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二十七話 城なしが襲撃されていて

 海が続く毎日は、地上に降りられた日の様な刺激的なものでは無かったが、代わりに穏やかで、のんびりとしたモノだった。


 物足りなく感じる事はない。と、言えば嘘になるが、そんな毎日も嫌いじゃあ無い。何せ俺は変化の無い日常を生前は淡々と過ごすニートだったのだ。


 狭い部屋。更にはベッドの上で一日の大半を過ごしていた。だから刺激が無くとも生きていける。むしろ、こんな毎日でも刺激になるぐらいだ。


 しかし、ラビはそうではないらしい。


「ご主人さま。早くお空を飛ぶのです……」


 目が覚めてからずっと催促だ。


「ラビ。わかってる。でも、ご飯は食べてからにしよう」


「ただのバナナ。ふつうバナナでいいのです!」


「いや、もう、三日もその、ふつうバナナってやつじゃないか」


「食べてしまえば、みんな同じなのです」


 なんとまあ、みもふたもない事を言うのさ。しかし、それほどまでに地上の様子を見に行きたいと言うのだ。


 ふつうバナナで、朝食を済ませて空を飛んで見ようではないか。


 そして、空へ。


「はー。地面が真っ白なのです」


「城なしは北上していたのか。お次は雪国ねえ」


「緑の上にも白いのが乗っているのです」


 こんな雪の世界でも木は育つんだな。逞しいもんだ。白に緑が気持ちいい。それじゃあ、地上に降りるとしようか。


 俺は人差し指を立てて腕を前後に降りシノに手信号を送る。


「地上に降りるのじゃなああああ!」


 伝わったようだ。さて、雪国探索と洒落こみますか。


 さっそく地に足付けると、湿り気のある土、濡れて陰る針葉樹。空が晴れていても、それらがどこか梅雨のような雰囲気を感じさせる。


 そんな世界に踏み込んだ印象を受けた。


「このまっしろでふわふわしたのはなんなのです? 美味しそうなのです」


「雪なのじゃ。これラビ。口に入れてはならん」


「あはは。お腹が冷えてしまうよ?」


 かき氷として頂くにはシロップが欲しいところだな。しかし、雪はだいぶ溶けている。見た目は柔らかそうだがさわってみると固い。


 気温も高いし、もしかして夏なのか? 良い時期に来れたようだ。


「今日は何を集めるのです?」


「また石かのう?」


「そうだなあ……」


 薪もそろそろ欲しいところだ。枯れ木枯れ枝なら何とか集まりそうだが、これも雪で湿ってるな。でもまあ、これで構わないか。


「薪と石を集めたい。二人も手伝っておくれ」


「このびしょびしょの木で良いのです?」


「乾かして使うのじゃろう。たくさん集めるのじゃ」


 湿った木を集めるにしても雪を端からどかしていかないとダメだな。こんな時、スコップ持ってて良かった。


 ザクザク掘れる。


 そうして、暫くは困らない程度の薪を手に入れた。


「さて、薪も石も集まったし、城なしに帰ろうか」


 だが、そんな俺の声はラビに届かず、じっと動きを止めて、目を閉じている。


「来るのです……」


「ぬ? 敵かのう?」


「わからないが、ラビがこうやって真剣な顔をする時は必ず何かある」


 人が住んでいる気配は全くないからな。獣か魔物だろう。雪国の獸だと狼や熊辺りだろうか。よし【風見鶏】を発動させておこう。


「見える!」


 さあ、何が出る?


 長い静寂。ともすれば、ラビの聞き間違いでは無いかと思い始めたころ。かん高い鳴き声と共にソレは現れた。


「ケェェェ!」


「鳥さんなのです! 美味しそうなのです!」


「うむ。でっかくて美味しそうじゃのう。でも魔物じゃからな。気を抜いてはならん」


「シノ、ヨダレ拭こうね。説得力ないからね」


 鳥か。二足で地を這うダチョウみたいなやつが北国にいて良いのだろうか。あまり寒いところにいるイメージは無いんだが。


 魔物だから寒さとか関係無いのか?


 しかし、これを旨そうとは、大した器だ。この魔物、ダチョウの3倍はあるぞ。


「シノ、何か術使える? シノの手札を知っておきたい」


「巫女の術であやつのご先祖様をおろしてみるかの?」


「いや、意味なさそう」


 魔物の家族連れとか見たこと無いから、生物とはかけ離れた発生の仕方をしているのか怪しい。仮にご先祖さまをおろせたとしても襲ってくるには変わらんだろう。


 と言うか、巫女の真似事まで出来るんかい。


 あれ? 忍者って戦闘向きなイメージで、一緒に戦える戦力として期待していたんだが、もしかして、戦闘には不向きなのか? 戦ってるとこ見たことないしな。


 闇討ち不意討ちでなければ真価は発揮出来ないか。


「ひえええ。何かすごい早さで突っ込んでくるのです!」


「落とし穴でも掘るかのう?」


「あっ! それは良い案だな。スコップ貸すから穴掘っててくれ。あいつは俺が惹き付ける!」


 あれだけの早さで突っ込んでくるのなら、落とし穴にまってくれるだろう。

 

 とは言え、惹き付けるってのがなあ。これがなかなか難しい。前に立てば、それだけである程度は気を惹ける。


 でもそれだけじゃあたらん。もっと、きらびやかに華やかに舞うぐらいであるべきだ。


 だから俺は高速で横に腰をふり、翼を大きく広げると、つま先立ちで鳥さんの前に立ち、円を描くように舞う。


 ここまでやれば、俺に惹き付けられるしかあるまい。


「そーらそーら、こっちこーい」


「け、ケェェェ……」


「ご主人さま凄いのです! 鳥さんがドン引きしてるのです」


「さ、流石主さま。戦いに華を求めないとは、天晴れなのじゃ……。あっ、穴は掘れとるぞ」


 君たちの為に体張ってるんだがな。あと、落とし穴掘るの早すぎるだろう。全く落とし穴の気配が感じられない偽装までなされているし。


 やはり忍者、器用さが高い。


 まあなんだっていいや、後は落とし穴に鳥さんを誘導するだけだ。


「そらこっちだ!」


「ケ、ケェェェ!」


 魔物は嫌々ながらも、やるしかないといった様子で俺に狙いを定めて迫る。


 まだだ。もっと近くまで惹き付けるんだ。そう、絶対に回避できない距離まで……。


「よし、今だ!」


 魔物の体が俺にぶつかる寸前、腰を捻り、一度90度向きを変えてからのバックステップ。結果、魔物は狙いどおり落とし穴に落ちて行動不能。


「ケェェェェ!?」


「【放て】」


 そこを魔法で仕留めて、戦いは終わった。


「流石ご主人さま。あっと言うまにやっつけたのです! 今日はお肉が食べられるのです!」


「うむ。主さまは凄いのう。ささ、早く血抜きしないと固くなってしまうのじゃ」


「二人とも嬉しそうだな。それじゃあ、ちゃちゃっと済ませてしまいますか」


 血抜きと解体は、こちらの世界に来てから何度かやったので出来る。


 動物なら仕留めるのを躊躇うが、魔物なら何でか気にならん。絶対に襲いかかって来るからかな。人類共通の敵に容赦はいらんし。


 しかし、解体か。魔物はデカいから大変なんだよなあ。時間が掛かりそうだ。それでもラビとシノが楽しみにしているのだ。


 ここは二人のご主人さま、主さまとして頑張らねばなるまい。


 そうやって、活を入れると処理に取り掛かった。そして、日が傾くまでにはなんとか処理を終え、俺たちは羽とトリ肉を手に入れた。


「保存用に雪も持って帰りたい」


「しかし、かばんにも風呂敷にも、もう入らないのじゃ」


「むう。なら仕方がない。城なしには悪いが少し石を置いていこう」


 魔物から手に入れた肉は山とある。こんなに大量の肉をウエストポーチに突っ込んでおいたら、いくらマジックアイテムとはいえ邪魔になる。


 肉は城なしに置いて置きたい。


 壺を二重にして、間に雪入れて冷蔵庫にしよう。氷なら水の入った壺持って空飛べば作れるが、そんな事するぐらいなら、雪集めた方が早い。


「荷物がいっぱいになったし城なしに帰ろう」


「お肉はひさしぶりなのです!」


「楽しみじゃのう」


 食いしん坊さんめ。今日はお肉をたらふく食わせてやろう。さて、どう調理したもんか。ハム、焼き鳥、肉団子、鍋……。


 鍋かな?


 そんな風にレシピをあれこれと思い浮かべながらも俺は城なしを目指して飛び立った。


 そして、城なしに帰りついたのだが──。


「ふえええ。荒らされているのです……」


「さつま芋の壺が何個か割れているのじゃ」


「これは一体何が起きたんだ?」


 何者かが城なしに侵入したのか? でも今はもう何者の気配もない。


「せっかく、つるが伸びてきたのに悲しいのです」


「これぐらいなら、植え替えてやれば大丈夫だよ」


「主さまは冷静じゃのう」


 そりゃあ、この程度の被害ならあってないようなものだからな。


 俺は元ニートで庭にネコのひたい程度の畑を持っていた。そして、その畑は結構な頻度で、破壊された。


 台風で折れたり吹っ飛んだり。雨降りすぎてぐちゃぐちゃになったり。鳥や虫にはっぱ食われて茎だけになってたり。


 それに比べりゃ、壺が割れて中身が出ちゃったぐらい可愛いもんだ。


 だから、さつま芋の被害はどうでもよい。


「しかし、この足跡なんだろうな。ずるずると尻尾引きずった様な跡もあるんだけど」


「とてもおっきいのです」


「厄介な輩が、ここに立ち寄ったようじゃのう」


 尻尾が生えていて、デカい足跡を残せて、当然城なしに来る事が出来るのだから翼もあるだろう。出会いたくないな。


 しかし、城なしは移動している。もう、城なしにやって来る事も無いだろう。俺たちは、取り合えず荒らされた所を直して回ることにした。


「しかし、なにか大切なモノを忘れている気がする」


「お、お肉を忘れてきたのです!?」


「な、なんじゃと? 直ぐに戻るのじゃ!」


 食い物の話じゃあないわ。


 だか、考えても考えても思い出せなかった。仕方なしに歩み始めると、忘れモノは案外直ぐに見つかった。


「ボクは、ワンコ。人畜無害なワンコだよ……?」


 そう、パタパタだ。


 パタパタは尻尾を股にはさんで城なしの上にひっくり返っていた。どうやら、強敵を前にして降伏の構えを取ったようだ。


 城なしの守護者として、何とも情けない話だが、パタパタも大事な家族の一員だ。何事も無くて良かったとしよう。


 それより詳しく話を聞いてみなくては。

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