第101話 最後の戦い⑥
血は流れていない。
しかし、剣は深々と胸に突き刺さっている。
男は朦朧とする意識の中で、司を見上げていた。
円は地面に下ろされ、司の後ろで怯えている。
「お前……わざとやられたのか」
「気分を害させたことは謝っておくよ……でも、こうしなければいけなかったんだ」
「何で……何でこんなわざと死ぬような真似を」
「……僕はある日、気まぐれで自分で創った世界に降りて楽しんでいた。そこで不覚にも、出会った人間に恋をしまったんだ。そしてその時理解した。人の気持ちを……自分たちのやっていたゲームがどれだけ愚かな行為だったかということを」
「…………」
男は目を瞑り、恋をした女性のことを思い浮かべる。
「自分たちが創り出した生き物に恋をしてしまうなんて、笑い話ではあるのだけど……そのおかげで僕はまともになれたような気がするんだ。これまでの償いではないけれど、世界はもう僕たちが関与するべきじゃないし、解放しなければいけないと考えた。全ての生き物には意思があるからね。生物の魂を自由にしてあげなければいけないような気がしたんだよ」
「自由……」
「ああ。そして彼に関しては僕の手で殺すこともできたけど……だけど彼を殺してしまったら、僕にその力が流れてくる。二人分もの【制作者】の力を持つのは危険だと考えたんだ。後は僕自身、こうして人間から罰を受けることを望んでいたのだろう……だから君に殺されることを僕は選んだ、そして彼にも人間の手から罰を与えてほしい」
もう一人の司がアノニマスと戦っている光景が司の頭に浮かぶ。
不思議な感覚ではあるが、それが今起こっている現実だと理解する。
「少しずつだけど、僕の力が君に移っているようだね……そう。僕が死ぬことによって、【制作者】としての力を君に譲与することができる。力は君の自由に使うがいい。そしてもう一人の君が彼に勝つ術はもう用意している……」
「…………」
「今、この瞬間しか無かった。君に力を与えられる瞬間は。彼の監視をかいくぐり、力を渡すのは今この時しか無かったんだ……だから……後のことは全て任せた」
「おい……おい!」
男の体がサラサラと崩壊を始める。
足元から徐々に、頭に向かって消えていく。
とうとう頭だけが残り、司と円は愕然と彼を見下ろしていた。
「願わくば……彼女ともう一度出逢えますように……」
男の体が完全に消滅し、司の中へ力が一気に流れ込んで来る。
力の奔流に、その場に倒れる司。
円は司の名前を呼ぶが、司には届いていない。
「――司!」
何度も何度も名前を呼ぶ円の声。
司は意識を取り戻し、円の涙を指で拭う。
「……大丈夫。もう大丈夫だ、円」
「司……」
涙を流して司に抱きつく円。
司は円の頭を撫でながら、心の中でもう一人の自分に話しかける。
◇◇◇◇◇◇◇
「はぁ……はぁ……」
「ははは。まさかまだ生きていたとはね。肉体の大部分を失っても、なおまだ生きていられるとは……どれほどの力を与えたんだ、彼は」
俺を殺しきれなかったアノニマスだが、落ち着いた様子で笑っている。
俺はそんな奴のことを見据えながら、静かに起き上がった。
「…………」
もう一人の俺から【通信】が入った。
今からやるべきことが分かり、成すべきことを悟り、勝てる方法を得たのだ。
心は信じられないほどに落ち着いている。
落ちている仮面を拾い、《ホルダー》の中へとしまう。
「……もし。もしもだ。もし、お前が改心するのなら、俺はお前を許してやろうと考えている」
「何を言っているんだ? 君が俺を許す? 俺が改心する? 俺は何も間違っちゃいないし、これからも俺は俺であり続ける」
「そうか。話をするだけ無駄だったな。だったらもう容赦はしない。このまま一瞬で勝負をつけさせてもらう」
「まだ抵抗するつもりかい? この世の無駄を集めたような人間だね、君は」
俺はアノニマスの言葉を無視し、大きく深呼吸する。
「デッキ・スタート」
「?」
バチバチッと俺の全身に電気が走る。
【デッキ】を通して、もう一人の自分と力を共有できた。
あいつが俺の力を使った。
そして逆もまた然り。
もう一人の俺の力の一部が流れ込んで来る。
【制作者】としての力が足の爪先から髪の毛一本一本まで、体の隅々に行きわたっていく。
人を超越した力。
世界を根底から変えてしまう能力。
宇宙さえも消滅させることができる業。
その力が今、俺の中にある。
――アノニマスに勝てる力が、ここにある!
「【共鳴】――」
「なっ――!?」
音もなく、アノニマスの周囲にある空間が歪み始める。
相手の絶対防御。
これを同じ波長を持つ力で相殺した。
障壁を失ったことに驚愕するアノニマス。
俺は【黒天】を発動し、ありったけの力で拳を突き出す。
「ぐへっ!!」
アノニマスの肩から左腕が消し飛ぶ。
痛みに後ずさり、今起きていることに戸惑い、混乱している。
アノニマスは俺を舐めていた。
俺はこれまで強化し続けた力がある。
しかしアノニマスは平凡な男性の体のままでここに来た。
要するに、奴自身の力は酷く弱い。
世界を滅ぼす力はあるが、同格となった俺を倒す力はない。
俺を……人間を見下してきたツケが回って来たのだ。
「もう一人の【制作者】からの伝言だ」
「で、伝言?」
失った腕から出血は無いが、焼失した部分を押さえるアノニマス。
俺の言葉で状況を理解したのか、表情を青くする。
「『君の好きなサプライズだ。とくと楽しんでくれ』だとさ」
既に用意されていたプログラムを開き、アノニマスに向かって右手を突き出す。
「な、何をするつもりだ……?」
「さあ? サプライズらしいから楽しめよ」
アノニマスの周囲に稲妻が走る。
黒い筒状のエネルギーがアノニマスを包み込み、奴の動きを封じた。
奴はドンドンとエネルギーを叩くが、それはビクともしない。
「ま、待――」
何かを叫ぼうとするが俺は躊躇することなく、力を解放する。
ヴンッとアノニマスの肉体は歪み――目の前から姿が消えた。
黒いエネルギーも徐々に細くなっていき、最後は一筋の線となり、そして消えて行く。
俺はドッと疲労感を覚え、その場にしりもちをついた。
「ふぅ……終わった」
寸前のところだったけど、超越者に勝つことができた。
これで……終わりなんだな。
俺は果てしない達成感を得て、真っ黒な空を見上げて静かに微笑を浮かべた。
◇◇◇◇◇◇◇
何も無い空間の中を彷徨うアノニマス。
出口も無ければ光もない。
闇しかなく、希望は訪れない怖いほどに静かな空間。
その空間の中で、アノニマスは顔を絶望色に染め、嘆く。
「こんなのサプライズじゃない……こんなもの、絶望以外のなにものでもない……ふざけるな……ふざけるなぁ」
どれだけ泣こうが喚こうが、彼に答える者はいない。
ここはもう一人の【制作者】が秘密裏に創り上げていた無の空間。
同じ【制作者】が【合成師】の中身を確認できなかったように、彼はこの空間を破ることのできないロックを施していた。
何があろうとも、アノニマスの力を持ってしても抜け出すことのできない空間。
ただ絶望の声だけが鳴り響く。
こうしてアノニマスは永遠の闇の中を一人彷徨うこととなった。
面白かった。と、少しでも思っていただけたら、ブックマークと高評価の方お願いします。
評価はこの小説の下にある【☆☆☆☆☆】を押してもらえたらできます。




