リティ、成果を振り返る
「この度はどうもご迷惑をおかけしました……」
学園長がリティ達に頭を下げる。この日の学園祭は中止となり、学園から関係者以外は帰された。
生徒達の保護者からの追及が激しく、門の外では警備に当たっている騎士達との押し問答で騒がしい。
教員達は教員達で、アリストピア学園のブランドへの傷を心配して頭を抱えていた。
そんな中、学園長の謝罪の意味をロマは考えている。巻き込んでしまった事への謝罪なのか。それとも、荷が重すぎる依頼をしてしまったという意味か。
ロマの邪推が当たったとしても、自分達へのプラス評価にはならないだろうと考えていた。
「まさかこのような事態になるとは、思いもよりませんでした。どうやら私の見通しが甘かったようです……」
「そうですね。私達の未熟も恥じるところですが、手に負えません。彼らのような生徒は今年だけではないでしょうから」
「いや、しかし天使召喚による暴走はさすがに」
「この学園が長年かけて作り上げたのが彼らトップです。ポッと出てきた私達にどうこう出来る案件ではありませんでした」
ロマが明らかに刺のある言葉を突きつける。しかしそれは失敗を認めているようなものだった。リティも思うところがあり、ふくれっ面で直立している。
「でも、まだ終わってません」
「いえ、もういいんです。私が間違っていたのですから……」
「間違ってたなら直せばいいんです!」
「リティ、もう……」
「ロマさんも諦めないで下さい!」
準2級昇級試験がかかっている依頼だからではない。リティは純粋に仕事への責任を感じている。
レドナーと天使ザイエルの戦いに触発されて、リティのテンションは今まで以上だった。
「特にバドリックさんは深刻です。あの人はどうなるんですか?」
「あれだけの事をしたのです。処刑は免れないでしょう」
「処刑?!」
「王族を含めた大勢の人間を危険に晒したのです。レドナー様がいなければ、どうなっていたことか」
「そうですね……。あの人はすごいです」
「本来であれば、な」
ノックもせずにレドナーが学園長室に入ってきた。リティの何をしに来たという露骨な顔を軽く一瞥してから、学園長の前へ行く。
リティは感謝すべきところだとわかっている。しかし、彼に限ってはどうしても感謝の言葉が出てこなかった。
「学園長。バドリックの処遇について報告する。彼は牢獄へと幽閉する事にした」
「ほう、それはまた何故です?」
「あの裁きの輪が未知数だからだ。解除を試みたが、下手をすればこちらも手痛い目に遭う。バドリックを処刑すれば、あれがどうなるかわからん」
「なるほど。それは確かに……」
あの電撃を受けたのかと思ったのはロマだけではない。リティがレドナーに口を噤んで見せた。
一度はザイエルの雷を受けたのに、彼は息を吹き返して反撃に出たのだ。それがバイタルによるものか、何かのスキルなのか。
リティはこれについてもずっと考えている。彼の強さの源泉を何とか探ろうとしているのだ。
「私を観察したところで無駄だぞ」
「してません!」
「それはさておき。依頼のほうは順調かな?」
「順調です!」
「よくもまぁ……」
呆れ笑いのレドナーが何を言いたいのか、リティにはわかっていた。最後の最後で活躍を見せたのが彼だ。
あの場において誰の印象が残っているかなど、一目瞭然である。
リティ達に確信させるかのように、続けて入ってきたのが見知らぬ中年の男性とエーレーンだ。
エーレーンが申し訳なさそうにしながらも、どこかニヤけている。
「カシャック侯爵……。それにエーレーン先生?」
「学園長、こればかりは私も見過ごせません。話はカシャック侯爵からお聞き下さい」
「カシャック侯爵……。ヒスリーテ様の件で……?」
「その通りだ! 娘をあんな目に遭わせおって!」
眉間に皺を寄せて、への字の口を崩さないカシャック侯爵。ヒスリーテの父親である彼は、王族の親族にも当たる。
王家に対して多額の出資を行っており、国政に度々口を挟もうが無碍に扱えない人物の一人である。天使騒動の時には居合わせなかったが、話はすべて把握していた。
「その切はどうも大変申し訳ありません……」
「フン! 貴様の薄っぺらい謝罪はどうでもいい! 私のかわいい愛娘が怯えて泣いておるのだぞ! そこにいるクソ冒険者気取りの小娘のせいでな!」
「ひっ……!」
やり玉に挙げられたクーファが緊張する。ヒスリーテの公開訓練を担当したのが彼女であり、その性格を考えれば自責に走るのも仕方ない。
何も言えずに固まっているクーファに、カシャックが追い打ちをかける。
「かわいそうに! 可憐でおしとやかなヒスリーテが外に出られないほど怖がっておるのだぞ! えぇ!? 貴様ぁ!」
「すみません、すみません……」
「はぁー」
「そこの化け物! 何か言いたいようだな! そうだ……こんなものを王都に入れているようだからいかんのだ! あの国王に言いつけて取り締まらせてやらねば!」
化け物呼ばわりされたアーキュラだが、つまらなそうにウネウネと体の形を変えているだけだ。
長年、彼女が飽きるほど見続けてきた人間の典型例である。相手にする気もなければ、コメントも出ない。
「他の奴らもだ! 現役の冒険者を呼び込んだジジイにも責任はあるがな! おかげでどんな事態になったと思ってるんだ? えぇコラ?」
「私達の力が及ばなかった事に関しては謝ります」
「娘の件はどうしたんだぁッ!」
「クーファさんは謝ってます。ですがクーファさんは一度も攻撃してません。身を守っただけです」
よせばいいのに、とロマは思うがリティを見て納得した。澄んだ目に無表情ともいえる様子は、リティが怒っている証拠だ。
言いたい事はたくさんあるが、これでも抑えているほうだとロマは理解する。
「ヒスリーテさんが転落した時も、クーファさんとアーキュラさんのおかげで怪我をせずに済みました。訓練として不十分ですか?
ヒスリーテさんは何故、怯えているのですか? 分からない事があるので、ぜひお話したいです」
「こ、このガキめ! 怯えているのに出来るわけないだろうがッ!」
「ではどうすればいいですか?」
「リティ、ロマ、クーファといったな! 侯爵の権限により、貴様ら3人の冒険者ライセンス剥奪を冒険者ギルドに要求する!」
「どうしてですか?」
「みゃあん! みゃん! みゃっ! みゃっ!」
ミャンが噛みつくような仕草で、カシャックに反抗している。冒険者ライセンス、それはリティにとっての夢の懸け橋そのものだ。
事情を知ってるロマとしては、刺激するなと願うばかりだった。
そんなやり取りを見て、エーレーンがもはやニヤけ面を隠さずに参戦する。
「実は多数の保護者の方々から同様のクレームが相次ぎまして……。退学手続きの申し出もあります。学園長、どうされますか?」
「退学手続きだと……」
「私の案としましては、こちらの3名の冒険者ライセンス剥奪でひとまず手を打ってもらうのが最善かと。このままでは当学園のブランドに関わります」
「しかし、それはあまりに厳しすぎる」
「冒険者とはつらいものだなぁ。いやぁ、天使との戦いはくたびれた。クックックッ……」
レドナーがカシャックやエーレーンという手札を使って、リティ達を追い詰めようとしている。
天使と戦ったのはレドナーであり、あの場を切り抜けたのは彼のおかげだ。その負い目をリティ達に叩きつけた。
「なぁ、リティ。君はずいぶんと冒険者として張り切っているようだが、果たして今回はまともな仕事が出来たか?
ヒスリーテ嬢の件にしてもそうだ。まともな指導であれば、こうはならんかったのではないかな?」
「諦めません」
「ん?」
「ダメだったというのなら何度でも挑戦します。学園長さん、どうですか。まだ私達やれます」
リティはレドナーの挑発を受けずに、学園長へと迫った。どこか臆した学園長が、顔を逸らす。
もはや疲れ切ったという感じで、早くこの場を切り上げて事後処理に当たりたいと願っていた。
エーレーンの言う通り、今回の件で学園のブランドが落ちたのは明白だ。リティ達に刺激されてバドリックが天使を召喚したのも事実だ。
これらの事実もあって更にはレドナーの手前である以上、学園長はリティの希望には答えられなかった。
「すまないが少し検討させてほしい……」
「失礼します」
学園長が保留を口にした時、ジェスターが礼儀正しく登場した。父親であるレドナーにも軽く頭を下げた後、リティの隣に立って学園長と向き合う。
「学園長。こちらの3名の冒険者は本当に素晴らしい模範を示してくれました。ライセンス剥奪に相当するとは思えません」
「き、聞いていたのか?」
「えぇ、話は伺っております……。エーレーン先生達の会話を生徒達が聞いてましたので。彼らも心配してました。僕達のクラスだけではありません……。こちらへお越し下さい」
ジェスターが学園長室の外へ全員を招くと、そこには大勢の生徒がいた。そこそこ広い廊下とはいえ、ほぼ埋め尽くさんばかりだ。
メリダ達、エリートクラスだけで足りる数ではない。他の学年の生徒達も多数いる。
「学園長! リティちゃん達は悪くありません! 冒険者ギルドの催し物は楽しかったですし、すごく勉強になりました!」
「そうだ! 暴走したゴーレムを止めてくれて助かった!」
「間に合わない食材の買い出しを手際よく手伝ってくれて助かった!」
メリダを筆頭として、発言している他の生徒達はアリストピア支部によって助けられた者達だ。学園長がよく見れば、廊下の奥の奥まで埋め尽くされている。
これほどの人数が3人の少女達を擁護しにきた事実に、学園長は驚愕した。同時に彼の中にある枷が外されようとしている。
エリートクラスのアーサーとミーアが出てきて、学園長に懇願した。
「オレ、エリートクラスといっても大した成績もなかった。それがあの子達のおかげで自信が持てたんです。特にバドリック様みたいに……。兄の影を追うのはやめました。オレはオレでいたいです」
「私も、諦めかけていました。自信がついたのも彼女達のおかげです……」
「君達……」
「あ、あなた達は何を言うのです!」
エーレーンが生徒達に甲高い声を上げる。生徒達にとって恐怖でしかなかったエーレーンだが、今は彼らに怯む様子がない。
いつもと違う調子を見せた生徒に、エーレーンの怒りはエスカレートした。
「あなた達が感謝すべきはこちらのレドナー様です! この方が天使様と戦っていた時、その3人は何をしていましたか!」
「オレもその戦い見てたけど……確かにすごかったです」
「ほれ、ごらんなさい! 学徒アーサーだけではありません! 他の学徒も今の己の言動を恥じなさい!」
「でもリティちゃんとジェスターの戦いもすごかったんです!」
アーサーの言葉を皮切りに、生徒達の中にはリティとジェスターの戦いを語り出す者が続出した。
自分達よりも年下の少女冒険者と学園の誇りであるトップの戦いは、確かに彼らに強い印象を残している。
それは雲の上の存在である天使とレドナーの戦いよりも、身近な存在である二人だからこそであった。
「レドナー様! ありがとうございます!」
「あなたがいなかったら全員、死んでいたかもしれません!」
「あの天使を撃退したんです! レドナー様がいる国だからこそ安心して暮らせると再認識しました!」
「ぬぅぅ……」
こうも持ち上げられてはレドナーも黙るしかない。内心は己と国が誇らしくて仕方がなかったが、リティ達の前だ。照れ隠しが精一杯であった。
カシャックもエーレーンも、レドナーへの感謝の意思を示す生徒達に何かを言えるはずもない。
「……カシャック様。お怒りはもっともですが、これだけの生徒達が少女達に感謝しているのです。確かに彼女達の言う通り、未熟かもしれません。
ですが教育者として……私も人として本当に大切なものを見失うわけにはいきません」
「う、ううむぅ……!」
「納得がいくまで、彼女達と話をされてはいかがでしょう。この度は私も一から出直す所存です」
「何? どういう事だ?」
「退学者がいるのならば話をして、彼らが出した答えを尊重します。保護者の方々とも向き合います。
あらゆる大切なものをないがしろにしてきたのだから、いずれこうなるのは明白だったのです」
レドナーも折れている以上、カシャックは学園長にすら何も言えなくなった。元々は父親である彼に泣きついたヒスリーテが、報復を企んだだけのシナリオだ。
適当な嘘をつけば簡単に丸め込める程度の事案である為、カシャックはこれで手を打った。
「それと父上に大切なお話があります」
「何だ……?」
「本日をもって僕はアリストピア学園を退学します」
「何だと?」
「冒険者科を選んだ僕のワガママを聞いて下さって感謝します。入学金を含めた資金については、いずれお返しします」
実の子どもの告白に、さすがのレドナーも動揺する。親子間の事情に関しては誰も立ち入れない。ましてや大公相手である。
そんな重要な話をこの場でされるだけでも、学園長達としては恐縮するのであった。
「どういう算段だ」
「この学園をトップとして独走していながら、そこにいるリティに互角以上の戦いを演じられたのです。
聞けばそこのリティは冒険者になってから日が浅い……。それなのに4年もこの学園に在籍する意味など見出せません」
「まさか冒険者に身を落とすなどと、ほざくわけではあるまいな」
「……お許し願えませんか」
レドナーの静かな怒気が周囲を威圧する。彼が暴れ出せば、誰にも止められない。学園長はおろか、エーレーンやカシャックなど完全に壁際まで下がっていた。
一方でそれを受けながらも立つ3人。少女はクーファから離れず、震えてはいるが。
「あ、ああ、あの! ジェスター様、考えを改めて下さいませ! このエーレーン、出来る事なら何でも」
「エーレーン先生。今までお世話になりました。どうかこれからはあなたも学園長と同じく、生徒達と向き合ってあげて下さい」
「向き合いますとも! だからどうか考えを」
「……いいだろう」
レドナーの了承が、エーレーンを諦めさせた。学園長が思い改める中、彼女だけが最後まで学園のブランドだけを気にかけている。
そんな口から出た言葉をジェスターは信用していなかった。
「ただし、その意味は理解しているのだろうな。生半可な結果であればどうなるか」
「承知しています。あなたの夢も忘れたわけではありません」
「フン、一丁前だな。まぁそれも一つの道だとわかってやろう」
あのレドナーが、誰もがそう思った。命拾いをしたとすら思った者もいた。
そんなレドナーに怯む事なく挑んだジェスターの強さを、リティは改めて認める。
「ジェスターさん……。かっこいいです」
「リ、ティ?」
ロマの心配が加速しているとも知らずに、リティはジェスターに見とれていた。
カシャックが項垂れながら姿を消して、エーレーンは放心したまま膝をつき。学園長が生徒達の前で謝罪をする。進む者と止まる者。明暗がハッキリした瞬間だった。




