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三十六話 なんと殺し合いが始まり

 翌日。


 チュンチュン……。


 穏やかな朝だ。翼の中にはラビがいて、お腹の上にはネコの姿になったシノが乗っている。これが型にはまってきたな。


 こういった平和な毎日がいつまでも続いたらいいな。これこそが幸せの正体なんだと思う。大切にしたい。守っていきたい。


 しかし、そんな俺のささやかなる願いは次の瞬間破壊される。


「起きたみたいね。さあ、私と殺し合いなさい!」


 突然現れてツバーシャは何をのたまってくれるのだろう。俺の穏やかな朝は始まってまだ一分も過ぎていないんだけど。


 やれやれ、幸せってのは儚いもんだな。


「殺し合いなんていらないよ。まったくもって意味が分からない」


「別に理解してくれなくても良いわ。私の問題だし私が納得できればそれで良いの」


「一方的にも程がある。おいてけぼりとか、そんな可愛い話じゃないわ」


 一体なんだって言うんだろう。あれか、昨日フンフンして遊んだのが気に入らなかったのか? 殺し合いとか言われても、どこまで本気なんだか分からん。


 ツバーシャは両手にそれぞれ刃物握っているけど、あんまり切れそうには見えない。石で出来ている剣か? いや、骨か。骨を薄く削って磨いてやればこんな感じになるような気がする。


 チャンバラがしたいんだろうか?


 ああ、そうだよ、きっと遊んで欲しいんだ。これは仲良くなるチャンスじゃないか。


「よし分かった。相手になろう。でも、オモチャでも尖ってて危ないから表に出よう」


「おもっ……。どこまでバカにしてくれるのよ」


「ご主人さま? 何をするのです?」


 おや、ラビは起きていたのか。そりゃあ、毎日俺を起こすぐらいだから、今日に限って目覚めが悪いなんて事はないか。


 シノはぐっすりだが。


「おはようラビ。ツバーシャは殺し合いがしたいらしい」


「殺すのです? ラビは食べるなら殺しても良いと思うのです」


「ちょっとラビ? 何こわい事を言ってくれるの?」


 俺はどこぞの蛮族か。


「一理あるわね。でも、あんまり美味しそうには見えないわ」


「ご主人さまは絶対負けないから食べられるのはツバーシャなのです」


「いや、食わんて!」


 えっ? どういう事なんだ? 異世界って言うのはそこまで殺伐として弱肉強食するものなのか? そんな話聞いてないぞ。


 いやまてよ。食べるのなら殺してもいい。それすなわち、食わないなら殺すなって事か。原始的だけどモラルの為にはなりそうな考え方だ。


 食べるならいくら殺しても構わないと捉えられかねないのが難点か。


「そう言えば、ツバーシャは怪我をしているんじゃあなかったのか? 今日はほふく移動していないみたいだが」


「治ったわよ。食べて寝れば大抵のケガは治るじゃない」


「治ってたまるか! 食べて寝たけど俺の右腕も右翼も折れたままだわ!」


 一体どんな体をしてるんだよ。


 思うところは多々あれど、屋内では色々破壊してしまう。なので、外に出て暴れても問題無さそうな所まで移動した。


 すると、早速ツバーシャは剣を構えた。


 せっかちだなあ。そんなに一緒に遊びたいのか? 

ふむ……。二本構えたか。ツバーシャは双剣使いか。


「なんだ。武器を一本貸してくれる訳じゃあないのか」


「何を言っているの? これは貸さないわよ」


「そうなるとまともな武器が無いんだが……」


 ピカピカしたかっこよさげな剣をツバーシャは構えてるのにスコップは出したくない。それにスコップは殺傷力高すぎるから振り回す訳にはいかんなあ。


 ナイフもあるけど、オモチャの剣に金属のナイフとか大人げない。


「あさっばらから、主さまは一体何をやっているのかのう? 穏やかな雰囲気ではないのじゃ」


「ああ。起きたのかシノ、ツバーシャがチャンバラごっこしたいらしい」


「いやいや。ツバーシャから殺気が出ているし、本気なのじゃ」


 殺気ねえ。そんな事真顔で言われるとこそばゆくなる。相手は女の子だよ? 流石にそれは無いんじゃあないかなあ。


 でも、忍者のシノが言うからには本当なのかも知れない。


「早くしなさいよ」


「うーん。仕方がないか。素手でいいよ。でも、翼も使うかも。当たったらかなり酷いことになるから気を付けてね」


「またそうやってバカにして! 絶対に許さない!」


 いかん怒らせてしまった。


 もうちょっと、楽しい雰囲気をうまく作らないといけないな……。って、早っ! あっという間に間を詰められた。


 腕はたちそうだ。


 でも、俺の体にそんなオモチャで傷はつかないからなあ。どれ、腕で受けて反応を見ようか。


 ツバーシャの双剣が俺の首に迫る。


 おいおい。ごっこ遊びで首を狙っちゃあダメだろうに。俺でなければ怪我してしまう。最悪死ぬ。


 俺は首を守るように腕を構えた。


 ビシュッ。


「えっ? 血? えっ? 何でそんなので切れるんだよ!?」


「当たり前じゃない。この剣は、飛竜の骨を少しずつ少しずつ削り出して作ったのよ。銅や鉄の剣だって敵わないわ。なのに何でちょっとかすり傷付いただけなのよ!」


「いや俺の体も銅や鉄の剣ならへし折るんだが……」


 いかん、本気だったのか。


 飛竜の骨なら確かに俺の体といい勝負なのかもしれない。腕と翼は折れたけど、飛竜の骨も砕いたし。そんなんで切れるのは納得いかんがな。


「でも、ほら、かすり傷しか付かない。とても俺を殺せるとは思えないし、諦めてくれるとありがたいんだけど」


「そうね。でも、所詮は血を巡らせて生きていることには変わらないんでしょ? なら切り続ければいつか勝てるわ」

 

「えっ? 何? 致命傷になるまで薄皮切られ続けるの? やだなあそれ……」


 紙ヤスリで延々と足の裏から削って、削り殺す何て阿呆な事考えたことあるけど、これがそれみたいなもんだ。


 ヒュッヒュッヒュッ……。


 くっ。容赦なく剣を振り回してくれる。流石に傷がつくとわかってしまえば、そう何度も貰いたくない。


「うわっ。ちょっと待って。あやまる、あやまるから。もう、フンフンして遊ばないから!」


「昨日のあれに腹を立ててこんな事してる訳じゃないわよ!」


「ちょっ、早っ! 腕にたくさん線が出来てく!」


 やだなあもう。リストカットの跡みたいになってるじゃないか。仕方がない本気だそう。【風見鶏】で避けまくれば諦めてくれるだろう。


「見える!」


「なっ、なんなの? 急に当たらなくなった!?」


「はっはっはっ。ツバーシャの動きは全て見えるからもう当たらないぞ!」


 ザリッ。


「うえええ!? 当ててくるのかよ! 翼がちょっとハゲた様な気がするんだけど、酷いことになってたりしないよな!?」


 これは、今まで以上に厄介な相手だな。当ててくるし、傷つくし困ったもんだ。


「ちょっと地肌が見えてるだけよ」


 人はそれをハゲいると言う。


「まったく、本当に固いわね……。すばしっこいし。それより、何で手を出してこないのよ!」


「女の子に手をあげられる訳が無いじゃないか」


「意味が分からないわ。でも、いいわ。女の子で無ければいいのね? 本当は人の姿で勝ちたかったんだけど──」


 何を言ってるんだろう。そう思ったのも束の間、突然ツバーシャの回りを黒い煙が包み込む。


 今度は一体何なんだ。


 この煙どっかで見たことある気がするが、どこだったっけなあ。


「ルガアアアアアアア!」


 ああ、そうだ。飛竜が立ち去るときに煙を出したんだわ。しかし、どうしたもんかね。


 ツバーシャの正体が飛竜だったとは。


 鮭を丸かじりしたのも、へっぴり腰だったのもそれなら納得がいく。こうして、殺し合いを求めてきたのも決着を着けたかったから何だろうな。


 しかし、困ったぞ。向こうは一晩で全快したみたいだが、こっちはまったく治ってない。飛竜だから、再生能力が高いってか。なんだその理不尽。


 不利なんて生易しいレベルの話じゃあ無いんだが。


「ルガアアアアアアア!」


 俺の事などお構いなしと言わんばかりに、ツバーシャは、城なしすら揺らす咆哮あげ、見下ろして見せる。


 その唸りは、折れた骨にじわじわと染みるように響き渡った。

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