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第十九話 魔王劇場とかいうアジテーションinアルベスタイン

 三馬鹿が悪巧みを始めて四日。そんなこんなで準備は最終段階へと辿り着いた。


 ラドック城のホールに集ったのは、王権派の諸侯だ。三馬鹿には誰が誰だとかは分からないが、戦後この国を担う一廉の人物達なのだということは見て取れた。ジュリアに二物を抱える不届き者は事前に遠ざけておけ、と頼んだお陰でこの場にいるのは王家に忠誠を誓う者だけだ。それでも欲はあるだろうから、ここでそれを潰しておく。


 決起会の様相を呈したその場で、ルミリアの挨拶があり、ジュリアが今後の流れを説明する。そして、作戦に関してジオグリフが表に立った時だった。彼の放った次の一言が、和やかだった全てをぶち壊してしまった。


「どうも、()()()ジオグリフ・トライアードです」


 さて、ここで王権派の序列に関して説明しておこう。


 トップは当然、ルミリアだ。王権派の神輿なのだからさもありなん。次いで彼女を擁するジュリアである。王権派の筆頭であり、文武に優れた人物で国内外でも有名なので大将を気取った所で誰も文句を言うまい。


 だが、現場指揮官を兼ねる軍師枠には空きがあった。そして諸侯はその場所を狙っていたのだ。王都での決戦は、この国の行く末を決める重要な一戦だ。ならばこそ、次代を担う由緒ある貴族が担うべき────と、誰もが思っていた。


 そんな中、ぽっと湧いて出た異国人がその座を掻っ攫ったのだから、紛糾して当然である。勿論、ルミリアやジュリアに非難が殺到した。だが、彼女達はジオグリフがジュリアを下したことを引き合いに出して、その実力を認めた。そして、事前に書面を交わしており、その内容はこの一戦でどれだけ功績を上げようと以降のアルベスタインでの権益を放棄するというもの。


 三馬鹿としては報奨と称してこの国に縛り付けられるのは勘弁であるし、三人娘を回収したら帰郷する予定であったから当然なのだが、それを知るはずのない諸侯が納得するわけがない。何故他国の、それもちょっと前までは敵であった国の貴族を軍師に据えるのだ、と発狂しても致し方ないだろう。


 故に喧々諤々と未だホール内が騒がしく、腹をくくる前までのジオグリフであったのならば「いいぞ…………争え、もっと争え…………」とばかりに乗っかって逃げていただろう。


 しかし今は違う。


 夜天の魔王は、もはや自重を止めたのである。


 事ことに至っては力で従わせることも厭わない。


「解凍」


 やいのやいの好き勝手騒ぐ諸侯を相手に、ジオグリフは魔術をぶっ放した。選んだ属性は雷。標的は身内を除く全部。威力は最低であったが、演出的に派手さは重視した。


 雷音と同時に痺れが駆け巡った外様は全員倒れ伏し、ある程度実力のある将すら膝を折って屈した。


「くくく…………ふははは…………はぁーはっはっはっは!!」


 そんな中、身を捩って三段笑いを披露する魔王様はいっそノリノリである。片手で顔を隠すようにして、下した全てを睥睨する。この場にどこかのエルフがいたらきっと目を輝かせていたことだろう。


 その異様な雰囲気に周囲が静まる。たった一つの魔術とその奇矯、もとい行動でこの魔王は場を掌握したのである。


「勘違いしないでもらおうか。我々は貴様等の敵に奪われた身内を救いに行くだけだ」


 そして告げる。


「あまり舐めた口利くな。貴様等が身内でさっさと始末つけないからわざわざ外国人の我等が出張る羽目になっているのだ。こちらの立場はあくまで傭兵で、部下ではない。しかもまともに金も払え無いと来た。上下関係どころか対等ですらない。御恩と奉公を求めるなら、まずは恩が先だろう。分を弁えよ、三下」


 そのあんまりにもあんまりな物言いに、なけなしの力を振り絞って抗議の声を上げる諸侯もいるが、再び解凍の一言共に放たれた雷魔術で物理的に黙らされた。


「ふん。全く、どいつもこいつも金に権力と、この世界でも今だけ金だけ自分だけか。────恥を知れ、俗物!」


 ついでとばかりに言ってみたかった台詞のtodoリストも一つ埋めておく。


「報奨? 名誉? 要らんね。何故、余がこれほどの魔術を行使できるのにトライアードの後継者争いから降りたと思う? 力づくというのなら今からでも正面から兄達を皆殺しにして当主の座につけるのに冒険者をやっているのは何故だと思う? 答えは単純だ。権力というつまらないものに、最早価値を見いだせないからだ。それで貴様等は何を対価にできる?」


 無論、自由に生きたいからという青き血にあるまじき自分勝手極まる理由は伏しておく。


「良いかね? 重ねて言うが勘違いをするな。貴族と言えど、貴様等は所詮、何者でもない人間だ。殴られれば痛いし、刺されれば死ぬ。今ここで余が一言呟くだけで諸君はチリの一つも残さず消滅する。人間であり、そこは平民と変わらん。余からしてみれば、貴様等が誇る強さなど、群れを成すゴブリンと大差ないのだ。────皆殺しにするのに、十秒も掛からんとも」


 正直な所、王権派も王権派で結構な問題を抱えている。ジュリアを筆頭にしてはいるが、その水面下では貴族らしい駆け引きがある。他国との戦争ならばそれもまだいいが、今回は内戦だ。機に乗じて今後必須な人材を邪魔だからと暗殺されても面倒なだけである。足の引っ張り合いは邪魔でしか無い。


「見捨ててしまえば良い。見限ってしまえば良い。余は身内を救出すれば、この国がどうなろうと知ったことではない。貴様等のような愚昧はその浅はかな考えを精々掲げ、押し潰されて死ね」


 それを引き締め、恨まれつつも全権を握りに行くにはこうした小芝居も重要であるとジオグリフは判断した。


「────と、少なくとも、今朝まではそう思っていた」


 無論、それだけで済ます魔王ではない。


 楽しくネタを振り回しつつ三人娘を回収すると決めたのだ。


「だがね。諸君の主が頭を垂れたのだ。分かるかね? 一国の主が、自らの不明を恥じてただの冒険者に助力を請うたのだ。助けてくれと。これがどれほど稀有なことで、異常なことで、恥ずかしいことが、諸君の頭で理解できるかね? そして────」


 なので。


「それをさせたのが誰なのか分かっているのか…………!?」


 彼等にも当然、役者になってもらうのである。




 ●




 ホールの隅でそんな魔王劇場を、その背中を見ていたベルトーニは衝撃を受けていた。


 圧倒的力で並み居る諸侯を平伏させ、睥睨する様は、自分が降した時とは比べ物にもならない圧力があった。


「もしも、もしもそうではないと、心の片隅に一欠片の忠義があるのならば、此処から先、少なくとも諸君の主が王権を取り戻すまでは一切の我欲を捨てよ。我を滅し、奉公せよ。さすればこの国の王は諸君を見捨てん」


 それはまるで、寝物語にしていた英雄譚の一幕のようであった。


「無論、我々も理不尽に抗う者には手を貸そう。そう、我々のパーティ名はシリアスブレイカーズ。この世の理不尽を、さらなる理不尽を以て破壊する者達だ」


 旅する英雄が、ふらりと立ち寄った国で、苦難に見舞われた姫君を救うべく、有象無象を纏め上げて一軍の将となる。


「この国を覆う理不尽(シリアス)を、我らが破壊してやろう! 諸君が征く道を開き、未知を見せてやろう! だが、主役はあくまでこの国の者達────諸君だ! 己の身を賭すことも出来ぬ愚昧に、望む未来は決して訪れん!!」


 そんな立身出世の序幕のようでありながら、彼は決してそれを求めない。


「諸君は愚昧か!? 己の国を救うこともせず、国民から税を貪るだけの宰相派と同じ腐敗貴族か!?」


 まるで熱に浮かされるようにして、ベルトーニは魔王劇場に引き込まれていく。


「己の足で立てぬ赤子か!? 少し強い程度の冒険者に頼らねば戦一つままならぬ弱者か!? それとも民から巻き上げた税を食いつぶすだけの穀潰しか!?」


 違う。五歳児だ。


 違う。まだ弱くても、貴族の誇りは教育されている。


 違う。民がいるから貴族がいられるのだと、そして民を守るのが貴族だと母から教わっている。


「ならば叫べ! この国を救いたいと言うのならば、一切の我欲を捨て、その旗頭たるルミリア・エル・アルベスタインの名を────己が戴く主の名をっ!!」


 小さな拳を握りしめる。


 胸に渦巻く熱量が、遂に喉を伝って口から出た。


「ルミリア様…………!」


 最初に口にしたのはベルトーニ。だが、続くようにして諸侯の口からもルミリアの名が出てくる。元が忠臣なだけに、それは非常に速い速度でホールを伝播した。


 それを見て、魔王は悪辣な笑みを浮かべる。しかしそれが、今は頼もしいとベルトーニは感じた。


「違う! 足らぬだろう! それが諸君らの忠義か!?」

『ルミリア様!!』

「もっとだ!」

『ルミリア様ァ────!!』

「まだまだっ!!」

『ルッ!ミッ!リアッ!!』


 流れるように始まったルミリアコールに、ホールが湧く。


 最早この場は魔王の手中だ。だが旗頭はルミリアのまま。肝心の彼女は乾いた笑顔を浮かべて手を振って応えている。


 事前にジオグリフから「本日で主要な現場指揮官を全部掌握しますので」と聞いていなければこんな対応は即座にできなかったと思う。


 そしてこの光景を見た馬鹿二人は。


「うーん。先生ってさ、元政治家のくせに他人の煽動とか大好きだよな。超イキイキしてる」

「流石民主主義を壊したかったとか言う厨二病ですわ。政治家よりもいっそ革命家の方が性に合ってたんじゃないんですの?」


 ノリノリの魔王様を呑気に批評していた。




 ●




 王都アルベスタインの貴族街にある屋敷、その書斎で屋敷の主であるフリッツ・ルブランは部下の報告を受けていた。


「ルブラン卿。王権派が王都の外に陣地を敷いたようです」

「ふん。ルミリアめ。結局人を集めてきたか」


 宰相側についてから、こうなる日が来ることは予見していた。儀式の失敗をしたとは言え八百年続く王家だ。民の感情も二分していることだし、いずれにせよ衝突は免れない。


 七年前にその可能性を示唆された時は眉唾であったが、前回の儀式の失敗と研究の進展でいよいよ現実味を帯びてきたのだ。


「まぁいい、数ではこちらの方が上よ。後はバーテックス卿が上手くやるだろう。それより…………例の物の準備は大丈夫か?」

「はい」

「いよいよか…………。ここに来て私の血が役に立つとはな」

「ルブラン卿も王家の血筋ですからね」


 そう。フリッツ・ルブランは公爵家の生まれ──即ち、王家の補助血統だ。この国ができた頃から幾度となく王家と交わっている為、血の濃さは王家のそれと遜色はない。惜しむらくはフリッツ自身に秘術に耐えられる程の魔術の才が無かったことだ。


 しかし、である。


「霊龍を御せれば、ルミリアは最早不要だ」

「かつてデルガミリデ教団から提供されたあれで術式を増幅すれば、フリッツ様でも儀式は可能です」


 そう。七年前、デルガミリデ教団と名乗る者達からいくつかの物品や技術供与を受けた。あちらは運営の資金難で技術を売りに来たようだが、こちらとしてはその中に霊龍を従える可能性がある遺失装具(アーティファクト)が混じっていたのが嬉しい誤算だった。


 とは言えそのままでは使えず、それなりの年月を費やしてしまった。それでも、何とか内戦の決着前にカタを付けられるだろう。


「ならば早速準備させよ。成功すれば、ルミリアは王族としての大義を失い、私が新たな王としてこの国を統べるのだから」


次回も多分、来週。

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ノッリノリだなこの魔王www流石元政治家、人心の扱いに長けている
 アジ屋がアジり過ぎて、アジられた人達がアジの干物になる日も近い…………のかも知れない(意味不明)
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