二十二話 シノが狂って醜態を晒し
事は成した。
再び空へ舞い上がった俺は、滝を目印に地上を目指す。しかし、ラビとシノのところに戻るときにちょっとしたアクシデントに見舞われた。
飛行中、いつの間にやら前方に現れた無数の黒い影。
「ヒアヒアヒアヒア……!」
おっといかん。鳥の群れだ。このままじゃぶつかってしまう。避けないと……。
そう思い、俺が右方向に進路を移せば、鳥の群れも右へ。左方向に進路を移せば鳥の群れもまた左へと、一糸乱れぬ隊列で動き進路を塞ぐ。
げっ、お見合いした。何で避けようと思った方向にシンクロするかね。まあ、こんなときは、慌てず騒がず宣言すれば良い。
「俺、右に避けるから!」
しかし、相手は鳥類、言葉は通じない。
うわっ。不味い、空飛んでるのに悠長な事をやっている場合じゃあない。もう距離が縮まって、無理にでも旋回して回避するしか無くなってる。
でもそんな事をしたらバランスが……。
空を飛ぶと言うのは、優雅で自由で、開放的なものだが、同時に、とても繊細でバランスを崩すと立て直すのが難しかったりする。
ぶつかったら、たくさん殺してしまうよな。魔物であれば、構わず突き抜けるのも良いが、相手は名も知らぬ野鳥。何とか殺さずに済ませたい。
ええい、もう考える時間もない!
意を決し、大きく体を捻って強引に体の向きを変えた。結果的に一羽の鳥も傷つけることは無かったが案の定バランスを崩す。
あーだめだ。こりゃ、落下するわ。だって、とんでもない早さで視界が、ぐるんぐるん回ってるもん。
どうすることも出来ず。と言うよりは、さっさと諦めをつけて、落ちるがままに身を任せ、木の上に突っ込んだ。
ガサガサガサ。
いてて。持ってて良かった【落下耐性】。痛いで済む。ぬっ……? 体がうまく動かせん。翼が枝に引っ掛かってしまったか。
体をくねらせ何とか抜け出そうと試みるが、なかなか上手いようにはいかない。
やれやれ。体が固いと不便で仕方がない。毎朝、ストレッチでもしてみようかな。空飛んで旋回するときにも柔らかい方が良いし……。
しかし、なかなか翼がはずれない。ああ、変なツルまで絡まってる。おやっ? これは……。
枝やツルと格闘していると、ツルに小さな緑色実がなっているのに気が付いた。
これはサルナシだったかな? 実家の庭にこれと同じのが植えてあったと思うが、記憶がおぼろげだ。確かめてみるか。
正体を確かめるため、親指の先程度の実をナイフで二つに割った。すると、丁度キウイを輪切りにしたような中身が見える。
ああ、これはサルナシだ。サルナシはキウイに似ているのよな。毛は生えていないけど、中身がそっくりだ。
念のため、味も見てみるか……。うへぇ、酸っぱくて食えたもんじゃない。でも間違いなくサルナシだ。これは城なしに植えたい。
ひと手間かけないと食べられなくて、面倒な果物だが、枝には面白い効果がある。
きっとシノが喜ぶはすだ。
早速、実のなる枝と、実のならない枝をそれぞれ少しずつ折って、辺りの土と一緒にウエストポーチにしまった。
良いもの見付けられたな。これは思わぬ収穫だ。墜落したことすら幸運だったと思えてくる。さて、そろそろ、戻らないと……。しかし、サルナシのまわりには動物が集まりやすいと言われるだけの事はある。
木が折れていたり、引っ掛かれたりして荒れ放題だ。折れた木にキノコなんか生えていたりしてね……。
うっ。このキノコは……。なんて、こったい。早く戻ろうと思ったのにまたも良いものを見つけてしまった。
これシイタケじゃないか。カサの部分がでかすぎてグロかったので見逃すところだったわ。売ってるのと天然物って見た目違うのよな。
天然のキノコは大抵不細工。
どっこい、俺は元ニートだ。しかし、幼少の頃は多趣味で色々なモノに興味を持つ、とても活発な子供だった。
ありんこ飼ったり、ミミズ飼ったり、カブトガニ飼ったり。コケ増やしたり、マリモ育てたり……。
全くもってとても明るくないラインナップだが、他にもシイタケ栽培をしたこともあったのだ。だから、このキノコがシイタケだとすぐに分かった。
これはお持ち帰り決定だろう。増やし方までは分からんが、この辺の木をまとめて持ってかえれば、勝手に増えそうな気はする。
俺は手当たり次第に、キノコの生えている環境ごと、ウエストポーチに詰め込んだ。
いやあ、今日は大収穫だったな。 サルナシもシイタケも良いモノだ。
「カアー。カアー……」
おっといかん、こんなことをしていたら日が暮れてしまう。早く戻らないと……。あれ? どっちに行けば良いんだ?
嘘だろう。また迷子かよ。なにも学べていないじゃないか。流石に、空を飛べば道はわかるが、飛び上がれる場所を探さないといけない。
手に終えない位の魔物に出くわしたらどうしよう……。
いかんな。迷子がトラウマになっているのか、つい、弱気になってしまう。森のなかは薄暗いし、一人で森を歩くのも久しぶりだしな。
ザッ、ザッ、ザッ……。
ん? 何か近付いてくる音がするぞ? 魔物か?
「見える!」
俺はいつでも戦えるように、【風見鶏】を発動させ警戒を強めた。
ああ、やっぱり一人だと不安だな。いつもなら「ご主人さまは凄いからあんなん楽勝だよ」などと強気に出られるのに。
いつの間にか、俺の中でラビやシノの存在が大きくなっていたんだろうな。
ザッ、ザッ、ザッ……!
俺は、次第に強くなってくる気配に一層警戒を強めた。
のだが。
「あーるーじーさーまー!」
近付いて来る気配の正体はシノだった。
おおっ。シノがこちらにラビを背負って向かって来る。探しに来てくれたのか。
「ご主人さま! 心配したのです!」
「主さまが、空から落ちていくのが見えたのでのう。助けに来たのじゃ」
「ありがとうシノ、ラビも。丁度迷子になっていたから助かったよ」
本当に助かった。心細かったしありがたい事だ。ハグしちゃおう。
「主さま。そ、そんなに力強く抱き締められたら、中身が出てしまうのじゃ」
「もしかして、ご主人さま、甘えているのです!? こんなの初めてなのです!」
「あ、甘えてないし……。 そりゃ。頭もナデてやるー!」
なにやら恥ずかしくて気まずくなったので、頭をナデる事で誤魔化してしまった。でもまだ誤魔化しきれていない気がする。
あっ! そうだ。早速、サルナシの枝を試してみよう。
「ほら、シノ。シノの大好物だぞー」
「あ、主さま? わぁはそんな小枝をもらっても嬉しくは……。って、それはまさか!」
シノの瞳がネコのように細くなった。
目だけネコの目にも出来るんかい。器用やつめ。しかし、ちょっと怖いな。めっちゃ、ガン見しとる。
これはいったいどういう事なのか? 答えは簡単サルナシは、キウイの仲間だ。そして、サルナシとキウイはマタタビの仲間なのだ。
ネコにマタタビを与えるとトチ狂った様に病み付きになる。
「ほーれ、みぎ、ひだり、うえー!」
「にゃっ。にゃっ。うにゃーん!」
「ちゅ、宙返りしたのです!?」
あ、ラビも興味あるかな? 試してみようか。
ラビの鼻先にサルナシの小枝を向けてみた。
「どうだ? ラビも興奮するか?」
「こ、興奮? んー、とくになにも感じないのです」
「ふむ、シノ専用かあ」
ならばしかたがない。今は、シノだけ満足させてやろう。
「そりゃ。これがええのんか?」
「良いのじゃあ、たまらんのじゃあ。もっと欲しいのじゃあ」
しばらくサルナシでシノとじゃれていると、だんだんシノの足が、おぼつかなくなってきた。
うわあ。でろんでろんになってしまった。ネコの喜びっぷりを人間で現したらどうなるかなどと考えたことがあるが……。
こんな、ヨソ様には決して見せられない、見苦しい姿になるんだな。
なんか、とんでもないことになってきた。
「ヒヒッ? イヒヒヒヒヒヒ!?」
「お、おシノちゃんの顔が、人には見せちゃダメなモノになっているのです!?」
「あっ、待てシノ。そんな状態で走り回ったらいかん」
フラついているのにシノの足はとても速く、追いかけても、追いかけても、追い付けなかった。
げっ、見失った。あんな状態で魔物にでも襲われたら大変だ。
「シノを探すために空を飛ばなきゃいけないな」
「あっちに良さそうな崖があるのです」
「おっ、あれなら良い感じだな。早くシノを見付けてあげよう」
そう思って崖の上に回りこんでいたのだが、空を飛ぶまでもなくシノは見付かった。自力でシノが帰ってきたのだ。
「主さまー。いっぱいくっついて来ちゃったのじゃあー」
「良かった。おシノちゃんの顔が元に戻っているのです」
「いやいやいや。ちっともよくないぞ!?」
シノは土煙をあげながら凄まじい量の魔物を引き連れてきた。
まてまてまて! こんなにたくさん相手にしていられないぞ!? というか、何をどうすりゃ、これだけの魔物を引き連れてこれるんだよ。
逃げるっきゃない!
ラビを抱えあげると、バトンタッチの要領でシノと並走し、捕まえてワキに抱えた。
そして、俺は地を蹴り、崖から飛び立つ。
「ギリギリだったのです。魔物がうじゃうじゃしてるのです」
「シノ。怪我はないか?」
「ヒヒッ。大丈夫なのじゃ」
まだマタタビが抜けとらんがな……。
危ないからもうマタタビをお外でやるの止めよう。
俺はひとり反省し、そう心に決めた。




