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公女殿下の影武者  作者: もののめ明
密偵の影武者

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3-7

「はー…夢みたいだった……」

「うんうん。おとぎ話の舞踏会みたい……」


 恒例の風呂時間である。

 うっとりと余韻に浸っているのは、言う間でもなくリナとグレッチェンである。

 手伝いに来ているリリーが羨ましそうに両手を揉む。


「いいなぁ。本当に皇子さま、ステキでしたもの。こう、ぎゅっと抱き寄せて間近で微笑んで……きゃー!」


 キャー、キャー!とリナとグレッチェンも真っ赤になって顔を覆う。

 ヴァレンティナは白々とした気分で突っ込んだ。


「リナおねーさま。浮気しないんじゃないんですか?グレッチェンおねーさまも、壁と堀はどこへ行ったんですか」

「もう。夢のない子ねっ」


 リナが即座に冷静に返した。

 グレッチェンもヴァレンティナの頭に手を置いて、顔を覗き込む。


「恋や愛を忘れたら、老けるわよ。ティーナ、まだ十五なのに六十のおばあちゃんになっちゃう気?」

「ならないよっ」

「てゆーか、ティーナってばアロイスとか、あの帝国の真面目眼鏡青年とか、強面の護衛騎士とかともいい雰囲気になってなかった?」


 さすがグレッチェンである。テオドルフにポーっとなりながらも、しっかり周りを見ている。

 リリーが目をキラキラさせながら、頷いた。


「アロイス様はビックリしました。何をおっしゃったんですの?」

「あ、あれは、奥様のことを聞いただけ。あんなに照れられたら、こっちが困るよね」


 その言葉に、リナが仰天する。


「え?アロイスって結婚してるの?!てっきり公女さま一筋かと……」

「ケリーから聞いたよ。幼なじみの超溺愛する奥さんがいるって」

「アロイスが溺愛……?」


 想像がつかないからだろう。微妙な顔になっている。

 リリーが人差し指を唇に当てながら、小声で言った。


「アロイス様の愛妻ぶりは有名ですわ。奥様は伯爵家の方で、アロイス様は男爵家の三男。奥様を得るために、国一番の騎士になるって努力されましたの」

「うわぁ、なに、その純愛物語みたいなエピソード……」


 グレッチェンは天井を仰いだ。そして、嘆息するように呟く。


「そういえば、前に身分の低い騎士が愛する伯爵令嬢を手に入れるために国一番の騎士になるっていう大衆演劇が流行った気がする。あれって、アロイスのことだったのね……」


 愛っていいわねー…と遠い目になった。

 憧れますよねー…とリリーが相槌を打つ。


 その横で、リナが不思議そうに首を傾げた。


「そういえばティーナって、あの帝国の護衛騎士の人、怖くないの?」


 リナが言うのは、ロルフのことだ。

 ヴァレンティナは驚いてリナを見返した。


「え?ロルフって怖い??」

「普通に踊るだけで殺されそうな気がしたんだけど」

「そうそう。雰囲気がね、人を寄せつけないっていうか」

「声を掛けるのもためらいますね……」


 リリーまでが加わってそんなことを言う。

 本当に殺されそうになったヴァレンティナとしては、あのときのロルフと比べれば、普段の愛想が悪そうな態度くらい、毛ほども気にならない。


「うーん、オレは皇子より気安いと思うけど……」

「えっ、うっそ、ティーナってば、ああいうのが好み?!」

「姫さま、テオドルフ殿下の方が絶対麗しいじゃないですか」


 グレッチェンとリリーが血相を変える。


「ほら、ダンスのとき、ティーナと皇子ってすごく密着してたんだけど。あれ、何もなかったの?!」

「ん?あ、魔性の女って言われたよ」

「はあ?!」


 グレッチェンが笑えるほど大きく口を開けた。

 一方、腕を組んで考え込んでいたリナがぼそっと呟く。


「そうよねえ。あの護衛騎士みたいな寡黙なタイプが、自分にだけ優しい笑顔を向けてくれたら、コロッといっちゃうわよねえ。うちの旦那に似てるといえば似てるかも」

「いやいや、リナ、それはないって。ああいうのは、俺様に黙ってついて来いってゆー、人の意見に耳を貸さないタイプだから。そのうえ、他の男と口をきいたってだけで殴るのよ」


 ロルフ、随分な言われようだ。

 だが、剣で脅された後、真摯に謝ってくれたし、帝国の事情もかなりぶっちゃけてくれた。愛想は良くないが、信用は出来る人だとヴァレンティナは思う。まあ、グレッチェンに詳しいことを話すわけにはいかないけれど。


「ティーナはホント、気をつけないと変な男に騙されそうよね。気になる人が出来たら、まずはわたしか、リナに相談しなさい」


 だが、最終的に妙な方向で話はまとまってしまった。ヴァレンティナはおとなしく「わかった」とだけ答えるに留めた。






 部屋に戻って、ベッド脇の公国建国譚が目についた。


(そういえば、何か気になって読み直そうと思ったんだっけ)


 読もうと手に取るが……今日は、もう眠くて仕方なかった。


(いいや。明日、読もう……)


 本を持ちながら、そのままベッドに突っ伏してしまった。


 ―――翌朝、目覚めたときに、気になっていたことが何なのか分かった。すぐに本を開いて、確かめる。

 この記述通りとすれば……道は開けるかも知れない。

 グラウネーベルへ実際に足を踏み入れたことのあるケリーにも、少し話を聞いてみよう。






 今日は昨夜のうちにクジで決めた二人が、テオドルフの相手をする。

 サーラとスーラ(グレッチェン)だ。

 昨日の楽師の中から、笛と太弦箏を演奏する二人が再び離宮へ来て、計五人で合奏を楽しむらしい。舞踏会で練習したあと、皆にも聞かせてくれるそうだ。


 太弦箏を弾いていた男性は、昨日、ズボンが破けた人だ。今日は何色のパンツだろうとつい考えてしまったのは、きっとロルフのせいである。


 そのロルフは、またもや皇太子の護衛につかず、しれっと談話室に来ていた。いつの間に仲良くなったのか、アロイスと話しながら、戸口に立っている。この二人が並び立つのはかなり威圧的なので、本当にどうかと思う。


 本を数冊持って窓際のお気に入りの席へ行ったら、後から部屋に入ってきたイーラが目を丸くした。


「今日はたくさん持ってきたのね」

「ちょっと、調べたいことがあって」


 あまり深く聞かれると困るなーと思いながら答える。

 さいわい、イーラはそれ以上の質問はせず、腰を下ろした。しかし、積まれた本に視線を向けている。そして低く問うた。


「それ……読んでいるの?」

「それ?」


 心底、嫌そうに指したのは……一番上に置いていたラウラお勧め恐怖小説だ。


「あ、一応、ざっと目は通しました。なので、ラウラ様にお返ししようと」

「え、全部、目を通したの?」

「読み込むまではムリでしたが、意外と恐怖の種類も富んでて興味深いものがありましたねー」

「あれだけ断っていたわりに、どういう神経してるの……」

「だって舞台はお城とかが多いんですもん。自分にはあまり関係ない場所だから、案外、問題ないかもって」


 イーラはぶるっと身震いした。


 その様子を見ながら、ふと、(あっ)と思った。

 思ったことをそのまま口にしようとして……慌てて閉じる。彼女が素知らぬ顔で座っている以上、指摘しない方がいいのかも知れない。


(でも、オレが気付いたんだから、向こうも気付きそうな気がする……)


 そう思ってから、もう一段階気付いた。


(あ!最初のときも、もしかして……)


 あの時だけおかしいと思っていたが、それなら辻褄が合う。なんらかの意図でやっていることなら、やはり口出ししない方がいいのだろう。

 余計なことに首を突っ込まない。

 最近、学んだばかりではないか。






 とはいえ。

 やると決めたことは、やらねばならないのである。


 ラウラに本を返したあと、ヴァレンティナは残りの本を持ってロルフに近付いた。今日は彼がここにいてくれて助かった。どうやって本を持っていこうか悩んでいたのだ。


「ロルフ様」


 声を掛けたら、きらっと目を輝かせ、「何か」と応じた。楽師ズボン事件のような面白い件で声を掛けたのではない。そんな期待に満ちた目をしないで欲しい。

 冷静な顔を保ったまま、ヴァレンティナは持っていた本を手渡す。


「魔導師のカイ様にお渡しくださいな。以前、おっしゃってた薬草の件で、こちらの本も参考になるかと思いまして」

「これは……。お心遣い、いたみいる。すぐカイに届けてまいります」


 軽く目を見張ったあと、余分なことは言わずにさっと身を翻す。

 重要な場所には栞を挟んでおいたので、カイと二人ですぐに察してくれるだろう。


 やがて、テオドルフ達の演奏会が催されることになった。

 舞踏室へ行くと、カイが目を輝かせて寄ってきた。


「ウルラ様!ありがとうございます!とても……とても参考になりました」

「お役に立てて良かったですわ」


 ホッとして微笑む。まだ、解決の糸口だけだが、これで一歩前進だ。


「ロルフ様は?」

「エッカルト様と一緒に、公国の方と貿易の話を。新たに公国のお茶を輸入するようです。テオドルフ殿下がいたく気に入られたので」

「まあ。公国のお茶を?うれしい話ですわね」


 対応が早い。

 カイと一緒に、ふふふと笑う。

 そして、カイがするりと小声で囁いた。


「ロルフ様の目は確かですね。ウルラ様と会えて良かった」


 皇太子やその護衛騎士が言うと皮肉かな?と最初に考えてしまうが、カイは違う。ヴァレンティナは素直にその言葉を喜んだ。






 演奏会は昨日とまた趣が違って、楽しいものだった。

 六弦箏を弾きつつ、スーラが歌う。異国の姫の悲しい恋の物語だ。さすが、公都で評判の歌姫である。心に染み入るような美しい声だ。 

 そこへ時折、テオドルフの甘やかな低い声がコーラスに入って、恋物語に切なさが増した。


(これで、商売ができるな……)


 昨日は寝そうになったヴァレンティナが、品のない感想を抱く。

 歌舞音曲には縁がなかったので、仕方がない。

 それでも、この演奏が素晴らしいものだということは、分かった。

1週間、うんうん唸りながら最終章を書き進めていたんですが、どうにもスッキリしない。

最終章なのに……最終章なのに、公女殿下本人が出張っちゃって、主人公が出てこない!

おかしい。おかしい……ので、もう1回書き直そう。ううう、ちゃんと終われるのかしら……。

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