リティ、あくまで冒険を目指す
ユグドラシアが来てからというもの、リティ達はほとんどの依頼を引き受けられなくなっていた。
上級向けの依頼は根こそぎ持っていかれて、残るは低級向けの簡単な採取や村の畑を荒らす害獣討伐のみ。
とても3級としての実績にはならず、リティはここで足止めされる形となった。何故なら、2級昇級試験は3級としての実績を認められた上で行われるからだ。
合格すれば準2級となり、何かしらの要人に認められた証を貰えば2級となる。
「いやぁ、助かったよ。これでしばらく畑も荒らされずに済む」
「これでおいしい野菜を皆が食べられますね。私も安心しました」
「おいしい野菜か。そう言ってもらえたのはいつ以来かねぇ……。そうだ、一つどうだい?」
リティとロマが口にした野菜は、生でかじって食べても甘味が感じられるほどだった。
自分の村で作っているものと遜色ないと判断したリティが感動する。これだけでも、王都より遠く外れた村に来た甲斐があったとさえ思っていた。
「最近は冒険者の方も来てくれなくなってね。以前は騎士様が常駐して下さったのだがあまりに横暴で……」
「あぁ、それで村の若い衆が決起して王都に出向いて直談判よ。幸いそれで騎士は引き上げてくれたっけなぁ」
「なんだっけ? あの……蠅の部隊だか何だか?」
「……アンフィスバエナ隊?」
ロマの答えにそうそう、と元気よく頷いた村の老人達。王都に来てそれほど日が経っていないロマですら、彼らに対するイメージは固まっていた。
彼らの悪行を知っているリティだけに、この村がどれだけ不憫な思いをしてきたのかを察する。
「もっといい騎士に頼んでみます」
「君がかい?」
「はい。心当たりがあるんです」
「それはありがたいが……」
リティの等級は村の老人達も知っていたが、その域とまでは思っていない。半信半疑で感謝しつつ、リティに手を振って別れを告げた。
* * *
王都でもリティ達は奔走した。リティが主に手をつけたのは、やはり6級向けの依頼だ。
持ち前のモチベーションとバイタリティに加えて、今はロマもいる。二人で汗を流して笑い合い、依頼主と意気投合する。
ロマがやりたかった王都での仕事とは違ったが、これはこれで悪くないと冒険者に対する認識をまた改めた。
「あぁ、疲れた疲れた……」
「アルディスさん。清算してきますね」
「おぉー……その後、もう一軒だなぁ」
顔を赤らめたユグドラシアとグランドシャーク、及び追従した冒険者達がギルドに入ってくる。その千鳥足が、冒険とはかけ離れた様子を見せていた。
酒の強烈な臭いがリティとロマの鼻腔を刺激する。
「くっさ……」
「ロマさん、清算も終わりましたし今日は寝ましょう」
「おやぁ? これはこれはどこぞの3級冒険者じゃないかぁ」
アルディスが絡んできたが、リティは顔も向けない。その態度に苛立ったアルディスが、リティの胸倉を掴んだ。
「いつからそんな偉そうな態度を取れるようになったんだぁ? あん?」
「離して下さい」
「アルディスさんが弟子にまでしてやった恩を忘れたのかぁ?!」
グランドシャークのジョズーが素っ頓狂な野次を飛ばす。リティには目の前のアルディスは元より、ジョズーなど視界にも入っていない。
「大体、てめぇなんぞが3級になれたのがおかしいんだよぉ? あん?」
「離して下さい」
酒臭い息をリティの顔にかけて、アルディスは凄む。
特級冒険者に捕捉されたとあっては、さすがのリティも逃れようがない。と、誰もが思っていた。
「二度いいました。強引に離させます」
「あ……? 痛ァッ!」
アルディスの手首を裏拳で叩くと同時に、その手が離される。酒が入ったアルディスはふらつきながら、冷たい床に伏してしまった。
冒険者達は戦慄する。酒が入っていたとはいえ、アルディスをあっさりと引き剥がしたのだ。
アルディスは立ち上がろうとするが近くの柱に抱きついて、思うように歩けない。
「こ、このぉあぁ……!」
「アルディスさん、手加減してたんですよね?」
「当たりめぇ……だ……うぅッ!」
ズールやジョズー達が駆け寄ったところで、惨事が起きた。当然、誰もが潮が引くように離れる。
べちゃべちゃと床を汚す様を見守る他はない。そのものの上に倒れ込んだアルディスを抱えて起こしたのがズールだ。
「おい! ジョズー! アルディスさんをホテルに連れていけッ!」
「え? オレが?」
「当然だろ! 立場わかってんのか、てめぇ!」
「はいぃ!」
グランドシャークが3人がかりで、汚物まみれのアルディスを抱えていく。それを見届けたズールがリティをまじまじと観察した。
特級冒険者の怒りを買ったとあって、ロマは多少なりとも恐怖を感じる。しかしリティはズールの目を見続けた。
「お嬢ちゃん。オレ達もこんなところで暴れるわけにはいかねぇ。おっかねぇ同業者も目を光らせているしな」
「えっへん!」
子どもみたいな反応を見せたのはカタラーナだ。ただし遠く離れた場所にいる。床を汚したものが原因だ。
ユグドラシアの一人が恐ろしいと評した彼女を、冒険者達はちらりと見る。
「同業者同士の揉め事もまた冒険者だからね。よほど過激なことにならない限りは見守るんで、どーぞ」
「だ、そうだが。お嬢ちゃん、これからは満足に動けないと思ったほうがいいぜ。特にギルドの寝室はすでに満室だからな」
「そうですか。ロマさん、他のところで寝ましょう」
「おっと、無駄だぜ? 目ぼしい宿はこっちの貸し切りでな。ユグドラシアが認めたメンバー以外の利用は不可だ」
「はぁ?!」
ロマが真っ先に声をあげる。リティも驚いたが、この人達ならそのくらいはやると冷静だった。
「そんなのまかり通るの?!」
「通るのが俺達なんだよ。言っておくが国王にも許可は貰っているからな。無理に頼み込んでも、あいつらは聞かないぜ?」
「狂ってる……!」
ロマがそう思ったのはユグドラシアだけでなく、国も含めている。主要の宿泊施設を利用できないとなれば最悪、野宿だ。
風呂にも入れず、浮浪者と変わらない。そんなロマの心中を察したように、ズールがクククと笑う。
「アルディスも酔いが冷めたらどうなるやら」
「冒険者の育成だなんて、でたらめじゃない。リティに聞いた通りの連中だわ……こんなのがいつまでも続くわけない」
「続くのが俺達なんだよ。さ、わかったらとっとと外の寒空の下で寝な」
「ロマさん、行きましょう」
リティはズールに言い返す事なく、スッとギルドから出る。格闘士ギルド、召喚師ギルドと当てはあった。
どちらも宿泊できるので、そちらを目指そうと考えたのだ。
* * *
「あ、君達はリストに入ってないね。悪いけど食事は他を当たってくれ」
問題は食事だった。ここにもアルディス一派の手が回っていて、リスト入りしている冒険者以外は断られる。国王からの命令でもあり、店側も逆らえない。
諦めたリティ達は調理しなくても食べられる簡易食でやり過ごした。
「食事もお世話になったジョブギルドに頼るしかありません」
「そうね。街中で肉を焼くわけにもいかないし……」
「へい! 貴様ら! そこで何をしている!」
怒声まじりで呼び止めてきたのは、王国騎士だ。双頭の蛇を表したシンボルからして、それがアンフィスバエナ隊とリティは気づく。隊長であるバイダーは見当たらない。
代わりにいるのは丸い体型、細長い体型と対照的な二人だ。
「何でしょうか?」
「へい! 今、何か怪しい行動を取っていたな! 詰め所まで来い!」
「何もしていません」
「これもユグドラシアとの合同作戦?」
ロマの問いに騎士達は答えず、強引に二人を拘束しようとする。アンフィスバエナ隊といえども、立派な国家権力の象徴だ。
更にユグドラシアがバックにいるとなれば、どうなるか。抵抗すれば公務執行妨害と見なすのは簡単だった。
「さぁて、大人しくしないとわかってるわねぇん? しゅるん」
「ロマさん、走りましょう!」
リティは逃亡を選択した。相手が相手だけに、捕まればろくな事にならないと判断したからだ。
言うなればアルディスの演説から続く延長線である。騎士達に取り囲まれながらも抜け出せたのは、リティのおかげだった。
隙だらけな連中に対する技量や経験の差からして、戦ったとしても負けはしないと証明しているのだ。
「あぁ!? 待ちなさぁい! しゅるん!」
「へい! ゴフラ! 追うぞ! てめぇらも続けぇ!」
リティ一人ならば余裕で逃げ切れる相手だ。しかしロマはどうか。リティほどのフィジカルもない。
ロマを見捨てる気などないリティは必死に考えた。倒してしまおうかとリティの脳裏によぎる中、先の建物の角に人影が立つ。
「リティさん! こっちです!」
「え……あなたは……」
迷うことなく、リティ達はその人物のほうへと向かう。しかし間もなく追いつかれて、騎士達が迫った。
が、そこで足を止めてしまう。そこにいたのが手の出しようがない人物だったからだ。
「おや、騎士団の方々。こんな夜更けにどうされたので?」
「あ、あなたは……」
リティもよく知っている親子と冒険者が、二人を守るようにして立つ。小太りの壮年貴族、鮮やかなブルーの流れるようなロングヘアーの女性。
そしてリティよりも年下の少女はブラウンの髪を結い、今はポニーテールだ。
トーパスの街でリティが護衛を務めたマーム、父親のデマイル。護衛のナターシェが騎士達の前で堂々としていた。
「デ、デマイル伯爵?!」
「その2人は私の大切な客人なのだが……何かあったのかね?」
「い、いえ、特には……」
「追いかけ回していたようにも見えたが?」
「こちらの手違いでしたぁ! 申し訳ありません!」
騎士達が頭を下げてから、猛スピードでどこかへ消えてしまった。一息つき、リティは再会に驚く。
ロマは初対面ながらも、伯爵という情報のおかげで彼という人物を把握できた。
「皆さん……助かりました。ありがとうございます」
「あ、いやいや。今日は娘を迎えにいった帰りでな。偶然に過ぎんよ」
「そ、マームちゃんはね。今、魔法使いギルドに通ってるの。デマイル様はなるべく毎日、送り迎えに付き添ってるのよね」
「まぁそれはいいとして……何やら大変な事になっておるな」
リティが何気なくマームを見ると、以前のような上品なドレスではなかった。
見習いながらも黒い法衣にスカートやタイツと、見た目だけでも立派な魔法使いとなっている。手には木製の杖と、見違える風体だった。
リティが事情を話すと、デマイルは何やら諦めたようなため息を吐く。
「なるほど、冒険者などといっても格差次第でどうとでもなってしまうのか。貴族社会ではあるまいし……」
「あのユグドラシア相手じゃ私も分が悪いかなぁ。ましてや騎士団を味方につけてるんじゃね」
2級冒険者のナターシェですら、今はリティ達と同じ立場なのだ。同時に特級冒険者という肩書だけで、好き放題されてしまう国を憂いていた。
それはデマイルも同じ思いで、自身を振り返るきっかけにもなる。貴族である自分達が冒険者を認める事によってこのような事態になるならばいっそ、と。
「お父様、リティさん達をお屋敷に住まわせるのはダメですか?」
「……そうだな。娘が世話になった冒険者だ、しばらくは面倒を見よう」
「い、いいんですか?」
「構わん。こうなってはワシにもやる事があるからな」
リティはホッとしたが、いつまでも世話になるわけにはいかないとも思っていた。冒険者としてアクシデントは付き物であり、時には自分の手で切り開かなければいけない。
もっと強く、と思いを強めていたところでロマがリティの手を両手で握る。
「リティが誰かを助けて、助けられる。これも冒険の成果ね」
「……そうですね」
成り行きとはいえ、貴族との繋がりを持ったのだ。それはリティが目指す冒険者の資質に違いなく、誰にでも出来ることではなかった。
リティはすでに3級、それ以上への等級への階段に足をかけていたのだ。
「リティさん、今夜は私の部屋で寝ましょう! いっぱいお話しましょう!」
「ちょ! マーム様!? それは大胆ですよ!」
「そうよ! いくらなんでも貴族令嬢と同部屋はどうかと思うわ!」
マームの提案に、ロマとナターシェが憤りを見せる。特にロマの発言は正論であったが、口の利き方が相応ではない。
そんな事も忘れてしまうほど、彼女は感情を見せてしまっていた。
「では……みんなで寝るというのは?」
「そ、それならいいでしょう」
「そうね。問題ないわ」
前言と矛盾しているのも気づかず、ロマ自身も自分の感情が理解できていない。
しかし当のリティは温かい布団で寝られる事に安堵するだけだった。
* * *
騎士団の宿舎にて、青年はノートを開いて書き綴っていた。己が所属する部隊の腐敗のすべてを、青年は記録していたのだ。
特に酒に酔ったバイダーが口を滑らせた情報は大きい。彼が今まで行っていた不正や取引相手も、把握している。
毎日の暴力に耐えかねて、青年の精神は限界を迎えていた。
「もう……やるしかない……」
ネズミ討伐の際に、提案すらも突っぱねられただけではない。それを根に持ったバイダーに休日すらも取り上げられて連日、こき使われた。
ようやく落ち着けた今日、青年は決心したのだ。
「すべてをぶちまけるしか……でも誰に? 国王? 僕なんかが? 冒険者ギルド? あそこすら今や腐敗の手が……」
ブツブツと呟くも、仕事一筋の青年に人脈などあるはずもない。別の騎士団という手もあるが、信用できるとは限らない。
頭を抱えた結果、彼は思いついた。以前、バイダーと共に訪れたあそこにいる者達ならばと。
「行くしか……ない……。母さん……僕は最後に、なるよ……」
青年がふらりと立ち上がる。その足取りはおぼつかない。
「立派な騎士に……なる……国を、守るんだ……」
真面目な青年は、腐敗した部隊に所属していた自分も同罪だと考えた。それでもノートを手にして、青年は歩き出す。
自暴自棄か、はたまた夢の完遂か。それは青年にとってもあやふやなものだった。




