第十七話 月下の乱入者・下 ~彼女が望んだもの、彼女が望むもの~
「と、取ったりしないと、は? 妾とシャノンはその、そのような関係ではなく、ええ、主従! ただの主従ですし!」
「あらあらまぁまぁ」
目を泳がせて白黒させつつ弁明を早口で捲し立てるルミリアに対し、百合豚は頬に手を当てて困ったように笑っている。しかして、その胸中は。
(この娘、可っ愛いですわねぇ…………!?)
心をぴょんぴょんさせていた。それはもう、百合というトランポリンで思いっきり。
「先程のやり取りを見るに、主従と言うよりはちょっとぎくしゃくした恋人のようでしたわ」
「こいっ…………!? と言うか盗み見していたのですか!?」
まるで追い詰めた鼠を前にした猫のようにニマニマと口を綻ばせるマリアーネに、ルミリアは毛を逆立てて抗議する。
「ふ、不敬! 不敬です!! いくらシャノンの恩人と言えど────!」
「あら、では誰ぞの嫁になっても良いのですか? シャノンちゃんが」
「それ、は…………」
しかしこの猫、反撃など許さない。好奇心はあるが油断はしないのである。とても質が悪い。
「かつてはお友達。そして今は主従。ずっと側にいた、一番の理解者。そうなのでしょう? ずっといっしょで、誰よりも、何よりも信頼を寄せて────だからこそ、愛してしまった」
マリアーネはルミリアと接するのはこれが初めてだ。だが、シャノンからある程度人となりは聞いていたし、その生い立ちや彼女達の関係性もそれとなく探りを入れていた。
常ならば妄言と取られかねないこんな台詞も、揺さぶりと共に放たれれば効果は覿面である。断定されたルミリアは否定をするべきなのだが、口をパクパクさせて二の句を告げない。
そんな彼女を前に、百合豚は然り然り、と頷く。
(ええ、ええ、このマリアーネ・ロマネット。道ならぬ少女たちの恋を実らせるためなら何でもいたしましょう。そう、なんでも、ね)
因みに、このように他人の考えを変節させる行動を、人は煽動とか洗脳とも言う。
「おかしいと、普通ではないと、そう思っているのでしょう? 女性が女性を好きになるなどと」
「…………」
問いに対し、ルミリアは顔を伏せて無言。だが、反論がないことこそがその証左。故に馬鹿は畳み掛ける。
「確かに生物的にはおかしいのでしょうね。同性同士では子を成せませんし、王侯貴族という立場なら尚更。けれど、理論や理屈で片付けられるほど、感情というのは単純なものではないのですわ。特に、好きという感情は、ね」
「貴女に…………貴女に何が分かるんですか!? 妾はルミリア・エル・アルベスタイン! この国最後の王族です! そのような世迷言で────!!」
「あの魔槍を手にして、男の子になったシャノンちゃんにドキッとしましたわね?」
「────っ!!」
そして絞り出すように出てきた小娘の反論など、舌を武器に海千山千の商人と渡り合ってきた百合豚に通じるはずもない。
「でもシャノンちゃんは元々女の子で、心もそうなもので、本人もそれに悩んでいるものですから、安易に好意を向けるのは筋違いな気がして、心に秘めているのでしょう?」
「な、な、な…………」
「だけど一緒に逃避行して、命がけで自分を守ってくれるシャノンちゃんを意識して、その気持ちに気づいて伝えたくて、寄り掛かりもしたいけど、やっぱり迷惑かなと妙な遠慮をして一回遠ざけた、と」
「ななななな…………!」
「図星ですわね。全く────お可愛いこと」
「~~~~ッ…………!!」
そして、とうとう詰め切った。耳まで真っ赤にして、ルミリアは膝から崩折れる。それを眺めて浮かべる百合豚の笑顔はかなり邪悪。
「どう、して…………」
「どうして、とは?」
「どうして、分かるんですか?」
その問いに対し、百合豚はふふん、と得意気に鼻を鳴らす。
「このマリアーネ・ロマネット。数多の、ええ、幾千もの花咲くような恋を見つけ、そしてその全ての恋路を見届けてきた者ですわ。この程度の展開────私にとってはベタな内にしか入りませんとも」
内実は現代日本で百合モノを中心に恋愛モノを蒐集していただけであって、リアル経験値は暗い青春も相まって割と乏しい女である。嘘を言ってはいないが本当のことも言っていないだけ、という本当に色々と度し難い馬鹿であることは変わりない。
ところがどっこい、そんな事情など妖精姫が知るはずもなく、ショックを受けていた。
「ベタ…………妾の悩みが、ベタ…………?」
「ええ、ベタですわ。言うならば超ぉーベタ。私の手に掛かれば、ルミリア様の悩みなど立ち所に失せましょう!」
「ほ、本当ですか?」
「ええ、マリアーネ、ウソツカナイ」
尚、本当のことも言わない。
「なら、妾はどうすれば良いのでしょうか…………?」
そんな馬鹿にすがるようにして、ルミリアは上目遣いで尋ねる。それをやっぱこの娘可愛いですわね! と何処かの聖女に知られれば悲しみの向こう側へと連れてかれそうな感想を抱き、腕を浅く組む。
「まずは立ち位置を確認しますわ」
「立ち位置」
「ええ。前提として────シャノンちゃんが好きなんですのよね?」
「え、と、それは、その…………はい…………」
その直截な物言いに、躊躇いがちにルミリアは頷く。
「それはライクではなくラブ、もとい、愛・しちゃったんですのね?」
「はい…………」
「一人の女として、彼女を! 愛・しちゃったんですのね!?」
「はいぃ…………!」
最早ライフが枯渇した状態のルミリアから言質を引き出し、マリアーネはムッハー! と鼻息を荒くする。この女、本当にノリノリである。
「よぉーござんしょ。それが分かっているのなら、話はそう難しくありませんわ」
「本当ですか!?」
「ええ。ですが────」
「ですが?」
「覚悟は必要ですわよ。この世界において、普通ではない事をするのです。前例はなく、誰も頼ることもできず、後ろ指をさされる茨の道を歩み、それでも尚、自らの最上を掴み取るというのなら」
「覚悟、ですか?」
「ええ。世界の最先端を走るなら、座して得られるものは何もありませんわ」
現在、この世界の文明基準は中世だ。
故に多様性の欠片もない。
宗教的な抑圧。慣習的な是正。常識的な判断。
排斥、排他、差別、弾圧。
それら全てが異物に対して牙を剥く。
そう、異物だ。
常識というのは、その時代その時代で容易く変容するものだというのに、人々は声高に、さもそれが絶対正義であるがごとく唱えて非常識を排除する。
いずれ非常識が常識なるのだとしても、今、この世界においてルミリアの感情は異物でしか無い。
それを破壊するのだというのならば、生半可な覚悟では賢しらな世間に潰されてしまうだけだ。
揺れず、撓まず、砕けぬ基本骨子。
自らが自らであるための存在証明。
続ければやがてそれが信念となり、美学へと通じる最初の感情。
即ち。
「ええ。我儘です。それは女の子の特権ではありますが、同時に諸刃の剣です。小娘の我儘一つで世界が動くほど、世の中というのは甘くも優しくもありません。それでも通すというのなら、今までの自分を脱ぎ捨て、変わる必要があります。そう────強く、可愛く、カッコよく、ね」
故にこそ、マリアーネは問うて、ルミリアに預ける。
「では問いましょうか。────壊したい理不尽はありませんの?」
自らを動かすための、撃発を。
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「おぉ、姫。良い所に来たな」
「と言うか何処行ってたのさ」
そろそろ深夜に差し掛かる所で、割り当てられた寝所に戻ってきたマリアーネは、馬鹿二人がテーブルを囲んで額を寄せ合っている場面に遭遇した。
「どうしたんですの? 二人して雁首揃えて」
「いやぁ、ちょっとね。どうやって盤面整えてやろうかと思って」
盤面? と首を傾げるとテーブルの上には紙とペンが置かれていて、何かしらが書き込まれている。ざっと見るに計画書のプロットのようだが、『女狐、内戦、やってらんない、三人娘、メンツ、壊すには?』と不穏な単語が並んでいる。
「先生のヤツ、体よく使われそうなのがトサカに来てるらしくてよ。今、どうやってボケるか思案中なんだわ」
「ボケるとか失礼な。真面目にやらないだけさ」
「ふぅん…………で、どんな感じですの?」
「後のこと考えるとあんま目立つのは得策じゃねーからな。ここの兵を使えばいいんだが…………ココだけの話にしとけよ? 俺が思うに、アルベスタイン全体の練度は多分高くねぇわ。最前線の辺境でコレなら、中央はもっと酷ぇぞ」
「ラドック伯みたいな強い戦力はポツポツいるだろうけど、多分、あまり直接的な国家防衛に注力してないんだと思う。魔石の輸出で雁字搦めにして、外交で防衛している感じ。実際、内戦寸前の状況でも他国が手を出してこないからね。いずれにせよ、出立まで後四日しかない。正直な所、今更練兵するのは無理がある。こうした集団戦ならウチの愚連隊欲しいんだけど」
『あー…………』
思い出すのはトライアードの特記戦力だ。
確かにあのバーサーカーを創始者であるジオグリフが率いれば大抵の弱卒は一撃のもとに粉砕、もとい轢殺して国を横断してくるだろう。
改めてあんな連中が領主よりもその息子、それも継承権のうっすい三男坊を神と崇めているのは色々不味いのでは? と首を傾げるマリアーネとレイターであった。
しかし、そのロータスも昨日今日出来た連中ではない。腐ってた性根を叩き直すのに二ヶ月、使い物にするのに数年、今の特記戦力に育てるのに十年かかった。残り四日で同じ戦力を用意しろというのはあまりに無理筋だろう。
「やるなら精鋭集めて補助魔術で強化してやるぐらいかなぁ。はぁ…………またストック減るじゃないか」
おそらく、一番楽で早い方法は三馬鹿が自重無しの全力全開で突撃してドーン! とすることであろうのは三人とも分かっている。
だが、それをするとおそらくは後々のレオネスタ帝国とアルベスタイン王国間の政治に巻き込まれるのは明白。更に、その前に最近は互いに牽制し合って落ち着きつつある貴族同士の三馬鹿獲得戦が激化する可能性が非常に高い。間違いなく憂鬱な日々が来るはずだ。
これで三人娘が虜囚になっているのならそれも已む無しであるが、リリティアが聖女ということもあって丁重に扱われているという情報がある。
巨大な力を持ちたての無思慮な子供でもあるまいし、危害を加えられず軟禁されている程度ならば穏便に動いた方がいい。
となると、王権派の戦力を使って所謂正道で攻略する方向にシフトするのだが、そうするとその練度にやや不安が残る。手っ取り早い解決策はジオグリフの補助魔術で超強化してやることだが、先の邪神決戦からまだ二ヶ月しか経っていない。ある程度ストックはしているとは言え、全軍強化となると再び底をつく可能性が高い。
「ねぇ、ジオ。その補助魔術、別に貴方の持ち出しじゃなくても良いんでしょう?」
また魔力枯渇で白髪になるのは嫌だよ、とジオグリフが嘆いているとマリアーネが不意にそんなことを口にした。
「まぁ、理論上はそうだね。ただ、対軍規模の補助魔術となると重複必須だ。結局の所、それは僕しか出来ないから…………」
「合奏のことでしょう? なら、丁度いいのがありますの」
そうして語りだしたマリアーネの策に、ジオグリフとレイターは最初は首を傾げていたが段々と内容を理解して、最後には完全に手を打っていた。
「────ははぁ、成程。考えたな、姫」
「く、くく…………ふは、ふははは…………はぁーはっはっはっはっはっは! そうかそうか、その手があったか! でかしたぞマリー! これはいい! あの女狐に一泡吹かせ、更に真面目くさった連中までぐちゃぐちゃにできるではないか!!」
「最近の先生、ちょっと厨二リミッター解除緩くね?」
「やりすぎて羞恥心がガバガバになってきたのでは?」
しかしそんな二人の突っ込みは厨二病の耳に届かない。
「よし、よし、よぉし、整った! では作戦名はオペレーション・マクロ…………」
『やめい』
なのでツープラトンのダブルチョップで黙らせた。
「痛ったいなぁ!? なにすんのさ!?」
「どうしてこの男、調子に乗ると危険な方向へ突っ走るのやら」
「せめてヤック・デカルチャーとかでボカしとけよ」
「君達、人のこと言える?」
ジオグリフに急に素面で尋ねられて、馬鹿二人はすっと視線を逸らした。この馬鹿二人も、調子に乗ると危険な方向に足を突っ込むのは自覚しているらしい。
「まぁいい。じゃぁ────悪巧みを、始めようか」
続きはまた来週。




