、金色の瞳。その瞳孔を縦に細め、俺の瞳を貫かんと、眼光を輝かせる。


「やるしか、ないのか……」


 そうは言っても、なす術もない。俺に出来る事なんて精々逃げまどうぐらいだ。


「お前はそれで良いのか?」


「フン!」


 ツバーシャは語らない。代わりに鼻息ひとつ着くと、翼で宙を叩き空へと発った。


 上へ上へと登り行き、俺のはるか頭上でぐるぐると舞うと喉を震わせる。


「ルググ……。ルガアアアア!」 


「そうかい。ここまで来いってか。空の支配だもんな。空で決着を着けると……」


 それだけに本気って事なんだろう。


 しかし、困った。俺は空を飛べるかすら怪しい。


「主さま。どうするのかのう? その翼では……」


「それなんだよ。でも、一応俺の翼ならしっかり固定すれば飛べるはずだから、ガッチリ固定しておくれ」


「さつま芋の仇をとって欲しいのです!」


 いや、さつま芋を吹き飛ばされたのは悲しいかもしれないが、殺し合うとかいってるツバーシャ相手にそんな理由でいいんかい?


 いや……。そんな理由で良いのかも知れないな。


「それじゃあシノ。俺の翼を固定しておくれ」


「嫌じゃ……」


「えっ?」


 まさかの拒絶の言葉。


 シノは俯き顔を上げない。


「わぁは主さまを、そんな半端な状態で送り出したくはない」


「いや、しかし、ここはやらなきゃならんだろう」


「駄目じゃ。主さまの翼を固定し送り出す。それ即ち、全ての責任はわぁにあると言うこと。わぁは、雑な仕事に責任はもてぬ!」


 そうか……。俺が怪我をすればシノのせい。俺が死ねばシノせいか……。


「シノの言いたい事はわかる。なぜ、拒絶するのかもわかった。それなら、俺はどうすれば……」


 その時。


 いつだかの様に、城なしが揺れた。


 ゴゴゴゴゴ……。


「なっ、なんだ!? うわっ!」


 あまりに激しく、揺れるものだから、その場に尻を着き、動けなくなってしまった。


 これはいったい──。


「ご主人さま! 後ろなのです!」


「えっ? 後ろ?」


 ラビの叫びに振り返り、後ろを見れば、なんと城なしの地面が盛り上がり、獣の様に口を開けているではないか。


 岩の塊であるにも関わらず、まるで生きているかの様に迫るそれは、俺に考える暇も与えず、なお距離を詰める。


「ご主人さま!?」


 そしてラビの轢き潰した様な声が届く頃には──。


 バクンっ!


 俺はそれに呑み込まれていた──。



 ここは狭く、暗く、冷たい。そして、音も聞こえない。


 岩の塊に呑まれたんだ。そりゃ、そうだ。こんな事が出来るのは城なしだよなあ。しかし、俺を石と間違えたなんて事は、窒息しないところから察するに無さそうだ。


 じゃあ、なんで城なしは俺を食ったんだろう。


 そんな疑問を浮かべていると、背。いや、翼に舐めれているような感触を覚えた。


 ヌルっ……。ヌルっ……。


 冷たい。ぞわぞわする。くすぐったい。


 翼全体を満遍なく正体不明。いや、岩の舌とでも言うべきそれになめ回され、翼がよだれまみれになったような感覚。


 落ち着かん!


 めきっ。


「っ……!?」


 それは俺の骨を軋ませ、そして固まった。次にはぬるんと全てが滑り落ちるような解放感がやって来る。


「ご主人さま!」


「ん……。ラビ?」


 目を開けば、ほっとしたようなラビの顔。どうやら俺は岩の中から出た様だ。


「主さまは無事だったのじゃな」


「ああ。いったい何だったんだろうな」


「城なしはね、ツバサに翼をくれたみたいだよ?」


 俺に翼を? 自前の翼が既にあるんだが……。


 と、そこでその自前の翼に違和感を覚える。振り返り、翼を見れば、両の翼が灰色に。


「なんじゃこりゃ!? なんか、俺の翼がしてちゃいけない色してる! もげるの!? とれるの!?」


「ご主人さま。落ち着くのです。石の翼なのです!」

「石の翼……」


 石の翼ってなんだ? ん……。あれ? 折れた翼が動くぞ?


「城なしが、動くようにしてくれたのか?」


「そのようじゃのう。で、主さまはどうするのかのう?」


「どうするって?」


 俺が聞き返すと、シノは呆れたと言わんばかりに「はぁ」と小さくため息をつき、天に向かって人差し指を伸ばした。


「あっ……」


 そこには、所在なさげにぐるぐると回るツバーシャが。


 いかんいかん。ツバーシャの事を綺麗さっぱり忘れていた。俺が城なしに食われたのを見てたのか、戸惑っている感じだ。


「行かなくちゃな」


「まあ、その翼なら空を飛んでも大丈夫そうじゃな」


「ああ。これなら……。いや、この翼重いわ。ちょっと浮かび上がるのは無理そうだ」


 城なしなら軽量化も出来そうだが、翼を支えなければいけないから、重くなってしまったんだな。


「飛べなくは無いのじゃな?」


「ああ。風に乗ればいけると思う。だが、城なしから飛び降りても、高度を上げるのに時間が掛かりそうだ」


「ふむ……。ところで主さま。ひとつ約束して欲しいのじゃが良いかのう?」


 ん? 突然改まってどうしたんだろう。


「約束の内容次第かな。守れない約束はしたくない」

「なあに難しい事じゃあないのじゃ。忘れても構わん。じゃがたまに思い出して欲しいのじゃ」


 シノはそこで、一息つくと俺の瞳をまっすぐ見つめ、優しげな声色で言った。


「主さまは、ひとりじゃないと言うことを」


 ひとりじゃない。それはわかっているが……。いや、わかっていないのかも知れないな。シノに責任を被せる様な真似もしてしまったし。


「わかった。忘れ無いように善処はする。だが、ふとした瞬間忘れそうだ」


「忘れたらまた思い出せば良いのです!」


「自信ないなあ。結構難しくないかこれ」


「まあ、良いかのう。その時はわぁが思い出させるのじゃ!」


 そうしてくれると助かる。


 なにやら、そうやって場が和んだところでシノが大凧を取り出した。


「ほれ、浮かび上がれば飛べるのじゃろう?」


「ああ。これがあったか。しかし、どうやって凧をあげるんだ?」


「そこは、ほれ」


 言ってシノはパタパタに視線を送る。


 そうか! パタパタに引かせて、凧上げするのか。

「んー? なんでみんなボクを見てるの?」


 でも、本人はわかって無さそうだ。


 これで、空を飛ぶ為の目処はたった。すぐにでも飛びたいところだが、ラビが何やら膨れている。


「ラビ、どうしたんだ?」


「城なしは翼。おシノちゃんは大凧。パタパタは凧を引っ張る。ラビだけご主人さまに何もしてあげられないのです……」


「あー……」


 そう来たか。ラビだけ仲間外れな感じがしてしまったんだな。俺だってラビの立場なら、なんだかひとりいたたまれなくなるわ。


 しかし、俺の為か……。


「ご主人さま……?」


「ああ、すまん。ラビからも、とっておきのヤツをもらって行こうと思ってさ?」


「とっておきなのです?」


 首をかしげて、聞き返すラビ。


 俺は黙って、そんなラビに近づき、そっと抱き締めた。


「ラビからは勇気をもらって行くよ」


「勇気……?」


「そう、勇気だ。これがないと、何にも出来なくなってしまうけど、あればなんでも出来るんだ」


 でも、たまに無謀と履き違えられるらしい。


「な、なんだか、ラビもご主人さまに凄いことをしてあげられた気がするのです」


「そうだろう、そうだろう」


 でも、あながち間違っていなかったりする。


 ラビがいるから、困難や無茶を打ち破ってこれたのは事実だ。


「これで準備万端。だいぶツバーシャを待たせているし、そろそろ、遊びに付き合いに行きますか!」


「はぁ、主さまは、本気で戦うつもりがなさそうで心配なのじゃ。あやつは本気で殺し合いをするつもりなのじゃぞ?」


 殺し合い……。か……。


「そう言うなシノ。人は生きるためにる。なら、人の本気も生きるために在るべきだ」


「なぜじゃ、なぜ、そうまで考えて遊びなどと言うのじゃ? 主さまはもっと……」


「まあまて、話は終わっていない」


 俺は主張を曲げる気はない。だから、続けさせてもらう。


「いいかい? 殺し合いは生きる事とは反するものだろう? 生きる事には本気で在らねばならないのに、殺し合いを本気と言うのは間違っていると俺は思う」


「それは……」


「良いんだよ。だから遊びで良い。殺し合いなんて言葉の響きに酔いしれ、命を冒涜しようと言うのなら」


 そんなのは許せない。


 だから、俺は──。


「俺は殺し合いと言う言葉を殺してやる!」


 さあ、ツバーシャの遊びに付き合いに行こうか。


 そして、俺は服を脱ぎ捨てぱんつを水に濡らして大凧に張り付いた。


「行くぞパタパタ! 全力で駆けてくれ!」


「うん! 任されたよ!」


 パタパタの引く凧は、みるみる空を泳ぎ、俺は空の世界へ。


 ラビが小指の先ぐらいの大きさに見える。高さはこんなものか。そろそろ、凧とお別れしよう。


 そっと、凧から生えた取っ手を放し、石翼を風に乗せる。


 いけるか? んー……。いけるな。ちょいと重いがさすが石造。安定性はある。おっ? 重い分、加速はつけやすいな。


 だが、機動性には欠けるか。旋回が絶望的に遅い。


 まあ、どのみち長期戦は不利だ。ツバーシャの方がどう見てもタフだしな。旋回が必要にならないよう、早々に決着をつけよう。


「待たせたな! チャンバラごっこの続きといこうかツバーシャ!」


「ルガアアアア!」


 殺し合いの合図の代わりだと火球を吐き出すツバーシャ。


 やれやれ、待たせ過ぎて焦れたか。


「見える!」


 俺は【風見鶏】を発動させ、火球の回避に備える。


 見えれば当たらんと言うのに。あれ? なかなか、被弾コースから外れない……。あっ、いかん。機動力落ちてるんだった。


 ゴオォ……。


 炎が音と共に遠くない位置を通りすぎる。


 あっつ! 畜生め。近寄れん。


 やはり、炎は厄介だ。しかし、そんな事より、その飛び方に文句を着けたくて堪らない。何故その巨体で空中で静止するように飛ぶことが出きるのかと。


 いや、巨体で空を飛べること自体が許せない話ではあるんだが。


 まあ、避けてばかりじゃあ、始まらないな。多少火傷することを覚悟して懐に潜り込まんと。ラビから勇気をもらったし、ここで使わせてもらおう。


 次に火を吹いてきたら突っ込むぞ。


「ルガアアアアアアア!」


 火球は遠距離用らしく、近付くと文字通り火を吹いてくる。


 ちょっと熱そうだが、一瞬の話だろう。炎の中を突き進んで魔法を放ってやる!


 迫る炎にラビの勇気を燃やす。しかし、その時、大変な事実に気がついた。


 俺、髪の毛を水に濡らしてない!


 ぱんつに気をとられ過ぎたのだ。


 いかん。このまま突っ込んだらチリチリパーマになってしまう。


 そんな思いが、頭をよぎり、気づけば俺は。


「【放て】」


 炎に向かって魔法を放っていた。


 あっ、切り札使っちまった!


 幸いにも魔法は炎を退け、ツバーシャまでの道を作るが、不幸にも熱までは退けきれなかった。


「くふっ!」


 息したら肺が焼けて死ぬわこんなん。肌が痛いほど熱いわ! 目も開けてられん。【風見鶏】も熱で出来た気流のせいで滅茶苦茶だ。


 くそう。


 俺の綺麗な翼が絶対汚い感じに煤こけてるよ。でも、炎の中から元気に出てくるのは予想外だっただろう。


 きっと面食らってるな。俺も面食らってる。


 どうすりゃいいんだよこの状況!


「って、ぶつかる!」


 熱を抜け、【風見鶏】が正常に機能し、ツバーシャの巨体を捉えるも近すぎた。


 避けられない! このままじゃ頭から突っ込──。


 ゴッ!


 ……。

 ィーン……。

 ……。


「ご主人さま!」


 うおっ、意識飛んでた。頭がとてつもなくいたい。


 って、今度は地面が迫ってるし!


 スザザサザザザ……。


 俺は城なしの上を顔でモップ掛けするように滑った。


 ぬおおおお……。鼻血がだばだばとでてくる。


 でも、良かった。とんでもない格好で、とんでもない落ち方したわりには鼻血ですんだ。


 頭から城なしに突き刺さるとか間抜けな姿にならなくて本当に良かった。


 前回は骨折したのに、今回はタンコブだけだったし。まあ、よく考えてみれば頭を一番強化しそうだもんな。


 俺の頭は武器になる。覚えておこう。


「って、そうだ。ツバーシャはどこに!?」


「主さま! もう、決着は着いたのじゃ!」


「えっ?」


 どういう事だ? 俺の敗けで満足してくれたんだろうか?


 首を捻りながら、俺はシノの指し示す先を見た。


 うわっ。ツバーシャが頭から城なしに突き刺さってる。ツバーシャも気を失って墜落したのか。


 これは酷い。体重差が俺との命運を分けたのだろう。地面と接地する時に、自分の重みで押し込まれる様に刺さったんだ。


 これじゃあ、窒息してしまう。早く引っこ抜いてやらないと。


「くそっ! 抜けない!」


 重すぎるわ。体が丈夫で翼振るう力は強くても、腕の筋力まである訳じゃあ無いんだよ。このままじゃ不味い。


「パタパタ! 手伝ってくれ!」


「ご主人さま! 大丈夫なのです! この子息してるのです!」


「頭から城なしに突っ込んだのに、息なんて出来るわけ……」


「いや、主さま! 落ち着いて良く見て耳を澄ますのじゃ」


 いや、それどころじゃないだろう。このままじゃ、本当に死んでしまう。早く何とかしないと──。


 おや?


 ぷすぅー。すぅー。ぷすぅー……。


「バカな! 尻で息をしているだと!?」


 いやしかし、生物はこと切れると尻が緩くなると聞く。


 もう、手遅れなのでは無いだろうか。あっ、でも煙出てきた。


 ツバーシャが撤退した時、あるいは飛竜の姿に変わった時のように煙がもくもくと延びていく。


 どうやら、健在のようだ。


「大丈夫かツバーシャ?」


「何で頭突き何かで墜落しなきゃならないのよ……」


「憎まれ口を叩けるなら大丈夫そうだな」


 しかし、ほっとした。やっぱり、俺には女の子に酷いことは出来ないわ。魔法を炎に使って良かった。


 もし、魔法をツバーシャに使っていたら、大変な事になっていたかも知れない。


 そう考えたらゾクッとした。


「しかし、飛竜とは変わった呼吸の仕方をするのう。尻で息するとは思わなかったのじゃ」


「こらシノ。人の身体的特徴を悪く言うものじゃあない」


「でも、ぐざいのです」


 気を利かせて、脳内でフローラルなバラの香りに書き換えているのでなにも感じない。パタパタは俺の横で、失神しているが、バラの臭いとの因果関係は証明できない。


「ラビもそんな事を言うものじゃあないぞ。尻で息する以上それは仕方のないことだ」


 そんなん言われたのが俺だったら泣いてしまうわ。無かった事にしてあげるのが優しさだ。


「うっ。何なのよもう……。誰にも負けたこと無かったのに! 私は空の支配者なのに! こんなのってあんまりよ!」


 あらら。泣かせてしまった。女の子の泣いた顔何て見たくはない。どうにかしてフォローしないと。


「泣かないでおくれ。ツバーシャはかっこいいし、強いし、空の支配者十分だったよ。見てくれよ俺の体。なんかもうとてつもなくぼろぼろで薄汚いだろう? それにツバーシャはまだまだやれるはずだ。これ以上は俺ももたないし、ツバーシャの勝ちだって」


「そ、そうかしら?」


 おっ? ちょっと元気だしてくれたぞ! 頑張って頭ひね繰り返したかいがあったぜ。


「でも、尻で息をするのじゃ」


 ちょっと、シノ……。いぢめないであげておくれよ。


「もうやだもうやだもうやだもうやだ……」


 ああ、いかん。ガチで心おれたときになるやつだこれ。俺もある日気がついたらトイレでこうなってたことあったから分かる。


 ちょっとあんまりな決着過ぎた気はしないでもないが、いや、十分あんまりな決着か。


 ツバーシャはプライド高そうだしなあ。


 それから、ツバーシャは、城なしに刺さった時に出来た穴に引きこもってしまった。


 何とかしてあげたいのだけれど。はてさてどうしたものか。

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