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三十一話 襲撃者が再びやってきて

 完成したコンポストは川の近くに置き、かまどとは距離をとった。蓋のある壺なので虫が逃げたり、臭いが漏れる心配もないが、台所に置くのは、なんだか嫌だった。


 ともあれ、これで今日城なしでやらなきゃならん事は全部終わりだ。昼飯には流石に早いので一度さくっと地上を見てこようか。


「そろそろ地上に降りよう。ラビ、シノ仕度しておくれ」


「このまま行けるのです!」


「わぁもすぐ出られるのじゃ」


 俺もこのままでいい。それじゃあ、今日の地上を見てみようかね。


 パタパタの見送りもそこそこに、城なしの淵。さつま芋の壺の間からさあ飛び立とうという時。


「ルガアアアア!」


 静かな城なしに、それだけで破壊をもたらしそうな謎の咆哮が上がる。


「な、なんだ? 一体このうなり声はどこから……」


「前から、ずっとずっと前から凄い速さでちかづいてくるのです……」


「まだ見えぬな。パタパタよ、これが例の襲撃者かのう?」


「う、うん。しっぽの先までビリビリするこの鳴き声は間違いなくアイツだよ!」


 まだ恐怖が残るのか、パタパタは震えている。


 いくら本気が出せない相手とは言え、パタパタは巨大で怪力だ。そのパタパタを震え上がらせるとは、どれだけの力をもった奴なのか。


 もう会うこともないと思ったんだが、昨日の今日でやってくるとはな。やれやれ、対策なんぞしてないぞ。せめて、ラビとシノに災害時のお約束ぐらい教えておきたかった。


 はて、おやつだったか、おかしだったか……。


「ルガアアアア」


 奴が、二度咆哮を上げる頃には、その姿が確認できるまでに迫っていた。


 あれは……。ドラゴン!? いや、腕がない。飛竜ワイバーンだ!


「俺の畑を荒らしたのはアイツか……」


 畑じゃなくて壺だけど。ああ、また割れるかな。そう何度も割られては、いくらさつま芋と言えど傷が付いてしまう。


 ここは仁王立ちして両手で受け止めるべきか?


「ルガアアア!」


 いやいや、あんなデカイの止められるわけがない!


「来るぞ! みんな城なしに伏せるんだ!」


 ゴオッ……。


 頭上を飛竜が通りすぎる。続いて衝撃波が、伏せた俺たちを引き剥がして吹き飛ばさんと暴力的に振る舞う。


「ひえええ!?」


「なっ、なんと言う風圧なのじゃ。よもやこれほどとは!」


「二人とも、落ちついて。所詮はただの風だ」


「ボクが吹き飛ばないようにみんなの重石になる!」


「ちょっ……!」


 待てと言おうとするも、パタパタの動きは早く、俺たちの上に巨体が迫る。


 おいおいおい。俺はともかく、ラビとシノはお前がのし掛かったら、歯磨き粉をチューブから捻り出すみたいに臓物飛び出しちゃうだろう。


 慌てて、パタパタがのし掛かる直前に割り込み、二人を庇う。


「ぐふっ……」


 とても重い。


  だかそれもつかの間の事。どうやら衝撃波は過ぎ去ったようで、直ぐに俺は解放された。


「まったく、酷い目にあったぞ」


「ホントだね。それよりあれを見て」


「いや、さらっと流してるけど、お前のせいだからな……? って、これは酷い……」


 と言っても、城なしの被害の話じゃあない。飛竜の方だ。飛竜は白く、日の光を受けて輝きをまし、息を飲むほど美しい。


 しかし、体の至るところを血糊で染め、体が白いものだからそれが目立って痛々しい。


 一体どうしてこんな傷が? 何か訳があるのか? 人間にやられたのだろうか? こんな姿じゃあ、翼でひっぱたいて追い払うのには抵抗がある。どうしたもんかな。


「アイツね。着地が下手だから、城なしに突っ込んで血まみれになるんだよ」


「自滅か! 人との争いで傷つく飛竜の姿を思い浮かべてたわ!」


 飛竜ならカッコ良く着地しろよ。怪我の治療に来たんじゃなくて不細工な着地で怪我するんかい。あーあ。また壺が幾つか割れてるし。


 まあ、それなら遠慮なく追い払わせてもらうぞ。


「主さま。ここは隠れて様子を見るのじゃ」


「ん。そうだな。取り合えず、マイホームの下にでも隠れて様子を見ようか」


 シノの言う通り、良くわからない内に出ていくのは悪手だ。まずは敵を知ろう。いや、まだ敵と決まったわけでは無いか。


 余罪は十分な気がするが。


「ねえ。ボクの体は縁の下なんかに収まらないんだけど?」


「お主は、そこで尻尾をはさんでひっくり返っておけば良かろう」


「えー? そんな恥ずかしいまね逆立ちしたって出来ないよ」


 いや、してたから。そんな恥ずかしい真似してたからね? しかし、確かにパタパタは変に動かない方が良いだろう。ひっくり返っていれば、敵視されないのだ。


 パタパタの安全は保証されている。


 そんなわけで、尚も、だだこねるパタパタをなんとか説得し、その場にひっくり返すと俺たちはマイホームの下に身を隠した。


「でもご主人さま。こんなところに隠れていないで、やっつけちゃった方が早いと思うのです」


 ラビは「ご主人さまなら楽勝なのです」と言わんばかりに目を輝かせて俺を見る。


 嘘だろうおい。ラビのご主人さまはあれに楽勝しなけりゃいけないのかい。何者なのかね。君のご主人さまは……。辛勝ですら厳しそうだぞ。


 まあ、考えても仕方がない。まずは見極めるのだ。


「じぃーっ……」


 飛竜をじっと観察する俺。そんな俺をじっと見詰めるラビ。


 いや、何で君は俺を見ているのかね。


「ラビ、アイツをどうにかするのは後回しだ。まずは、相手をよく知る為に様子を見よう」


「違うのです。ご主人さまがいつもより近くて、何だか落ち着くのです。でも、何かが足りないのです」


「ラビはもうちょっと緊張感を……。まあいいか。きっと、足りないのはこれだな。よしよし、撫でてやろう」


「むふふっ。何だか楽しいのです!」


 飛竜を前に大物過ぎるだろう。でも、パニックになられるよりは良いか。


「ルガアアアア!」


「あっ、火を吹いたのです! 凄いのです。あれ? 凄い? じゃあ、ご主人さまも?」


「ご主人さまは、火傷しそうだから火を吹きたくないなあ」


「なんの話をしておるのじゃ。しかし、ふむ。あれで、水源を温めて温泉にしとるようじゃな」


 水を撒き散らさなければ害は無いんだけどなあ。


 そう言えばかつての仲間が言っていたっけな。ドラゴンてのは賢いって。飛ぶ竜と書いて飛竜だし、コイツもドラゴンみたいなもんだろう。


 言葉が通じるかもしれない。まずは話し合おう。


 しかし、アイツは火を吹く。話し合いに失敗して服を燃やされたら大変だ。


「どうしたものか……」


「何を悩んでいるのです?」


「ぱんつまで脱ぐべきか脱がざるべきか」


「何故脱ぐのです!?」


 いや、だってぱんつの替えがないんだよ? 燃やされたら一大事じゃないか。どこぞの英雄を描いた物語サーガの主人公だって、火を吹く強敵を前に悩んだろうさ。


 ぱつんは命より重い。全裸をあまり見せると二人も全裸で暮らすようになるかもしれない。それは大変よろしくない。


 それでも女の子はぱんつよりも大事だ。仕方ない。せめて燃えないように水を被ろうか。


「ちょっと話を着けてくるから二人ともここにいるんだ」


「話を着けるじゃと? 話が通じるようには見えないのじゃ……」


「話しかけて見なければ分からんさ」


 そう言って俺は、ぱんつ一丁になると水を被り、湯に浸かる飛竜の前に立った。


「ルググ……」


 飛竜はそんな俺を睨み付け、威嚇してくる。


 低い唸り声が体に響いて怖い。こんなヤツに話し掛けるわけだが、何て言って話を切り出せばいいんだ?


 あっ。挨拶か。円滑なコミュニケーションはこれが大事だよな。後は天気の話でも? でもここ毎日晴れてる。


 いや、こう言うのは雰囲気だ。笑顔で、スマイル、スマイル。


 よし。


「やあ、どうもこんにちは今日はいい天気ですね」


「ルガアアアア!」


 あっ、尻尾振りかぶった。これが飛竜の挨拶なのか。しかし、このままだと俺にあたりそうだ。でも俺には【風見鶏】があるから当たるかどうかは分かる。


 って、【風見鶏】使ってない!


 ブォン……。


「ぶべらっ!?」


 イテテ……。めっちゃ吹っ飛んだわ。誰だよドラゴンは賢いとか言った奴。話し合いに応じず即攻撃してくるレベルの野蛮さじゃないか。


「フンッ!」


 うわ、鼻で笑いやがった。


 しかし、これ幸い吹っ飛んだおかげで空飛べた。そして、一発貰ったから心置きなくやり返せる。


「見える!」


 もうやめだ! コミュニケーションなんて元ニートの俺には向いていなかったんだ。ここは一発デカいのお返ししてお帰り願おう。


 俺は、高度よりも速度に重点をおき、宙で何度もツバメの様に切り返し、飛竜の懐目指して突き進んだ。


「ルガアアアア!」


 しかし、飛竜は咆哮と共に炎を纏った息を吹き出し、意図も容易く俺の進路を塞ぎこむ。


 くそう、火はほんとやめて欲しい。見えるから避けられるが、見えないとこも熱を持ってるから避けにくいんだよ。


 あっつい! ちょっと焼けた! ダメだ。これじゃあ近付けない。


「フンッ!」


 そんな俺を見下しながら鼻を鳴らす飛竜。


 あっ、よく見るとニヤけてやがる! 余裕ぶっこきおってからに。目にもの見せてやるわ!


 俺は速度を捨て、高度をあげると飛竜のブレスの射程から出た。


 アイツ、俺を追っ払えたので満足したのか呑気に風呂に浸かり直してやがる。


 なめ腐りおって。動かないなら取って置きをくれてやる。高度から最大速度で落下するこの一撃を。


「【カミカゼ】」


 まあ、カッコつけても、ただの体当たりだ。


 だが、俺の翼は鉄槌よりも固く、これに込めたるは俺の全体重。そして、人体が落下で得られる最大速度。 


「ルガアアアア!」


「むっ、気づいたか。だが遅い! 火を吐く前に衝突だ!」


 ゴシャッ!


「ルガアアアア!?」


 はっはっ! やってやったぜ。腰に強烈なの入れてやったもんだから、へっぴり腰でぷるぷるしてやがる。腰の骨が砕けたんだろう。


「ご主人さま!!」


 悲痛な、未だかつて聞いたことのないラビの本気の悲鳴だ。


 あー……。見られてしまったか。ちょっと楽勝とは言い難い結果だから、よそ見でもしていて欲しかった。


 俺も右の翼と右の腕が折れちまった。これじゃあ、隠そうにも隠せない。


「大丈夫だよ。俺は丈夫だ。すぐ治る」


 多分一ヶ月ぐらいでな。だから悲しそうな顔はしないでおくれ。それにまだ終わってないから、顔を出しちゃダメだ。


「ルググググ……」


 後はにらめっこだ。さあ、どうする? 戦闘継続だとちと辛いが、お前ももう飛べないだろう。なに、まだ左の翼が残っているぜ。


 飛竜は、苦痛に顔を歪めながらも、俺から一瞬たりとも目を放さず、静かに、そして、深く深く息を吸い込んだ。


 あっ、まだ火は吹けるのか!


「ルガアアアア!」


 いかん、焼かれる! って、ぬわっ。何だこの煙りは? 火の代わりに煙り吐いたのか?


 困惑する俺を他所に、徐々に煙は晴れ、煙の後にはなにも残っていない。ドラゴンの姿は消えていた。


 えっ、逃げた……?


「主さま。大丈夫かのう?」


「ああ。ぱんつは焼かれなかったよ」


「ぱんつ!? ご主人さま、腕と翼が折れたのに心配するのそこなのです!?」


 本当は声をあげて叫んで、転がり回りたい。でも、そんなん見せるわけにはいかん。しかし、このままじゃあまずい。


 だから俺はラビの耳に届かぬところで、そっとシノにお願いをした。


「ラビに心配させたくないからこっそり、骨引っ張って添え木して欲しい」


「任せるのじゃ。わぁには怪我の手当てにも心得がある」


 忍者だしね。怪我にも詳しかろうと思ったよ。本当はこんなことシノにも頼みたくないけれど。こればかりはどうにもならん。


 回復魔法も教わっておけばよかったなあ。


「ぬっ? 主さま。翼に添え木とは、どうすれば良いのじゃ?」


「うーん……。どうするんだろうな。広げて、伸ばして蝶の標本見たくすれば良いんじゃないか?」


「ひ、標本……!? まあ、主さまがそれで良いなら構わぬがのう。それ、いくぞ? せいっ……!」


「っ……!」


 平和を取り戻した城なし。日が上りきり、ぽかぽかした陽気のもと。俺の声なき悲鳴が城なしを駆け巡った。

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