リティ、トーパスの街を出る
「そう、王都に行くのね。私も完治したら、追いかけるわ」
「はい、待ってます」
入院中のロマに王都行きを伝えた。本当は一緒に行きたかったが、リティの中で様々なモチベーションが高まっている。
召喚師ギルドや3級への昇級という目標は、王都行きを明日に決行するほどだった。
「私も4級に昇級した上に、リーガル支部長の推薦も貰った。うかうかしてると、追い抜いちゃうわよ?」
「負けません!」
「でしょうね」
そう自嘲するほど、リティの潜在能力には敵わないとロマは悟っていた。しかし、そこに負の感情はない。
以前なら嫉妬の一つも芽生えたものだが、今は驚くほど冷静だ。それは女王戦を経て、リティと同じものを得たからだろう。大切なのは誰かよりも、強い事ではない。
今、自分に何が出来て誰の役に立てるか。それこそが、時には"男超え"ともなる。
ましてやディモスやライラのように役割を果たした者達を目の当たりにすれば、矯正もされる。
「それで、準備は済ませたの?」
「全然です」
「……大丈夫なの?」
「これから冒険者ギルドで街の皆さんの依頼を受けます。それから準備を進めます」
「明日に発つというのに……」
リティのバイタリティなら午前中だけでも、かなりの数をこなせる。その際にそれぞれ別れの挨拶を済ませようとしているのだ。
ロマともしばらくの間はお別れとなるので、内心ではもう少し話をしていたいと思っている。
「ではロマさん。そろそろ行きます」
「4級なのに6級の依頼をね……あなたらしいわ。頑張ってね」
そう手を振るロマに、リティは少しだけ涙腺が緩くなった。一生の別れでもない。王都で再会すると約束したのだ。
しかし、ロマは同年代で初めて出来た友達だ。たとえ少しの別れだろうと、若いリティの感情は揺さぶられるのであった。
* * *
ロマと別れ、病院を出た後は大忙しだった。6級の雑用のような依頼を漁り、ほぼこなす。街の名物冒険者とあって、すべての人々が明るく王都行きを祝福してくれた。
「寂しくなるねぇ」
「またいつか戻ってくるんだろ?」
「もちろんです!」
配達や庭の雑草取り、害虫駆除など瞬く間に解決してしまう。一人で何人分の仕事をしているんだと囁かれるほどだ。
足腰が悪い老人宅への買い物など、街中を走り回っているはずだが彼女の息切れは見えない。元々高いバイタリティが、これまでの戦いを通じて更に高まっているのだ。
勢い余って魔物討伐を引き受けようかと思ったが、さすがにそれはやめておいた。王都までの道のりは遠くないとはいえ、道中は何が起こるかわからない。
仕事は夕刻までにして、残りは準備に当てようとリティは考えた。
「王都でも、こんな風に役に立てたらいいなぁ」
一人、そう呟くほど冒険以外に魅力を感じてしまった。誰かの役に立つ。シンプルだが、これもまたいい。
もし自分が冒険の話を聞かなかったら、こういう道もあったかもしれないとリティは妄想した。
* * *
その日の夜は老夫婦がご馳走を作ってくれた。リティが大好物のものばかりが並んでいて独占できる。
が、自分だけ食べるのは良しとしない。大半がリティの胃に収まるものの、3人で食事をしたという思い出を残しておきたかったのだ。
「ご馳走様!」
「相変わらずいい食べっぷりだね。またいつでもこの街を訪ねてくれよ」
「絶対来ますよ。お別れは少しの間だけです」
とは強がったものの、明日を迎えるのが惜しいと感じている。黙っていると、何かが込み上げてくる気がした。
だからリティは口数を増やして、少しでも明るく振る舞おうと努める。
「いきなり訪ねてきた私を受け入れてくださって……いまでも感謝してます」
「ハハハッ、あの時からずっと驚かされっぱなしだよ」
「すみません」
「いやいや、違う。あの魔物が飛んできた時はぶったまげたけどね。それにしがみついていたリティちゃんで更に驚いたさ」
リティもまた、女王を仕留めきれずにこの街への侵入を許した時は肝を冷やした。ましてや目の前にはあの老夫婦だ。
生きているのが不思議だと何度も病院で聞かされたが、リティ自身もよく動けたなと疑問だった。何故、となればやはり気力だろうか。その活力はやはり。
「お世話になった人もいましたし、誰も死なせたくありませんでしたから」
「……リティちゃんのような若い子に苦労させてるよなぁ」
「私が選んだ道なので、気にしないで下さい」
「選んだ道、か。つらくなったらいつでも来ていいんだよ」
あの修羅場を見ても、老夫婦にとってリティはまだ子どもなのだ。口の周りについているソースがその印象を確固たるものにしている。
「明日はお弁当を作ってあげるからね。今日は早く寝たほうがいい」
「はい。そうします」
もっと何か話したかったが、打ち切ったのは老夫婦のほうだ。気づかう振りをして、自分達の感情を抑えたのだ。
少しでも察したリティが、あえて後片付けの手伝いをせずに寝床に向かった。
「……寂しくなるな、本当に」
「えぇ」
腰を上げて、二人は食器を片付け始める。しかし、その手際は悪かった。
* * *
「リティ、これを持っていけ」
早朝、街を出ようとしたリティは驚愕した。彼女を阻むかのように立ちはだかる人々。
リーガル支部長の後ろにいるのは冒険者だけではない。リティが依頼で回った先の人々もいる。
「これは?」
「女王の羽が仕込んである靴だ。俺が魔道具として制作依頼をした」
「ま、まどうぐ?! しかも女王の羽って……」
「これを履けば、そのクソ重そうな荷物の重量が軽減される。速度向上の効果もあるから便利だぞ」
リティが戸惑うのは当然だった。あれだけ苦労した女王の戦利品ともいえる羽を使った魔道具だ。全員の勝利と考えているリティがすんなりと受け取れるはずがない。
「でも、これは」
「パーティメンバーの総意だ。この場にいない奴もいるが、気にするな」
「本当ですか?」
「この魔道具の制作費は俺とあいつら、そしてここにいる全員で出し合ったんだ」
「え……」
「世話になりっぱなしだったからな」
住人の誰かが答える。魔道具といえば、通常の武器や防具と比べると桁が変わるほどの高級品だ。
靴を両手に乗せた時、リティは堪えていた涙がついに溢れそうになる。
「こ、こんなすごいものを、私に……」
「全員がお前を認めている。そして期待しているんだ。お前なら、いつか世界の果てすら越えられるってな」
「先行投資ですか……?」
「ハハハッ、どこで覚えたのか知らないがまぁそうだな!」
唇を噤んで震える様は、もはや涙を堪えらえていない。ユグドラシアに散々な扱いを受けた時も泣かなかったのに、この時だけは限界だった。
「みなさんっ……こんな私に、すみませんっ!」
「いや、謝るな。まぁ何だ。辛いだろうし、それを履いて飛び出せ」
「はいっ!」
鼻水まで出始めたリティが、羽靴を履く。途端、体が浮いた感覚を覚えた。
ほんの一部ではあるが、あの女王の力を受け継いでいるのだ。確かにこれなら跳べる。いや、飛べる。
「わたし、行きます!」
「おう! 達者でな!」
「頑張れよ!」
「また来てくれなー!」
まるでトーパスの街そのものが祝福してくれている。その中にはあの老夫婦も含まれていた。目元を布で拭い、二人もまたリティと同じだった。それでも手を振ってくれている。
リティもそれに応えて、踵を返す。
「さようならッ! いつか絶対に来ます!」
迷いなく街を飛び出す。しかし、羽靴の効果を考慮していなかった。勢い余って空中に放り出されるほどだ。その過程で空中を蹴ると、軌道修正が可能だった。ある程度ならば、空中でも融通が利く。
* * *
「わぁーーーーーっ!」
大声を出してフィート草原を駆け、バフォロの群れにも突っ込む。いつもなら討伐するところだが、今のリティには戦利品が荷物になるだけだ。
着地と同時にバフォロの背中に両手をついて、また跳ぶ。跳び箱のごとく、群れを越えてしまった。
「もっと! もっと早く!」
羽靴の性能を余すところなく発揮して、もはやどの魔物にも捕まらない。とにかくこの靴が気持ちよくて仕方がないのだ。
広いフィート草原の雄大な景観もあって、リティはこれからの冒険に胸を躍らせる。この景色以上に素晴らしい場所がある。そして想像もつかないような事が起こる。
まだ物語の主人公達とまではいかないが、少しは近づけたはずだ。それがリティの自己評価だった。
「やぁーーーーーっ!」
老夫婦から貰った弁当には、好物がたくさん詰められている。しかし今のリティは、それをどこで食べようかなどと考えない。
今はただ走りたい。この広大なフィート草原を。その先を。新鮮な空気を味わい、己の躍動感すらも楽しむ。息切れするまで、ひたすら走った。




