リティ、学園のトップ5に自己紹介される
「クーファさん、この魔術式はどう?」
「えっと、いいと思います……。でもここをこうすると……」
昼休み。普段ならば予習復習に勤しむ者や昼食のために教室を出て行く者と様々だ。
しかし今はクーファ達を中心として、生徒達が集まっていた。
最初は彼女を見下していた者が、教えを乞う。半信半疑だった者が確信を得て彼女を認める。
クーファに自覚はないがたったの一幕で、実にクラスの半分以上の心を掴んでしまったのだ。
「クーファさん! この魔術式はどうですか!」
「えぇ……ど、独創性があるかと……」
「本当ですかぁ!?」
「いや、これはやっぱりダメだろ……」
生徒にすら酷評されるリティの魔術式だが、数十分の間で進化を遂げていた。
魔力に恵まれない彼女だが驚異的な吸収力と学習能力は、魔術の分野においても発揮する。
悲観せずに好奇心をもって、リティは魔術式を組み立てていた。
「ふぅん……。最終学年にもなると、こんなものもやるのね」
「ええと、ロマさん……だったね。本当に魔術式は初めてかい?」
「えぇ、魔法使いギルドではそれ以前のところで躓いちゃったもの」
「そうか……」
リティほどではないにしろ、ロマも基礎から読み込んで地道に吸収している。
彼女がもし学園に入学していれば真面目な優等生の立ち位置で、エリート層に食らいついただろう。
そんなロマの真摯な姿勢に打たれた生徒達も多かった。教えたがりの男子生徒が何かとロマに世話を焼くが、今のところ徒労に終わっている。
リティと違って彼らを魅了するだけの容姿はあるが、当の本人は何の関心もなかった。
「みゃん! みゃみゃん!」
「はいはい、お腹が空きましたね」
「ねぇ、これって幻獣ミャーンよね? 初めて見た……」
「はい。とっても頼もしいですよ」
「ほらほらー、怒れる水神とかいうかわいくないあだ名つけてくれちゃってさー」
アーキュラはアーキュラで、生徒達を挑発していた。本物だとわかった以上は、彼らも迂闊に軽口を叩けない。
そのかわいくないあだ名もまったくのデタラメではないが、彼らに反論するだけの胆力はなかった。
その傍らで一人、生徒から借りた教科書を読みふける少女。彼女にとっても学業は興味深いものとなっている。
「フンッ、紳士淑女たるものが情けないですこと」
「まったくですよ、ヒスリーテ嬢。どうも彼らには学園のトップ層というプライドが欠けている」
クラス全員がリティ達になびいているわけではない。教室の片隅にいる残りの者達が、彼女達を睨みつけている。
彼らこそが学園でもトップの成績を修めるトップ5だ。そしてその彼らの取り巻き達、数人もまた好成績である。
つまりリティ達にとってはまだ安心できる状況ではない。
特にアルディスにもっとも近いとされた学年一位の少年はリティから目を離さず、どこか冷めた表情でもあった。
「ご主人様。この文章は……」
少女がクーファに質問をしかけた時だった。机が蹴り上げられて、教室中を驚かせる。
その乱暴な振る舞いを行った主が、手直にいた生徒の胸倉を掴んだ。
「バ、バドリック様。何をなさるのですか?」
バドリックと呼ばれた少年は返答せず、無言で殴りつけた。更にひざ蹴りの追加だ。
たまらず床にうずくまる生徒には目もくれず、バドリックは目つきが悪い眼差しをクラスメイトに向ける。
「お前ら、何やってんの? ねぇ?」
行動とは裏腹に、少年の口調は穏やかだった。殴られた生徒の元へ向かったのはリティだ。
血を拭きとり、呻く生徒の応急処置に当たっている。
「なに迎合してんの? そいつら平民だよな?」
「ホント、バドリック様の仰る通りよ。情けないにも程があるわ」
バドリックとヒスリーテの発言に応答できる者はいない。クラスメイト全員が怯えて、嵐が過ぎ去るのを待っているかのようだった。
「卒業学年だというのに、小汚い冒険者にちやほやと……余裕ですねぇ? ヒヒヒヒッ!」
「そ、そうだ! それにその色黒の女……髪が長い! 髪を伸ばす女はクソだ!」
バドリックの後ろからひょっこりと登場した丸眼鏡の少年が、援護に入る。続いて明らかにロマを指して発言したのは丸々とした体型の少年だ。
そして取り巻きの生徒達が様々な表情を浮かべてリティ達を敵視している。
笑み、仏頂面、歯を食いしばって見せるほどの怒り。トップ5人に加えた3人だ。
「なんだこいつって顔をしてるな。俺はバドリック、この国の王子だ」
「第6王子だろう……」
「よ、余計なことを言うな! ジェスター!」
「下らん……」
ジェスターと呼ばれた少年が冷めた態度で教室を出て行った。それを不服そうに見送る残りの7人。
バドリックに殴られた生徒を落ち着かせたリティが、彼らを見る。
「今のスカした野郎が学年一位の秀才さ。まったく、王子であるこの俺にあんな態度を取るなんてな……さすがはあの方の息子なだけはある」
「さてさて、僭越ながらワタシも自己紹介しますかねぇ。オズワル、学年成績4位で……まぁ、言いにくいのですがぁ。魔術師の称号を持ってたり? ヒヒヒッ!」
「わたくしはヒスリーテ、侯爵家の令嬢ですの。本来なら、あなた達など近づくことすら叶わない高嶺の花ですのよ?」
学年一位のジェスターを筆頭として二位のバドリック、三位のヒスリーテ。四位のオズワルに太った少年。学園でも屈指の実力者がここに集結している。
リティは生徒を殴ったバドリックの蛮行に怒ることなく、ひたすら彼らを見ていた。
「か、かかか、髪ィ! お前ェ!」
「私のこと?」
「お前だ! そんな髪を伸ばしてぇ!」
「な、なによ」
「よせよ、リユトー。下賤な平民らしい醜態じゃないか」
バドリックの弁に納得したのか、太った少年リユトーは鼻息を荒くしたまま下がる。
リユトーの発言の後、ロマが教室内を見渡して気づく。女生徒が全員、ショートカットだった。
ただの偶然か、リユトーを恐れたか。明らかに後者だとロマは目星をつける。
「くどいようですがワタシは魔術師の称号を持っていてぇ……こちらのヒスリーテ嬢もお持ちなのですよぉ」
「それどころか舞踊手と弓手も持ってるわ」
「ぼ、ぼぼ、僕は剣士と、騎士も、持ってるんだ! だから、お、お前ら! 調子に乗るなよ!」
「それになぁ……」
バドリックがアーキュラに近づいて、鼻で笑った。一触即発、水の上位精霊に何をするつもりだと生徒達は固唾を飲んで見守る。
「俺は"天使"を召喚できる。天使族となれば上位の精霊を上回る奴らも多い。なぁ、怒れる水神さん?」
挑発するバドリックに対して、アーキュラは仏頂面だ。何を思うのか、クーファも内心が穏やかではない。しかしバドリックはアーキュラから離れた。
「……と、ここにはお前らが粋がれるような奴はいないんだ。何しに来たか知らないが、恥かく前に消えな。おい、メシ行くぞ」
バドリックの一声で、全員が列を作って退室した。その際にわざとらしく舌打ちをした者もいる。
残された者達を含めて、教室内には沈んだ雰囲気が漂う。
「……はぁ、やっちゃったなぁ」
「あの、大丈夫ですか?」
「心配いらないよ。それより彼らを見ただろう。言う通りにしたほうがいい」
「何故です?」
「彼らは教師達も期待する学園の星さ。そうなれば当然、不正や暴力なんて見逃される」
「あの人達みたいな優秀な生徒を世に送り出せば、学園の功績にもなるから……」
メリダという少女が、乱れた机を正す。彼女を初めとして、全員が今の状況を良しとしていないのは明らかだった。
侯爵家の令嬢や果てには王族となれば、単純に逆らえるはずもない。
「クラスメイトなのにバドリック様なのね」
「あの方は王子だからね……。王位継承権がもっとも低いのを気にしていて、特に僕達へのあたりが強い」
「俺も何度、殴られたか」
「何もしてないのにひどいよな……」
すっかり怯えた少女を抱いたクーファが、ちらちらと彼らを見渡す。萎縮した表情と諦めきった空気に何かを感じていた。
ハッキリとした目標はまだ定まっていないが、何かをしてやろうという気持ちは芽生えている。
「リティさん。わたし……」
「うーん……」
「リティさん?」
「どうしてもわからないんです」
一連の流れでリティが何を感じたか。彼女を目標としているロマも注目する。
「あの人達は私達に敵意を持ってます。ですよね、ロマさん?」
「えぇ、それは確かね」
「だったら何故、わざわざ自分の手の内を明かしたのでしょう?」
「え……?」
「だってそうじゃないですか。もし私達に危害を加えるつもりなら、どう見ても不利ですよ」
教室内の誰もが沈黙する。この状況下でそんな事を考えていたのかと思うのは当然だった。
ロマも思わず吹き出しそうになった。
「それは、ほら。自分達の凄さを思い知らせたいからでしょ」
「それだけで手の内を見せるんですか? うーん……」
「でもあのジェスターだけはわからないけど……」
「あの人、どこかで会ったことあります。どこだろう……」
リティのずれっぷりに、次第に生徒達が安堵を覚える。理屈はわからないが、彼女と一緒なら怖くないと思えてしまったのだ。
気が抜けたメリダが席に座り、少しだけ笑う。
「……ひとまずお昼ね。レストランに行きましょう」
「レストラン?!」
「ここのレストランは外部の人達も舌を巻くほどなの」
「そうなんですか! それは楽しみです! でもあの人達が攻撃してきますね」
「さっきの人達はそれぞれ専用の食事環境があるから、レストランにはいないわ」
感心するリティの傍らで、食事まで気取っているのかとロマは心の内で毒づく。
彼女は彼らのような選民思想にまみれた者達を嫌悪している。更には彼らこそがこの学園の癌だと確信した。




