第五話 フォーティチュードは諦めない③ ~マリアーネとリリティアの場合~
コイツの回はネタまみれになる・・・。
一方、どこかの中身が男のお嬢様はと言うと。
「心がぁ~震える~一瞬を逃ーすなぁ~あーつい思いを満たせぇ~」
「ご機嫌ですね、お姉様」
「当然ですわ!久々の賭場ですもの!!」
ウッキウキであった。これ以上にないほどに浮かれていた。闇に降り立った天才的な歌を歌いながら。見てくれだけは本当に良いので、周囲からは美少女が楽しそうに歌いながらスキップしているようにしか見えないが、中身はおっさんという地獄である。
その隣を歩くリリティアは首を傾げる。
「帝都にもあったはずですけど、行かなかったんですか?成人になったら入れますよね?」
その何気ない問に、マリアーネはぴたり、と足を止めて肩を落としてこう告げた。
「勝ちすぎて出禁になりましたの………」
「えぇ………」
「だって!だって仕方ないじゃないですの!あの賭場自体、カウンティング程度でも通用しちゃう未熟さで、イカサマする癖に騙し切ろうという意思がないんですもの!!見抜いて逆にこっちも玄人技駆使して資金力に物言わせて仕返してやったらボロ勝ちして、いつの間にか人相書きが出回って帝都中の賭場全部出禁になってましたわ!!」
馬鹿が「何でですの!?」と嘆くが、何しろこの世界の仕様が中世である。
ギャンブルという概念はあってもそれだけで食っていく人間は限りなく少なく、やり過ぎれば胴元からリアルファイトでの報復がまかり通ってしまう。博徒、代打ち、あるいは勝負師のような人種はいるのだが、専業で食っている人間はほぼ例外なく胴元の紐付きで、それで食っているというよりは給料をもらっている形だ。おそらくこのまま時代が進めばディーラーのような存在になっていくのだろう。
ともあれこの世界の賭場は未だ未熟、過渡期とも言える状況で、現代地球で猛威を振るった禁止技術を駆使すれば当然賭場は狩り場へと早変わりしてしまう。
そう、この馬鹿は帝都の賭場でやりすぎたのである。
プロにはならなかったが社会人野球で鳴らした選手が出来立ての小学生チーム相手に無双していたようなものである。しかも大人気もなく容赦なしで、後輩を指導するわけでもなく、単純に自分が面白いからと暴れまわったのだから、得られる感情は畏怖と敬遠だろう。
とは言え、だ。
「どうして胴元は技術介入を排除しようとするんですの………!?」
全博徒を代表してマリアーネは嘆く。客に不利なものは使い続けるくせに、客に有利なものは即撤去なのかと。
「儲からないからでは?」
リリティアの言葉が真理であった。賭場も慈善事業ではないのだから、利益が確保できないのならば排除に動くことは当然であった。
と、そんな訳でベルフォーレの賭場にやってきたのだ。
「ここが賭場のハウスね………ですわ」
「それはそうですけれど」
店を前にそんな事を呟くマリアーネだが、ネタが通じないリリティアは首を傾げるだけだ。
マリアーネが選んだ店はこの都市で一番大きな店になる。なんと十階建てのこの世界の建築基準で言えば随分と金の掛かった施設であった。規模が大きくなると大凡会員制になったり紹介が必要になったりするのだが、ここは上層のVIPルームこそそうだが、下層はそうでもなく、低レートの遊戯卓が並んでいた。
「あ、お姉様。ここにも麻雀がありますよ、麻雀」
さて何から遊びましょうか、と鷹の目が如くマリアーネがホールを厳選していると、リリティアがそれに気づいて指さした。そう、麻雀卓である。版元はロマネット大商会から分かるように、これをこの世界に持ち込んだのはマリアーネである。拠点にも設置しているのでリリティアも触れたことがあったのだ。
「リリティア。決めましたわ」
麻雀卓を見つめ、またしょーもないことを思いついたのか、彼女はニマニマと質の悪い笑みを浮かべて。
「―――今日から、雀聖と呼ばれた女を目指しますわよ………!」
この女は、そろそろ色んなところに謝ったほうが良い。
●
マリアーネがこの世界に麻雀を持ち込んだので、ルールも地球―――いや、日本での麻雀に準拠している。
が、わかり易さを優先するために古役などのローカルルールは省いており、基本的に半荘戦だが、こうした賭場では回転率を重視して東風戦が採用されていた。
この賭場では面子は店側が最低でも一人用意し、残りの三人から二人は客で埋めて回しているようだ。レートは幾つかあるが、マリアーネが選んだのは並んだ卓では一番高い1000点銀貨一枚の高レート卓。点数棒の代わりに銀貨を用いるようで、マリアーネとリリティアは銀貨二十枚をじゃらじゃらと箱に詰めて、卓についた。
その結果。
(―――リリティア)
(はい、お姉様!)
下家のリリティアに視線を送ると、その意図を察した彼女が中の字牌を河に流し、即座にマリアーネは鳴く。手牌はこれで東三枚、西三枚、北二枚、中三枚、発二枚。字一色の聴牌形。そして河を見るに、下家の一般客か対面の店側の玄人が字牌を抱えているはずだ。
上家の一般客はどうも初心者のようで、早々に狙っていない字牌を捨てている。おそらく手牌にはもう無いだろう。
勝負的にはこちらから巻き上げても良いのだが、どうせならば店側から奪いたい。あまり虐め過ぎて麻雀人口が減っても面白くないとも考えているからだ。故にマリアーネは、店側の用意した玄人に狙いを絞っていた。
そして、対面まで回って捨てられた牌は、北。
「ロン!字一色で32000ですわね。あーら?またハコテンですの?ならさっさとお店の金庫から持ってきなさいな!」
「こいつ………また………!」
対面の玄人は歯ぎしりしながら、奥へと引っ込んだ。
マリアーネが執拗に玄人を狙う理由はこれだ。隣の一般客は精々懐にある金だけだが、玄人は店側が用意しているので実質青天井だ。勝てば勝つほど引き出せるし、店のメンツもあるので否は言えない。あからさまなイカサマでも使っていれば別なのだが、今のマリアーネはリリティアとのコンビ打ち程度に留めている。そして咎めるような目利きを、相手は持っていなかった。
「ほーっほっほっほ!今日はバカツキですわねぇ!!」
店の奥から持ってこられた銀貨をジャラジャラ箱に詰めご満悦な馬鹿だが、こんなことしているから帝都中の賭場から出禁になるのである。
と、そこへ。
「よぉ、嬢ちゃん達。相手してくれよ」
「ニッドの兄貴!」
派手なシャツを着た男が割って入ってきた。上家の一般客に銀貨を握らせて席を変わってもらうと、対面の玄人は喜色を浮かべる。狡猾な、ヘビのような面持ちの男だ。
それを見て、マリアーネは思う。真打ちが来たか、と。それと同時に、ここいらが潮時だと。
「―――。良いですわよ。打ちましょうか」
(終わりにしますわよ、リリティア)
(はい!お姉様!)
鷹揚に頷きながら、マリアーネはリリティアに視線を送って牌を混ぜながら仕込みをする。
まだ麻雀が普及して数年。置きザイ防止のために二度振りルールが適用されているホールが大半だ。ここも例に漏れない。故にこそ、現代麻雀では廃れた化石技術が猛威を振るう。
親番のマリアーネが2つのサイコロを振るい、1と1を出し、次のリリティアも2つのサイコロを振るって1と1を出す。合計出目は4。《《仕込みをした》》4の山からの配牌。
そう、二の二の積み込みから繰り出される、全自動卓が基本の現代麻雀では化石とされる玄人技。
「―――おんやぁ………?」
配牌が終わり、牌を綺麗に並べ替えたマリアーネがわざとらしく声を上げる。
「どうしました?お姉様」
仕込みに協力したリリティアは分かっているが、それに乗っかって尋ねると、マリアーネはニマニマと悪辣な笑みを浮かべて端から順番に牌を倒していく。
「いえ、和了ってるんですの。参っちゃいますわぁ。こりゃ、天和ですの」
『天和、だと!?』
広げられた手牌を食い入るように見つめる玄人達とギャラリーに気を良くしたマリアーネは、お調子に乗ってこのままツバメ返しも決めちゃおうかしら、と観客達を煽っていた。この女、相変わらずブレーキが壊れている。
だが。
「いけねぇなぁ、嬢ちゃん。―――イカサマはよ」
ヘビのような面持ちの男―――ニッドが、そこに待ったをかけた。
「何です?この和了にケチを付けますの?」
「天和の和了る確率は約33万分の1。それを初手で引くなんざ、あり得ないぜ」
「あら、薄くても確率は確率。貴方も勝負師なら分かるでしょう?―――引ける日は、何を打っても勝てるって」
「そりゃぁ、確かに。博打に絶対は無い。仮にイカサマだとしても、種を見抜けなきゃ言いがかりだからな。いいぜ、この場は負けを認めてやろう」
文句をつけた割にはあっさりと引き下がるニッドだが、箱の中の銀貨と足りない分を店から持ってこさせてマリアーネに渡し、こう告げる。
「―――さてと、だ。嬢ちゃん。俺はこれでも雇われの勝負師でね。負けっぱなしってのは性に合わねぇ。もう1勝負どうだい?」
「伏せ牌でもしろってことですの?」
「いやいや、麻雀は止めだ。コンビ打ちで対抗しようにも、俺の腕でじゃ勝てそうにないからな」
「ふーん………。良くってよ。―――何をやりますの?」
「上層階だよ。―――着いて来な」
そうしてマリアーネとリリティアはニッドに伴われて、店の上階へと続く昇降機へと進んでいく。その折、こそっとリリティアがマリアーネに耳打ちした。
「お姉様、大丈夫ですか?あんまりいい流れには見えませんが」
「あら、貴方にもわかりますの?」
「分かりますよぉ………。―――お姉様に殺気を向けやがって。アイツ、殴り殺してやろうか………」
「ステイ」
「はいっ!」
「まぁ、お金が掛かっているんです。負ければ殺気立つのは当然ですわ」
「勝負師なのに、ですか?」
「勝負師だから、ですわ」
くふふ、とマリアーネは薄く笑う。
「顔に出すのは論外、態度に出すのは素人ですけれどね。負けて悔しいと思わなくなったら、それこそ素人以下ですわ。だってそれは、勝ち負けに拘らないということですもの。いいですかリリティア。負けても悔しくない、なんて博打は、生活が掛かっていない趣味の延長だからそう言えるのです」
自由気まま、傍若無人に振る舞う馬鹿ではあるが、博打打ちとしての美学はある。
「騎士が決闘で負けて悔しいように、商売人が商売で損をして悔しいように―――勝負師だって、勝負に負けて悔しいもの」
昇降機のタラップを踏み、彼らは上階へと向かう。
「そして、もしもリベンジマッチが叶うのなら―――今度は必勝を機するものですわ」
そしてたどり着いた先の十階―――最上階の眼下には、競馬場のコースが広がっていた。
●
成程、とマリアーネは頷いた。
ジオグリフは公営競馬にマフィアの類を絡ませなかったと言っていた。おそらくはクリーンなイメージを欲したのだろうが、マリアーネのような博打打ちからしてみれば悪手―――というよりは、根底を見誤っている。
水清ければ魚棲まず、という言葉があるように、人間は多かれ少なかれ闇や後ろ暗い部分を抱えているものだ。成長過程である子供でさえその罪過を別にしても親に隠し事、ということぐらいはするし嘘も付く。真に純真と言えるならば赤子ぐらいだろうが、そもそも赤子は善悪の区別すらついていないのだから清いも何もあったものではない。どちらかと言えば無秩序側だ。
であるならば、一点の曇りもない清い人間というのはこの世に存在しないのかも知れない。
転じて賭場というのは、そうした暗い部分を曝け出す場所だ。倫理、常識といった欲望を抑圧する世俗から開放され、一時の開放感を味合う場所。であるからこそ、そこへ訪れた人間の本質が問われる場所でもあるし、賭博を好き嫌いではなく根底から否定する人間は自身の本質や醜さから目を背ける臆病者だとマリアーネは思っていた。
マフィア、ヤクザ者と言えば反社会的勢力の代表例であるが、個人の権利を認めている以上はどうやった所で反社会的な人間というのは出現するのだ。であるならばそれらを纏めておける受け皿は必要であるし、紐をつけておけば管理もできようものなのに無思慮に性善説を盲信し、クリーンなイメージを求める者達は排除したがる。
そして排除した結果が無法地帯だ。
社会の闇というのは、緩めの規律の範囲での自由を与えないと地下に潜ると相場が決まっている。故にこそ、必要悪という言葉があるのだ。
綺麗事だけで人の世が回るのなら、最初から人に法律など必要ないのですよ?と、マリアーネは辟易しながら元政治家を思う。
おそらくは競馬から排除されたマフィア達は券売所を通さない賭博を思いついたのだろう。対戦が客同士か店と客なのかは知らないが、こうして上層から見下ろしてその結果で一喜一憂する。
それだけならばいいが、それでは店側がコントロールできない。このニッドが必勝を期して勝負を持ちかけてきたのならば、おそらくは。
(八百長………もしくはレースの妨害ですわね。賭式は不明ですが、相手の狙い馬を外野から排除すれば、悪くてもドロー。必勝はあっても必敗は無い。………つまらないことを)
この時点でマリアーネはやる気を無くした。
彼女にとって、自分や相手がイカサマをするのは良いのだ。法に触れていようがハウスルールに反していようが、見抜けなかった方が間抜けなのだから。だが、見透かされた手を使われるのは酷く癇に障る。騙すというのならば、せめて勝負がつくまでは騙し切れと。
手にした扇子で口元を隠し、ため息を付く。それに気づかなかったニッドは自信気にこちらを振り返って提案する。
「勝負は単純だ。次のレースで1着の馬を当てるだけ。当てた方が、さっきの麻雀で通した金額、その同額を払う。どうだ?」
「レース表を見ても?」
「いいぜ。―――おい」
わざわざ競馬場から手書きでスケジュール表を書き写して来ているのか、その紙をボーイから受け取ったマリアーネは、それを確認して呆れたように吐息。これは舐められている。
「―――駄目ですわね」
「何?勝負しない、と?」
「麻雀で掛けたお金は銀貨20枚スタート。貴方との勝負の段階では金貨1枚に達しています。それを賭けて返ってきても2枚じゃないですか。つまらないですわ。しょーもない博打ですわ。それに―――」
マリアーネは言葉を区切って、受け取った紙を男へと投げつけた。
「厩舎が全部一緒。貴方のバックが誰かは知りませんが、幾らでも仕掛けられますわね?―――私をペテンに掛けるなら、もう少しマシな公平感を演出しなさいな」
付き合ってやってもいいですがレースはこちらの指定ですわよ、とマリアーネが告げるとニッドはこめかみに青筋を立てながら頷いた。
「―――へぇ。逃げないのは褒めてやろう」
「今週末、大きなレースがあるのでしょう?有馬記念………ではなく、アーリマ記念ですか」
「ああ、ベルチューレで競馬が始まった日を記念するレースだ。なんでも、競馬考案者が決めた名前らしい。確か、トライアード家の三男坊だったか。名前は忘れたが」
「では、そのアーリマ記念で勝負しましょう。どの馬が1着になるか」
「指定馬が被った場合はどうするんだ?」
「そちらに譲りますわ。レースを変えさせたのですし」
「掛け金は?」
「互いに金貨2000枚」
『にっ………!』
その場にいたギャラリーですら絶句する。
日本円にして20億。その奪い合いだ。シンプルではあるが、額が賭け事の域を逸脱している。
「冗談はいけねぇよ、嬢ちゃん。そこまで金持ちには―――」
乾いたら笑いを浮かべるタッドへ向かって、マリアーネは収納魔術から取り出した金貨袋を複数投げつける。投げつけられた袋を反射的に受け取ったニッドは、その重みに絶句した。
「私が逃げない証拠として、その金貨1000枚は預けていきましょう。証拠金としてそれでも不足なら、私の実家―――ロマネット大商会で販売している一部商品の権利を担保にしてもいいですわ」
そしてマリアーネが自身の身分を明かすと、ギャラリーがざわざわと騒ぎ立てる。
「まさか、ロマネット大商会の秘蔵っ子!?」
「帝都中の賭場を荒らし回ったという、賭場荒らしのマリアーネ!?」
「あらゆる賭場を我が物顔で蹂躙し、店の現金を根こそぎ吸い出していくその様から………またの名を、『タコの吸い出し』と呼ばれた女………!」
「不名誉!不名誉ですわよその渾名!もっと優雅な異名はありませんでしたの!?」
やらかしたことを鑑みるに当然といえば当然の反応に、しかしマリアーネは不服として意義を申し立てるが、ギャラリーのざわつきは止まらなかった。むしろ「財布を隠せ!巻き上げられるぞ!」とか「吸われる!吸われてしまう!ワシの財産が!!」とか非常に恐れられる結果になってしまった。
「成程、麻雀の版元かよ。どうりで玄人技に通じている訳だ」
「こほん………―――さぁ、どうしますの?この程度で怖気づく勝負師ですの?貴方」
「く…………。受けて、立とう。―――まぁ、今年のアーリマは誰が勝つか決まっているがね」
生唾を飲むニッドだが、指定されたレースの面子を思い出して渋々了承する。この男も胴元からホールの秩序を預かる人間だ。引くことは出来ないのだろう。
だが、その勝ちを確信した顔がマリアーネの癇に障ったことに、この時は誰も気づかなかった。
そして彼女は、こんな予言めいた言葉を残して賭場を去っていく。
「良いことを教えてあげますわ。有馬、ではなく―――アーリマには、魔物が潜むものと相場が決まっていますの」
次回は来週。




