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公女殿下の影武者  作者: もののめ明
五人の影武者

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 とうとう、影武者修行の最終日となった。


 この二、三日は、帝国の皇太子を想定した実践形式の会話術を叩きこまれている。といっても、主な手法は“話を逸らす”、“質問で返す”、“ごまかす”である。

 話してはいけない事柄が色々ありすぎるので、天気や庭の花や食べ物の話以外は、これで乗り切れと言われた。……すぐ会話が途切れそうで怖い。


 この“無難な会話術”は、グレッチェンが非常に上手い。やはり客商売―――しかも酔客を相手にすることも多いからだろう。リナも筋は良い。

 ヴァレンティナは……ちょっと興味のある話題を振られると、すぐ食いついて要らぬことまで喋るので、駄目出しばかりだ。


「目をきょろきょろさせたり、手を動かしたりするのも駄目ですよ」


 余計なことを口走らないよう頑張って教えられた定型文を述べても、ラウラからそんな注意まで受けた。


「えーーーーー?そんなところまで見られるんですか?」

「目は口ほどに言う、と言いますのよ。何か隠している、または嘘をついている……わずかな仕草で、案外分かります」


 ふいに、ぞっとした。貴族と話したら、腹の底まで読まれてしまうのではないだろうか。というか、今日まで、もしやラウラには全て筒抜けだったのだろうか?別に胸の裡で思っていることがバレてても、困る内容ではなかったと思うが……。


 そんなことを考えていたら、「さすがに考えている中身まで全部分かるわけではありませんよ」とラウラがにこにこしながら言った。


 ―――いや、全部分かっているじゃないか!


 ラウラの前では、あんまり変なことを考えないようにしなくちゃ…と決心するヴァレンティナだった。






 午後になり、談話室へ集まるよう言われた。


「昨夜、これまでの講義内容を見直し、一つ、重要な情報の共有が出来ていなかったことに気付きました。それをお伝えしますね」


 全員が座るなり、ラウラは話し始める。


「以前、先代・今代の皇帝陛下およびその親族に公国より嫁いだ者がいないという話をしたこと、覚えておられますか」

「何か不幸な事件があった、とおっしゃられていた記憶がございます」


 リナとグレッチェンがぽかんとしたので、ヴァレンティナが答える。

 ラウラはにっこりと微笑んだ。


「ええ、そうです。不幸な事件がありました。その不幸な事件を、知っておいて欲しいのです。公にはしていない詳細ですが、その話が出る可能性もありますので……」


 さらりと言うが、どうも帝国との国交に関わる重要事件のようだ。

 ヴァレンティナ・リナ・グレッチェンは背筋を正した。


「……ソフィア様の大叔母様に当たるエミリア様の話です」

「先々代皇弟殿下バーレット様に嫁がれた、お洒落で有名な方―――ですね」

「はい。エミリア様が帝国に嫁がれてから十二年目でしたか……、帝国の地方視察に赴かれた際、前日の大雨の影響でぬかるんでいた崖から馬車が転落し、お亡くなりになりました」

「…………」

「公式な記録では、そうなっています」


 ラウラは、一度、大きく息をした。


「しかし、実際は、地方視察でお泊まりになっていた領主の城で、お亡くなりになっています」

「?…………もしかして暗殺ですか?」


 リナが少し顔を青くして尋ねた。


「いえ、帝国側の話では……エミリア様は服毒自殺だと。愛人の従者とともに」

「!!」


 思わぬ展開に、ヴァレンティナ達は息を飲む。

 エミリアと従者が、道ならぬ恋故に心中した?


「えーと、でも……“帝国側の話では”とおっしゃるのなら、公国側は信じていないんですよね?」


 意味深な台詞回しに、グレッチェンが慎重に確認する。

 ラウラは短く頷いた。


「エミリア様と従者はお互いの瞳の色の指輪をつけ、手を繋いで息絶えていたそうです。従者の持ち物から、エミリア様が書いた愛を囁く手紙が見つかったとか」


 苦い表情で言い、首を振る。


「しかし、エミリア様はその二日前に、公国の妹君宛てに手紙を出しています。バーレット様の誕生日に、驚かせるようなプレゼントをしたい、何かいいアイディアはないか?と」

「エミリア様は、バーレット様を愛しておられました」


 イーラが後を続ける。


「元々はバーレット様が強く望まれたことによる婚姻でしたが、エミリア様は毎月、妹君宛てに幸せな生活ぶりを伝える手紙を書かれています。そんなエミリア様が、従者とだなんて…………」


 緑の瞳が、ふいに強くきらめいた。抑えきれない怒りが立ち上っている。

 その横で、ラウラとサーラも唇を噛み締めた。


 エミリアは、帝国へ嫁ぐ前は、孤児院の設立や民間の治療院の立ち上げなどに尽力し、公国内でもいまだに民衆に慕われている女性である。実際に会ったことはなくても、ラウラ達ならば民衆以上に敬愛の念が強くてもおかしくない。

 従者の愛人がいたなど……帝国の偽装ではないかと疑うのも当然だろう。


「状況や死因は詳しく調べられなかったのですか?」


 ヴァレンティナの問いに、サーラが首を振った。


「エミリア様の死の翌日、バーレット様が投身自殺されたの。愛していたエミリア様の裏切りに生きる意欲をなくしたとの書き置きを遺して。――その書き置きがあったせいで、帝国側から厳しい糾弾が公国に……」


 バーレットもまた、帝国では人気のある人物だった。彼の死による混乱で、エミリアの浮気の真相究明が行われなかったとしても、仕方ないことだったのかも知れない。

 とはいえ公国側も、糾弾に「はい、そうですか」とは素直に頷けない。更に帝国側にも一定数、エミリアの死はおかしいのではないかという人達もいた。


 結局、当時の公王と皇帝の間で烈しいやり取りの末、エミリアもバーレットも公式には事故死として扱われることになった。

 しかし、この件で帝国と公国には深い溝ができてしまった。以来、公国王族から帝国へは誰も嫁いでいない。


「もう古い話ですし……帝国中央におられなかった皇太子殿下は、この事件を知らない可能性もあるでしょう。ただ、どちらにせよ、微妙な話題ですので、こちらからはエミリア様やバーレット様の名前は出さない。もし向こうが口にした場合は、適当に濁すというように注意してください」


 ラウラはそう言うが、ヴァレンティナは適当に濁すということが出来ない。後でリナとグレッチェンに相談しなければならないだろう。






「それから、今後の予定ですが―――」


 一度、休憩を挟んで、再び集まった。


「明日は、全員で皇太子殿下のお迎えをします。本日の昼時点で東街道外門から何も連絡がございませんから、こちらに到着されるのは明日の夕方くらいでしょう」


 光街道には、入口と出口に大きな門があり、関を兼ねている。東街道の外門は、グランバルト帝国側だ。

 外門から内門まで、通常、馬車で丸一日。徒歩ならば、街道の中間点にある宿場で一泊するのが通常だ。

 そして東街道は公都に一番近い街道なので、内門から公宮までは半日ほど。


 掛かる時間を考えると、今日の昼までには皇太子らは外門に着く勘定のはずである。しかし、帝国の特産馬で、魔物の馬と掛け合わせた黒魔馬という種があるという。その馬ならば、普通の馬と比べて倍近い速度で移動できるらしい。恐らくその馬で来ると思われるので、今夜辺りに外門到着だろうか。

 ちなみに、各街道の外門・内門には、早馬ならぬ飛燕鳥が置かれている。この鳥は黒魔馬と同じく魔物の鳥と掛け合わされた公国産の遠距離伝令鳥だ。馬で二日掛かる距離でも一刻ほどで飛ぶ。


「明日は顔合わせを兼ねた全員での夕食会、明後日からは一人ずつ順番に皇太子殿下のお相手をしていただきます」

「………………丸一日、皇太子様相手に一人で?」


 リナが引きつった笑みを浮かべながら、ゆっくりと聞いた。

 ラウラは沈痛な表情で頷く。


「頑張ってくださいね」

「ちょ…!ム、ムリですよ、それ!一日、何しろってゆーんですか?!」


 驚愕で目を真ん丸に見開き、敬語も吹っ飛んで叫ぶ。


「一応、最初の二日ほどは、馬車の中から公都観光。後は、この離宮に楽士や道化師など招く予定です」

「馬車の“中”……?」

「護衛がいても、外は危険ですもの。普通、国外からの賓客を観光地にご案内するときは、一般人の立入規制を設けますのよ。でも、今回、皇太子殿下のご訪問は極秘扱いですから」

「で、馬車の中で二人っきり?」

「護衛騎士がいます」

「いや、でも護衛の方は喋らないじゃないですか。なんかもう、それ、完全に拷問なんですけど……!」


 最後は、ほぼ悲鳴である。

 ヴァレンティナとグレッチェンも、血の気が引いた顔でこくこくと頷く。喋ってはいけない事柄がたくさんあるのに、どうやって時間を過ごせというのだろう。

 しかし、ラウラはフフっと悪い笑みを浮かべた。


「無理にこちらから何か話そうとしなくて良いのですよ。向こうが“運命の相手”を探すために努力すればいいのですから。わたくし達はただ、にこにこしているだけです」

「そうは言っても、ずーっと黙ってにこにこしてるだけも辛いですぅ……」

「本当は……二週間ではなく、二日か三日の予定だったのですけど」


 両手を握りしめ、涙ながらに迫るリナの迫力に押されて、ラウラは困ったように眉を下げた。


「あちら側が、二週間欲しいと言い出したのです。正直、こちらも、どう時間を使うか頭が痛いくらいですよ……」


 そして、深く息を吐いた。


「まあ、こちらも情報は欲しいですから。……そうですね、わたくしも、なるべく同席いたします」

「…………!」


 本当ですか、ありがとうございます!!という声が勝手に聞こえそうなほどキラキラ輝く目で、リナ・ヴァレンティナ・グレッチェンは三人揃ってラウラを伏し拝んだ。






 ミラとリリーが紅茶を持ってきた。

 そういえば、喉がかなり渇いている。

 ヴァレンティナは、もらった紅茶をあっという間に飲み干してしまった。リナやグレッチェンも同じようだ。


「ところで、皇太子殿下当番じゃない日は、どう過ごせばいいんですか?」


 今度はグレッチェンが質問を出した。皇太子当番とは、ひどい言い様だ。

 しかしそれに対して咎めることなく、ベルタが答える。


「護衛の関係もございます。お一人ずつに護衛が付けられませんので、基本的には談話室でお過ごしください。読書なり、歓談なり、ご自由になさいませ」

「自室はダメなんですね」

「これまでは、このような言い方はあれですが…内輪のようなものでした。しかし、明日からは外部―――帝国の人間も離宮内に滞在します。用心が必要です。あちらの目的が不明な以上は」


 ひやりとした空気を滲ませながら、言う。

 彼女は、かなり帝国を敵視しているようだ。明日、皇太子ご一行様が来られた際、この冷え冷えとした敵意は隠せるのだろうか。


「それと付随して、明日以降は、離宮内を不用意にお一人で動かれるのも、禁止です。談話室から出られる場合は、侍女か騎士をお呼びくださいませ。そもそも公女殿下は、お一人で動かれることはありませんから」


 明日からの二週間は、今まで以上に大変な状態になりそうだ。

11、12と説明の多い回になりました…最後までお読みいただき、ありがとうございます。

明日は、3人娘達の最後の息抜きです。

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