アルディス、敗北する
「ここまでだな」
王都より遥か北、国境付近にあるバーンズド荒野。人の気配もなく、生息する魔物はユグドラシアにとって空気同然だ。
そんな場所でドーランドはアルディスを見下ろしている。互いのダメージは蓄積しているが、立つ事すらできないのはアルディスだ。
それが、周囲にいくつもの大穴やクレーターのような窪みを残した激闘の結果だった。
「それが今のお前だ」
「勝った気でいるんじゃねぇ!」
「だったら立て」
ドーランドに煽られるがままに立とうとするアルディスだが、すでに全身の骨や内臓が限界だ。しかも、自身の回復魔法で魔力を使い果たした結果である。何度もドーランドの拳を叩き込まれては回復の繰り返し、いわばジリ貧の戦いだ。
この決闘の立ち合いをしたズールが慌てふためき、傍観者のクラリネは遠慮のないあくびをしている。
「ド、ドーランド! お前、何もここまで……」
「なんだ、ズール。アルディスを心配してるのか? 過保護だな」
「なっ! そ、そうじゃねぇ!」
「ねぇ、終わったぁ?」
しっかりと自分の身だけは守った無傷のクラリネが、残った小岩に腰かけている。テンションこそ違えど、彼女もドーランドと心中は同じだった。
今回の決闘は、いつまでも低レベルの場所ばかりを巡るリーダーにドーランドが苦言を呈したのが発端だ。魔法があるのだから、ドーランドに負けるはずがない。しかし、それはアルディスの慢心だった。
「じゃあな」
「おい! どこへ行く気だ?!」
「もうお前に興味がない」
「ふっざけんな……グハッ! ゲホッ!」
体を起こして、いきり立った途端にアルディスが吐血する。自分の荷物だけを背負って、ドーランドは歩き出した。慢心して停滞した者に彼は興味などなく、どこへともなく消えていく。
「油断しただけだ……待ちやがれぇ!」
「そうだよ、アルディス。お前はあいつが仲間だと思ってたから、無意識のうちに手を抜いていたんだ」
やる気がないクラリネを置いて、ズールがアルディスに回復アイテムを飲ませる。ズールの言葉でわずかに溜飲が下りたのか、アルディスは叫ぼうとしない。そんな様子をクラリネは眠たそうに眺めていた。
「……で、これからどうするわけ?」
「あの野郎もバンデラも許さねぇ。誰のおかげで富も名誉も手に入ったと思ってんだ。クラリネ、お前もそれは同じだろ」
「確かに退屈な聖女様生活とおさらば出来たのは、あんたのおかげだけどさ」
「だったら、お前まで抜けるなんてことはないよな?」
「心配してんの?」
神経を逆なでるクラリネの発言に、アルディスは再熱しかける。しかし聖レストナ国マティアス教の最高司祭の娘とあって、アルディスも彼女に強く出られない。英雄アルディスといえど、敵に回せないものはあるのだ。
「ま、しばらくはあんたについていってあげる」
「チッ……」
及第点の返答でアルディスは舌打ちだけにとどめた。抱こうと思えばどんな女でも抱ける立場でもあるが、クラリネにだけは手を出せない。
マティアス教の聖女の純潔を散らしたとあっては、彼ですら処刑よりも悲惨な目に遭うだろう。それを知った上で、クラリネもアルディスをからかっている節がある。
「クラリネ、アルディスは本当にすごい奴なんだ。だからしばらくだなんて水臭い事いうなよ。な?」
「ズール、あんたも必死よねぇ。ところで昨日の夜、しばらくいなかったみたいだけど?」
「あぁ、ちょっと用を足していてな」
「数時間も?」
「そういえばトーパスの街で、スカルブが大量発生したらしいな」
クラリネの追及をかわし、ズールはアルディスを起こす。クラリネも、それ以上は何も言わない。
ズールがアルディスを持ち上げているのは知っているし、彼という人間を把握しつつあるからだ。腰が低い男だが、本性ではない。
それを見抜いたクラリネは、彼とも真剣に取り合おうとしなかった。
「それがどうしたんだよ」
「いや、あそこに廃坑があっただろ? 何でも近くに新しいスカルブの巣があったらしくてさ。一時期は街がやばかったらしいぜ」
「あんな虫ケラなんざ、その辺のザコでどうとでもなるだろう」
「クィーンの個体が誕生していて、やっとの事で討伐したらしい。な、笑えるよな?」
「プッ、確かにな。クィーンなんてせいぜい1級だろ?」
「そうそう!」
クラリネの深いため息は、ヒートアップした二人には聴こえない。
ズールがアルディスの機嫌を取ろうと、話題を提供している。アルディスが機嫌を損ねると、いつもこうだ。これで気を良くする単純さがあるからこそ、制御しやすいのだろう。
クラリネはズールの思惑を少しだけ理解した気がした。
「俺が思うにさ。そういうかわいそうな連中にわからせてやるべきだと思うんだよ。本物をさ」
「あー、確かになぁ。俺達の実力なんて噂でしか知らない奴が多いからな」
「そうそう。だから手始めに、ここから近い王都なんてどうよ?」
「ザコ冒険者の吹き溜まりだもんな。よし、決めた」
はいはい、とクラリネも歩き出す。もうユグドラシアが未踏破地帯に挑む事はないだろう。これからも過去の栄光を振りかざして、弱い者いじめに終始する。
つまらない聖女生活よりはマシだと思ったクラリネも、ここで彼らに見切りをつける段階にいた。
* * *
「ひゃっはぁぁぁ! この辺はザコしかいねぇなぁ!」
アルディスが、3級のロックトロール数体を一撃で薙ぎ払う。岩と大男が融合したような風貌の魔物は、岩肌でない部分を狙わなければいけない。
しかしアルディスならば関係なく、群れだろうが一掃だ。この魔物も部位によっては価値があるのだが、彼らは拾わない。ユグドラシアにとって、はした金にしかならないのでその作業すら面倒だからだ。
「ちったぁ歯ごたえのあるモンがいないのかねぇ?」
「この辺じゃ無理だな。だからこそ、王都なんだよ」
「そうだな。このレベルのザコにすら苦戦してるクソザコに、いっちょ教え込んでやらないとな。ヒャッハッハッハァ!」
歯ごたえのあるドーランドに敗北したくせにとクラリネは思ったが、黙っていた。
高笑い、いやバカ笑いするアルディスから視線を逸らすと何かに気づく。遠方から来るのは冒険者らしきパーティだ。身なりからして、それなりの等級なのがわかる。
「あ? なんだ……冒険者か」
「そこのロックトロール、もしかしてお前らが倒したのか?」
「そうだと言ったら?」
「面倒なのは嫌いなんだ。討伐証明は貰うぞ」
他人の成果を横取りする冒険者がたまにいる。大半がハイエナのように、終わった後でコソコソとかすめとる者ばかりだ。
しかし彼らは違う。強盗紛いの真似をしている悪名高いパーティ"グランドシャーク"。王都の冒険者ギルドでも、そこそこ幅を利かせている実力者の集まりだ。
「グランドシャーク、聞いたことくらいはあるだろ?」
「アルディス。グランドシャークといえば、そこそこの連中だぜ。リーダーのあいつは確か2級だな。何人もの冒険者が泣かされて、追放もしてる」
「はーん、つまりろくでもねぇって事だな。よし、わかった」
「アルディス……?」
疑問を持ったリーダーに、アルディスは手の平を向ける。一瞬で火達磨になり、叫び声をあげて転がり回るリーダー。続いて、ズールが残りのメンバーをナイフでかすらせた。順次、膝から力が抜けて立てなくなる。
出会いがしら、わずか数秒で2級を含んだパーティが完封されてしまった。
「た、立てな、い……」
「ちょっと神経系統に触れる毒をな」
「ズール、こいつら使うぞ」
「そうだな。ちょうど手が足りなかったもんな」
火達磨により重傷を負ったリーダーを、アルディスが魔法で消火する。そして泣きが入るまで、数発の暴行が続いた。
涙を流して謝罪するリーダーに満足したアルディスが、ようやく手を止めた。
「わ、わがった、悪かっだ」
「わかりゃいいんだけどよ。お前ら、王都に着くまで雑用しろ」
「お、俺達が……? それは……」
「お前、2級だったか。そりゃ認めて下さってる要人に無様な姿は見せられねぇよな」
「はい……」
「ま、悪いようにはしねぇよ。多分な」
渡りに船というべきか、アルディスが新しい玩具を手に入れてしまった。
しかし、今回は相手がそこそこ名のあるパーティだ。後ろ暗い事をやるには少しリスクがあると、クラリネは危惧する。
そこで、ふとクラリネは魔の森に放置してきた少女を思い出した。そういえばあの少女は、と考えたところでクラリネの視界に一人の少女が飛び込む。
「お? なんだこのガキは? ずいぶん痩せてんな」
「そ、それは孤児だ。それこそ適当に雑用にでも使ってくれ」
「はっ、悪い趣味してるな」
「いや、そういう目的じゃない……」
小汚い恰好をした少女は、あの少女よりも年齢が下か。
ストレスの捌け口にでもしたかったが、今回の少女は長くもたないだろうとクラリネは考える。思えばあれは異常だった。よく生きていたなと今になって思うが、そこでふと寒気を感じた。
「おい、クラリネ。どうした? 行くぞ」
「はぁい」
あそこまで痛めつけても死ななかった。今になって、なぜそう思うのか。クラリネの中で、根拠のない不安が芽生えた。




