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そもそも、昼間にも言いましたが、帝国の言う“運命の相手”というのは、本当に馬鹿げていると思いませんか?、とラウラは静かに話を切り出した。
「魔導王国ならともかく、帝国が魔導師の言で国と国の婚姻を決めるとはやはり信じられません。考えられるのは……第一公女のソフィア様は十七才。第二公女のマルギット様は十二才。まだ成人されていないマルギット様では、すぐに帝国へ嫁ぐことは出来ない。もしかすると、どうしても公国王族からすぐに妃を迎えたいのではないか、ということです」
「となると、該当するのはソフィア様しかおられない?」
「ええ。現在、公国王族内ですぐ嫁げるような独身女性は、ソフィア様だけなのです」
厳密にいえば、夫を亡くしたばかりの四十過ぎの(ソフィアの)大叔母や、臣籍降下した女性もいるにはいるらしい。しかし、新皇太子に相応しいとは言えない。
「ふうん……。そういえば、あの、皇太子サマって、二十三だったらもう結婚しててもおかしくないと思うんですけど、まだ結婚もしてなくて、婚約もしてなかったんですよね。皇族の方でそれってすごく珍しい気がするんですけど」
「第五皇子でございましょう?兄君達と皇位を争う気はない、という意思表示のために婚約も結婚もされていなかったのではないかしら」
全くおかしな話ではないという調子のラウラの言葉に、少しだけヴァレンティナは悲しい気分になる。
王侯貴族の生き方は、想像していたよりも犠牲にするものが多い。
「……なるほど。あと、ソフィア様も婚約されていないのが不思議だったんですが」
「ああ、内々には決まっているのよ。ソフィア様も、まわりにちょうど良いお相手がおられなくて、色々複雑なの」
「そうですか」
話が少し本筋からずれるので、これ以上は詳しいことは聞かずに続きをお願いすることにした。
「―――そうね。それでわたくし達、帝国が急いで公国から妃が欲しい理由を考えてみましたのよ」
「えーと……もしかして、光の乙女の力ですか?」
「知っているのね。そう、光の乙女の……光の加護ではないかと推測した訳」
光の加護とは、どのようなものだろう。ミラの話では、呪いを浄化できるということだったが。
この疑問には、コンラートが答えてくれた。
「光の加護は、まあ簡単にまとめると、乙女の血筋の者には魔物が近付かない、呪いが利きにくい、聖なる結界が張れるという辺りですかな」
「結界が張れるといっても小さなものだし、威力もそれほどではないわね。あと、祈ると多少は病や呪いを軽くしたり出来る……とか?」
サーラが付け足す。
「力が強かったのは、エレナ様の孫の代くらいまで。正直、今はそれほど価値はないのではないかしら」
「サーラ様」
皮肉げな口調のサーラへ、ベルタが小さく制する。ハッとサーラは目を瞬かせた。
「ああ、こんな話は関係ないわね」
コホンとラウラがわざとらしい咳をした。
「話を戻しましょう。……力の強さなど帝国は知りませんでしょう。でも、諸国に広く知られている乙女の加護を、急いで得たい何かがある、はずなのです」
ようやく、話の核心に迫ってきたようだ。ヴァレンティナは、無言で頷いた。
「しかし、こちら側はそれが何か見当もつかない。調べる時間もない。せめて、少しでもいいから時間が欲しい…………」
「え?まさか……」
言葉を濁したラウラを、ヴァレンティナは愕然と見た。
時間を稼ぐため。
もしや、ただ、それを目的に?
驚くヴァレンティナに、今度はイーラが口を挟んだ。
「仕方がないのです。あまりに急な話で、殿下も他に時間を稼ぐ方法が思い付かなかったそうですから。でも、使者殿とのやり取りで、なんとか一月の時間は稼ぎました」
「そう…ですか」
「殿下は次期公王としてのお覚悟はお持ちです。同時に、政略的な他国との婚姻を結ぶ可能性があることも、幼少期から理解されています。ですが……今回のような全く情報が無い状態で、向こうの言うがままの輿入れは……容易には受け入れ難いのです」
「もしかすると、帝国の侵略の一環かも知れません」
「それに帝国内の派閥も把握できぬまま嫁いでは、姫様の御身の危険も非常に大きくなりますからな」
ベルタとコンラートも後に続く。
国と国同士の結婚は、常に思惑が絡み合っている。一方的な通達に、公国側の混乱はどれほどのものだったろう。
その結果、たかが時間稼ぎにここまで七面倒な計画まで考えなければならないとは。好きでもなく、会ったこともない、それどころか存在もろくに知らなかった相手に。
公女様をするのも、本当に大変だ。
「……そういう訳で、正直なところ、影武者計画が上手く行くかどうかより、帝国の意図を探る方が重要なのです」
ラウラのまとめに、ヴァレンティナは大きく息を吐いた。影武者計画を聞いたときから、ずっと違和感を持っていたのだが、ようやく得心がいった気分だった。
「色々とご説明いただき、ありがとうございました」
気になっていたことが納得できたので、ヴァレンティナは礼を言って、これ以上会議を邪魔しないために急いで立ち上がった。
夜も更けてきている。長々と話し込んで時間をとらせては、連日、遅くまで作業をしているラウラ達に申し訳ない。
しかし、サーラが片眉を上げ、「もう良いの?」と怪訝そうに尋ねてきた。
「え?」
「延びた一月で何が分かったか、気にならないのかしら、と思って」
「あー……」
それは勿論、分かったことを聞いてみたい気持ちはある。昼間、少し説明があったけれど、実際はもっと他にも判明したことがあるに違いない。だけれど。
「わたくしの仕事は、公女殿下の影武者です。期間限定の。必要な情報であれば、ラウラ様達が教えてくださいますよね?それ以上の部分に関しては……帝国側に不用意な発言をしてしまわないために、聞かない方が良いかと」
ヴァレンティナの言葉を聞いて、ふふっとサーラは笑った。
「貴方は……予想以上に良い人材だわ」
「?…………ありがとうございます?」
どうやら褒められているようなので、そう返したが、サーラの真意が読めないので少し胡乱な口調になってしまう。
「貴方とは、一度、ゆっくり話してみたいわね。でも、今ではないのは確か。……ええ、もう、部屋へ戻りなさい。おやすみ」
「はい。おやすみなさい」
もう一度、ヴァレンティナは頭を下げて、静かに談話室を退室した。
あと残り2話で第1章終了予定です。
それが終われば、ようやく皇子さま登場!
でも、その前にちょっと閑話を入れてみたい……うーん、皇子さまが出てくるのは来週になりそうです……。




