リティ、学園からの依頼を受ける
「初めまして。私が学園長のダシアンです」
老齢の男が物腰柔らかくリティ達に自己紹介をする。
ファクティア王都アリストピア学園。大陸でも有数の名門学園で、数多のエキスパートに関する知識や技術を学べる。
王国の要職についている者の過半数はここの卒業生であり、その証が放つ威光は大きい。
卒業生であれば重要ポストの席を用意する組織も少なくなく、各業界への強いプレッシャーを与える存在になる。
法外な入学金も相まって、生徒の半数以上が貴族階級なのも特徴の一つだ。
「すでにご存知かと思いますが、当学園のブランドは大陸内でも知られたものです。シルバーフェンリル隊のイリシス、ゴールドグリフォン隊のルシオール……古くではレドナー大公と、王族も当学園を卒業しております」
「アルディスさんもそうですよね!」
「む……」
リティの遠慮のない発言に学園長が面白くない素振りを見せるも、すぐに笑顔を作った。
「今となっては恥ですな。あのような者が当学園を主席で卒業などと……」
「あの、リティが失礼な発言をしました。それでお話というのは学生達へいい影響を与える、との事ですが具体的には?」
「そうです。お話した通り、当学園のブランドは揺るぎないものです。故に卒業生には常に一流でいてもらわねばならない。アルディスのような無法者が出れば、当学園のそれに傷がつくというもの……」
見えない話にロマは苛立ち始めた。3級以上への依頼となれば、このような曖昧かつ無茶なものも増えてくる。
依頼主の地位が高いほど失敗時のリスクも大きく、挫ける者が多い要因にもなっていた。
しかもリティ達にとって、この依頼は避けられない。準2級昇級試験への切符をかけられているのだから。
「……あのアルディスのいきさつについては伺いました。彼の慢心を止められなかったのは我々、教育者の責任でもあります。特にこの学園には上流階級のエリートがよく集まる。それ故に高いプライドを維持したまま、卒業してしまうのです」
「卒業後に第二、第三のアルディスとなる可能性がある……という事ですね」
「はい。彼の所業はこの学園にも影響を与えております。入学予定だった者が辞退を申し出るなど……」
「アルディスと同じ冒険者である私達に依頼した意味……何となくわかりました」
この学園の冒険者科を卒業すると、3級以上への飛び級が認められる。冒険者ギルド公認のシステムでもあるため、質の低下に関しては無視できない。
つまりそれだけこの依頼の重要性が高いという事だ。派遣された冒険者自身がイメージの失墜を防ぐ。
いわば冒険者ギルドの顔として仕事をしなければいけない。
「それで私達はどこに行けばよいのですか?」
「はい。学園の中でも上流階級かつ優秀な成績を収めている生徒達のクラスへご案内します」
「冒険者科ですか?」
「そうです。冒険者が日陰者の時代など今は昔……。貴族自らが先陣を切って栄光と富を得る時代なのです」
冒険者ギルドルートで冒険者になるよりも、学べる事は段違いに多い。設備も比べものにならないため、法外な入学金さえあればこちらが安泰なのだ。
もちろん冒険者ギルドの収益には繋がらないので、彼らとしても本意ではない。しかしそれでも優秀な冒険者が生まれるならば、という算段だった。
* * *
「えー、こちらが現役の冒険者の方々です」
3人が案内されたのは学園内でも屈指の優等生揃いのクラスだ。
ほぼ全員が貴族階級で美男美女揃い。汚れ一つない制服が彼らの身分を際立たせている。
学園という未体験の空間に、リティは興奮を抑えるのに苦労していた。
全員が同じ空間で同じ服を着て学ぶ。それだけで彼女にとっては冒険に等しい未知なのだ。
「それでは、あとはよろしく頼む」
「はい、学園長」
学園長が教師にそう告げた後、そそくさといなくなった。その様子からしてロマの嫌な予感が当たる。
まず教師の態度からして、歓迎されてないと知るには十分だった。
「……で、まぁ君達はその辺で邪魔にならないようにしてて」
「何か私達に出来る事は」
「ないから、後ろに立っててよ」
ロマの真摯な態度も通じない。
生徒達の間から漏れる笑い。ひそひそと囁き合う者達。この時点で帰りたくなるロマだった。
「センセー、それじゃかわいそうでしょ。自己紹介くらいさせてあげたら?」
「そうだな。じゃ、やってよ」
「……ロマです。3級の冒険者でメインジョブは剣士です」
「えー?! 3級なのに剣士! 普通、そこは上位職でしょ!」
その嘲笑を皮切りに、教室内がドッと沸く。屈辱を味わうロマだが、大人の対応で表情を崩さない。
ロマとしても、好き好んで上位職を目指さないわけではなかった。
リティのようにわずか数日で称号を貰えるセンスもないので、彼女としては慎重にならざるを得なかったのだ。
「リティです! 3級の冒険者です! メインジョブは……剣士? 重戦士?」
「みゃあん!」
「ミャンファイター?」
「プッ……なんで3級にもなってメインジョブが定まってないのさ。ていうかその生き物、何?」
このエリートどもにはミャンのかわいさが理解できないのかと、ロマが見当違いに憤る。
もはや完全に舐められている以上、クーファの自己紹介など侮蔑を加速させるだけだ。
ロマはそう感じたが、クーファはたどたどしく口を開く。
「わ、わたしは、3級で……召喚師、です」
「それでアタシがアーキュラねー。さすがにアタシを知らないでエリートやってないよねー?」
「アーキュラだって……?」
ここで生徒達がざわつく。水の精霊といえば、という話題ならば必ずといっていいほど挙がるのがアーキュラだ。
そこにいるのが本物かどうか、彼らの間でかすかな議論が起こっていた。
「ウソでしょ? "怒れる水神"があんな冴えない子をマスターに選ぶわけないわ」
「偽物っぽいよなぁ。なんか軽いし……」
この時点でアーキュラの選別は終わっている。見た目で偽物だと判断する者、半信半疑な者、そして固まる者。
この場でアーキュラを本物だと感じた者こそが、教室内における強者なのだ。
学園の上位層でこの内訳は嘆くべきか、健闘と称えるか。アーキュラとしてはどうでもよかった。
そしてそれをクーファに告げないのも通例だ。
「自己紹介は終わったね? じゃあ、後ろに立ってて」
3人はあえて黙って従った。ここまで雑に扱われるのは想定外だったものの、ノープランではない。
初手を打つには情報がなさすぎるため、まずは授業風景を見ると決めたのだ。
もっとも、リティとしては心から授業というものに興味があるが。
「では昨日やった魔術式学のおさらいをしよう」
リティにとって謎のワードが飛び交い、早くも理解が追いつかない。4年生といえば最終学年であり、実戦レベルの知識だ。
加えて学園内でもトップレベルとなれば、魔法の学がないリティに入り込む余地などない。
想像していたものとは大きくかけ離れた授業というものに、リティは翻弄された。
「これが魔術式……」
「ん?」
リティに教科書を覗き込まれた生徒が訝しる。追い払おうとしたところで、彼の背筋が凍りついた。
その目があまりにも怖かったからだ。リティが何かを吸収しようとする時の静けさは、あのアルディスですら凍てつかせる。
「この記号が、互いを加えるという意味……」
「ではメリダ! 水属性の下位魔法の最短魔術式を書け!」
指名された生徒メリダが、前に出てボードに魔術式を書く。それを見た教師が満足そうに頷いて、生徒を賞賛した。
魔術式とは魔法を放つ上で、魔力やその他の要素をどう組み合わせるかを示したものだ。
それらを計算して統合して打ち出すのだが、既知の魔法であればこれを無意識のうちに行っている。
つまりオリジナルの魔法を使いたければ、自分で独自の魔術式を構築するしかない。
それが複雑になればなるほど実現は難しくなり、時間もかかるのだ。だから大半の魔法の使い手は既知の魔法を使う。
「さすがはメリダ。いい式だ」
「これなら最短で構築できます」
「えぇ……?」
クーファとしては聴こえないようにぼやいたつもりだが、目立っていた。教師の目が光り、彼女を萎縮させる。
「そこの君。何か言いたそうだな?」
「い、いえ!」
「いいや、言いたそうだ! 皆! この子が模範を示してくれるそうだぞ!」
「冗談でしょー?」
完全にコケにされたクーファだが、体の震えを抑える。以前なら緊張で動くことすら出来なかったが、リティのおかげだ。
彼女の言葉で自信をつけた成果だった。意を決して前に出て、ボードに魔術式を書く。
「こ、このほうが早いです……」
「な、なんだ、この魔術式は」
「メリダさんの式でもいいんですけど、その。こちらに比べて2秒前後……遅い、です」
リティもロマも、クーファが言ってる事が理解できない。しかし教師を含めた生徒達の反応からして、クーファの勝ちだと悟る。
当のメリダなど、自分とクーファの式の間を視線が何度も往復していた。
「き、君! これはどこから仕入れた?! どうせ書物で見たものを書いただけだろう!」
「中位魔法は……」
「うぅ……!?」
何一つ戸惑うことなく、クーファはさらさらと更に複雑な式を書く。もはや教師も言葉が出ない。
それは魔術師ギルドで披露すれば賞賛、絶賛、喝さいの嵐となるほどの式だった。
誰もが常識の手順を踏んでいたところをあっさりと破ったのだ。
「君、君は何なのだ? 一体、どこでこれを?」
「召喚師ギルドで、たくさんお勉強していて……楽しくて、どんどん思いついたんです……。面白いですよね、魔術式……」
「出来ましたッ!」
教師や生徒が驚愕しているところを、リティが更に驚かせる。勝手にボードの前に出て、拙い手つきで式を書き始めた。
「これどうですか?!」
「……いや。これはさすがにひどすぎる。水魔法……なのか?」
「そうですか。たくさんお勉強しないといけませんね」
全員が安堵した。クーファの異質さに恐れていたところで、リティの素っ頓狂ともいえる式だ。
魔術式を生まれて初めて見た少女の所業という事実を知れば、また変わってくるのだが。
「ご主人様。素晴らしいです」
「そ、そんな事ないですよ」
当然のように連れて歩いている少女になど、誰も気にかけない。
この出来事にて、アーキュラが本物であると確信し始める者が大半だった。
教師は心の内で学園長に問う。あなたは何を学園に招き入れたのだ、と。




