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リティ、遥か高みを意識する

 半ば強引に部隊を動かしたとあって、シルバーフェンリル隊の長居は許されない。事後処理を手早く終えて、早朝にトーパスの街を出て行く。

 しかし、その際にイリシスはわざわざリティが居候している老夫婦の家を訪ねて来たのだ。気の毒になるほど恐縮した老夫婦を他所に、リティは改めて礼を言った。


「イリシスさん、本当にお世話になりました」

「先行投資だ、気にするな。それより最後に一つ、聞いておきたいことがあってな」

「何でしょう?」

「以前、あのユグドラシアと行動を共にしていた事はないか?」


 核心に迫った質問に、リティは心臓を鷲掴みにされた気分になった。どこでそれがわかったのか。

 リティは誤魔化そうか考えた。しかし、その事実は横にいる老夫婦が知っている。二人のように、どこかで見ていたのかもしれない。リティはそう予想した。


「……どこでそれを?」

「やはりそうなのか」


 リティは隠さない事にした。これ以上、自分を騙したアルディスに配慮する必要がないと判断したからだ。

 過去にトイトーにも自信を持てと助言された事を思い出した。そして目の前にいるイリシスにも、自分への過小評価を気にされたのだ。今の自分は十分に成長している。それは自分の力でもあり、周囲のおかげでもあるのだ。

 対してユグドラシアのアルディスはどうか。他人への配慮もなく、自分を奴隷のように扱った。少なくとも彼のおかげで成長できたと実感できない。

 ここにいる老夫婦。剣士や重戦士ギルドの人達、冒険者ギルドの人達、ロマを始めとしたスカルブ戦でパーティを組んだ人達。アルディス達以外のすべての人間に感謝できるのだ。


「思い出したのだ。いつか部下達が噂していた事があった。ユグドラシアが見慣れない女の子を連れて歩いてるらしいとな」

「それだけで私だと?」

「ピンク色の髪や背格好などの特徴と一致していたものでな。いや、まさかそうだとは……。よくない扱いを受けていなかったか?」

「……はい」

「そうか。よく……無事だった」


 そしてイリシスは一瞬だけ憎々しく唇を歪める。歯ぎしりの音が聴こえるほど、感情が伝わってきた。

 彼女は激しく怒ってるのだ。ユグドラシアの不穏な噂が事実であった事、このリティという前途ある少女を虐げていた事。

 本質が騎士たる彼女にとって、ユグドラシアの蛮行は許せるものではない。


「見下げた連中だな」


 リティは直観した。この人なら、ユグドラシアと同等かもしれない。当事者である自分でさえ、アルディスに激しい憎悪は向けられない。

 腹は立つが、自分とは大きくかけ離れた実力の持ち主なのだ。怒りこそあれど、殺意を向けられるかといえば微妙なところだった。

 しかしイリシスは自分とは違う怒りの本質を露わにしている。


「力との向き合い方も実力のうち。父の教えであり、私も真理だと思っている。迷走しているようでは弱者同然。心が育っていない。リティ、お前は絶対に間違うな」

「難しい事はわかりませんが、間違いたくないです」

「今はそれでいい。向き合うのをやめてしまえば、待っているのは自滅だ」

「自滅?」


 あのユグドラシアが自滅するのかと考えたが、リティには想像できなかった。あの強すぎるパーティが、自滅など。


「……さて、そろそろ出発の時間だな」

「私、必ず王都に行きます。また会いましょう」

「そうだな。私も楽しみにしている。そうだ、最後に一つだけいいか?」

「はい……ふぎゅっ?!」


 イリシスのハグでリティが覆われてしまった。豊かな胸に顔が埋もれて、なかなか苦しい。数秒の後、解放されたがリティにこの行動の意味が理解できなかった。


「ふふ、続きは王都でな」

「続くんですか?!」


 片手を上げて、立ち去るイリシス。素敵な女性だとは思うが、どうもわからない部分がある。

 しかし、それも大人の女性という自分とは違う存在だからだ。だから大人になればわかるのかもしれないと、リティは楽観した。


* * *


 翌日、冒険者ギルドを訪ねるとリーガル支部長がリティを呼び止める。包帯を巻いて痛々しい姿な上に、まだ痩せた体だ。彼は面会謝絶だったのでリティは女王戦以来、一度も会ってない。


「あの時はありがとうございました」

「礼を言うのはこっちだ。お前達をひよっこと侮っていた過去の自分をぶん殴ってやりたい」

「それはやめて下さい」

「けどまぁ、お前は俺の想像の遥か上を行ったよ。4級で1級討伐を成し遂げた奴なんか、冒険者ギルドの歴史をさらっても何人いるかな……」


 軟化したリーガル支部長にリティは恐縮する。彼の実力は知っているし、その上でこの殊勝な態度だ。

 彼が女王に放った一撃は今でもリティの目に焼き付いている。武器での戦いもいいが、素手による格闘術も磨きたいと決心させるほどだった。


「おっと、話が逸れたな。いや、大した話じゃないんだ。そこにいるディモスさんもそうだが、3級に上がりたいだろ?」

「はい! とてつもなく上がりたいです!」

「そうか。とてつもなく上がりたいか。おい、ディモスさん。あなたにも世話になったな」


「なんだよ、突然……」


 面倒な素振りを見せるが、頬が緩んでまんざらでもない。彼も女王戦に加わっていた一員だ。

 長年、4級止まりだが実力はすでに証明されている。彼もまた強いのだ。彼の昇級を阻んでいるのは昇級試験であり、リーガルはその話をしようとしている。


「入院している連中にも話す予定だが、王都で3級への昇級試験を受けるといい。俺から推薦しよう」

「ケッ、何度かやってるけどな」

「そう腐るな、ディモスさん。何事もタイミングと運だからな。もう一度、受けてもいいんじゃないか。あの戦いを乗り越えたんだ、絶対いけるぞ」

「無責任な事を言いやがる……」


 後頭部をかきながら、ディモスの表情はやはり緩い。リティは言われなくても、やる気だ。

 3級へ昇級できれば、冒険者ギルド本部が認める冒険者になれる。つまり本部からの依頼が回ってくる可能性があるのだ。そこでリティはふと疑問を持った。


「あの、なぜ王都なんですか? 3級なら冒険者ギルド本部では?」

「王都などの各国の主要な場所には、本部から派遣された者が勤めている。それに冒険者ギルド本部は、お前の実力じゃ辿り着く事すらできん」

「え! なぜです!?」

「聞いちゃうか?」

「聞いちゃいます!」


 にやけるリーガルが、もったいぶる。ディモスはやれやれと呆れ顔だ。身を乗り出すリティに、リーガルは脅すような口調で説明を始めた。


「冒険者ギルド本部は"世界の果て"付近にある。当然、周囲は最近まで未踏破地帯だった場所だ」

「と、遠いんですね!」

「世界の果ての先を解き明かそうと彼らは日夜、冒険に挑んでいる。この世界で一番冒険をしているのが何を隠そう冒険者ギルド本部なのだ」

「ひえぇぇぇぇぇっ!」


 そんなに驚かなくても、とリーガルはリティのリアクションに突っ込んだ。これを説明すると、高みを目指している者の中には意気消沈する者もいる。だからリーガルはあまり話さないのだ。しかし、リティはどうか。


「そんな彼らですら、世界の果て目前で足止めをくらってるんだ」

「私はまだまだ、ぜーんぜんなんですねぇ……」

「落ち込ませたかな? ちなみにその世界の果てはな……」

「言わないで下さい! 私が冒険しますから! だから追いついて、その為には! 3級になります!」

「だよなぁ」


 リーガルの中でもっと事実を話して、脅かしてやりたいという悪戯心さえ芽生える。それほどリティの精神の底が見えない。やせ我慢や虚勢の類ではない事は見てわかる。

 天井に届かんばかりにジャンプする謎のアクションを見せるほど、彼女のテンションが高いのだから。


「ま、とにかく王都に行ってみろ。しかし、そうなると当然この街とはお別れだがな」

「あ……」


 慣れ親しんだトーパスの街、世話になった老夫婦、各ギルドの人達。全員に別れを告げなければいけない。

 老夫婦は笑って送り出してくれるだろうが、リティは少なからず感傷に浸ってしまう。出会いあれば別れあり。それも冒険者なのだが、すんなりと受け入れるにはリティは若すぎた。


「……でも、一生の別れでもありませんし」

「そうだ。強くなってまた顔を見せてくれりゃ、こっちも嬉しいね」


 強くなる。リティは目先の目標を強く意識する事で、感傷を忘れた。

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