リティ、人の為に冒険をする
王都内の高級クラブにて、アルディスはやや焦っていた。格下の冒険者に自分達の強さを見せつけて覇権を取る。
それが目的だったものの、ここ最近の様子がおかしいからだ。酒に酔った際にリティにつっかかり、転ばされた事件はほぼ全員が目撃している。
今回の件によって懐疑的な目を向ける者が少なからず出てしまっては、ユグドラシアとしての絶対的立場が揺らぐ。
怒り狂ったアルディスはリティに報復を目論むが、ズールに止められてしまった。
「ここであのお嬢ちゃんに仕返しをしたところで逆効果だ。むしろ格下の悪ふざけと笑ってやるのが、オレ達だろう?」
寸前のところで堪えたものの、冒険者ギルドでリティの姿を見るたびに突っかかる。
思いつく限りの罵詈雑言を浴びせるが、リティは完全スルーを決め込んでいた。代わりにミャンが牙を向けるだけだ。
それもリティによって頭を撫でられて、無言の「相手にしちゃダメ」をされてしまうのだが。
「バイダーは何をしてやがるんだ。オレに反抗する奴を捕えるのが奴の役目だろう。ズール、どうなってやがるんだよ」
「それがな……。あのお嬢ちゃん、デマイル伯爵の客人として迎えられちまったみたいでな」
「はぁ?! あのクソガキのどこにそんな人脈があるんだよ!?」
「調べたところ、トーパスの街で娘の護衛依頼を受けたのがきっかけらしい」
そこでリティのその他の活躍をアルディスに言わなかったのは英断だった。
あれから1級相当のスカルブクィーンを討伐したなど、ズールでさえ胸中を撃ち抜かれた気分になるほどだ。
アルディスが知ればろくな事にならないと、ズールは黙ったのだった。
「アルディスさん」
「何だよ」
話しかけてきたのは5級の冒険者達だ。彼らもユグドラシアに憧れて、その仕事を見届けている。
3級の魔物を片手で薙ぎ払う様は自信喪失に繋がりかねないほどだったが、後進の育成を信じてついてきているのだ。
「訓練はいつになるんでしょうか?」
「は?」
「後進の育成という事ですが、それらしい事がまだ何もないので……」
「お前ら、オレの戦いを見ておいて何も学べないのか? 何でも手取り足取り教えてもらうのを期待したのか?」
「そ、それは……」
凄むアルディスに、たじろぐ5級の冒険者達。ここでもアルディスの目算は外れた。
適当に討伐に連れていって、帰りには豪遊させる。アルディスはこれで餌として上々だと思っていたのだ。
しかし中には彼らのような勤勉な者達もいる。ユグドラシアの実力を見ても、まだ向上を目指すほどには将来有望なのだ。
「ここにいるグランドシャークを見ろ。こいつらはそうやって育ったんだぞ? 等級は知ってるよな?」
「はい、2級です……」
「クソザコだったこいつらを2級にまで育てたのがオレだ。この結果を見ても何とも思わないのか?」
「すみません。勉強不足でした……」
すごすごと下がる5級冒険者達が、隅でグラスに口をつける。分不相応においしい思いをして、楽しいと感じていたのは最初だけだ。
今は現状の不可解さに疑問があり、それがアルディスへと向けられつつある。
「そういえばジョズーよ。あの奴隷のガキはどうしたんだよ」
「それが逃げられちまったみたいで……。まったく冷めますよ」
「しっかり首輪つけとかねぇからそうなるんだよ。例えばキャンキャン喚く犬ならなぁ……」
アルディスがソファーから立ち上がると、先程の5級冒険者達の元へ向かう。何事かと見上げる一人の腹を、アルディスは蹴った。
「うぷッ……!」
「こうやってなぁ、何度も躾してやるんだよ」
執拗に数回にわたり暴力を受けて、冒険者はぐったりとしてしまった。酒が入ったアルディスは歯止めが利かなくなり、続けて他の冒険者にも暴力を振るう。
豹変したアルディスに驚く暇もなく、もう一人も犠牲になった。
「ア、アルディス、さん?」
「何だよ。文句あんのか」
「いえ……」
残った冒険者は何も言えず、俯くだけだった。他の冒険者達は酒が入って相変わらずドンチャン騒ぎだ。
アルディスの所業にはまったく気がついていない。しかし店主が、その蛮行を目撃していた。
「アルディス様、どうされたので?」
「どうもしねぇよ。あっち行ってろ」
「こちらの方に何を……?」
「この店は国王命令で、金払いがいいオレ達の貸し切りだ。そのおかげで儲かってるんだろ?」
釘を刺したような言い方では店主も黙るしかない。少なからずアルディスへの不信感を抱かせてしまったのだが、当の本人は浴びるように酒を飲んでいる。
「ったくよぉ、オレは英雄だぞぉ……ユグドラシアなんだぞぉ……」
夢見心地でアルディスはソファーに身を委ねている。クラリネはとっくにホテルに帰り、ズールはアルディスのご機嫌取りだ。
これが店主や5級冒険者達の目にどう映るかなど、彼は想像もしていなかった。
* * *
「おい! ユグドラシアはいるか!」
早朝、リティ達が冒険者ギルドを訪れた直後に老齢の男が騒がしく入ってきた。唾を飛ばしながら、老人はカツカツと受付のカウンターに向かう。
リティがその男を見て、貴族だと推測する。デマイル伯爵と比べても、遜色ない上品な衣装だったからだ。
「オレオン子爵、どうかされましたか?」
「先日、ユグドラシアにヘルクレスの角採取を依頼したのだがな! 長さがまったく足りん! 貴様、あんなものの納品を認めたのか!」
「す、すみません。こちらとしても確認はしたのですが、その……。押し切られてしまいまして……」
長さが足りていない角をアルディスが強引に納品させたと受付は告白した。本来であればギルドの職員なら相手が特級だろうと、一歩も引かない精神が求められる。
しかし相手はアルディスだ。彼に凄まれて冷静に対応できる者など、そういない。
「あれをドーンとエントランスに飾ってなぁ! 孫に見せてやりたかったのだ! もうすぐ息子夫婦が孫を連れてやってくるというのに!」
「それは申し訳ありません……」
「ユグドラシアが来るまで待たせてもらうぞ! 高名な連中だから心配しとらんかったのに……」
「オイッ! ユグドラシアを今すぐ出せぇ!」
ドアを蹴破るようにして入ってきたのは、コック服に身を包んだ男だ。今度は何だと若い職員は内心、疲れ果てている。
「はい、何でしょう……?」
「オレが依頼したのはなぁ! 同じキノコ型の魔物でもハイマシュルムの食材なんだよ! あいつらが納品したのはデシュルムだ! こっちは猛毒で食えたもんじゃない! 似てるから無理もないだろうが、仮にも特級だろう?!」
「それを担当したのは私です! すみません!」
「姉ちゃんよ! あんた、プロだろう!」
若い男の職員とは別の女性が謝っている。そこへ続けざまに登場した貴族の夫婦も怒り心頭だ。
私有地に現れたブラストベアー討伐が、二匹の目撃情報があるにも関わらず一匹分しか報告されていないからだった。
「一体どうなってるんだ!」
「ユグドラシアだから安心してたのに! ここで待って、連中が来たら文句を言おう!」
「こっちは時間がない! 明日、特別なお客様に品を提供する予定だったのに!」
「皆さんの依頼、私が引き受けてもいいですか?」
熱気をまき散らしていた依頼人達が一斉にリティを見る。最初こそ、何だこの少女はと思った者もいた。しかしコックの男が思い当たったのだ。
「君、もしかしてリティとかいう冒険者かい?」
「はい。何故、私の名前を?」
「隣近所さんが君の名前を上げて、えらく自慢してくるからさ。細々とした依頼を次々とやってくれるって評判なんだってな」
「そうなんですか。3級なので皆さんの依頼を引き受けられますし、私でよければいいですか?」
「オレは頼むよ。他の方々はどうしますか?」
見た目からは3級と想像できないのか、リティに対して懐疑的だ。しかし実績の力は偉大である。
やや不安はあるものの、全員が最終的にリティに依頼する事に決めた。そうなった理由はもう一つある。
「そもそも何故こんなにも冒険者が少ない? いつもは冒険者達がもっといるだろう?」
現在、目ぼしい冒険者はほとんどがアルディスについていっている。それだけに3級の魔物を討伐できる冒険者など、リティ以外になかった。
残っているのはユグドラシアに尻込みをした者か、興味がない者のみだ。噂でしか知らない英雄パーティに全員が関心を寄せるなどあり得ない。
「リティといったか。ヘルクレスは3級の魔物だが、大きな個体となれば2級相当にもなると言われておる。当然、ワシが求めるのはそのレベルだぞ」
「任せて下さい! 早くお孫さんを喜ばせましょう!」
「お、おぉ……頼もしい」
「そういえばハイマシュルムとデシュルムの区別はつくのか?」
「王都周辺の魔物はすべてチェックしています! 早くお客さんに料理を味わってほしいですよね!」
「そ、そうだな……期待してるよ」
リティの曇りなき返事に、依頼人達の熱気が次第に下がる。ユグドラシアほどの実力はない少女でも、不思議とやってくれると信じたのだ。
「しかし、その生き物は何だ? 長くないか? いや、とてつもなく長いな……!」
「みゃん!」
「ミャンです」
「いや、名前ではなくてな……」
オレオンの疑問は、ロマも一度は口にしている。誰もが同じ反応をすると、ロマは苦笑した。
デマイル邸に宿泊した際、マームのお気に入りとなってしまったのもミャンの愛嬌故だろう。
魔法使いを目指しているはずの彼女に、召喚師に乗り換えようかと本気で思わせたほどだ。
「リティ、もちろん私も手伝うわ」
「ありがとうございます。ロマさんも3級になれましたし、これからは遠慮なく同じ仕事が出来ますね」
「えぇ……だいぶ苦戦したけどね……」
3級昇級試験はロマにとって軽くトラウマとなっている。型破りなカタラーナの門前払いに始まり、ようやく試験場所についた途端に試験官は行方不明。
4級モンスターであるバーストボアの群れを引き連れて現れた際には、本気で恨んだ。
数少ない受験者達でようやく討伐したものの、本当の絶望はここからだった。動き方や戦い方など、散々ダメ出しされて不合格にされた受験者の顔がロマにとって今でも忘れられない。
「私、あの人みたいな冒険者にだけはならないわ。あんなものがまかり通ってるのがおかしいもの」
「そうですよね! 私の時もひどかったです!」
二人の間ですっかり反面教師となったカタラーナだが、原動力としては上質だった。若い二人が改めてまともな冒険者を志すきっかけになったのだ。
そんな清い心を持った二人が、ユグドラシアの尻ぬぐいに挑む。
* * *
青年はノートを胸に抱き、四苦八苦していた。昨晩、ノートを持って目的地に向かおうとしたが王都の至る所にアンフィスバエナ隊の騎士がいる。
非番とはいえ、自分のようないじられ者がウロウロしていれば目立つ。中には話しかけてくる者がいないとも限らない。
普段であれば愛想笑いの一つでもしてやり過ごすのだが、今はノートがある。
持ち物を漁られて中身を見られたら終わりだと、青年は危機感を抱いていた。
「このルートはダメだ……。それならこっちしか……」
目的地はそう遠くないが、青年は遠回りをしながらも一日かけて探り歩いていた。そうこうしているうちにまた日が落ちて、機会を逃す。
当然、次の日は出勤であるが青年が二度と騎士服に袖を通す事はない。もはや彼は捨て身の覚悟だからだ。
自分のような人間の価値など、と自暴自棄にもなっている。
「バイダー隊長……いや、バイダーの狙い……。あいつは危険だ……あんなの騎士じゃない……」
彼はバイダーの目論見に辿り着いてしまったのだ。なんて恐ろしい事を思いつくものだと震えた時には、行動に移していた。
それは紛れもない彼の正義感であり、国を守ろうとする騎士の心がないわけでもない。
「ふへへ……見てろ……。絶対に一泡吹かせてやる……」
しかし青年にそんなつもりはない。その心意気はどちらかというと、自爆であった。




