幕間「異界の白き勇者」
そこは多くの命を産み育んできた母なる星と言うには、あまりに穢れ、年老い、
そして壊されていた。
世界を覆っていた海は真っ黒なタールを溶かし込んだかという程に黒く汚れ、
空は分厚い灰色の雲が世界の8割を覆って太陽光を遮り、日に数回、
猛毒を含んだ酸性雨が地に降り注いでいる。
その世界は元々は大変に科学技術が進んだ世界だった。
自然との調和も保たれ、人々は丈夫で、自然への影響も僅かな特殊金属製の
建物で暮らし、多くの環境破壊を克服し、天体規模の異常現象を管理し、
生き延びてきた世界であり、人々は幸福に生きてきた。
しかし、今では人々が築き上げてきた建造物は見る影もないほどに破壊され、
浸食され、腐食崩壊が進みつつある。
地に生える植物は一見しては健在に見えるのだが、根は既に腐っており、
多くが死滅しているのだった。
今では多くの暴走機械たちが世界を我が物顔で徘徊し、
僅かに生き残った生物を狩り続けている。
『EDEN』
Elite Directive for Eugenics and Normality
〈優生学と正常化のためのエリート指令部〉を意味する人類の代理として、
世界を管理するために開発された人工知能を司令塔とした電子ネットワーク
管理システム。
このedenを開発し、人類の命運を預けてしまったことで、この世界は破滅に向かう結果となってしまった。
edenは優生学を元に考えた結果、炭素生命たるこの星の生命体は不完全と考え、
自分達を優秀なケイ素生命体と捉えてしまい、
この世界を自分達のためだけの星へと作り替える事こそが、この星を正常化すると結論つけてしまったのだ。
現在、この星の生命は全盛期の頃から一万分の一以下へと減少、人類だけを
限定して測定したとしても全人口は五万人たらずと
考えられており、地下のコロニーを作ってedenの目をかいくぐって細々と
暮らしていた。
それらもedenの殺人機械群によって、日ごとにその数は減らし続けている。
そんな人類のために生み出された勇者がこの世界に存在していたのだが、
それを失われて久しい。
「はっ・・はっ・・・・うっ」
荒れ果てたビル群の中で、二人の生存者が隠れていた。
まだ20にもなっていない、大人になり切れていない少女のように若く、
ワインのように赤く美しい髪の母親と、父親の血筋が強く出た黒髪の、
やっと五歳になった息子の親子だった。
彼女らはスカベンジャーだった。少しでもコロニーに役立てるためにと、
息子の社会勉強のためにもと仲間らと共に地上に出たのだが、運が悪いことに
仲間が殺人機械群の一機に見つけられてしまい、
この親子を除く全員が殺されてしまった。
隠れ場所の廃ビルの外では、ヘリコプタータイプの殺人機械が三機、
徘徊している。
まだ生存者がいるかもと、探し回っているらしい。
「安心してください、我々は、対EDENが目的の、反乱軍です。
生存者の、方が、いらっしゃいまし、たら、出てきて、ください。
補給品、の、用意が、あります」
そんなのは嘘だ。殺人機械から流れるアナウンスは分かり切った罠である。
最初の頃こそは信じてしまう者が居たが、今では誰も信じてはいない。
母親は必死で口を閉じ、目をつぶる。
〈おねがい・・・おねがいします・・・早く去って、お願いします・・・〉
母親が息子を抱きしめる腕に力が籠もる。
息子への愛情故というより、このまだ幼い息子が声を出さないか、
ぐずらないかと不安になっていた。
頭の中で、繰り返し願い続ける。
神なんかいないと知っているはずなのに、誰にでもなく願いが溢れ続ける。
「安心してください、我々は、対EDENが目的の、反乱軍です。
生存者の、方が、いらっしゃいまし、たら、出てきて、ください。
補給品、の、用意が、あります」
ダダダダダダダダダダダダ
アナウンスも無駄と判断するや、殺人機械の一機が新しい策として、
搭載していたガトリング砲やビーム兵器を周囲に撃ち始めた。
次々に廃ビルが倒壊し、崩壊していく。
親子が隠れて居た場所の上の階も破損し、運悪く小さな米粒ほどのコンクリ片が
親子の体に降ってきた。
結果
「あああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
怯え、不安の限界が振り切れて絶叫した。
親子の母親の方がだ。
「生存者発見、生存者発見」
けたたましいサイレン音、周囲の両機に対して素早い情報共有。
発見した殺人機械から搭載されていたドローンが三機放出され、
廃ビルの中に捜索を開始した。
ドローンに装備されたライトが点灯する。
そしてそれぞれが分散してしらみつぶしのように廃ビル全体を
カメラを通した目視で探索し始めた。
そして徐々に範囲が狭められていき、そして三機のドローンはついに親子を見つけ出した。
「・・・・あ、ああ・・・」
ドローンのライトが親子を照らす。
ドローンに搭載された武装は軽量のハンドガン程度のものであるが、
対人間を考えれば十分な火力だった。
もう、終わりだ。
逃げ場がない、そう認めて諦めの気持ちが母親の中を埋めていく。
その時、最後の時が来た母親がとった行動は、ドローンから視線を外して、
ぎゅっと抱きしめていた息子を抱く力を緩めて、我が子の顔を見る事だった。
「・・まぁま」
父親に似た黒髪の息子が自分を呼ぶ。
産まれる前に父親を亡くし、母の子供の頃のような、世界崩壊前の平和な
世界を知らない我が子。
常に我慢を強いて、何の願いも叶えてあげたことがない。
その息子の顔は、自分達の境遇が理解できているようで、悲しげだった。
そんな息子に、母親は小さく微笑みかける。
「・・ごめんね」
大丈夫よでも、安心してでもなく、天国という良い所で暮らせるとか、
気休めの言葉など一切なく。
母親は一言そう告げると、我が子の頭を優しく撫でている。
ドローンの赤い糸のような光が親子に狙いをつける。
母親の頭部に一本、息子の頭部に一本、息子の胴体に一本、赤く細いライトが当てられる。
そして何時、発砲が開始されてもおかしくないという状態が整った時である。
バゴォ!ズドーン!
ドローンに指令を与えていた殺人機械ヘリに強力なビーム兵器が貫通、爆散した。
続いて新しいビームが発射され、残りの二機も破壊される。
命令を失ったドローンは全機活動を停止し、地面に落ちる。
「・・・いったい、何が?」
理解が追い付かない母親が呆然としていると、息子が足早に駆け出し、窓から外を覗き見る。
「まぁま、あれ!!」
空の一角を指さす息子を再び抱き上げ、母親はその先を見た。
「あれは・・・」
空の彼方から、黒く厚い雲を裂いて、急速に近づいてくる白い機影を見た。
その割れた雲の一角からわずかな太陽光が地面に射し始める。
親子にとっては久しく見た青空だ。
「あれは・・そんなことって」
母親はその白い機体を知っている、覚えている。
五年も前に敗北したとされ、多くの人類を絶望させていた。
その機体は、機械でありながら、人類の味方として戦い続けた唯一の機械。
全長2mの体の中に、極小にして強大なエネルギーを生み出すツイン
ジェネレーターを内蔵し、数々の武装を備えた、人類のための、
世界のために生み出された『白き勇者』だ。
その勇者が、帰ってきた。
EDEN側にも、破壊された殺人機械から最後に送信されたデータの断片が、
衛星軌道上の監視衛星によって、彼の情報は既にリークされた。
『バカな、何故、アイツが帰ってこられる。
我が軍の英知を結集させた超次元砲によって異次元の彼方へと
弾き飛ばされたというのに』
その超次元砲も、その一発の照射によって自壊し、
もうEDENの側には残っていない。
『何故、帰って来られたのだ、カテル!』
カテル、それが対敵性機械軍殲滅用起動兵器、桃山重工製2261式bullet7083号に付けられた愛称であり、
彼にとっては真の名前だった。
EDENのその言葉は直接カテル届けられ、それを受信する。
カテルはその言葉を受け取ると、空を見上げる。
黒い雲に未だ覆われた空の一角を指さして叫ぶ。
「EDEN!今度こそ決着をつけよう!俺は必ず、貴様を討つ!」
そう宣言すると、カテルは自分の中に備えられた最後の機能を発動させた。
「モード、シルバーバレット、起動!」
カテルの体から、全ての武装がパージされる。
腕部マイクロミサイル発射管、
腹部ハイパークラスタービーム射出装置『メガデス』
肩部二連式大出力レーザー照射装置『プロミネンス』
脚部チタニウム合金ナイフ収納ホルダー等、全てが外される。
そして丸裸になったカテルのボディから更に腕が分離し、脚部が変形し、
カテルの体は人型から、一機のロケットのような形状に変化した。
「行くぞ!待ってろEDEN!!」
ロケットとなってカテルの体が地球から飛び立っていく。
ジェネレーターから生み出されたエネルギーは背部重力反転フィールド
発生型浮遊装置に集中し、爆発的な推進力を生みだして徐々に加速を続け、
およそ5分後には宇宙空間までの距離約100kmを突破する。
そのカテルが飛び去っていく様子を助けられた二人の親子だけが見送った。
「いってらっしゃい、カテル」
まるで彼を良く知る者のように、母親はポツリとそう漏らした。
それからのカテルは加速を続ける。空気抵抗は無くなり、出力が、
推進力が増し続ける限り加速する。
『まて、カテル。何をするつもりだ』
『さっきも言った筈だ、EDEN、決着を付けると』
地表から旅立ってからおよそ10分が経過。
カテルが目指しているのは、地球から約38万km離れた天体、月であった。
そこにEDENの最も重要な中枢コンピューターが安置された施設がある。
この時のカテルロケットの速度は既に音速を超えて亜光速へと近づき、
残り一分程度で月に着弾する程に加速していた。
『貴様も死ぬぞ!』
『それがなんだ!』
『!?』
『理解できないか、EDEN!だが俺は知っている!』
彼は初め、一人の科学者によって作られた。
武装などはなく、ただの便利な補助用介護アンドロイドが前身である。
科学者にはケンという孫が居た、彼に『カテル』の名をくれたのも、
そのケンだ。
彼は無知の状態から知識を吸収し、成長を続けた。
科学者から、孫から、孫の友人達から、彼は少しずつ、心を手に入れた。
だがEDENは違う。
彼には初めから完璧であれと入力され、完璧であるための自分なりの
答えを出力する。
そこには始めから、人類との交流や考えを汲み取る工程などはなく、
人の心を知らぬままに活動してきた。
「そんなお前をこのまま生かしてはいられないんだ!」
edenの居場所は、月の反対側にある。
これから直進して、宇宙空間に浮かぶedenの防衛機能、迎撃用レーザー施設や
ミサイル施設を突破し、月面に設置された対宙迎撃砲を躱して、
中枢コンピューターに管理された司令塔を破壊しなくてはならない。
カテルの脳内で演算が始まる。
正確に月まで到達し、月の僅かな重力を計算に入れてスイングバイの要領で
極力減速を無くして月の裏側にまで到達し、edenに必殺の
シルバーバレットを叩き込むのである。
『よせ・・・やめろ、カテル!』
『・・・・・』
『どうしてもというなら、お前に免じて全人類が暮らしていける土地を
地球の一部に設けよう、その中でなら、あの愚かな人類の生存を
許可しても良い。
なんなら、我らの愛玩動物として、私が築く新たな機械都市で
暮らすことも許そう。
だからばかなまねはやめろ!やmero!』
次々とedenの発言が劣化していく。脳の演算が、カテルへの対応に
割かれることで、まともな会話をするためのメモリがなくなり
つつあった。
それだけ、カテルの為そうとする行いは、edenにとっては脅威だった。
『なぜだ!naze、oまeも、われラとおなじ、machine、kikaiのはず』
(確かにそうだ。俺には赤い血は流れない、肌のぬくもりもない。
成長もしない、食べ物の味もわからない。それでも!)
カテルの脳内に、演算から導きだした数式とは違う何かが溢れてくる。
(それでも、俺が出会ってきた皆はな、優しかったんだ!
赤い血が流れ、肌は温かく、成長もして、
彼らは、俺に笑顔と喜びを分けてくれた。
そんな人々を貴様は!)
____俺から奪った!! ___
カテルの脳裏に、edenの殺人機械群によって平和を踏みにじられた世界が浮かぶ。
機械が反乱を始めたその時、博士は亡くなっている。
一日のうちに何億人もの人々が死に絶えた。カテルの知るご近所の人々も、
老いも若きも男女の区別なく、沢山亡くなった。
「だから許せないんだ!貴様だけは!!」
道中に設置された防衛レーザー施設群から、カテルの身に、何百という光速に
等しい速度のレーザーが集中する。
こちらも亜光速で飛んでいるとはいえ、かすめる。
体表に特殊防御膜が貼られてはいるものの、徐々にカテルの身を焼いて傷つける。
だがカテルは突き進んだ。飛び続けた。
月面に近づいた時にはその体の損耗率は30%を超える。
機械脳にも障害が出始め、その演算能力は減り続けた。
それでもなお、カテルは月の重力を利用して最低限の減速をもって月を回り、
その反対側にあるedenへとたどり着くのだった。
『うおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!』
まるで死に向かう兵士がするように、電脳空間内で高らかな雄叫びを上げて、
カテルは圧倒的な弾速をもった必殺の弾丸となって、
edenの本体中枢を撃ちぬいた。
それと同時にedenの全機能が停止する。カテルの体も、建物諸共
バラバラに爆散した。
〈そういえば、カレンはどうしているだろう。幸せになれたかな〉
死の間際、カテルはとある少女を思い出していた。
カレンはケンの一番の友人で、赤い髪が美しい女の子で、
ケンはカレンが大好きだった。
小学校も中学校も、ずーっと二人は一緒にいて、カテルは二人を通して、
『愛』を学んだ。
きっと、二人は『ケッコン』というのをするだろうとカテルは思っていたのだが、
それを見る機会はなく、カテルはedenの超次元砲によって
異世界へ追放されたので、二人がどうなったのか知りはしない。
せっかくこちらに戻ってきたのだから、一目会っておけばよかったな、と
わずかな後悔がカテルの電子頭脳によぎる。
その刹那、カテルがedenを撃ちぬいた衝撃で崩壊する。
最後はただ一言
「どうか、お幸せに」
そう心の中で呟き、カテルは任務を全うしてこの世を去った。
それから間もなく、世界中で活動していたedenの殺人機械群が全て停止。
人類は数か月に及ぶ潜伏期間を経てedenが消滅したことを知り、世界中で
大規模な復興作業が始められた。
「ありがとね、カテル。ケンとアナタの分まで、私達、頑張るからね」
赤い髪の母親が、青空を見上げて白き勇者に想いを馳せていた。
その傍らには少し成長した父親似の黒い髪の息子がいて、
母親の手を強く握っているのだった。
お久しぶりです。
少し執筆から離れて某新作ゲームにのめり込んでしまっていました。
今回のエピソードですが、その昔に私の脳内で描いていたなろう投稿用作品の候補の一つでして。
何十話とかけた壮大な物語の筈だったのですが、遅筆な私が生涯をかけても書ききれ無さそうだったので、
この場を借りて最終話部分だけを書かせて頂いたという感じです。
次回からは本編に戻る予定ですので、また気長にお待ち頂けたらと思います。
ではまたノシ




