リティ、巨大ヘルクレスと戦う
「あ! あれがハイマシュルムです!」
「その隣のはデシュルムね?」
森の中にて、大きな傘を広げているようなキノコ型の魔物がのっそりと接近してくる。動きは遅いが毒の胞子をまき散らすのがデシュルムだ。
リティは先手でデシュルムに斬り込む。毒が厄介なら、やられる前にやればいいと考えたからだ。
防御面も薄く、切れ味がいいデシュルムがざっくりと裂かれる。
「さすがね、リティ。こっちも片付いたわ」
「ロマさん、早いですね」
「5級の魔物だからね。デシュルムは4級なんでしょう?」
「はい。野営している人に近づいて毒の胞子を浴びせる危険な魔物ですが、正面から戦えば何とかなります」
デシュルムによる被害も馬鹿にならない。これに限らず、植物型の恐ろしいところの一つだ。
森の風景に同化して暗殺紛いの動きをされては、ベテランでも足をすくわれる事もある。
「どうする? デシュルムは討伐依頼としても出ているから、もっと狩っておけば追加で報酬が貰えるわ」
「そうしたいですが今はあのコックさんに食材を納品しましょう」
コックが食材を必要しているのは明日なので、今日の深夜までに納品しなければいけない。
オレオンの角採取の依頼もあまり猶予がなく、のんびりしている時間はなかった。
* * *
「おぉ! そうそう! これなんだよ! ありがとう! 何とか間に合いそうだ!」
「よかったですね。お客さん、喜びますよ」
「ま、まぁな……」
納品を喜んだコックだが、様子がおかしい。プロの料理人であるはずの彼だが、リティには何故か緊張しているようにも見えた。
「あの、どうかされたんですか?」
「いや、実は特別な客ってのは……プロポーズする予定の女性なんだ。もしサプライズが気に入ってもらえなかったら……」
「あなたが真剣ならきっと伝わるはずよ」
「……そうだな。オレが勝手にやろうと決めたサプライズだ。オレという人間……料理がうまい男の魅力をたっぷりと伝えてやる」
プロではないロマの言葉だが、コックの男は覚悟を決めたようだ。意を決して食材を持ち帰った彼を見送り、リティ達はすぐに次の依頼を見据える。
結婚というワードに興味がないロマだが、何かに真剣になる男に共感したのだった。ちょうど今のリティがそうであるように。
* * *
リティ達は大型のヘルクレスを探し回っていた。角は武具や家具の素材にも使えるので一定数は狩っているが、基本的に小さい個体はスルーしている。
魔物を殺すのが目的ではないからだ。降りかかる火の粉となった場合を除いて、二人は大型の個体の足跡を辿っていた。
「オレオンさんが言うような大型となると難しいですね」
「そうね。あのいい加減な英雄さんが諦めたのも無理はないわ」
「あの人の場合は自分をよく見せる為に魔物を倒してるだけです。だからメチャクチャな事になってるんですよ」
よほどの人間でない限り、基本的に人を悪く言わないのがリティだ。しかしアルディスに対しては悪い意味で特別な感情が動く。
そんな人間性を肯定するような場面を見せつけられたからこそだった。
「大木を探しましょう。大きいヘルクレスが樹液をすするなら、きっとやってきます」
そう提案するリティだが、あまり奥地まで進むのは気が進まなかった。帰りに費やすコストを考えると、この辺りが限界だとわかっている。
それに通常個体のヘルクレスも決して弱い魔物ではない。スカルブと違って、この森の中を縦横無尽に飛び回るのだ。
「あまり時間がかかるようなら、妥協も大切ね」
「そうですね。でもなるべく諦めたくないです。オレオンさんの為ですから……」
「あの人も無茶な注文をするものだわ。嗜好品にそこまで拘るあたりが、いかにもお金持ちって感じ」
「お孫さんのためにあそこまで慌ててるんです。きっといい人ですよ」
リティはいつかの召喚師ギルドの支部長を思い出した。自分の為に身内すら犠牲にできる非道な人間もいれば、オレオンのような人間もいる。
どっちもいるならば、せめて後者のために頑張りたいとリティは割り切っていた。
「あ! あの大木、よさそうです」
「2級相当のヘルクレスね……。ちょっと身構えちゃうわ」
樹齢数百年はあろう大木が、リティ達の前にある。見上げた先には通常個体のヘルクレスがしがみついていた。
見つかると面倒なので二人は隠れてやり過ごし、巨大個体の登場を待ち続ける。日が落ちる前に見つけてしまいたいと気が焦るが、リティは平静を保った。
すると一際、大きな羽音が聴こえてくる。
「あれって……」
「き、来たわね」
ロマも怖気づくほどの個体だった。先着で樹液をすすっていたヘルクレスが思わず飛び立つほどで、巨大個体が遠慮なく大木に取りつく。
高々と伸びた角が太い枝を削ぎ落とし、強度と威力を示した。
「ロマさん。私が仕掛けます。木から落とすので、そこを狙って下さい」
「まさか木でもゆすって落とすの?」
「いえ、こうするんです」
リティが木々を蹴って飛びながら、大木の上を目指す。その身体能力に改めて驚くロマだが、そんな場合ではない。
リティが巨大ヘルクレスの足に払い薙ぎを当てると、木からそれが外れる。ふわりと空中に投げ出されるヘルクレスだが当然、羽を開いて臨戦態勢だ。
しかしそれを見過ごすリティではない。巨木から別の木へ三角飛びをしてから、ヘルクレスの真上に到達。
「甲羅割りぃッ!」
斧を取り出してからの強烈な振り下ろしが、開いた羽の付け根にヒットする。急所を狙ったつもりのリティだが、あまりの硬い手ごたえに驚いた。
空中に投げ出された状態のリティは、そのまま落下するしかない。
「リティッ!」
「着地しますッ!」
そう宣言した後、リティは両足を踏ん張って本当に着地した。同時にダメージを受けたヘルクレスも地上にふらふらと落ちてくる。
そこを見逃すまいと追撃を試みるリティだが、ヘルクレスも負けていない。角を地上にいるリティに向けて、急降下してきた。
「危ないッ!」
ロマがリティの手を引っ張った直後に、ヘルクレスが角ごと地上に突き刺さった。まるで巨大砲弾でも着弾したかのような威力だ。
刺さったままでは動けまいと思う二人をあざ笑うかのように、ヘルクレスは地面ごと角で掘り返す。
土を巻き上げられて、二人の視界は封じられた。
「受けますッ!」
避けきれないと判断したリティが盾と斧を取り出して、突進を迎え撃つ。巨大角が重なった盾と斧に命中して、リティの体ごと押した。
「左、羽の付け根ッ!」
短くロマにそう伝達したリティが、背中から木に打ち付けられる。木がへし折れるほどの衝撃で、リティも無傷では済んでいない。
しかしロマは攻撃を実行した。リティが甲羅割りを当てた付け根部分に剣を振り下ろす。
リティに続くロマの追撃がヘルクレスの体内に刺さり、体をよじってリティから離れた。
「い、今です……!」
リティの爆炎斬り、ロマの多段返しが巨大ヘルクレスを襲う。それは間違いなく硬い装甲に響く威力であり、ヘルクレスも次の手を打てずにいた。
「爆連……拳ッ! ゴホッ……!」
血を吐きながらもリティが放ったそれは、いつかダッカムが見せた武闘士のスキルだ。手数の多さでヘルクレスを追いつめてから、リティは片手槍を取り出す。
「スパイラルトラストッ!」
ヘルクレスを十分に動けなくしてから、隙も威力も大きいスパイラルトラストだ。度重なる攻撃にて、脆くなったヘルクレスの装甲がついに貫かれた。
ヘルクレスが仰向けにのけ反り、手足をせわしなく動かした後で停止する。リティ達の勝利が確定した瞬間だった。
「はぁ……はぁ……う……」
「リティ、応急手当てをするわ」
「すみま、せん……」
「まったく……私なら死んでたところよ」
それはロマの謙遜でも何でもない。いくつもの大木もろとも貫く威力の角と突進だ。動けて意識があるだけでも、すでにリティは常人から外れた域にいる。
「角の採取は私に任せて」
「はい、お願いします……」
せっせと作業に入るロマの後ろ姿を、リティは頼もしく思えた。あのヘルクレスが実際に2級相当かはわからないが、リティも一人では危ない相手だとわかっている。
それだけにロマとの連携に満足していた。リティもまたロマを尊敬しており、強くなってくれたのだから。
「出来たわ。でもこれはさすがにミャンも食べられないでしょ……」
「みゃあん……」
「ダメみたいです」
「工夫して運ぶしかないわね」
苦労しただけあって、その角が雄々しく見える。後はオレオンが満足するかにかかっていて、そこはリティも少し不安だった。
ダメージを受けたリティだが、角を運ぶのに支障はない。明らかに異常であり、イリシスが口走ったフィジカルモンスターのそれであるが当の本人に自覚はなかった。
「リティ、無理しないでね」
「平気ですよ」
そう答えたリティに、痛みなど感じている様子はなかった。
* * *
「おおおおぉぉ! こここ、これ、これだよ! 君ィゲホゲホォッ!」
興奮のあまり、オレオンが激しくせき込む。
何せベテランの冒険者ですら滅多に拝めない巨大な角がそこにあるのだ。職員や数少ない冒険者達が見物に来る。
「こ、こんなにでかいヘルクレスがいるのか?!」
「職員さん、ネームドじゃないよな」
「指定されてませんね。人を襲った報告もありませんので……」
「コラァ! 触るな! ワシが依頼した角だぞ!」
大人げないオレオンが見物客を寄せ付けない。またせき込みかけたところで、リティに背中をさすられた。
「いや、すまない。まさかこれほど巨大なものとはな……。しかもワシの為に……」
「お孫さん、ビックリしますね」
「うむ……いやしかしな。冷静に考えれば孫の為とはいえ、冒険者を危険に晒してしまったな。苦労したのだろう?」
「誰かが必要としていて、喜んでくれるならいいんです。それにおかげで凄い冒険が出来たんですよ」
「……君はいろいろな意味で強いな」
それにはロマも同意した。そのメンタルを見習いたいと思う一方で、そうなれそうにないという弱音もある。
しかしロマにとっての目標でもあるのがリティだ。そうでなくては、と彼女を称えるのであった。
「さっそく運搬の手配をしよう。君達には世話になったな」
「はい……あー! まだブラストベア討伐がありました!」
「そっちは済ませたぜ」
ハルバートの刃にブラストベアの片腕らしきものを刺した男が先陣をきっている。
続いて毛皮を広げてくるくると回りながら歩くジェニファ。キャロンと荷物を背負うダイドーの登場だ。
ブラストベアの討伐が完了したと見た目で知らせたのは、レッドフラッグだった。
「シャールさん!」
「ちょうど暇だったんでな」
「私が倒したかったのに……」
「ありゃ」
てっきり感謝されるかと思ったシャールの当てが外れた。報酬や実績よりも戦いたかったという欲求がリティらしいと、ロマは苦笑する。
「……じゃあ、肉でもやるか?」
「遠慮します」
「みゃんみゃーん! みゃん!」
肉では釣られないリティだ。
リティも本気で恨んでいるわけではないが、ブラストベアという未知の魔物は魅力的だった。怪我をしている事など、すでに忘れている。
シャールの片手にあるブラストベアの肉に、ミャンが一生懸命にかじりつこうとしていた。当然、容易くかわされるのだが。




