リティ、器物損壊事件に挑む
「うちもやられたんだよ! 依頼、出しておくからな!」
一人の男がそう吐き捨てて依頼申請書を叩きつけて帰っていった。受付の者がそれを手に取って事務的に処理するも、やや困り顔だ。
何者かによって器物を破壊されたというトラブルが持ち込まれるケースは珍しくない。問題はその数だった。
「これ……またですね」
「今度は庭が荒らされた? 昨日は植木鉢が壊されて、窓が壊されたと」
「6級……じゃダメですよね」
「こんにちは!」
そこへ今やすっかり名物冒険者となったリティの登場だ。彼女と行動を共にしているロマも、ここ最近における語り草になってる。
よく言えば天真爛漫と揶揄されるリティに対して、ロマは褐色美人と注目されていた。しかし彼女をパーティの勧誘に成功した者は皆無だ。
「お、3級姉妹だ」
「姉妹なのか?」
「似てないけど、そう見えるよ」
「ユグドラシアと違って、あの二人はいい涼風だな」
ユグドラシアへの不信が高まるにつれて、彼女達の人気は相対的に高まっていた。そうなればギルド職員も安堵して、彼女達を迎える。
「お二人とも、こんにちは。今日はどうされますか?」
「そうですね。今日は……」
「おはよう、諸君。今日も今日とて、頑張ってるかねぇ?」
爽やかな朝が一気にぶち壊された瞬間だった。吊り目をぎょろつかせたバイダーが、部下を引き連れて遠慮なく登場する。
彼らを歓迎する者はいない。挨拶を返すどころか、見てみぬ振りだ。それに構わずバイダーは依頼が張り出されている掲示板の元へ行く。
「んー、この器物損壊事件はうちで預かるから取り下げてほしいねぇ」
「え? でも、依頼として持ち込まれた以上は」
「王都の治安を守るのは僕らの役目だねぇ。ま、持ち込んだ者達には結果で答えるから心配しなくても大丈夫だからねぇ」
「はぁ……」
「じゃ、よろしく頼むねぇ」
一方的に話を打ち切ったバイダーがギルドから姿を消す。職員達も彼らを快く思ってないようで、片手で頭を抱える仕草をした。
その傍らでリティが、その器物損壊事件の張り紙に目を通している。
「これ、多いですね」
「そうなんですよ。そんな事件が頻発してるんです。あの人達が解決してくれるならいいんですけどね……」
彼らが評判通りの動きをするなら、事件はいつまで経っても解決しない。誰もがそう思っている。
そうこうしている間にも被害は増えるとはリティも思っていた。
「私達がやります」
「……やってくれるんですか?」
「取り下げる必要ないですよね?」
「本来ならそうなんですが、今の彼らはユグドラシアと組んでますし……」
「私が解決すれば何も問題ないです」
討伐依頼でもなく、今のところは危険性も未知数なので報酬は低い。それでもリティには関係なかった。
正義の味方を気取っているわけではないが、そこに問題があれば冒険の臭いをかぎつける。そしてリティの中で冒険と判決が下されたのならば十分だった。
「わかりました。受理します」
「どうもです」
「そもそも、あの人達が悪いんですよ。ろくに仕事もしない上に評判も最悪です。だからここ最近はゴールドグリフォン隊にとって代わられるんですよ」
職員の愚痴に付き合ってやりたかったリティだが、仕事と天秤にかけると考えるまでもなかった。
大した報酬ではないが、リティはそれ以上に求めているものがある。今度はどんな体験ができるのだろうかと、常に期待で満ち溢れていた。
* * *
器物損壊事件が起きるのは決まって夜だ。それに加えて人間の行動範囲にも限界があるのか、ある程度は絞られている。
深夜になり、リティとロマは二手に分かれて捜索していた。ロマは地上から、リティは建物の屋根から屋根へ飛び移って上から探している。
暗闇でわかりにくいが、リティは耳を澄ませていた。何かが起きれば、必ず音がするからだ。
「この辺りは平民街……」
貴族や金持ちでもなければ、わざわざ警備を雇う人間などほぼいない。犯人はそこを狙っているとリティは確信している。
闇に蠢く影を見つけてはただの通りすがりで肩透かしをくらう。地道な捜索だがリティは諦めなかった。
単純に困ってる人間を助けたいという思いも当然ある。しかし根底は他人の邪魔をするな、だ。
リティが己の冒険を阻害されたならば怒りを露わにする。大なり小なり他人もそれぞれの考えや目的を持って生きており、犯人はそれを妨害している。
もし自分の冒険が他人の勝手な理屈で邪魔されたら、などとリティは冴えた頭で考えていた。
「あれは……」
上から見るそれはいかにも挙動不審だった。左右前後を確認しながら歩き、そして何かを物色している。
やがて人影は一件の民家に目をつけて、そろりとドアに近づいた。手に持ち始めたのは剣だ。
他人の家の前で武器を取り出す異常性で、リティはその人物が犯人だと確信した。
屋根から地上へと降りて、その人物の背後に回る。
「わっ!」
「ひぃっ!」
犯人が情けない反応を見せる。そんな人間がリティから逃れられるはずがなく、あっさりと体を取り押さえられてしまった。
その際に武器を落とさせて、抵抗の余地も残さない。
「あなたが一連の事件の犯人ですね?」
「き、君は……」
「……あなたは」
リティはその人物と面識があるわけではなかった。ただ一つわかったのは、彼が冒険者という事だ。
先日、アルディスと共にいた姿をリティは確認している。
「アルディスさんと一緒にいましたよね」
「い、今は違う……。もうあの人にはついていけないから……」
「では何故こんな事を?」
「それは言えない……」
リティは少し考えたが、彼からその理由を聞き出す必要もないと考えた。
同じ冒険者が犯人だったとあって、リティに落胆する気持ちがないわけでもない。
重要なのは彼を拘束して、然るべき場所に引き渡す。それだけで十分だからだ。
「大人しくしていて下さい」
「俺をどうするんだよ……」
「騎士団に引き渡します」
「や、やめ」
暴れかけたところをリティに力強く抑えられる。この小さな女の子のどこからそんな力が、と冒険者は驚愕した。
いかに彼が5級とはいえ、体格差もそれなりにあるからだ。
「うぅ……チクショウ……」
「さぁ、行きましょう」
「おやおや? まさかのまさかだねぇ」
駆けつけたのはアンフィスバエナ隊のバイダー達だ。この時、リティは本能的にしまったと思った。
まずあまりにタイミングが良すぎる上に、昼間のギルドでの出来事だ。バイダーがこの件に釘を刺した理由と今の状況を比較すれば、答えはおのずと見えてくる。
犯人に集中するあまり、遠くから接近する彼らにまで気がつかなかったのが彼女の落ち度だった。
「こんな夜更けに物騒なシチュエーション……。それにその武器、なるほどねぇ。これはつまり仲間割れかねぇ」
「犯人はこの人です」
「それを判断するのは僕達だからねぇ?」
一応の弁解は試みたリティだが、無駄だとわかっていた。必死に頭の中で打開策を探っている中、バイダーが5級冒険者とリティの手首を同時に取る。
「この辺りでは器物損壊事件が頻発していてねぇ。重要参考人として、話を聞かせてもらおうかねぇ」
「いいですよ。気が済むまでどうぞ」
「いつまでそう強気でいられるかねぇ」
バイダーが冒険者を睨み、無言で何かを訴えている。察した冒険者が震える声を振り絞った。
「こ、この子と……共犯です……」
「え?!」
「ハッハッハァ! そうだねぇ! 一目瞭然だねぇ!」
「……わかりました。ですが私はあなたの思い通りにはなりません」
「何の事かねぇ」
リティはすでにバイダーを殴りたい衝動に駆られていた。彼こそが他人の思いを踏みにじり、妨害する人間だ。
今の状況は即ち、バイダーがリティの冒険を終わらせようとしている。
格闘士ギルドにて、リティに対する恐怖を味わった彼だが今の状況なら対抗できると考えているのだ。
それはもはや実力では負けを認めているに等しいのだが、そんな事にすら気づく聡明さはない。
「早くどこにでも連れていって下さい」
「フン! そのクソ生意気な態度も見納めかと思うと、せいせいするねぇ!」
「これも冒険、かなぁ?」
リティの敬語以外というのは違和感があるようで、バイダーも内心ではわずかに焦った。
背筋に冷たい何かを感じるような感覚を味わっている。
「つ、連れていけぇ!」
リティ達の拘束を部下に押し付ける余裕のなさを見せたバイダーだった。
* * *
「ちゃんと閉じてる、と」
格闘士ギルドの戸締りをすべて確認したエイーダが外へ出る。称号を貰ってすでに卒業した身だが、彼女はダッガムに見込まれていた。
彼の助手としてギルドで働き、身銭を稼いでいるのだ。5級冒険者としては破格の待遇であり、彼女を羨む者も多い。
以前は厳しさだけが印象に残った格闘士ギルドだが、今は彼女のおかげで門は広くなっていた。
「弟達、お腹を空かせているかな……ん?」
ギルドの入口の塀の角、片隅で何かがうずくまっているのをエイーダは確認した。魔物か不審者かはたまた別の何かか。
最大限の警戒姿勢で近づくと、それが人であるとわかる。
「あの?」
「う……」
薄汚れた風体の男が目を開けて、エイーダを見る。そして夢から覚めたように慌てて周囲を確認すると、エイーダを見つめた。
「こ、ここは格闘士ギルドか?」
「そうだけど……あなたは?」
「ぼ、僕はアンフィスバエナ隊……だった者だ。いきなりで信じて貰えないかもしれないが聞いてくれ」
アンフィスバエナ隊として以前、彼はバイダーと共にここを訪れた。逆らえずに彼の横暴に加担するしかなかったが、今は違うと説明する。
騎士を志した彼だが、隊長のバイダーの悪行に辟易して何もかも見失っていた。
最後にバイダーのすべてを暴露してしまおうと考えて、ここを訪れたのだ。
「……何故、ここに?」
「冒険者ギルドは……今はあいつらも訪れる場所だし……。知ってる場所がここしかなかったんだ……。それに君達の事はわかってる。あのピンク髪の小さな冒険者……いるんだろ?」
「リティさんのこと? 今は来てないよ」
「そうなのか……。でも、頼む! 僕に協力してほしい! 僕だけじゃダメなんだ……!」
「ちょ、ちょっと待って!」
青年にしがみつかれて、エイーダは思わず引き離してしまう。だが彼が取り出したノートが気になった。
「これにあいつらが口を滑らせたすべてが書かれている」
「……これ、本当?! 金を受け取って犯罪を見逃すなんて!」
「その相手も把握してるんだ。隊長を含めたあいつらは……よく詰め所で酒盛りをして口を滑らせていたから……」
「ひどすぎる……」
中には金を巻き上げて一家を離散させた記述に、エイーダは口元を手で抑える。まさに吐き気がする行為だからだ。
こんな連中から彼は逃げてきて、戦おうとしている。下手をしたら殺されてもおかしくないとエイーダは青年の勇気を称えた。
しかしその一方で、彼女は青年を心配する。
「このノートがあれば、アンフィスバエナ隊の悪事は暴けるけどあなたも……」
「僕のことはいいんだ……今はこれを然るべき場所に持って行きたい。誰か信用できる相手に……ここの支部長にも伝えてもらえれば話は一気に」
「ヘイ! 馬鹿が馬鹿なことをしてるぜ!」
入口に奇妙な体型をした二人がいた。細身の男が体をくねらせて、鞭らしき武器を手にしている。
太った男が金属製の蛇を刀身とした武器を見せつけてきて、エイーダも思わず身構えた。
「あ……あぁ……! き、君、今の話はなかったことに……」
「ヘイ! お前、マジでやってくれたなぁ!」
「しゅるん! そうねぇん! 怪しい動きをしてたから、尾行してみればこれよぉん……マァジでやってくれんじゃねぇかよッ!」
細身の男ゴフラが鞭を振るい、近くにあった塀が奇妙な壊れ方をした。鞭が意思を持つかのように何度もバウンドしたからだ。
うねる鞭が何度もブロック塀を叩き、執拗に破壊にしたのだった。
「てめぇクソザコ野郎がよぉ! この期に及んで命乞いなんてするわけねぇよなぁ! あぁ?!」
「ヘイ、ゴフラがキレちまったぜ。というわけでそこの子も、災難だったな」
戦いは避けられないと直感したエイーダだが、勝算については自信がなかった。支部長のダッガムはすでに帰宅していて、援軍を期待するには絶望的な状況だ。
つまり魔道具を持った二人を実質、エイーダ一人で対処しなくてはならない。
「エイーダ……落ち着け、落ち着いて……」
エイーダはダッガムとの特訓の日々を思い出した。自分はあのダッガムが認めた人間であり、もしここで負ければ師匠である彼を否定する事にもなる。
生真面目なエイーダはそう自分を律して、畜生にも劣る二人に挑む決意を固めた。




