リティ、ユグドラシアと再会する
冒険者ギルド内が、かつてない混雑の様相を見せている。冒険者どころか一般の者達もいて、ギルド職員が整理に追われるほどだ。
カタラーナも適当に人の群れを押し出して、スペースを作っていた。そこにはリティとロマもいる。
「そろそろ来るんじゃないか?」
「入ってきたぞ!」
ユグドラシアがギルド内に登場した途端、歓声が沸く。これに対してアルディスは手を振って答えて、クラリネも微笑みを絶やさない。
愛想を振りまくズールに加えて、このメンバーに似つかわしくないのはグランドシャークだ。
鮫のヒレのような髪型を際立たせた3人の人気は当然、ユグドラシアには劣る。
「なんであいつらが?」
「うまい事、取り入ったのかもしれん。クソ……さすがだな」
「やぁ、皆。まさかこんなに歓迎されるなんてね」
アルディスが大衆に爽やかに笑いかけると、気絶しかける女性もいる。そのハスキーボイスに、リティは口をへの字に曲げた。
汚い言葉で彼女を罵って暴力を振るっていたなど、ここにいる者達は想像すらしてないだろう。
「……リティ。ここにいて大丈夫?」
「逃げません」
リティはロマに事情を話している。話を聞いている最中のロマは悲痛な表情で口元を手で覆い、何の言葉も発さなかった。
いや、発せなかったのだ。リティの強さの源泉でもあると同時に、あまりに無慈悲な代償としか思えなかったのだから。
その上で自分が彼女に嫉妬していたなどと、いくら恥じても足りないと後悔すらしたのだった。
「冒険者じゃない人もいるみたいだけど、いい機会だ。率直に言おう。俺はこの王都にて、冒険者の底上げをしたいと思う。昔と違って今じゃ冒険者は各国でも、重要な存在となりつつあるのは否定できない。意欲的な姿勢を見せて、冒険者産業に力を入れてる国もあるくらいだ。そんな中、俺達ユグドラシアに何が出来るかとなれば……後進の育成だと思い当たったんだ」
リティに気づかず、アルディスは嘘のような声色で大衆に語りかけている。リティは周囲を伺った。
その言葉が空気より軽い事を知っている彼女だ。頼むから騙されないでと願うのも無理はない。
「だけど口で言うほど簡単じゃない。俺達だけの力じゃ難しい部分もあるだろう。そこで協力者として彼らだ。知っての通りグランドシャークは優秀な冒険者で、喜んで俺達に協力してくれることになった。他にも……お、来た来た」
「やぁ、集まってるねぇ」
予想もしてなかった人物の登場に、リティの口が開いた。開いたまま塞がらず、バイダーが大衆に手を振る様を見ている。
よろしくない彼の評判はここでも顕著だ。一気に場が白けた。
「えぇ……? いくらなんでもありゃないわ」
「アルディスさん、騙されてるんじゃないのか?」
「あー、僕も以前は冒険者達に懐疑的な考えを持っていたねぇ」
何か語り始めたバイダーに、全員がとりあえず聞く姿勢を見せた。自分が嫌われてる事など意にも介さず、バイダーはニヤけている。
「けど、ここにいるアルディス君達に会ったらねぇ……考えも改まるよねぇ……。というわけで国の命令でもあるけど、我々アンフィスバエナ隊は彼らに協力する事になったからねぇ」
「万が一、育成に支障をきたすような事態も起こるだろう。そんな場合は彼らに頼るとする」
「育成とは具体的にどのような事をするんですか?」
手を挙げて質問したのは一人の冒険者だ。そんな彼に対してアルディスはスマイルで返す。
「まずはこの王都周辺の依頼を片付けようか。俺達が同行した上でだ。君達も、手本を見たほうが何かと参考になるだろう」
「まさか直接、ご指導をしていただけるので?」
「もちろんさ。そうでなければ意味がないからね」
「や、やった! こんなに光栄なことはないです!」
リティは我慢の限界だった。アルディスが言葉通りに実行するはずがないと確信しており、今にも叫びそうになる。
「さすがはアルディスさんだ! 俺達の事も考えてくれている!」
「こうでなきゃ英雄なんて呼ばれてないよなぁ……」
「強くなってたくさん稼いで両親に恩返しできる!」
名も知らない女性冒険者の一言が、リティを突き動かす動機となる。両親の為に命をかけられる曇りなき目標は、リティにも他人事ではない。
自然と人混みをかき分けて、アルディス達の前へと出ていった。
「アルディスさん、お久しぶりです」
「あぁ……あ?」
気分絶頂のところに現れた少女が誰なのか、アルディスはわからなかった。しばらく固まり、記憶の底からようやく引っ張り上げる。
かつて自分が魔の森に置き去りにした少女だとわかり、表情が引きつった。何故、どうして、ありえない。幻影か、人違いか。あるいは何かのスキルや魔法の類で惑わされているか。
しかし自分相手にそれを実行できる使い手がここにいるとは思えず、否が応でも認めざるを得なかった。
「お、おま、えッ……!」
「以前はお世話になりました」
「お前ッ、お前ぇ?!」
「ア、アルディスさん! どうしたんですか?!」
グランドシャークのジョズーが心配し、バイダーも呆ける。今まで優雅に演説していた人物が狼狽しているのだ。全員がこの状況を飲み込めていない。
「あれって確かリティとかいう……」
「単独で何匹もネームドを葬っている少女だ。実質、2級相当の実力はあると言われてるよな」
「レッドフラッグと行動を共にしていたらしいし、目をかけられているみたいだぞ……」
「アルディスさんと知り合いなのか?」
リティに対する様々な評価が飛び交う中、リティはアルディスを批難したい衝動に駆られる。しかし、それを抑えてリティは思ったことを伝えた。
「魔の森では鍛えられました。でも今度は約束を守って、皆さんを危険な目に遭わせないで下さい」
「いや、お前、なんで、なんで……!」
「あちゃ……お嬢ちゃん、たまげたなぁ」
「あーららぁ……」
アルディスはうろたえたままだが、クラリネとズールは現実を直視している。リティの発言をきっかけに、全員が疑問を持ち始めた。
リティとアルディスはどういう関係なのか。約束とは何なのか。何より危険な目とは。それが確信に変わる前に動いたのはズールだ。
「いやー! すごいなぁ! アルディス、お前が課した試練を乗り越えたってよ!」
「あ? あぁ……」
「皆! こいつはアルディスの弟子だったんだ! 最後に魔の森を一人で乗り越えるってんで挑んだんだけどな! 一向に戻ってこなくてさ……。探しに行っても見つからない。捜索を断念したんだが生きててよかったよ!」
「へぇ! そうだったのか! アルディスさん、すでに弟子をとっていたのか!」
思わぬ展開にリティは歯を食いしばる。ズールが何かと短絡的なアルディスをフォローしてきたのは、リティも知っていた。
ユグドラシアの中でリティに唯一、危害を加えなかった人物である。中立を気取ってはいるが、ある意味でこの男が一番残酷でもあった。
「ごめんな、お嬢ちゃん。アルディスも真剣に探して、今でも後悔してるんだよ。なぁ、アルディス?」
「あぁ……よく生きててくれた」
「あなた達という人はッ!」
「リティ!」
ロマが傍らに来てリティの熱を下げようと、手を握る。そのロマに対してアルディスが一瞬、舌なめずりをしたのがリティにとっても不快だった。
大切な友達に危害を加えるなら、と内心で交戦意欲を滾らせている。
「その子が3級になれたのも、アルディスさんのおかげかぁ」
「3級?!」
「そうですよ。だから、俺達もモチベーションが上がるってもんです」
「……そうか。だったら、こっちも頑張らないとな」
「お嬢ちゃん。気持ちはわかるが、ここは抑えたほうが賢明だぜ。状況、わかってるだろ?」
ズールの耳打ちをリティは振り払いたかったが、少し冷えた頭で考えた。仮にここで歯向かってもズールの言う通り、何も変わらない。
それに自分の目的は何だったか。悪食なる殺戮者討伐の時に、リティはロマのおかげで再認識できたのだ。リティはロマを見て小さく頷き、依頼掲示板の元へ向かう。
「あー、待て。ここから……ここの依頼な。俺達が引き受ける」
「なっ……!」
アルディスが割り込んできて、依頼の張り紙をすべてはぎ取ってしまった。並みの冒険者ならば、受付の時点で突っぱねられる。
依頼には期限もあり、こなせるはずがないからだ。しかしユグドラシアならば話は変わる。
「皆が難儀してる魔物討伐……俺達がやってやるよ。ついてきていいぜ」
自分の冒険をあからさまに邪魔されたのだ。リティの拳が震えて、いよいよ限界が近づく。
そんなリティに今度はアルディスが小さく耳打ちしてきた。
「お前、持ち前の悪運で3級になったみたいだが調子に乗るなよ? 見てろ、これが実績の力だ」
調子に乗ったアルディスにリティが向けるのは視線だ。それだけではない。殺気さえこもったリティの何かが、アルディスの本能に訴えかける。その刹那、アルディスは思い出した。
幾度なくリティから感じた違和感、あるいは脅威。これに苛立った自分がかつていた。それを否定するべく、踵を返す。手を出しかけたが、それでは元も子もないと判断したからだ。
「アルディス君、そいつは君の弟子みたいだが本当に生意気でねぇ。我々も手を焼いていたのだよねぇ」
「安心してくれ。俺が来たからには勝手な真似はさせないからよ」
「それは助かるねぇ」
ここぞとばかりにつるむバイダー、そしてよく知らないが似たような人種とリティが目算するグランドシャーク。
どうしてこうもろくな連中しかいないのかと、さすがのリティも内心で毒づく。そんな手合いに対してリティが出した答えはシンプルだった。
「ロマさん。冒険に行きましょう」
「え? えぇ、そうね」
リティとロマがあっさりと冒険者ギルドから出て行く。依頼は全部横取りしたはずだとアルディスは訝しる。
それが気に入らないのか、手元の依頼の紙を握りつぶしていた。
「ア、アルディスさん? それ……」
「おっと、すまない」
誰かに指摘された依頼の紙を広げても尚、アルディスの怒りは沸々と煮える。死んだと思ったはずの少女が生きていて尚も自分に反抗したのだ。
せっかくこの王都で自分王国を築こうと思った矢先である。
「バイダー隊長さん、さっそく今から指定した施設に通達してくれ。それとここ、冒険者ギルドの寝室も俺達がすべて借りる」
「了解したねぇ」
お前とは格も実績も違うとアルディスは何度も心の中で呟く。リティという名前すら覚えてなかった少女を前にして、アルディスの歪んだ性根はますます歪むのであった。
* * *
「あの……一人、ですか?」
冒険者ギルドより少し離れた場所でクーファが見つけたのは、一人のみすぼらしい少女だった。身なりからして親がいる様子はない。
クーファの呼びかけに少女は頭を上げたが、言葉は発さなかった。
「お腹、すいてます?」
今度は頷く。クーファが冒険者用の簡易食を渡すと、無心でむしゃぶりつく。
ホッとしたクーファは少女を観察して、その姿にかつての自分を重ねた。
「お父さんとお母さんはいないんですか? 家もないんですか?」
食べ終えた少女だが、やはりクーファの呼びかけには答えない。このままでは自分のように、誰かから盗みを働きかねないと判断したクーファは手を差し伸べる。
「手を……握ってもらえます?」
なぜ、そうしたのかはわからないがクーファはリティを思い出していた。少女は黙ったままだが、やがて手を差し出してくる。
「一緒にきてください」
身元がわからない少女に対して、それが正しいかはクーファにもわからない。ただ自然とそうしていた。
悪辣な冒険者にいいように使われて逆らわなかった少女だが、少しずつ歩みを進める。
そんな少女に、ほんの幼い頃の記憶がよみがえった。かつて自分もそうされていた事を。
「な、泣いてるんですか……?」
少女の垢と泥だらけの頬に一筋の涙が流れる。少女がわずかにでも自分を取り戻した瞬間だった。




