第七話 フォーティチュードは諦めない⑤ ~三馬鹿のシリアスへのスタンス~
そしてその日の夕刻、夕食前に一息ついた一行が昼間の内にあったことをホテルの一室で話し合っていたのだが。
「何だかんだと問題の方から寄って来るわよね、三人とも」
「まぁ、それが御三方ですし………」
「お姉様の場合は自分から問題を大きくしたんだぞ。―――流石だろう?」
あらましを聞いてみれば、何とも「らしい」内容に三人娘は苦笑した。シリアスブレイカーズと言うよりはトラブルメーカーズと呼んだほうがしっくり来るぐらいには面倒事を引き当てている。
「さて、それぞれに宿題持っちゃったわけだけど」
「おかしいですわね。数日は遊びましょうと思ってたはずなんですけれど」
「まぁ、良いんじゃねぇの?先生の実家でゆっくりはしたしさ」
そんな自覚があるの無いのか、馬鹿三人が額を突き合わせていた。
「しかし問題の根っこは妨害屋、かぁ………。正直、予想はしてたけどこうも組織立つとは思わなかったなぁ」
「え?予想はしてたの?」
「まぁね。本当はこういうのって、裏社会抱き込んだ方がいいからさ」
首を傾げるラティアにジオグリフは頷いた。
前述したが、そもそも彼が想定していた競馬はもっと小規模なものだったのだ。あくまで軍馬用としてかけ合わせの選別をする場所であり、その資金繰り解消のために賭博を取り入れた。それがここまで主産業になるとは思わなかったし、気づいた時には手遅れだった。法権力によるテコ入れはしていたし、実際にそこからはみ出た人間には処罰もした。
だが、人の欲望は限りない。
そこを無視していた訳では無いが、だからこそもう少しバラけると踏んでいたのだ。幾つかの勢力が出来れば互いに牽制し合って、膠着状態という秩序も出来るだろうと。
だが、その予想も外れた。
「潰すだけなら簡単なのですけれどねぇ」
「単に潰しただけじゃ第2第3のってのが出てくるわな」
ならば、と力押しをすることも可能は可能だ。
領地持ちの貴族というのは皇帝や皇帝が定めた国内法に従ってはいるが、見方を変えれば独立した地方自治体であり、故に独自の武装組織を持っている。少し前のケッセルとの戦争は少々特殊事例ではあるが、ああした紛争は特に速度が必要になるため、国軍に頼らずに自治を名目とした軍が必要となるのだ。
所謂領軍と呼ばれる組織で、先の戦争を見ればわかるようにトライアードも独自に保有している。そして、それは精強だ。少なくとも、渡世者程度に遅れを取るようなものではない。出動すれば、その日の内に踏み潰すだろう。
だがそれで抜本的に片がつくほど世の中は単純に出来てはいない。まして、莫大な金銭が絡む事案である。必ず次の妨害屋が出てくるだろう。
「一応、ベツレムさんが代わりのファミリーを用意してくれているよ。今度はこっちの息がかかったね」
「じゃあさっさと潰してすげ替えれば良いんじゃないか?」
故に、ベツレムはトライアードの息が掛かった渡世者を用意した。リリティアの言うように、現状の妨害屋の頭であるマフィアを潰し、紐をつけたそれとすげ替えるために。
だが、そこで1つ問題が出てきたのだ。
「それがそうも行かないのよ。今、妨害屋を仕切っているマフィアは監督官の手下なの」
「監督官?ってなんですか?」
ラティアの口から出た聞き慣れない単語に、カズハが疑問を口にした。
「ああ、そっか。マホラは一応帝国だけどほぼ自治区だからカズハは知らないか。正確には帝国行政監督官って言ってね、帝国各地の領地持ち貴族が皇帝陛下が定めた国法に背いて勝手出来ないように中央政府が送り込んでくるんだ。大体、領地を持てない法衣貴族が食うためのお役目として拝領するんだけどさ」
ジオグリフの言うように、所謂お目付け役と呼ばれる役職が俗称として監督官と呼ばれている。
貴族年金―――所謂恩給で暮らしている法衣貴族というのは、領地を持たない為に直接的な収入はなく、放蕩していなくても名ばかり貴族になりやすい。折角名誉を手に入れても実が入らなければ人間は歪むもので、そうさせないために皇室も各家にお役目を振っている。監督官はその内の1つだ。一説には皇帝直属の影―――公儀隠密に向けられる目を眩ませるための囮、とも言われている。
実際の所はどうだかはジオグリフも知らない。だが、監督官という存在は領地持ちの貴族からは蛇蝎の如く嫌われるのが常である。国法に背くような運営をしている貴族は当然であるが、していない貴族も痛くもない腹を探られ、場合によっては捏造されて失脚の第一歩となり、酷い時にはお家取り潰しにもなってしまうのだから。
「まぁそんな訳で、真面目にお目付け役をこなす人もいるけど、中にはマッチポンプで自分の手柄にしたり、手入れしにくい所に手を突っ込んで甘い汁を吸う連中もいるのさ」
「それ、直接皇室に文句言っては駄目ですの?」
「駄目じゃないよ。証拠があればだけど」
政治の目線で見た場合、皇室としてはどちらでも良いのだ。
領地持ちの貴族が悪徳の限りを尽くしていようがいまいが、それをネタに揺すり集りを法衣貴族がしていようが、互いの足を引っ張って仲違いしている内は。皇室には権威がある。だが、裏を返せばそれだけとも言える。領地持ちの貴族全員が合力した場合、直接的な武力では敵わないのである。だから互いに足を引っ張り合って勢力を落とすもよし、中央と地方の分断ができていれば、あるいは一部地方と懇ろになっておけば内乱が起こっても大義名分を掲げて潰せるのだから。
とは言え、その権威を守るためには客観的な公正さ、というものが必要になる。それを維持するためには、下から上がってくる陳情や直訴などに逐一目を通しておく必要もあり、裏を返せばこの国は証拠さえ揃っているのならば巨大権力相手でも比較的処断は容易いのだ。
「これ、なーんだ」
そして、だからこそジオグリフが取り出した一冊の書物が効力を持つ。
『帳簿?』
「裏の、ね。ベツレムさんが監督官の家に一年かけて密偵を忍ばせ、写しを手に入れてたんだ」
それをテーブルに置き、中身を開いて見せれば数字の羅列。皆が首を傾げれば、ジオグリフは頷いて補足した。
「法衣貴族って言っても租税回避は出来ない。国から支給される恩給とは別に収入があったら申告しなきゃならない。でも、元々があくどい事をして手に入れた金だ。申告時期前に洗浄するにしても記帳して総数を把握して合わせておかないと不備が出る。これはそういったものさ」
他にも帝国内のマフィアとの繋がりや、その人脈に関しての情報も集めており、この帳簿は嫌疑に掛ける口実に過ぎないらしい。尤も、国家公務員が闇バイトの元締めに手を出していれば公にならずとも国家の威信に関わるので懲戒処分は免れず、中世仕様のこの世界での懲戒処分とは即ち極刑とお家取り潰しだ。
一昨年、落馬事故で死人が出てからベツレムが深く静かにこの絵図を引いていたそうだ。
「ベツレム代官有能だなぁ………」
「いやほんと。僕の仕事と言えば、これを実家が直接雇用している配達屋経由で帝都行政府に送るだけ。後は、その返事を本人に直接言い渡すぐらいかな。陛下と実家の代理でね」
「私はその監督官と繋がっている妨害屋の一味と直接賭けをしていますから、まぁ、問題はないですわね」
ジオグリフは言ってしまえばメッセンジャーの役割、マリアーネは外野と個人でやり合っているので特に問題はない。そう、他者に直接手を貸すわけではないのだから、全く問題がない。
問題があるとすれば。
「―――俺だな」
レイターであった。
バークレイ厩舎、ミソラ、フォーティチュードに降り掛かった理不尽。それを壊すことは可能だと判断している。だが、彼等はレイターにとって赤の他人だ。いや、正確にはシリアスブレイカーズに取っては無縁なのである。
緊急時であるとか、火急であるとか、面白そうだとか何となく手を出して関わったわけではない。期限であるアーリマ記念までまだ時間はあり、ミソラやフォーティチュードにも意思や意地がある。
それを無視して好き勝手に手を出すのは筋が違う。だから彼は迷っていた。
「さぁーて、どうしたもんか。ルールに添わせるにゃちょいと弱いんだよなぁ………。何しろ本人―――いやさ、本馬が諦めかけてやがる。理不尽に抗う意志がないヤツに手は貸したくねぇ」
「あの。御三方が時々言うルールって、なんですか?」
カズハの素朴な疑問に、三馬鹿は顔を見合わせて、ややあってから「ああ」と手を打った。
「あー、そっか。そうだな。その辺、まだ話してない………つーか、色々と話しづらいところがあってだなぁ………」
「同じパーティーなのに?」
ラティアの問にマリアーネが口元に扇子を当てて頷く。
「家族にだって話してませんからね」
「え?じゃぁ、それを知ればあたしはお姉様と家族以上の関係に………!?」
「なりませんわ」
「お姉様のいけず!」
きゃいきゃいと騒ぐ疑似百合ップルを横目に、しばし瞑目していたジオグリフが三人娘に尋ねた。
「そうだなぁ………ねぇ、三人共。三人から見てさ、僕とレイとマリー―――戦闘力で評価したらどう見る?」
「魔王と愉快な仲間たち」
「素敵なお姉様とその下僕」
「うん、君達二人には期待しないほうが良かったかもね。―――カズハは?」
「………異常、だと思います。怖いぐらいに」
恐る恐る、機嫌を損ねないかといった具合に告げる彼女に対し、三馬鹿は―――。
「ですわね」
「だよな」
「その通りだよ。僕らは、異常だ」
さもありなん、と肯定した。
元々地元でも特殊な扱いを受けていたが、独り立ちして地竜騒動で自分達の異常さを確信した。その後、邪神決戦の時に出した全力で自らの実力が人類基準のそれをぶっ千切っている事を自覚した。
さて、確信と自覚をした所で、人間の反応はおおよそ2つに分かれる。
1つは、ヒャッハー俺ツエー!と玩具を手にした子供のようにはしゃぐ反応。
もう1つは、恐怖と面倒さだ。
三馬鹿の反応は後者であった。無理もない。元々が酸いも甘いも―――いや、大体酸っぱい思いをしてきた中年が人格の基礎部分になっている。故に世俗からかけ離れた力があった所で、はしゃぐよりもその影響力を先に考えてしまう。懸念してしまう。
即ち。
「けれどまぁ、これは他人からお仕着せに与えられた力じゃない。僕たちが子供の頃から鍛えて、独自の発想で開発した―――謂わば技術の類だ。誰に憚ること無く、僕達の思いのままに振るって良い力だ」
「ですが、人というのはおかしなもので、その力があるなら責任が伴う、とか無責任なことを言い始めるものですの。自分たちはその力で救われた責任を果たさないくせに」
「ありゃしねぇよそんなもの。あるのなら、力の無かった頃の俺等が苦労しなかったさ。力ある奴らは、誰も助けちゃくれなかったんだから」
その力にぶら下がろうとする誰かと何かを、だ。
無論、三馬鹿とて前世で何かにぶら下がったことはある。それは社会であったり、組織であったり、対象は様々ではあるが。だが、代わりに税金は納めてきたし組織に所属しても労働力は提供してきた。その見返りや対価として、生活するための金銭を授受してきただけで、過剰に請求した覚えはない。
三馬鹿は、馬鹿ではあるが恥知らずではないのだから。
だが、突出した力にはそうした恥知らずが群がってくる。経験則で、彼等は知っていた。それも推察するに人類最高峰クラスの力を手にしてしまったのだから、有象無象が寄ってくるであろうことは想像に難くない。
「けれど自分達がそうだったから、と突っぱねれば、末は世捨て人か人類の敵か。いずれにしても愉快な未来しか見えないよね。それは僕らにとって、望む未来ではないのさ」
「ゲラゲラ笑ってたまに泣いて、山あり谷あり真坂ありの人生を楽しく生きるには世間との関わりは切ろうにも切れませんの」
「だから時々誰かの手助けはしてやる。ただし、こっちの胸先三寸で」
それを回避するために、彼等は一種傲慢な決断をした。
「一々トラブルの持ち込みや見知らぬ誰かの袖触れ合うもーなんてやってたら、こっちが楽しむ前に忙しくて潰れちゃうでしょ?―――だからルールを決めたのさ」
そう、ルールを決めたのだ。
誰かを助けるべく本気で動くのは『身内が関わった時』、『反射的に身体が動いてしまった時』、『理不尽に晒された者が、理不尽に抗う意志を見せた時』だけだと。
まぁ、面白そうだとかしょーもない理由で首を突っ込むこともあるし、冒険者としての仕事の流れで関わることもあるが、それ以外だと基本的に上記3つに該当しない限りは彼等は自己の能力を他者に使うことを躊躇う。
そうやって制約でも付けないと、あるいはあれもこれもと無思慮に様々なものに関わってしまうと、本当に必要な時に望まずに抱えたタスクに潰れてしまって間に合わない可能性がある。そしてそれを当たり前だと他者に思われるのも癪に障る。
「それがシリアスブレイカーズのルールだ。お前らも従え、なんて偉そうに言うつもりはねぇが、少なくとも俺等はこのルールに沿わない限り動かねぇ」
「私達はヒーローや正義の味方じゃないですもの。好き勝手生きるのに、そんな立場は御免被ります。それに文句を言うノータリンには『じゃぁ偉そうな御高説を打ったご自分からどうぞ』と返してやることに決めてますの」
傲慢であり、自己中心的なルールである。しかし自身の弱さ、あるいは力の無さ故に心身を削って生きた前世を思えば、ゲラゲラ笑って生きるにはコレぐらいの我の強さが必要だということは経験上理解していた。
しかし、である。
「三人は、どうしてそんなにやさぐれているの?」
『ん゛ん゛っ………!』
そんな事情など知ったこっちゃないラティアを筆頭に三人娘からしてみると、『こいつらなんでそんな初老みたいな考え方してんの?しかもだいぶ捻くれてるし』としか思えず首を傾げることしきりである。
「ご、ごめんね。今はまだ、言いたくない」
「いつかは、そう、いつかは話そうとは思ってますのよ?ただ、心の準備がですね………」
「あー………まぁ、俺等がヘタレってことでここは1つ………」
転生の事情をひた隠すべきなのかオープンにするべきなのか判断も相談することもなく、何となくパーティが出来上がった。その上、三馬鹿は三馬鹿でネタの掛け合いが楽しかったので三人娘を前に自重しなかった結果が現状である。三人娘を憎からず思っているからこそ、引かれたくないという自己保身の部分が鎌首擡げて一様に口が重くなるのだ。
この三馬鹿、そういう心というか性根の部分がひたすらに弱い。元が小市民なので仕方のない部分もあるが。
「それが御三方のご家族にも言っていない秘密、ですか?」
「はい!はい!あたし知りたいです!お姉様の秘密!」
「嫌ですわ」
「お姉様のいけず!」
結果、今日も心に棚を作って見て見ぬふりをし、言いそびれていくのだ。
「まぁ、だ。取り敢えず、明日もう一回フォーティの所へ足を運ぶわ。―――そこでどうするか決める」
尚、人はこれを現実逃避とも言う。
次回もまた来週の水曜日。




