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二十話 新しい我が家が誕生して

 やはり、風呂は良いもので、気付かない間に無意識に溜め込んでいたストレスも吹き飛んだ。とても開放的な気分で、今なら空だって飛べそうだ。


 いや、俺はもともと空飛べてたわ。


 まあ、とにかく、さっぱりして、気持ちよくなったのだ。


 それはそれで良いのだが、石を集めれば体は汚れるだろうし、城なしに帰ろうものなら、空の寒さで湯冷めなんて通り越して凍えてしまう。


 鼻水が氷るどころの話じゃあない。


「髪が乾くまで暇だな。どうやって時間を潰そうか」


「それなら、ラビとお散歩するのです! あっ! ご主人さま。さつまいものお花にそっくりなお花が咲いてるのです!」


「見渡す限りめぼしいものの無い荒野じゃから散歩には向かんがのう……。それにラビ。そのお花はトリカブトと言う花じゃからな。決して口にしてはならんのじゃ」


 荒野に咲く一輪の劇薬か。しかし、確かに、ただこうして荒野を歩いても芸がないなあ。岩と石ころしか無いし……。


 そんな事を考えながらも、あっちにこっちに転々と興味の移るラビに手を引かれ歩み始める。


 ふと、なんの気なしに、足元にある拳二つ分程度の石を拾い上げて見るもやっぱりただの石。


 しかし……。ふむ……。この辺りで、石ころ拾って、遊んでみるのも悪くは無いかも知れないな。


 俺は昔、平成のジミーと呼ばれたほどの地味な趣味を持っていた。その趣味と言うのが石集め。もちろん、普通の石を集めていたワケじゃあない。


 どれ、ひとつ試しに割ってみますか。


 俺はおもむろに手に持った石を頭上に掲げると勢いよく、地面に叩きつけた。


「ご、ご主人さま? 一体にをしているのです? お花食べておかしくなったのです!?」


「主さまがご乱心なのじゃ!」


「ちがっ、俺は、石の中身が欲しいだけだよ」


 俺は正気だ。乱れてなどいない。もちろんトリカブトなんぞ食らってもいない。だから、そんな真剣な顔をして俺を取り押さえようとしないで欲しい。


「まあ、二人とも落ち着くんだ。ほら、割れた石を見てみてくれ」


「なんじゃ? 割れた石を……」


「見るのです?」


 これは、ちょっとした宝探しをしているのだ。石の中には夢がある。一見ただの石にしか見えない石でも、ひと度割ってみれば。


「ほら、綺麗だろ?」


「石のなかに綺麗な氷が入ってるのです! あれ……? でも冷たくないのです……」


「ほほう、水晶か。こんな荒野に華を見いだすとは、主さまは粋じゃのう」


 そう。水晶が入っていたりする。


 おうおう。イイ反応してくれるじゃあないか。ラビなんて興味深々で、水晶にも負けず劣らず目を輝かせとる。


 こりゃ、楽しんでもらえそうだな。


 先程の温泉と違い、人がこの付近に来た形跡は無いので、意識するだけで結構綺麗な石が見つかるだろう。


 しばらく、石拾いを楽しむことにしよう。


「石を割るときに怪我をしてしまうかも知れないから、割るのは俺がやるからね。二人とも、これだ! って、思うような石を持っておいで」


「わかったのです! おシノちゃん。どっちが綺麗な石を見付けられるか競争するのです!」


「ふむ。どれ、童心にかえって楽しんでみるかのう」


 何やら競争が始まったぞ。しかし、シノは子どものくせに年寄りくさい物言いをするなあ。おっと、地面に這いつくばって石を探しだした。


 こりゃ折角温泉に入ったのにまた汚れそうだ。


「ご主人さま、キラキラした石なのです!」


「おおラビよ。この山吹色は金ではないか!?」


「あはははは。それは黄銅だよ。金に良く似ているけどね」


 俺も金だと思ってはしゃいだことがあったっけなあ。で、黄銅の価値を知って愕然とするの。財布を開けりゃ一枚は黄銅が入っているから。


「はー。ご主人さまは物知りなのです」


「本当じゃのう。しかし、結構楽しいのう。まさか石ころじっくり見るだけで楽しめるとは思わなかったのじゃ」


 こうやって、ラビとシノの驚いた顔や、感心した顔を見ると嬉しくなる。


 俺は大人が嫌いだ。嘘を付くから。つまらなくても、あたかも楽しいですと取り繕ったりする。逆にそれを他人にも望んだりする。


 だが、子供が好きだ。子供は正直だから。詰まらなければつまらないと言うし、言わなくても、見りゃ詰まらんのだなと分かる。


 そんな子供が絶賛してくれるのは本当に嬉しいもんだ。


「さて、そろそろ髪も乾いたし、城なしに帰ろうか」


「はー。もうちょっと、綺麗な石を探したかったのです」


「ラビよ。こう言うのはもうちょっとと思うところで止めておくのがいいのじゃ。それにもう、日が暮れてきたしのう」


 その通りだけど、子供っぽくない思考だな。まあ、ラビが納得してくれたからいいか。触れずにおくとしよう。


 さあ、おうちに帰えろう。


 透明な水晶や紫水晶の、形が良さげなのを何個かウエストポーチにしまい、城なしに戻る事にした。


 そして、城なしに戻ると驚愕する。とんでもない光景が広がっていたからだ。石のお礼なのかなんなのかはわからないが、なんと立派な家が出来上がっているではないか。


「みんなおかえり!」


「パタパタただいま。なあ……。これは、いったいなにごとなんだ?」


「ん? これ? えーっとね。城なしがお家を作ってくれたんだ」


 そうかい。そりゃまあ、そうだろうよ。パタパタにここまでの物は作れないだろうし、なんたってこの家……。


「わあ。石のおうちなのです!」


 そう、石造なのだ。


「こ、これは、日出国家屋じゃ。日出国から来たわぁから見ても、見事なものなのじゃ」


「これですきま風ともお別れなのです!」


「あんまり大きくないから、ボクは顔だけかな」


「えっ? 何で感心したり、喜んだり、顔を中に突っ込もうと考えてるんだ? もっと他に突っ込みどころがあるよね!?」


 細かな石の上に飛び石が玄関まで点々と置かれている。ここまではまあ良い。しかし、その先から異様な雰囲気が漂っている。


「扉も石で出来ているのです」


「こう言う形なら、ボクも開けやすいよ」


「引き戸なのじゃ」


「いや、普通木で出来ているハズだけどな!」


 そこからがまた凄い。


「石の道なのです」


「ひんやりして、すべすべだね」


「廊下なのじゃ」


「この廊下、石なのに木目があるんだけど!」


 ふすまも石だ。開いて中を覗けばそりゃもう全部石。


「何だか不思議な板が敷かれているのです」


「これはなんだろうね」


「畳なのじゃ」


「石だけどな。石畳ってか。だが、石畳ってこうじゃないだろう」


 匠の技を超越している。果たしてどこの世に日本家屋を全て石で作る匠がいるのか。ふすまや扉などは石で出来ているにも関わらず軽量化されていて、開くのに違和感がない。


 いや、それこそ違和感になるはずなんだが──。


「この真ん中にある四角い穴は何なのです?」


「んー。中に何かをしまって置くスペースかな?」


「囲炉裏じゃな」


「あっ、俺これ欲しかったんだあ! 畳に囲炉裏なんて最高じゃないか!」


 これは素直に嬉しい。上から吊るされた棒に鍋かけたりね。鍋も棒無いけど。


 って。


「屋根が無い!」


「解放感に溢れているのです」


 そうだね。おうちの中なのに、まるで外にいるような新鮮な感覚。きっとこう言うのをオープンテラスって言うんだろうね。


 でも、屋根の無いおうちなんてないよね?


 そうかあ。石が足りなかったかあ。屋根より優先度低いのいっぱいあるんだけど石が足りなかったかあ。


「屋根がないと忍べないのじゃ」


「忍んで何する気!?」


 ここには俺たちしかいないし、他に誰も来ない。


「ミミズの絵が飾ってあるのです!」


「まるで、ミミズが文字を表しているような不思議な絵だね」


「掛け軸じゃな」


「こういうの見ると裏に抜け道があるか、チェックしたくなるんだよなあ」


 ちゃんと床の間があって、自信の新作と言わんばかりに、俺とラビとシノが、パタパタに寄り添い寝ている図が描かれた壺まである。そして、壺の裏の壁には掛け軸まで掛けられてるときたもんだ。


 凄いな城なし! でも、最速で屋根を作って欲しかった!


「あっ! かけじくの裏に穴が開いているのです!」


「抜け道あるんかい」


「ねえ、この穴。建物の裏に繋がってるよ」


「忍べるのじゃ!」


 これは忍者屋敷なのか。四畳半がひと間しかないから、屋敷と呼べるのかは怪しいけど。


 でも、家は狭い方が良い事だ。皆との距離が狭まるしな。あっ、パタパタだけ入れないから、一匹だけ距離は拡がってるか。


 すまん。許せ。


「しかし、日出国家屋は落ち着くのう」


「そうだなあ。畳に横になれるのはいいな」


 そこは城なしさまさまで、畳の柔らかさを石で再現されている。


 器用にもほどがあるだろうに。だが、色はない。全ては灰色の世界だ。


「まあ、色々突っ込みどころはあるけど城なしには感謝だな」


 原始的な住居から木造建築に──。いや、石造建築に変わったのだ。これでずっと暮らしやすくなる。


「あっ、指でぷすっとしたら、穴が空いてしまったのです」


「これラビ。障子をぷすっとしてはならん」


「ぷすっと!? 石で出来た障子をぷすっと!?」


 だが、城なしによって穴は瞬時に修復された。ただ修復するだけではなくウサギさんの絵を張り付けて塞いだかのように演出。


 城なしは一体何を目指しているのか。


 それからその日は、ずっと城なし作の忍者屋敷に驚かされてばかりだった。


「で、パタパタ。これはいったいどういう事なんだ?」


「えっ? それをまた聞くの?」


「いや、なんで城なしがこれを作り上げたのかとか、どうして全部石なのかとか、他に語るべきことはあるだろう」


「んー。そんなのボクにだってわからないよ。でもそうだね。シノが忍者だから、作って見ようと思ったんじゃない?」


「そんな理由なんかい」


「なかなか、独創的な建物だしね。城なしは建物や芸術も好きなんだ」


 ふむ。趣味まであるのか。仲良くなるのにその情報は役に立ちそうだ。


「しかし、そうすると城なしとの仲もだいぶよくなったをじゃないか?」


「うん。ちょっと作る物に偏りがある気がするし、遥か昔の城なしよりもはっちゃけてる気もするけど、心は開いてきているね」


「おおっ。それは良かった。仲間との再会も遠くは無さそうだ」


 やはり、こうして結果が出てくるとやる気が出てくる。


 拾って来た石は城なしが成長するのに使うと思っていたんだが、家を作ってもらってしまったしな。また、たくさん持って来てあげないと。


 城なしにはかなりおどろかされたけど、たまにはこういう刺激も良いかも知れない。

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