リティ、王国裁判に出廷する
「こんのぉぉ! ヘェイ!」
「たぁッ!」
エイーダの足払いが太ったナコンダに決まり、転倒させる。巨体を地面に打ち付けて、それだけでダメージだ。
すかさず毒蛇の剣を持っている手を狙うが、ゴフラの鞭蛇の援護が入る。
魔道具・鞭蛇。振るえばオートでうねり、対象を的確に狙う。その執拗なまでに痛めつける様から、使用者の良心に訴えかけるとまで言われていた。
「当たりなさいよぉん!」
しかし、現在の使用者にその様子はない。エイーダの機敏な動作に業を煮やして、今や単調な攻撃になりつつあった。
エイーダは今の状況に驚いている。動けて、敵の攻撃が見えて、かわせているのだ。しかも反撃の際にも、自然と敵の死角がわかる。
あのダッガムとの模擬戦で何度、倒されたか。何度、投げ飛ばされたか。あの日々を思い起こせば今の自分など、と自虐的にもなる。
――毛先まで己のものと知れ!
「なるほど……」
エイーダは自分の体を完全に把握できているのだ。ただ鍛えられたわけではない。
見てから動くのではなく見ると同時に動く、が実現できている。どこの部位だろうが同じだ。
体が覚えた経験がエイーダに最適な動作を実現させていた。緊張で動けない、咄嗟の事で動けない。いわばそのようなロスが一切ないのだ。
「鞭蛇ッ! もっとうまく狙いなさいよぉん!」
「そんなものッ!」
そうなれば今のエイーダに、ただ追跡するだけの単調な動きなど何の意味もない。しかもこの魔道具の欠点をエイーダは的確についていた。
「ゲェアァッ!」
「……良し!」
一度、振るえば追跡の動作が解除される事がない。鞭蛇がエイーダに当て損ねたところで、終わった。
ゴフラの細身の体にエイーダの回し蹴りが折れんばかりに入る。ゴフラが倒れて、鞭蛇が地面の上でのたくる動作をしばらく続けていた。
「ゴ、ゴフラ! マジかよ?!」
「あなたはもっと単純!」
エイーダとは凄まじい体格差のナコンダだが、彼の毒蛇の剣がかする事はない。
全身にエイーダの拳の連打を浴びせられて、よろめく。
「グエェ……」
エイーダの猛攻の前にナコンダは成す術もない、ように見えた。しかし、彼は目をカッと開く。
ゴフラのような器用な動きが出来ない分、彼はその体格を活かした戦いを心得ていたのだ。
打たれながらもナコンダはエイーダに接近した。止まらない彼にエイーダは焦り、引く。
「でえりゃぁ……!」
しかし鍛え抜かれたエイーダの拳だ。ナコンダの巨体も限界を迎えて、ついには停止する。
毒蛇の剣を振るった後、うつ伏せになってしまった。
「や、やったのかな……」
勝利の実感が持てないエイーダは一息つく。そこへ青年が駆け寄り、彼女を労おうとした。
が、エイーダの視界が揺れる。
「え……」
全身に悪寒が走り、やがて吐き気も込み上げてきた。呼吸も苦しくなり、ついに地面に手をついてしまう。
「き、君! どうした!?」
「なんか……体が……」
ついに意識への支障をきたして、彼女はそこまでだった。青年が何か叫ぶが、聴こえない。
「そん、な……」
毒蛇の剣。刀身から常に毒が分泌されているが、その効果範囲をエイーダは知らなかった。
直接、斬る必要はない。ほんの目の前をかすめるだけでいいのだ。
「なん、で……」
エイーダの意識が完全に途絶える。そして脇腹を抑えたゴフラが青年の背後に立っていた。
* * *
夜が明けて、王国裁判場にリティはいた。それはまるでコロシアムのような外観をしており、円形の外側に傍聴者達が着席する。
傍聴席には平民から貴族まで様々であり、場所の形状も相まってさながら観戦者だ。
「3級冒険者リティ、及び5級冒険者ダンデで間違いないかね?」
「はい」
「間違いありません……」
裁判長の両サイドに裁判員、そして今回は後ろに国王とレドナー大公がいる。
本来であれば、王族が顔を出すような事件ではない。この動きの裏には、国王の隣に着席しているレドナーの影があった。
手駒であるバイダーの総仕上げという事で、高みの見物を決め込んでいるのだ。
それと同時に、冒険者がいかに不要な存在であるかを兄である国王に知らしめるのが目的だった。
もちろん、それはバイダーがまともな仕事をしている事が前提ではあるのだが。
そのバイダーは左側の騎士席についている。騎士はいわゆる検事の役割を果たす。今回はバイダーが直接、リティとダンデを捕えたという事でその役を担っていた。
隣ではゴールドグリフォン隊の若き隊長ルシオールが、リティを観察している。
「イリシスは欠席かな?」
「そのようだねぇ、ルシオール隊長」
「ふむ……」
生真面目な彼女でも忙しい場合もあるかと、ルシオールは自己完結した。そして相変わらず、リティが気になっている。
そんな中、裁判長が事件の概要を説明してから、リティとダンデに犯行内容の正否を尋ねた。リティの答えは決まっている。
「私はやってません」
「や、やりました……」
「食い違いがあるようだね? 騎士バイダー」
裁判長はバイダーをジロリと睨む。やや怖気づくも、バイダーは勝利を確信していた。
犯行を裏付けるカードを用意しているのだ。その一つとして、あのユグドラシアがいる。
発言の正当性の証明とは、供述内容だけではない。いわば誰が言ったか、なのだ。
「では私の前に、ユグドラシアのアルディスさんに証言していただきますかねぇ」
「……私は以前、そこのリティを弟子にしていました。本来、そんなものは取らないんですがね。どうしてもとあまりに頼み込むので、その熱意を買ったんですよ」
裁判場内がどよめく。ユグドラシアが弟子をとっていたという事実など当然、知られていないからだ。
リティは無表情だった。何がどうなろうと、自分は間違ってないという確固たる自信があるからだ。
「その時から気に入らない事があると、何かしらに当たり散らすんです。修業となれば厳しいのは当然でしょう。ですがリティは己の実力不足を棚にあげて、ひどい時にはスープが入った鍋を蹴り上げましたね」
「なんと……」
「恩知らずじゃないか」
違う、逆だとリティは心の中で反論する。アルディスが蹴り上げた鍋が自分に命中しそうになったのだ。
しかしそんな主張に意味はないとリティはわかっていた。
「なるほど。普段から粗暴な振る舞いは確認されていた、と」
「それから彼女は逃げ出したみたいで……つい最近、この王都で再会したんですよ。あぁまたやっちまったなぁって感じですね」
傍聴席の者達が、アルディスの主張を鵜呑みにしている。誰が言ったか、それがもっとも大切なのだ。
実績を出して信用を勝ち取った者が、白を黒だと言えば黒となる。ましてや物見湯山気分の傍聴者達だ。
彼らが裁判の空気作りに一役買い、それが追い風となる事もある。
「オレ……いえ、私はここ王都にて、冒険者達の育成に力を入れました。もちろん彼女も例外ではありません。ですが……難しいものですね。教育というのは……」
「はい、いいかな?」
手を上げたのはゴールドグリフォン隊の隊長ルシオールだ。意外な人物の口出しに、バイダーは面食らう。
「騎士ルシオール、発言したまえ」
「聞けばアルディス氏はそこのリティも含めて後進の育成を行ったと。しかし彼女の素行は改善されなかった。それはつまり、アルディス氏にも責任があるのでは?」
「な……!」
至極真っ当な主張に、裁判場内に吹いていた風向きがまた少し変わる。
リティも予想してなかった援軍に、心の中で感謝した。
「それはさすがに失礼じゃないですか?」
「うーむ、しかし事実では? 私にはどうも、何としてでもリティという少女を悪者にしたがってるように見えるけどね」
「は?」
「静粛に」
裁判長の一声だが、アルディスの熱は収まらない。ルシオールを睨むも、当の彼にその手の恫喝は通じなかった。
雲行きがわからなくなったと判断したバイダーは、更なるカードを出す。
「では裁判長、彼女の犯行を目撃したという者がいますねぇ。こちらの被害に遭われた男性ですねぇ」
男は俯き加減で、裁判場に立っている。他にも老若男女を取り揃えた目撃者というのが、バイダーのカードだ。
彼らの中には被害者もいるが、まったく関係ない者もいる。ダンデに犯行を強要させたのも含めて、すべてが彼の自作自演だった。
言葉巧みに彼らをたぶらかし、時には弱みを握る。ダンデも例外ではなく、父親が犯罪者とバイダーに突き止められて暴露されるのを恐れているのだ。
それをパーティメンバーにばらすという一言で、彼は動いてしまった。
彼に犯行を強要させて、自分達が捕まえるというマッチポンプが彼の本来の目的である。
「証言を」
「は、はい。私は、か、花壇を……壊されまして……」
「ハッキリと申しなさい」
「あ、あう、えっと……」
男の浮気情報を握っているバイダーが、指でテーブルを叩く。無言の圧力をかけるも、男の証言は進展しない。
そこへきて、リティが初めて口を開いた。
「その人が奥さんに見せてあげたかった花壇です。壊されたらショックを受けるのは当然です」
「な、なんと?」
これには裁判長も含めて、耳を疑う。傍聴席のどよめきがより強まった。
何より一番動揺しているのがバイダーだ。リティがそんな情報をいつどこで、と思考する。
「き、君……それは……」
「あの時、私が依頼を受けた時に言いましたよね。奥さんに悪い事をしたから、何とか形で示したいと……」
「花壇作りの雑用依頼の時か……。よくあんなものを引き受けてくれたよ……」
「リンネーションとカムラヒの花を中心に植えて、これからという時でしたね」
「ま、待つねぇ!」
思わずバイダーが席を立ち、二人のやり取りを止めにかかる。情報戦でリティに後れを取るとは思わず、バイダーは次の手を打ちにいった。
「被告人は被害者の情報を知りすぎているねぇ! 事前に下調べをして、その為に依頼を受けたのかもしれないねぇ!」
「騎士バイダー、根拠に基づいた発言を求める」
「う、くっ……!」
一度、深呼吸をしたバイダーが騎士として発言を開始する。
「では被告人リティ。事件が起こった時、君は現場にいたねぇ?」
「はい」
「それは被告人ダンデと共謀して」
「違います」
「ダンデを拘束していたのは僕も見ていたねぇ。こればかりは」
「ダンデさんが家の前で武器を抜いていたから犯人だと思っただけです」
「いいや、君はダンデと仲間割れをしたんだねぇ?」
「してません」
「バイダー氏の質問は誘導に当たりまーす!」
リティを弁護するカタラーナの一声で、裁判長がバイダーを制止した。冒険者の不祥事の際には、彼女のような本部の人間が弁護を担当するのだ。
その資格を有する彼女のような者達が、冒険者を守っているといえる。もっとも、今回のような冤罪ばかりとは限らないが。
「……では弁護人のカタラーナ」
「はーい」
バイダーは内心、舌打ちをする。
彼がアルディスや目撃者に仕立て上げた人間に発言させたのは、こういう事である。
リティが絶対に首を縦に振らないとわかっていたからだ。つまりバイダーとリティのやり取りに進展は絶対にない。
「ううん……どうしよっかな……」
「どうした、弁護人カタラーナ」
「私もそこのバイダーを見習って、味方に証言してもらおうかと思います」
「ハッハッハッハッ! その証人がどこにも見当たらないのは気のせいかねぇ?!」
バイダーが勝ち誇る。事実、この場にはリティの一番の味方となり得るロマすらいないのだ。
この状況だけ見れば、リティは見限られたと解釈できる。バイダーもその線を期待していた。
「お待ちいただきたい!」
その期待を打ち砕くかのように、裁判場への扉が乱暴に開かれる。全員がそこへ注目すると、つかつかと一人の女性が入ってきた。
「な、なんだねぇ?! イリシス!」
「不躾な登場で申し訳ない。しかし理解していただきたい」
国王を交えた場ではあるが、だからこそイリシスは力強く声を振り絞る。彼女に信を置く国王はやや驚き、レドナーはしかめっ面だ。
「この裁判には何の意味もありません。何故なら、真に裁かれるべきはそこにいるバイダー及びユグドラシアなのです」
彼女の発言の直後、大勢の者達が裁判場に現れる。その中にはロマもいた。




