三十五話 なかよくなろうと試みて
縁の下から戻ると、その足で壺風呂に向かった。汚れたツバーシャを綺麗にする為に湯を沸かすのだ。風呂に入れればそれに越したことは無いが、怪我をしているので危ない。
たがら、湯だけ持って行く。
しかし、この体では、湯を沸かすのもままならないな。手伝いが欲しいところだが、ラビとシノには、薪や材料集めを頼んでしまった。
呼びつけて、邪魔をするのは気が引ける。
ふむ、城なしには人手が足りないな。俺が出来ることは俺がやるから良い。でも、それだとこうやって怪我した時に困る。
どっかから都合よく、暇をもて余してそうな奴が現れないもんかな。
「ツバサー! さっきから、ぼーっとお風呂眺めてるけどどうしたの?」
「おお、 どっかから都合よく、暇をもて余してそうな奴が現れたわ!」
「えっ? なになに? なんの話?」
パタパタならいつでも暇そうだし、手伝って貰っても構わないだろう。
「ツバーシャの為に湯を沸かしたいんだが、難しくてな」
「あっ、任せて。ボクが全部やるよ! ツバサはそこに座って休んでて」
「いや、手伝ってくれるだけで良いよ」
「良くないよ。怪我っていうのは大人しくしてないと治らないんだ」
そう言ってパタパタは壺風呂の下に薪を組み、着々と準備を始めた。
俺はワンコに何をさせているのだろう。
「ツバサ。火を付けるのだけお願いして良い?」
「ん? ああ。スタイリッシュ着火!」
「えっ? 今じゃないよ? まだお水入れてない!」
おっと、空炊きするところだった。
「すまん。ぼーっとしていた。水はどうする? ウエストポーチを貸そうか?」
「ううん。直接汲むから大丈夫だよ」
「いや、流石にそれは無理だろう。俺ですら収まるサイズの壺だぞ? ただでさえ重いのに水まで入れるんぞ?」
「だいじょうぶ、だいじょうぶ。よいせっ」
パタパタはそんな掛け声をだすと、壺を前足で持ち上げ、水源に突っ込んで水で満たし、もとの場所に戻した。
なんだか、後ろ姿が熊みたいだ。
「後は火を入れてくれれば、沸くまで見てるよ。そろそろ二人のところに戻ってあげた方が良いんじゃない?」
「ああ。スタイリッシュ着火!」
「じゃあ、また後でね」
そうして、パタパタと別れようとするも、ふと聞きたい事があったのを思い出す。
「いや、その前に一つだけ聞いて起きたいことがある」
「なあに?」
「ツバーシャは人間なのか? 別に人外でも構わないんだが、仲良くなるヒントにしたくて」
そしてあわよくば、新たな家族にしたい。
しかし、そんな希望は直ぐに打ち砕かれる。
「あー。ごめんねツバサ。ここを襲った奴が血を撒き散らしたせいで鼻が麻痺しちゃったんだ」
「そうか。いや、まあそれなら仕方ないさ」
一応血のあとが目立つところは、ラビとシノに水で流してもらったんだが、鼻の良いパタパタにはきつかったか。
「ご主人さまー! 一緒にごはんを作るのです!」
おっと、迎えが来た。
さて、それじゃあ、晩ごはんを作るとしようかね。とは言え朝と殆ど入れるモノは一緒だ。しかも、今度は見守るだけでいい。
俺はラビにてを引かれ、かまどへ戻った。
「シイタケをもっと可愛くするのです」
「いや、ラビは可愛いと食べるのためらうよね」
「ラビはご主人さまの考えたシイタケの切り込みの入った方を食べるのです」
なるほど。自分で食べる訳じゃあないから大丈夫なのね。しかし、お手々に切り込み入れないか不安で仕方がない。
他人の包丁捌き……。いやまあ、包丁なんてないから、ナイフなんだけど、人のこれを見ると不安でしょうがないな。
ラビだから何だろうか。
「主さま。鮭を捌き終わったのじゃ」
シノがそう言って切り身に化けた鮭を見せに来た。
「ほぉ、綺麗だな……」
「わ、わぁの容姿を褒めても何も出ないのじゃ」
「そうかい」
いや、捌かれた鮭の方だよ。なんの脈絡もなく女児を口説き始めるとか、そんな危ない人じゃあないわ。
何てツッコミを入れたいところだが、捌かれた鮭の美しさに、料理の腕の自信を砕かれてそんな気も起きないわ。
「シノは料理したことあったのか?」
「無いのう。いつも定時になるとご飯出てきたのじゃ」
「そ、そうかい」
うーん。俺には器用さが足りない。美しく切り揃えるなんて出来ないし、少しぐらい見た目崩れたって構わんわと言うスタンスだ。
が、料理したことないシノに差を見せつけられると悔しいわなあ。
「ふふっ。これで完成なのです!」
ともあれ鍋は出来た。ツバーシャを呼んでこよう。
俺は縁の下へと向かう。
「おーい。ツバーシャ。ご飯だよー」
「なっ、来ないで! 今来たら目を抉るわ」
「何故に!?」
あっ、パタパタに湯をもらって体を拭いているのかな? そりゃ、抉られるわな。
仕方がないので、縁側に腰かけツバーシャが出てくるのをまった。
「ふう。スッキリしたわ。拭くだけでも違うわね」
「そりゃ、良かった」
ツバーシャの白い髪と肌が、ツヤツヤになった。でも、ほふく前進で進むからあまり意味は無かったかもしれない。
ともあれ、準備か出来たならごはんだ。皆で囲炉裏のまわりに座り鍋を囲む。
「悪くないわね」
どうやら、鍋はツバーシャのお気に召したようだ。生の鮭をかぶりといってしまうワイルドな空の支配者様に気に入ってもらえるかは心配だった。
実際、俺の口に合わせているから味は濃いと思うんだが。
「そうか。でもシイタケもちゃんと食べるんだぞ」
「わ、分かってるわよ」
「箸でつついてもシイタケは、いなくならないのです」
ツバーシャも箸で食べている。一人だけ違うのは彼女でも気になるらしい。よそさまと言うことでシノも箸の使い方には口を出さない。
もっとも、床にはいつくばって椀の中身を掻き込んでいるレベルなので、箸使いどころのはなしではないが、座れないのだから仕方がないわな。
「しかし、主さま。少しこの客人を信用しすぎではないかのう?」
「へっぴり腰で何かされるとは思えないし、それについては俺たちの方がよっぽとだしなあ」
「ラビたちに何か問題があるのです?」
そう。可愛く首かしげてる君。君の首輪が問題なのだよ。かといって今更外したところで信用回復するとは思えんから、そのままでいいわ。
「フン!」
「可愛くないのじゃ」
「まあまあ、仲良くやっておくれよ。狭いところなんだしさあ」
ラビはご主人さま独占率以外には思うところは無いみたいだが、シノは納得出来ないみたいだ。目的もどうやってここへ来たのかをツバーシャは語ってくれないからそれも仕方のない話しなんだが。
「ご馳走さま。夕食を出して貰ったことには感謝するけれど、勘違いしないで。馴れ合いをする気は無いわ」
「なっ、なっ、なんじゃと!?」
「ああ、それでいいよ。夜はここもそれなりに冷えるから気を付けてな」
「フン」
それだけ言うと、ツバーシャは部屋を出ていった。
やっぱいいな! 本当にあんな子ウチに欲しいわ。どうにかしてここに住んで貰えないだろうか。
「主さま……」
「うん。シノには思うところがあるんだろう? 全部吐き出して良いよ」
「なぜそこまで信用できるのかのう? 怪しいにも程があるのじゃ」
「うーん。女の子だからかな。それにとても可愛いじゃないか」
「そ、そんな理由で……」
ああいかん。つい正直に答えてしまった。言葉を間違えた気がする。シノの中で俺の株が投げ売りされている気がしてならない。
「大丈夫だって。ラビの首輪を見て俺がろくでもない男だと思われているけれど、そういう事に対して否定的になるって事は少なくとも悪い子じゃあ無いだろうから」
「ああ。ちゃんと考えているのならいいかのう。確かにそう言われてみればその通りなのじゃ」
「ラビの首輪がなあ」
「ふんっ」
「えっ、ちょっと、ラビ?」
「ふんっ、ふんっ」
おおっと? ラビがツバーシャみたいにフンフンし始めたぞ? ラビの何か気にさわることを言ってしまったんだろうか。
「どうしてラビはヘソを曲げてしまったんだ?」
「えっ? えっ? ちが、違うのです! ご主人さまがあの子を可愛いって言うから……」
「ラビは健気じゃのう」
あー。何だそう言うことか。フンフンすれば構ってもらえると思ったのか。可愛いけど、そう言うことじゃあない。
でも、まあいいか。
「よしよし、ラビは可愛いな」
「だ、ダメなのです。ナデナデはラビが……。むふぅ……」
「平和じゃな。一人であれこれ考えていたのがバカらしくなるのじゃ」
「ああ、悪い。悪かったって。ふて腐れないでくれよ」
「ふんっ」
「えっ? シノもフンフンするの?」
「ふんっ」
「ふんっふんっ」
あらら。二人ともフンフンし始めてしまった。気に入ったのかな? と言うか、これはあれか? 俺もやらないといけない流れなのか?
仕方がないなあ。
「ふんっ!」
「「ぶふぅっ!」」
どうやら、ウケて頂けたようで。しっかし、こんなところツバーシャに見られたらなに言われるか分かったもんじゃあないな。
「あんたたち何やってるのよ……」
「うおっ!? 畳の下から這い出て来るなよ。びっくりするじゃないか」
「下にいるから全部聞こえるのよ。流石に姿を見えないことを良いことに、バカにされ続けてたら文句の一つも言いたくなるわ」
また縁の下にいたのか。 そりゃあ、聞こえるわなあ。 しっかし、畳の下はダイレクトに縁の下に繋がっているんだな。
畳ってこれで腐らないのかな? って、石で出来てるんだったわ。
「すまんすまん。バカにしていた訳じゃあないんだ。可愛いって褒めていただろう?」
「バカにしている以外の何ものでもないわよ。フン! 怪我が治ったら目にもの見せてやるわ」
「おお、やはり本物は違うのう。どことなく品があるのじゃ」
「こらこら、シノ。あんまり、煽るんじゃあない。それよりもツバーシャ。やっぱり、そんなところに一人でいないで、一緒に寝ないか?」
あっ、まずい。何か凄いこといった気がする。これは絶対に誤解されそうだ。
「いや、ちがっ、そう、せめて廊下にでも……」
「嫌よ。何もかも灰色で落ち着かないのよ」
「縁の下の方が落ち着くと?」
「フン!」
ああ、縁の下に戻っていってしまった。とりつく島もないな。突然会話を切られてしまう。
仲良くしたいところだけれども、なかなか難しそうだ。




