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46歳、異世界では絶対に働きません。  作者: Tomsug


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第74話 開通の日。

 ここ数日、冒険者組合は通常業務以外の仕事にも追われていた。


 王国と穂月国の外交団が会議室を使い、王子や辺境伯まで出入りするものだから、そのたびに組合内が落ち着かなくなる。外交交渉も転移門の管理も俺たちの仕事ではないのだが、由美との連絡窓口が俺である以上、まったく無関係というわけにもいかなかった。


 おかげで通常業務は後回しになり、机には処理しきれない書類が積み上がっている。


 原因はわかっている。


 由美だ。


 あの女が米と味噌と醤油を欲しがった結果、二つの国が正式に国交を結ぶことになった。


 しかも最近では、海苔だのウニだの餡子だの、欲しいものがさらに増えているらしい。


 ……意味がわからない。


 そんなことを考えながら書類に目を通していると、玄関の方から聞き覚えのある豪快な声が響いた。


「ギル! 今戻ったぞ!」


 思わず手が止まった。


 顔を上げると、入口には熊のような巨体の男が立っていた。伸び放題の髭に日に焼けた顔。大きな荷物を背負い、半年ぶりの帰還だというのに、まるで昨日出かけたばかりのような顔で笑っている。


「…………組合長?」


「おう! 久しぶりだな!」


「どこ行ってたんですかああああ!!」


 自分でも驚くほど大きな声が出た。


「半年ですよ!? 半年! 何の連絡もなしに!」


「いやあ、ちょっと依頼が長引いてな!」


「ちょっとで半年もかかりますか!!」


「依頼は三日で終わったぞ!」


「じゃあ残りは何してたんですか!!」


「洞窟に閉じ込められてた!」


 ……は?


 聞けば、依頼を片づけた帰り道、洞窟の中で立派なキノコを見つけたらしい。


 それを採ろうとして足を滑らせ、巨体を岩壁にぶつけたところ、入口付近が崩落したという。


「いやあ、まさかあんなに崩れるとはな! がっはっは!」


「笑い事じゃないでしょう!!」


「水場もあったしな。近くの村の連中が飯を差し入れてくれたから、困らなかったぞ!」


 村人たちが安全に岩を取り除いてくれるまで、半年かかったそうだ。


 依頼を三日で終わらせる腕があるのに、キノコを採ろうとして半年間閉じ込められる。


 この人は昔からこうだった。


「あなたあああああ!!」


 今度は廊下の向こうから女性の叫び声が響いた。


 振り返った先にいたのは、組合長の妻、エレナさんだった。没落した貴族の家に生まれた人で、普段は言葉遣いも所作も美しい、上品な女性だ。


 ただし、それは普段の話である。


「こんの、馬鹿旦那あああ!!」


 走ってきた勢いのまま跳躍し、組合長の胸元へ見事な飛び蹴りを叩き込んだ。


「ぐおっ!」


 ところが組合長は倒れるどころか、その身体をがっしり抱きとめる。


「ああー! 愛しのハニー! 会いたかったぞー!」


「もーーー!! どれだけ心配したと思ってるの! 半年よ!? 半年!!」


「俺も毎日お前のことを考えていたぞ!」


「だったら連絡くらい寄越しなさいよ!!」


「手紙なら毎日書いてたぞ!」


 ……ん?


「じゃあ、どうして一通も届いてないのよ!」


「ん? ああ、そういえば……」


 組合長が背負っていた鞄を開くと、中から大量の封筒が出てきた。


「ほら、全部ハニー宛てだ!」


 エレナさんが封筒の山を見つめる。


「……あなた。これ、誰に預けたの?」


「誰にも?」


「…………」


「村の連中に渡すの、忘れてたな! がっはっは!」


「ムキーーーー!!」


 ……俺はもう何も言わない。


 しばらくして、エレナさんが組合長の腕をしっかり掴んだまま落ち着いたところで、ようやく本題に入ることができた。


「組合長。半年分、仕事が溜まってます」


「おう! 任せろ!」


 そう言って机に向かった組合長は、山積みの書類を次々と片づけ始めた。


 決裁が必要なものは即座に判断し、確認が必要な案件は担当者を呼んで指示を出す。俺たちが何日もかけて処理していた仕事が、恐ろしい速さで片づいていった。


 こういうところは本当に有能なのだ。


「ギル。この由美ってのは誰だ?」


 書類をめくっていた組合長が顔を上げた。


「……俺が担当している一般人です」


「…………一般人?」


「はい。組合で身分証を作っただけの、普通の一般人です」


「なんで一般人をお前が担当してるんだ?」


「……いろいろありまして」


「ほう。ずいぶん名前が出てくるな。ん? こっちは王宮からか。……おい、国交樹立って何だ?」


「書いてあるとおりです」


「なんで一般人の名前が国交樹立の書類に出てくるんだ?」


「俺も知りたいです」


 組合長はしばらく書類を読み込み、事情を聞くと、豪快に笑った。


「がっはっは! 面白い女だな!」


 ……面白い、で済ませられるところが羨ましい。


「よし! 由美の件は今までどおりお前に任せた!」


「…………はい?」


「お前が一番事情を知ってるんだろ? 今さら担当を替える必要もあるまい!」


 正論だった。


 正論なのだが、半年ぶりに帰ってきた上司から聞きたかった言葉ではなかった。


 その後も組合長は次々と仕事を片づけ、気づけば机の上が久しぶりに見えるようになっていた。


 そして、ちょうど本日行われる転移門の開通式には、組合長も招かれることになった。


 当然、エレナさんも同行するという。


「今度こそ、私の目の届くところにいてもらいますからね!」


「おお! ハニーと一緒にお出かけか!」


「そういうことではありません!!」


 ……頼むから、開通式では大人しくしていてほしい。


***


 ようやく転移門の開通準備が整ったらしい。


 ギルから連絡をもらったので、いつもの町へ向かうことにした。


 町の外に設置した石の門は、作ったときのまま静かに立っている。


 その前には、アル王子に辺境伯さん、宰相さんとエリー、それにアッキーたち穂月国の面々が集まっていた。


 なんか、ちゃんとした式典になってる。


 私は門を開けるだけなんだけどな。


「由美、来たか」


「来たよー。準備できたんだって?」


「ああ。双方の取り決めは済んだ。あとはお前が門を起動させるだけだ」


 ギルの顔が妙に疲れている。


 あれ? この前より疲れてない?


「そういえば、紹介しておく。こちらが冒険者組合長のボリスだ」


「おお! お前が由美か!」


 振り返ると、ものすごく大きな男の人がいた。


 熊だ。


 いや、人間なんだけど、熊みたい。


「はじめましてー。由美です」


「ボリスだ! よろしくな!」


 豪快に笑いながら差し出された手を握ると、横にいた綺麗な女性が上品に頭を下げた。


「妻のエレナと申します。どうぞよろしくお願いいたします」


「こちらこそー」


 落ち着いた雰囲気の、素敵なご婦人だ。


 旦那さんとはずいぶん雰囲気が違うけど、仲は良さそう。


「ハニー、こっちへおいで!」


「あなた。今日は勝手にどこかへ行かないでくださいね?」


「もちろんだとも!」


 ボリスさんが奥さんの肩を抱き寄せると、エレナさんはにっこり笑った。


 ……なんだろう。


 笑顔なのに、ちょっと迫力がある。


 まあ、夫婦のことは夫婦に任せよう。


「由美。通行者の登録を頼む」


「あ、そうだった」


 今回の門は、誰でも自由に通れるわけではない。


 勝手に軍隊が押し寄せたりしたら困るので、最初は許可された人だけが使えるようにしておく。


 王国側はアル王子、辺境伯さん、宰相さん、エリー、それにボリスさんの五人。


 ギルは私の担当なので別枠で登録しておく。


「ギルはいつでも通れるようにしといたよー」


「……そうか」


「これからもよろしくね!」


「…………ああ」


 なんでそんなに遠い目をするんだろう。


 穂月国側もアッキーたち必要な人を登録したところで、今後の通行証をどうするか考えた。


 交易が始まれば、人も荷物も増えるだろう。そのたびに私が呼び出されるなんて、絶対に嫌だ。


 なので、両国が正式に認めた人には、本人専用の通行証が自動で発行されるようにしておいた。盗んでも他人には使えないし、片方の国が勝手に通行者を増やすこともできない。


 もちろん、両国ともに相手国へ害意を持つ者は、通行証があっても門を通れないようにしておいた。


 これなら、あとは両国の担当者に任せておけばいい。


 門の管理は辺境伯さんが引き受けてくれているし、私がすることはもうないはず。


 よし、完璧。


 あとは、起動するだけだ。


 アル王子が簡単な挨拶を済ませ、集まった人たちの視線が石の門へ向いた。


 私は門柱に手を置く。


 魔力を流すと、石の表面に刻んだ模様が淡く光り始めた。


 続いて、門の内側に薄い光の膜が広がり、向こう側の景色がゆっくりと現れる。


「はい、開通ー!」


 おおー、と周囲から歓声が上がった。


 うんうん。無事につながったね。


 ……あれ?


 向こう側で、兵士たちが槍を振っている。


 どうやら、普通に訓練の真っ最中だったらしい。


「おい! なんだあれは!」


「門が光ってるぞ!?」


「人がいる! 向こうに人がいるぞ!!」


 兵士たちが槍を構え、一斉にこちらを見た。


 あー。


 そういえば、向こうは今日開通するって知らないもんね。


 いや、私もさっき聞いたばっかりだし。


「落ち着け! 俺だ!」


 アッキーが門の前に進み出る。


「景継様!?」


「騒ぐな! 予定していた転移門が開通しただけだ!」


「えっ!? 本当に開いたんですか!?」


「そのために設置したんだろうが!」


 兵士たちは慌てて槍を下ろし、アッキーが向こう側へ歩いていくと、次々と頭を下げた。


 こちらではアル王子たちが門の状態を確認していて、金ゴンとハルちゃんは早くも商売の話を始めている。


 うん。あとは、この人たちで何とかしてくれるでしょう。


「よし! これで送り迎えしなくて済むねー!」


「……由美」


「なに?」


「お前、まさかそれが一番嬉しいんじゃないだろうな」


「もちろん!」


 ギルが額を押さえた。


 だって、今まで何度も行ったり来たりしてたんだから、そりゃ嬉しいよ。


 これからは必要な人が自分で行き来すればいい。


 ふと見ると、ボリスさんが門の向こうを興味津々で覗き込んでいた。


「ほう! こりゃ面白いな! ちょっと向こうを見てくるか!」


「あなた?」


 エレナさんの声がした途端、ボリスさんがぴたりと止まる。


「今日は私と一緒にいるんじゃありませんでした?」


「おお、そうだった! 愛しのハニー!」


 ……あの組合長さん、奥さんが大好きなんだなあ。


 なんか楽しそうな夫婦である。


 さて。


 これで穂月国とこっちの国は、転移門でつながった。


 米も味噌も醤油も、これからは商人さんたちが運んでくれる。


 それに、海苔とウニと餡子!


 まだ手に入らないものも、向こうの人たちに頼んで探してもらえばいい。


 海苔があればおにぎりがさらに美味しくなるし、ウニがあれば海鮮丼。餡子が手に入ったら、大福にどら焼きにおはぎだって作れる。


 ……ああ、夢が広がる。


 しかも、もう私がわざわざ迎えに行ったり、送り届けたりする必要もない。


 素晴らしい。


 やっぱり、働かずに済む仕組みって大事だよね。

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