一方通行
毒のような小説が書きたい……。
「ねえ、ジル。あなたはどうしてそんなにみすぼらしい服ばかり着ているの?まるで雑巾みたい」
そう言って幼いノエル・アンショーは私に話しかけてきた。
「いい女になりたかったらいい服を着るべき。高値の花になるためには宝石を身に着けるべきだわ。 ファッションの勉強をしない人間におしゃれを語る資格はない。愛される人間は愛される努力をしているの」
そう言ってノエルは私をバカにするように笑った。
そういう彼女なりの信念があったのだろう。
けれども私はノエルみたいにおしゃれする金も根気もなかった。
これは5年も前に出来事である。
私の知っているノエルはそういう女だった。
一度来た服は二度と着ず、靴やネックレス、手袋、帽子……どれも最新のもので全身を飾り付けている女だった。
そういうノエルが高値の花に見えたものだ。いつでも自然と視線が彼女に引きつけられた。ノエルの服も『私を見て』と自己主張しているようだった。
彼女はよくこんなセリフを言っていた。
「男にとってかわいいってことは正義だ」と。
初めてそれを聞いたときは胸が痛んだ。
その痛みは忘れてしまったけれども、ひどく傷ついたことは今でも鮮明に覚えている。
ところが今のノエルは誰よりも地味な服を着ている。それでも輝きを失って見えるどころか、地味な服が彼女の魅力を引き立てて見せているように感じたのだ。
そんなノエルを見たエリックが
「すごくかわいかった」
と友達と話していることを聞いたことがる。
美人は結局……何を着ていてもいいんだ。
ノエルは誰よりも輝いているんだ……。
私はノエルに賞賛だけ向けられるほど綺麗な心の持ち主ではなかった。
胸に浮かび上がるのはどす黒い嫉妬。
ノエルなんていなくなればいいのに。
大人しい仮面を被りながらそう考えていた。
エリック・ブラウンはもしかしたら私のことを好きかもしれない。
目があっただけでそう思ってしまう時期もたくさんあった。
ただの自惚れだったことにはもう気が付いているけれども、それくらいに私は恋というものを知らなく、正しい人の愛し方なんて全くわからなかった。
よく彼の背中を見つめた。
イケメンで明るい彼はよく女の子達に囲まれていた。
ある時、彼がこんな質問をされたことがある。
「ねえ、エリック。あなたの好きな人って誰?友情感情ではなくて恋愛感情で」
私だったらいいのに。
私かもしれない。
恋する女の子とは非常にバカなものである。
浮かれて……すぐ勘違いして、簡単に傷つくんだ。
「好きな人なんていないよ」
そんな彼の言葉に普通だったらほっとするべきなのかもしれない。
でも彼が自分を好きではないことにショックを受けて落ち込んでしまった。
本当に……どうしようもなくバカな女だ。
3月の終わり、町中の男の子達は戦争に志願し始めた。
エリックも志願しているらしい。父親が熱烈な南部愛国者だから仕方ないだろう。
両親の店を手伝っているものなどを除き、ほとんどの男が戦争に参加して南部のために役立つことを望んだ。
ピーター・ノルマンティーは父親が軍隊に所属していたため他の人よりも早く旅立っていた。
ただ私の知る限りルーク・ビッドだけは別だった。
彼は死にたくないと言って家に引きこもってしまった。
マイケルとかがルークも一緒に志願させようとしてもの「うつ病だ」「死にたくない病だ」とか何だか言って引きこもってしまった。
あんな弱虫な人間こそさっさと死ねばいいのに。
市では戦争に向かう青年たちのお別れ会を開くため何か催しをしてくれる人を募集している。
いつもの私だったらそんなの関係ないで終わらせてしまうだろう。
だけど、通り過ぎようとしたとたん何かが私の中で引っかかった。
小さい頃からがんばったり努力したりすることがきらいだった。
みんななんでそんなにがんばるんだろうとよく思っていた。
みんなが頑張るから勉強、おしゃれ、刺繍のレベルがあがってまたもっとがんばらないといけなくなる。
なんてめんどくさい世界だろうと思っていた。
与えられたことだけすれば満足。
最低限のことがやれればいいでしょう。
期待されたりするのは居心地が悪かった。
失敗するリスクのあることを挑戦することに挑戦することを恐れ遠ざけた。
そうして自分を守りながら生きてきた。
だけどもう一人の自分が囁くの。
もしかしたらもうお別れになるかもしれない。
新しいことにチャレンジするのは怖いけど、やってみない?
失敗して笑われるのがいやだ。
みんなにバカにされるのは耐えきれない。
でも何も行動できなかったらいつまでもそのままだ。
変わらない関係。変われない関係。
そこから一歩だけ踏み出したい。
他の子にも楽しくおしゃべりできなくてもいい。
好きな人に笑顔になることすらできない鉄仮面。
ボディタッチすらできない不器用な少女。
告げることも、かわいくなることも、近づくこともできない。
だけど、少しでも彼に私のこの想いが響いて欲しい。
バロック・ギター……リュートでの弾き語りならできるかもしれない。
イベントと取り締まっている係りの人に会いに行ききっぱり告げた。
「私……ギターの弾き語りをやります」
「がんばってね」
「はい」
その時久しぶりに笑えた気がした。
家で自分が作ったメロディーを何度も何度も練習をする。
弾きながら自分の思いが強まってくるのを感じる。
もっと近づきたいな。
だけど嫌われるのが怖いな。
本当はあの子のいる位置に私が立ちたかった。
だけど私はあなたに顔を見られることすら怖いんだ。
私はあなたの背中を遠くから眺める時間が好き。
何だか幸せというものがすぐ近くにあって手を伸ばしたら届きそうな気がするの。だけど踏み出せない。
今はただ甘くて切ない恋の歌をそっと口ずさもう。
あなたにこの想いが少しでも届きますように。
読んでくださりありがとうございます。