Be the one ⑥
ティーン向けの小洒落た服屋の試着室の前で、ジンは所在なさげに座っている。
「まだ終わらないですか。ユズが家で待ちくたびれますよ」
「もうちょっと待ってよ、ほら、これいいでしょ」
ナターシャがカーテンを開き、彼の前でベルトの太いプリーツスカートを靡かせる。トップスのカーディガンとよく合っていた。ジンは彼女をぼんやりと眺め、呆けたように呟く。
「もう、自分で選べるんですね」
「なに?まだ赤ちゃんだと思ってるの」
「いえ。……なんだか、しみじみしてしまって」
「そ。じゃ、これで決まりね」
煮え切らない彼にナターシャは怪訝な顔をしてカーテンを閉めた。
半分ずつ買い物袋を持って二人は薄暗い駐車場を歩く。ナターシャはずんずんジンの前を進む。全てが安寧に過ぎているはずなのに、ジンは言い知れぬ不安で胸がいっぱいになった。
「私は……ちゃんと父親をやれているでしょうか」
「ヘンなこと言うのね」
不安を慰めるように、ナターシャは振り返って微笑んだ。差し込んだ光に照らされジンは影の中に取り残される。
「私のお父さんは、お父さんしかいないわ」
違う。
強烈な違和感を覚え、彼は持っていた荷物を落とした。今まで立っていた地面が崩れ去っていくような錯覚に襲われる。
「私は、父親になれなかった。なってはいけなかった。それで、そのままでいいと、ユズと、決めた……」
「本当に大好きなんだね、奥さんのこと……」
ナターシャの顔は一転して切ない笑みに変わっていた。その静かな声をジンは聞いたことがある。
「エリィ……?」
何が起こって、今が何処にあるのか分からなくなってジンの全身から汗が流れる。右脚から力が抜け膝をつき、額に手を当てた。平行する二つの記憶が重なる。
「幾人目かの……あなたは……」
絞り出すように声を出すと、ナターシャの形をしたものは自嘲するように口角を上げた。
「本物には敵わないね」
咳き込んで老人は硬い物の上で目覚める。顔を上げると暗がりの中に巨大な銀色の鉄板が見えた。濡れて冷えた腕を伸ばし、なんとかそれに触れる。
「ナターシャ」
水面から上半身が覗く巨大なロボットは沈黙している。周辺は水に覆われ驚くほど静かだった。海水に晒された電灯が明滅し狭い範囲を照らしている。ジンは迫撃機巧の肩に流れ着いていた。
迫撃機巧は発電所にもたれる形で倒れている。辺りを見渡したジンはその建物の屋根に人影を確認して、慌てて水面に降り水飛沫が上がった。温い水の中を泳いで発電所の平たい屋根に腕を伸ばす。屋根はほんの少し水面から顔を出していた。ずぶ濡れのまま脚を引きずって横たわった青年の元へ向かう。胸部を見ると呼吸をしていた。
「マダラ」
名を呼んで肩を揺すると、マダラは薄く目を開けた。
「う……隊、長……?」
安堵にジンは息を吐く。やにわに目を見開いてマダラはがばりと起き上がり、水没した南極を俯瞰した。息を呑み、圧倒されたまま独り言のように呟く。
「あの、ジンさんは何故、ここに……」
「確か、核がこの局面の鍵だと感じて、こちらに降りていました。……あなたこそ、本部にいるものだと思っていましたが」
ジンにそう言われると、マダラは罰が悪そうに目を伏せた。
「……最後に、ポポラスをこの目で見たくなって」
「そうでしたか」
ジンの顔が少し和らぐ。マダラは濡れた顔を腕で拭い、険しい顔に戻った。
「核は生きているでしょうか」
「損壊はしていないと思います。物理的な衝撃はあまり加わっていないようなので」
「……では、ポポラスはまだ動きます。海水には強く設計しましたから」
「いいですね。ナターシャにも起きてもらいましょうか」
迫撃機巧の歴代の設計者が並び立つ。ぼんやりと照らされるそのロボットのアイカメラは、まだ意思が宿っているように光を反射した。
サードアース軍本部は南極中央の地下に設置されている。それを知るのはサードアース軍の人間のみであり重い秘密だが、そこに侵入した部外者がいた。鍵のかかった扉が開く。地下も一度水に満たされたようだが、嘘のように引いていた。薄暗い指令室の中で一つだけ灯ったモニターの前に女性が立っている。侵入者は彼女に言葉を投げかけた。
「ボク以外に目を覚ました奴がいるとはな。大将というのは伊達じゃないらしい」
「死人は死人だ。死人が動いて笑おうがそれは偽物でしかない。貴様もそう考えたんじゃないのか」
パシェは振り返らず状況把握に務めながらウスバと言葉を交わす。周囲の人間は眠ったままだった。
「ボクはただ吹っ切れてるだけさ。もう縋る必要が無いってだけで、死人に逢えたらそれなりに嬉しいぞ」
ウスバも各地の生き残ったカメラの映像を見ながら飄々と答える。
「そうか。戦争の指揮なぞ死を賛美しなければ果たせぬのでな……。しかし十分も眠っていたか」
パシェはずぶ濡れのまま振り返る。モニターに半身を照らされウスバと向き合った。
「貴様、ウスバと言ったな。貴様のような力を持った人間とこの窮状を打破したい」
「フ。このボクを人間と呼ぶか」
「あぁ。打算だ」
率直かつ素早い応答にウスバは虚を突かれ、声を上げて笑った。つかつかとモニターに近づき、ケーブルの露出した掌を押し当てる。
全てのモニターが通電した。
「ハナからその気だ。ボクはちょっとばかり人間離れしている」
チカダ・レアという男はずっとイエローの前を走っていた。彼は終ぞ追いつくことができなくて、いつの間にかその背中も見えなくなっていた。
だから、イエローは彼と軍隊で再会するとは夢にも思わなかった。チカダは夢破れて体力を活かせる仕事をするためにここに来たらしい。イエローは弟達を養うため、徴兵が行われたタイミングで以前の仕事より高給な軍に入隊している。
同い年で同じ時期に入隊した彼等は同じ隊に配属された。チカダは持ち前の根性で過酷な任務もなんとかこなしている。対して、イエローは日に日にやつれていった。
暇さえあればイエローは基地の裏に腰かけて煙草を吞んでいる。手隙のチカダもやって来て、隣にドカッと座った。イエローは彼の顔も見ずに黙っている。
「なあ、陸上選手の俺の横で吸うならせめてうまそうに吸えよ」
「どうだっていいだろ」
投げやりに言葉を返し、イエローは煙草を手に持って息を吐いた。突然チカダがそれを掴み取る。
「熱っつ!」
すぐさま手を開き火のついた煙草が地面に落ちた。
「な、馬鹿なんじゃないか」
驚き呆れて、少ししてからイエローは慌てて煙草を踏みつけた。チカダは手を振りながら顔をしかめる。
「先端があちいんだと思ってたんだよ!痛ってえ……」
外付けの蛇口から温い水が流れる。まともに燃えた煙草を掴んだ手が少しだけ冷えた。チカダは何故か諭すように話す。
「これに懲りて煙草はやめるんだな」
「懲りるのはチカダだろ……」
そう言いつつも少し後ろめたい表情でイエローは彼の手を見ている。ハハ、と彼は笑い、不意に水を止めた。
「お前さ。侵略者殺すの、嫌なんだろ」
「何、急に……」
「すげえ隈だぜ、毎日。参ってるって顔に出てる」
幼い頃と何ら変わらない真っ直ぐな瞳を向けられて、イエローは顔を逸らした。
「嫌とか、嫌じゃないとか……私には関係無いんだよ」
「大アリだ。お前、今までの人生全部家族の為に生きて、それで死にそうな顔して、うまくもない煙草吸って気を紛らわして……馬鹿になってるんだよ。感覚が。お前はこのままここで働けば洒落にならないことになる。自分でもそれぐらいは分かるだろ」
「洒落にならなくなるのも、私の勝手だ。お金だって入る。みんなに迷惑はかけない」
チカダは険しい顔で俯き、頭を掻いた。指先から水滴が零れ落ちる。短い間逡巡したのちに、意を決して向き合った。
「俺はお前に死んでほしくないんだよ。死ぬ以外ならいいって意味でもないぞ。デカい怪我も御免だ」
イエローは目を見開き、困惑する。日を覆っていた雲が動き濡れた地面を照らした。
「なんで、そんなに私に生きててほしいんだ」
「当たり前だろ。お前こそなんで言葉にしないと分からないんだよ。みんな、お前が思ってるよりお前の事好きなんだぜ?」
怒ったように捲し立てる彼の顔が逆光にぼやけた。イエローは居たたまれなくなって下を向き、懐に手を突っ込んで取り出した煙草の箱を彼の胸に押し付けた。
「わかったよ。これからどうするか、少し考える、から……それは捨ててくれ」
満足げに箱を受け取ると、チカダはニヤッと笑った。
「他の煙草好きに高値で売ってもいいか」
イエローも久方ぶりに笑みを浮かべる。
「お前が吸わなきゃなんだっていいよ」
迷ったのち、イエローはこの夏を区切りに軍隊を辞めることにした。しかし、彼は最後にして最大の任務を請け負うことになる。
宇宙からやって来る侵略生物から基地を防衛する。入隊からずっと行ってきたことだが、夏の終わりにそれは今までにない規模で襲来した。
冷たくなった風が吹き荒れる中、拉致型の光線によって道路が寸断されイエローの隊は分断された。他の隊員ともはぐれたイエローはチカダを探して走り回る。瓦礫の中を進むと、口腔型に片脚を咥えられ中空に浮かぶチカダの姿があった。
「チカダ!」
「来るな!」
チカダが藻掻きながら叫ぶ。自由な片脚で口腔型を蹴り付け怯ませているが、このままだと捕食されるのは時間の問題だ。瞬時にイエローは銃を構える。放った銃弾が口腔型の顎を貫き、骨を砕いた。口腔型の口が開きチカダは受け身を取って地に落ちる。噛みつかれた脚の痛みに悶えた。イエローが駆け寄り、彼の命に別状がないことを確認してから落ちた口腔型を見やる。
ゆっくりと浮かび上がった口腔型には、上顎と砕けた下顎の間に大きな隙間が生まれていた。これでは噛みつくことはできない。銃を構え直したイエローは自身を落ち着かせるために意識して息を吐く。再生は鈍い。残り一発で仕留められるはずだ。
口腔型はぎこちなく身体を百八十度回転させた。ぶら下がっていた下顎が回転したことで上顎にぴったり沿っている。
「逃げ」
チカダの声は間に合わなかった。
イエローはチカダの眼前で銃と腕を口腔型に喰われた。発砲音が鳴り、赤い血と黒い血が弾け二者とも倒れる。口腔型は動かなくなったが、イエローの両腕に深く突き刺さった牙は抜けそうにない。虫の息で横たわるイエローに向かってチカダは四つん這いで足を引きずる。
「嘘だろ、なあ」
イエローは接地した頬が濡れているのを感じて、その後にそれが自分の血であることに気づく。
「馬鹿野郎……だから、だから俺は……っ」
さらに彼の頬にチカダの涙が落ちる。
「なんで、分かってくれないんだよ」
なんで、なんで、と呪詛を繰り返すのを聞いて、イエローは身体の内から満たされていくように感じた。元々中にあった血は流れて出て行っているのに、不思議なことだ。
サードアースでは情報を秘匿するためコアを抽出した時点で当人は戸籍上死亡扱いとなる。イエローはサードアースでのコアを抽出された初期の人間であり、当時は健康な状態の肉体を利用する必要があった。
イエローは死んで愛する人の傷になりたかった。仄暗く、後ろめたい、果たされることの無かった欲望である。
雑然とした狭い部屋のベッドに酔った男が大の字でうつ伏せになっている。ハリアはその男を転がしてそこから落とした。散らかした服の上に落ちて彼は呻き声を上げる。
「お前もう帰れよ。俺明日早えんだから」
ハリアが低い声でそう言うと、机上に転がっていた酒の空き缶を一気に攫ってゴミ袋に入れた。床に転がったままのアカゲは赤ら顔で駄々をこねる。
「今から帰るのダリぃよ。その辺のゴミの上で寝るから泊めてくれ」
「散らかってて悪かったな。お前はキレーなお前の家で寝ろ」
嫌味を言っても泥酔したアカゲには届かない。不遜にも近くにあったクッションを引き寄せ枕にし始めた。
「なあ泊めてくれよ。いいだろ。ねみいんだよ。次なんか奢るからさ……あれだ。前行きたがってた料理屋。あそこ奢るから……」
「カット」
大きなテレビの前でハリアは一片のピザを噛んだ。一瞬で咀嚼して飲み込み近くに浮かぶ聖遣に注文をつける。
「アカゲはこんなに良い奴じゃねえ。もっと金に汚い」
「そう?難しいなぁ」
聖遣は逆さまに浮かんだまま顎に手を当てた。豪邸のリビングで柔らかいソファーに座るハリアは何も無い場所からもう一片のピザを右手で受け取る。
「第一アイツは俺の食いっぷりを知ってるからな。飯なんて奢ったら破産するぜ」
「そっか。反映するね」
キュルキュルと音を立てながら映像が巻き戻っていく。ふと彼は食指を止め聖遣の顔を見上げた。
「……なあ、これ全員にやってるのか」
「これって?」
「飲み込んだ奴の意見を反映させて、夢を修正することだよ」
「あなたが望んだから、あなたはそういう夢を見てる」
「おい、この夢すら監修済みってことか?」
ハリアが椅子から身を乗り出すと聖遣はさも可笑しそうにくすくす笑い、静かに問いかける。
「あなたは他人に介入されるのが嫌いでしょ?」
悠然と微笑む聖遣の表情に何を言っても意味が無い気がして、彼はそっぽを向いてまた深く腰掛けた。
「フワっとしたことしか言わねえな、てめえは」
人間味というものを感じられない彼女は先ほどまで戦っていた彼女と同じ人間とは思えない。険しい顔つきのハリアに構わず聖遣のようなものは無邪気に問いかける。
「ねえ、登場人物はこれだけでいいの?」
「俺の望みが分かるなら、これで十分だって分かんだろ」
「言葉にしてないことだってあるよ。イエローもマトラも、あなたの世界にはいらない?」
具体的な個人名を出され、言及せざるを得なくなったハリアは鼻から息を吐く。訥々と語り始めた。
「……あいつは核だし、戦争の無い世界で出会うのは想像つかねえ。大佐は……もう死んでる。俺の記憶から人格を引っ張ったって、そいつは出来の悪い偽物だ。あの人が何を言うかなんて想像もつかねえよ」
「そう。……監修はいったん中止するね」
聖遣のようなものの声色が変わり、ハリアは首だけ振り返った。彼女はフローリングの床を見つめている。
「あなたに判断してもらおうと思って」
そう言うや否や、その視線の先に血塗れのイエローが現れた。両腕がぐちゃぐちゃに曲がり、骨が出っ張って表出している。ハリアはぱっと駆け寄り脈をとるが身体は冷たい。すぐに浮遊する彼女を睨みつける。
「なんだよこれ。こいつは本物か?お前がこうしたのか?」
「あなたの本物の定義って何?」
微笑みを崩さずに質問を返す彼女にハリアは怒りを募らせながらも堪えた。
「イエローを殺したのはお前かって聞いてんだよ」
「そうだね。このイエローはあなたの記憶から作ったものじゃないよ。イエローもイエローの望む夢を見てこうなったの」
その言葉を聞き、彼はイエローの惨い身体に目を落とす。打ちのめされたように少しの間黙った。
「……そうかよ。じゃあ何でここに連れて来た」
聖遣のようなものは地面に降り立ち、イエローの傍に座る。
「私は、その人が望む夢を永遠に与えられる。でも死んじゃったら夢の世界はそこで打ち止めになっちゃうの。楽しい夢でもずっと続いてほしい人と、途中で満足する人がいるから……死んだままで夢の中に居てもらうか、それとも満足したってことにして現実に帰ってもらうか、私では判断できなくて」
彼女は慈しむように死体を見つめながらゆっくりとそう語った。この口ぶりではコアも人間も生きたまま現実に戻しているようである。ハリアは少なからず驚いた。
「望めば戻れんのか。てっきり溺れ死んだと思ってたぜ。セカンドアースは今残ってんのか?」
「夢の中と現実の時間はちょっとズレてるみたい。まだ天変地異も起こってないよ」
そう言って彼女はテレビを見やった。テレビはいつの間にか別の映像―――水に覆われた発電所の空撮に切り替わっている。それが本当の現実なのかハリアに判断する術は無かったが、なんとか状況を飲み込んだ。
「……そう、そうか。取り合えずこいつの怪我を治せ。見てらんねえ」
「やさしいね」
「当たり前だろ」
さっさと治せと言わんばかりの彼に彼女は微笑んで、イエローの目元を手で覆う。床に広がっていた血が赤く光り、患部を包み込むように舞って傷が埋まっていった。軍服までもが綺麗に戻り穏やかな呼吸が始まる。
ハリアは胡坐をかいて座りなおし、呆れ顔で彼女を見つめた。
「で、俺がこいつを現実に返すかどうか決めろって?こいつの人生の中で俺はぽっと出だろ?もっと誰かいねえのか」
「コアは戸籍上死亡扱いになるのはあなたも知ってる。軍人になってからのイエローを一番知ってて、まだ死んでないのはハリアなんだよ」
「……にしても本人の意思が訊けねえでどうするってんだ」
困惑したままのハリアを地上に置き去りにして彼女は浮かび上がる。
「刺激を与えたら起きるよ。じゃあ、よろしくね」
彼がおい、と言う間もなく彼女は消えてしまった。
テレビとソファーが消えている。大きな何も無い部屋に残されたハリアはイエローの静かな寝顔を見て、深くため息をついた。
「イエロー。イエロー。起きろ。死んでんじゃねえ」
身体を揺すぶっても起きない。胸倉を掴みハリアは息を吐く。そして平手でイエローの頬を音が鳴るほどの力で打った。
「痛った……」
イエローは顔をしかめて頬に手をやった。目を開けると右腕のあるハリアがこちらを掴みかかっている。
「よう。気分どうだ」
「ちょ、何で二発目構えてるんですか!起きました、起きましたから」
慌ててイエローは身を起こした。顔にこそ出ていないが相当怒り心頭のハリアに肝が冷える。
「……どこですか、ここ」
「前の亜空間みてえなもんだ。お前は気持ちいー夢を見てたが、夢の中で死んだからここにはじき出された。分かるか?」
膝をついて吐き捨てる彼にイエローはとりあえず従う。
「それは、まあ、分かりましたが……ハリアは、なぜここに」
「お前が夢の中で死んだもんで呼び出されたんだよ。お前を叩き起こして現実に帰らせる役だ」
イエローも驚いて目を見開いた。
「核はまだ残っているということですか」
「あぁ。現実じゃそれほど時間は経ってねえ」
平静なまま答えるハリアにイエローは遠慮がちに、不安そうな顔をして訊いた。
「……ハリアは生きてますか」
「らしいぜ」
祈るような気持ちでイエローはハリアに詰め寄る。
「じゃあ、ハリアも現実に戻れますよね」
「あぁ……そうだな。お前が戻るんなら俺も戻る。俺がいねえとお前は身動きとれねえし」
ハリアはそう言われるまで自分の進退に思い至っていなかったようで、考えながらそう答えた。イエローは下を向きその声に苛立ちを滲ませる。
「なんですか、それ……私がいなくたってちゃんと起きて下さいよ」
「俺は核じゃねえから死ぬと痛えんだよ。平時ならともかく、戻ったって数時間で死ぬんだぜ」
淡々と言葉を返す彼をイエローは睨みつける。
「核なんて、本当に死ねるかも分かりませんよ。どうせ、肉体は長くは痛みません。数時間だけなら、生きたっていいじゃないですか」
何の気なしに吐いた言葉に対して怒りを露わにするイエローにハリアは少し気圧された。
「ムキになんなよ。俺はここに残るとは言ってねえ」
「私は、生きる言い訳に私が使われることが嫌なんですよ。これ以上、罪悪感なんて……」
言いかけた言葉をイエローは自分で飲み込んだ。自分の両腕を強く握り、俯く。
「すみません。なんだか、自分の身体があると……個人的なことばかり言ってしまいます」
ハリアも顔を逸らしてやる。
「いい。お前は全うだ」
「しかし……私は自分が起きる言い訳にあなたを使います。私はそういう奴なんです」
「そりゃ俺が起こしたからだ。神の思し召し、ってやつさ」
堅い話題を蹴散らすように立ち上がりハリアは大きくのびをした。イエローの瞳は閃く。
「俺も適当な夢には飽きて来た所だ。死ぬまで生きてみるぜ」
「はい」
もう言い訳しなければならないことが無くなって、イエローは後ろめたさを振り払うように応え立ち上がった。
役割を失った世界はすぐに端から塵と化したように崩れていく。暗闇が忍び込み冷たい風が強く吹き込んだ。ハリアは思わず目を閉じると網膜を突き抜ける明かりが消えたのが分かる。目を開けてもそこは闇の中で、イエローの姿が見えない。
「イエロー?」
「平気ですよ」
背中に温もりを感じた。寒風によってそれが際立つ。
彼等は気がつくとずぶ濡れで極地の夜空を飛んでいた。




