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公女殿下の影武者  作者: もののめ明
密偵の影武者

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35/47

3-8

 ―――夜。

 平穏無事に終わった一日にホッとしつつ部屋で本を読んでいたら、コツンと窓から音がした。

 気のせいかと思いながら、窓辺へ行き、カーテンを開ける。


「 !! 」


 外に、ロープにぶら下がった黒ずくめロルフがいた。

 仰天しながら、急いで中へ引き入れる。


「何しに来たんだよっ」

「冷たいな。礼を言いに、わざわざ来たんだが」

「見つかったら危ないじゃないか」

「俺がそんな失敗をするわけがない」


 思わず顔を手で覆う。自信過剰なのはいいが、危ない目に遭うのは一人で勝手にして欲しい。この部屋まで来られたら、ヴァレンティナだって危ない。


「礼って言ったって、まだ病気が本当に治るか分からないし。気が早いよ」

「だが、何も手掛かりの無かった状態が改善した」


 言って、少年のように屈託のない笑顔が浮かんだ。

 ヴァレンティナはその笑顔に、これ以上の苦情が言えなくなってしまう。


 公国建国譚でヴァレンティナが見つけたのは、初代王フリッツがグラウネーベルをさまよっていた時、部下達に広まったある病のことだった。


 小指の先より小さな蜂に似た魔物(魔蟲?)に刺されると、発疹が出来、やがて全身に広がり高熱を出して死ぬ。帝国で流行している病と、そっくりなのだ。

 これに悩まされたフリッツだが、エレナと出会い、解決策を知る。森に咲く緑鶯花を飲めば効くというのだ。


 ヴァレンティナがケリーに確認したところ、グラウネーベルで訓練する騎士は、事前に三種類のお茶を一週間飲む。蜂の魔蟲以外にも、気をつけなければならない蟲や蛇がいるためだ。そして、訓練中は茶葉を粉末にしたものを持っていき、寝る前に飲んでいるらしい。


 日常的に飲んでいた緑鶯茶に、そんな効能があるとはヴァレンティナは知らなかった。

 移民であるヴァレンティナが知らないだけで、公国では常識かと思ったが、それとなくリナやグレッチェンに確認したところ、全く知らないようである。知らないが、緑鶯茶は体にいいので、毎日一杯は飲んだ方が良いと認識していた。公都内に魔蟲もそうそう侵入出来ないのだが、長い年月の間に、用心すべき魔蟲に対する風習として定着したのだろう。


「お茶……帝国に送って、帝国で流行ってる病にも効果があるか確認するには、時間が足りなくない?」


 喜びに水を差すようだが、やはり心配になってきたので尋ねる。

 するとロルフは唇の端を吊り上げた。


「ちょうど良い被験者がいるんだ」

「誰……?」

「俺だ」

「 ! 」


 思わず絶句した。これは、死に至る病だ。高熱も出るという。

 慌ててロルフの腕に縋ったら、ぽんぽんと頭を撫でられた。


「公国へ来る直前に発疹が出たから、まだ猶予はある。腹の辺りだが、見るか?」


 両手を上着に掛けたので、急いで止める。


「医者じゃないから見ても意味ないよ!てゆーか、寝間着の女がいる部屋で服を脱ぐな!」

「ほう。俺は男として見られていないのではと思っていたが、大丈夫だったようだな」

「なんの話だよ」


 呆れて脱力しそうになる。命が掛かっているのに、何故、これほど泰然としていられるのか。


「まあ、以前から分かっていることだが、皇子ばかりモテるからな。ティーナもなんだかんだ言いつつ、皇子寄りだろう?」

「はあ?!」


 どんな盛大な誤解がその結論に至ったのか。ヴァレンティナは思いっきり眉を寄せた。


「オレのどこが皇子寄りなんだよ」

「ダンスのとき、誰よりも密着して踊っていたではないか。ティーナから身を寄せるのを見たときは、驚いた」

「………………」


 また、あのダンスだ。

 むうっと口をひん曲げて、ヴァレンティナは憤慨した。


「あのとき、あいつ、オレのことを男を手玉に取る悪女だって言ったの!せっかくロルフと楽しいダンスの後だったのに、腹が立ったから、言い返してただけ」

「…………俺と……楽しいダンスだった、のか?」

「練習のときはとにかく必死だったからね。昨日のダンスは、ホント楽しかった」


 初めてジェイと踊ったことも、アロイスの意外な一面を見たことも。

 もちろん、ロルフとの軽やかで羽が生えたような心地のダンスも。

 ロルフは、少しだけうろたえたように口元手で隠した。


「そうか。そうか………」

「で!皇子寄りの誤解が解けたところで、ロルフ、もうお茶は飲んだの?」


 話が余計な方向に逸れたので強引に戻したら、男は真面目な顔になった。


「実は公国に来た頃から、進行が遅くなっていた。緑鶯茶だったか?普通に飲み物として出されていたんだな。で、今日、発症した場合に飲む濃い粉末も飲んだ。明日、発疹の範囲が小さくなっていたら、効果ありだな」

「そっか。効果がありそうで、安心した。そんな体で長旅するとか、無茶しすぎだよ」

「言うなよ?皇子とエッカルトには内緒にしているんだ」


 にやっといつもの不敵な笑みが口元に上がった。全く、一筋縄ではいかない男である。

章が変わる都合から、またちょっと短くなってしまいました…。

明日からは、怒涛の衝撃展開!!になるはず?

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