第三十七話 貴方の隣にいたいから
触れずの神の圧をアルベは肌と言わず、魂で感じていた。
大妖精に比肩、あるいは超えていく力────即ち、龍の力を手に入れた彼は、既に亜神と成りかけていた。自然というシステムの一部である霊龍の力を振るう事のできる今の彼は、その役目を放棄した状態で力だけ無断使用できる反則存在だ。
そんな彼からしても、ミシャンドラの存在は反則だ。
この世界と同時に生まれた、最初の意思────。
過去、創造神リフィールと接触したことがあり、彼女から直接伝え聞いた妖精族での伝承ではそうなっていた。
それによれば、いずれ神界に迎えられる神性として微睡みの中にいるとされている。黄金の蜘蛛の姿をした彼は、この世界の滅びを見届け、その全ての情報を持って昇神をする────いわばリフィールの眷属であると。
与えられた権能は記憶。権能とは即ち力の本質である。故に、記憶の操作や誤認に留まらず、世界のそのものを欺き、騙し、更には書き換える力を持つ。
つまり、その力がいざアルベに向けば『この世界にアルベなど最初からいなかった』という書き換えさえ出来てしまう。アルベが認識する間もなく、誰にも知られず、滅びですらなく、世界にただ『空白』と刻まれる。それが記憶の権能だ。
尤も、人間という矮小な存在に呼び出されているため、それほど大仰な力など出せるはずもない。出せたのなら、既に消されていただろう。それも雑に、ぷちっと鼻息程度の力加減で。
(俺はまだ生きている! 記憶がある! あの人間の魔力量じゃ顕現が手一杯なんだ! じゃぁ伝承に聞くような力は振るえないはず! なら、逃げ切れる!!)
アルベの見立ては正しい。
如何にマリアーネが人類最高峰クラスの魔力量を誇ろうが、それはあくまで人間の尺度だ。神性存在を従えることなど出来るはずがない。だから、その権能行使は限定される。その隙を突けば、倒すことは無理でも逃げ切ることは出来る。そして一度姿を晦ませば、亜神に近いアルベを再補足するのは難しいし、その時にまた断絶の祈りを呼び出せるとは限らない。
逃げ切れば勝ち。
故に、アルベはこの場からの逃走を図ろうとするが。
「反転…………!」
対峙するシャノンから背を向けた瞬間、強制的に振り向かされる。
「コイツ…………!!」
そう、先程からこの場を離脱しようとする度にシャノンが魔槍の力を使い、アルベの行動ベクトルを操作して逃さないようにしているのだ。
効果距離そのものは長くない。精々が四間か五間程度。だが、槍の殺傷距離まで踏み込まれてからずっと張り付かれて、対峙を余儀なくされている。なら、即座に殺してしまえばいい。そう考えて、死霊を飛ばしたり直接殴りに行ったりもするのだが。
「…………!」
置かれた斬撃に全て相殺される。
火力は正直無い。精々、アルベの腕一本を斬り落とすぐらいだ。そんなもの、即座に回復できてしまうから彼を殺すには火力不足ではある。
だが、それに阻まれてこちらも攻めきれない。押しきれない。殺せない。だから、逃げられない。防御が硬い。
(ダメだ、このままだと断絶の祈りが合流する。あまり力を使いたくはないが、仕方ない。アレ、やるか)
逃げるための一手を考えつき、裏で力を練りながらアルベは演技を始める。
「遊んでる時間は無いんだよぉ! さっさと死────!!」
「えいっ!」
そしてそれを遮るようにして、随分可愛らしい声が響いたかと思うと、上空から貫く熱線がアルベの腰から上を消し飛ばした。
●
「えぇ…………?」
赤い線が上空から降ってきたかと思えば、眼の前でいきなりアルベの上半身が爆散してシャノンは思わず困惑の声を上げた。
正直な所、防戦一方だったのは事実だ。アルベが従える死霊や、彼自身の肉体スペック、使う魔術などはシャノンからしてみれば師を超え、あの三馬鹿に迫るか超えるほどだと思っている。
だが、それだけなのだ。
シャノンが思うに、アルベは近接遠距離問わず、戦闘経験値そのものが低い。戦いのいろはや格上の薫陶など受けていないのだろう。ただ力を振り回すだけの、言ってしまえば駄々っ子のようなものなので、あまりにも行動が読みやすい。確かに一撃良いのを貰えば詰みではあるが、余程油断しなければ貰わないし、見に徹し弱点を探るべく防戦に徹していた。
有り体に言って、怖くない。凄みもない。だから、淡々と時間稼ぎをしていた。そして、さぁ弱点は何処だろうと考えていた所で、急に爆ぜたのだ。それは困惑もするだろう。
一体誰が、と空を見上げれば────そこに、ルミリアがいた。戦乙女ルックで。
「ル、ルミリア様!? 可愛…………ではなく、その御姿は一体…………」
「マリアーネ様に手伝って頂きました。妾も戦います」
すぅっと白い翼を羽ばたかせて空から降りてきたルミリアは、思わずそれに見惚れるシャノンに微笑みかけた。
「し、しかし…………」
「共に歩くと決めたのです。前でも後ろでもなく、隣にいてください」
その言葉にシャノンは、一瞬だけ躊躇うように息を呑み、しかしやがて大きく頷いた。
「はい。ずっと貴女のそばにいます。離れても、引き裂かれても、必ず貴女の元へと帰ってきます。ボクは、ルミリア様の事が好きだから」
「っ────はい! 妾も────!」
その言葉にルミリアが応えようとした時だった。
彼女に装備されたヴァサーゴが未来情報を寄越す。最悪の未来を予見して、ルミリアは半ば本能的に動く。シャノンを庇うようにして身を投げ出し、軽鎧の肩当てが外れ、巨大化。全てを防ぐ盾となった直後。
「いちゃついてんじゃぁないよぉっ!!」
消し飛ばされた上半身を完全復活したアルベが、闇魔術による怪光線を口から発射した。それはシャノンとルミリアに目掛けて飛んでいくが、その直線上には既に巨大化して盾となった肩当てがあった。そしてそれは、砕かれること無く、直撃すらしなかった。盾に到達する瞬間、立ち消えたのだ。
「クソ、ああマジか! マジで断絶の祈りか! 何で、何でこんな所に出てくるんだ! ありえないだろ!」
記憶の事象改変────その一端。怪光線が発射されたというこの世界の記憶を書き換えたのだ。
「ルミリア様!?」
「いえ、大丈夫です。…………人の告白を邪魔するなんて、無粋な輩ですね」
もう少しで両想いでしたのに、と呟きながらルミリアは巨大化した肩当てを通常サイズに戻す。その上で、ルミリアはアルベを真正面から見据えた。
「全く。王族を前に、その国をこんな所呼びは不敬ですよ。常識が無いのですか?」
「借り物の力で粋がってるんじゃないよ!!」
「霊龍の力を当てにした貴方が言えたことではないのでは?」
「こん、の…………! 鬱陶しいぞっ! お前ぇっ!!」
最早舌戦など要らぬ、とアルベが身構えた瞬間。
「そ・れ・は・お前だぁっ!!」
「のごっ!?」
横から飛び出してきた影が、アルベの右向う脛に鉄塊を叩き込んだ。べきょり、と嫌な音を立てたアルベの右足はくの字に曲がり、支えを失って倒れ込んだ。
「なっ、えっ、はっ? え、誰…………?」
どうせ即座に回復するし、痛みとて自由に感じなく出来るので、その攻撃自体あまり意味がないはずなのだが、痛みよりも何よりも、急に現れた人物にアルベは絶句していた。
青い髪の、修道女を着た少女。関わり合いがないはずだ。少なくともアルベは知らない。だと言うのに、まるで親の仇が如くこちらを睨み付けてきていて、フゥフゥと整息すら惜しいとばかりに叫ぶ。
「お前だ、お前だ、お前だろう!? お姉様をあんな目に合わせたのは! アタシのお姉様を傷物にしやがって────ぶっ殺してやる!」
「誰だよ君!?」
本人が名乗るつもりがないので敢えて言おう。暴走特急聖女、リリティア・ハーバートである。
しかしそんなアルベの心からの疑問を無視して、リリティアは回聖天理を構えて立つ。
アルベの巨体で尻もちをついている状態だと、顔の位置がとても手頃な位置にあり、それはさながら内角高めの絶好球であった。リリティアが一本足で回聖天理を振りかぶり、全力スイング。
「お、重っ───!?」
アルベは反射的に両腕で防御し、一瞬だけ拮抗。
しかし、リリティアが手にしているのは回聖天理。物理だけではなく、死霊────霊属性に特攻を持つ神器である。つまり霊属性の頂点とも言える霊龍の力を取り込んで、性質もそちらに寄ってしまったアルベに対しても問答無用で効力を発揮。
防いだ両腕が、ガラスのような破砕音を立てて砕け散って。
「ふん、ぬっ!!」
「がっ!?」
そのまま聖女バフ全開で力任せに振り抜かれ、顔面に直撃。その衝撃でアルベは石畳へと後頭部から叩きつけられた。その上で、リリティアはアルベの胸に乗ってマウントを取り回聖天理を天に掲げ。
「死んで、詫びろぉっ!!」
更にそのまま顔めがけて一撃、二撃、三撃とリリティアによる滅多打ちが始まった。
『えぇ…………』
まさしく問答無用というか何というか、その手心が一切ないやくざ者も真っ青なスプラッタな展開に、シャノンもルミリアも顔を見合わせてドン引きしていた。
しかし仮にも亜神に片足を突っ込んだアルベである。
「おの、れ…………!!」
やはり尋常ではない回復力を見せ、背筋だけでマウント状態のリリティアを跳ね除けて立ち上がり、後ろに飛び退り距離を取って仕切り直そうとする。
だが、それを騎士の目を持つシャノンが見逃すはずもなく。
「────反転!!」
「っ!?」
魔槍の権能で、アルベのバックステップの慣性を反転。自分達の攻撃範囲へと誘導する。
「えいっ!!」
「ぐっ!?」
その未来情報を兜から受け取っていたルミリアが前へと既に踏み出しており、槍を突き出せば熱線が走ってアルベの胴を薙ぐ。
そしてそこに。
「死ねぇええぇええっ!!」
リリティアが脇目も触れず突っ込んで、回聖天理をぶん回した。アルベはどうにかそれを受け流して、泣き別れした上半身と下半身を再生するが、その胸中には段々と苛立ちが募っていた。
アルベにとって、一人一人は面倒で済む程度だが、それが三人揃って連携を取り始めると厄介になりつつあったからだ。殆ど亜神に近い魔力を誇るアルベにも、再生限界はある。尤も、この程度で天井を迎えるほどではないが。
だが、僅かであっても消費するのは事実なのだ。彼にとって、この場は決戦ではない。この後控えている大妖精カテドラへの復讐が彼にとっての本戦だ。だから、ここで悪戯に消費するのは望むところではないし、まして断絶の祈りとの相対など以ての外。
だから押されている演技をしつつ、逃散すべく裏で策を練ってはいるが────それはそれとして、鬱陶しいのだ。羽虫程度の存在に纏わりつかれるのが。だからこんな言葉が思わず口を突いて出る。
「何なんだよお前らは!!」
本人に自覚がないので敢えて言おう。アルベ被害者の会である。
「くそっ! こうなったら────!!」
「策謀を今更巡らせても遅いです。それよりも早く、あの方が手を打つでしょうから」
そして、未来情報を受け取ったルミリアが告げる。
この戦いに終わりを告げる、その存在の到来を。
要するに────。
「槍を掲げなさいな! シャノン・イルメルタ!!」
ダメ押しで、馬鹿が来た。
────痛む尻を擦りながら。
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それにしても尻が痛い、と涙目になりながら後方でゲラゲラ笑っている馬鹿二人に向かってマリアーネは胸中で中指を立てていた。
(あの馬鹿二人、後で覚えておきなさいな!!)
ジオグリフとレイターの魔力供給を受けたマリアーネは、痛む尻と比例するように全身に魔力が漲っていた。バカ魔力二人分は、むしろちょっと過剰供給気味で、彼女の身体から雷光にも似た黄金の迸りを周囲に撒き散らしている。
この状態ならばやれる。
「行きますわよ! ダウンロード! ミシャンドラin────!!」
もう一度、神を降ろしを────。
「バルトロメオ!!」
今度は、呪われて制限を掛けられていた事象に干渉可能な概念兵器に。
断絶の祈りを受けて、魔槍のあるべき呪いが無いものへと砕かれる。
そろそろ終わりですよー。
次回は来週。




