リティ、護衛を終える
ホテルの一室にて、ナターシェは事の詳細をデマイルに報告した。
その最中にも、デマイルの表情が今にも崩れそうになる。感情を爆発させまいと、あくまで気丈に振る舞ってはいる。
愛娘を狙う何者かがいた事、そしてさぞかし恐ろしい思いをしたであろうと。
「そうか……。マーム、ワシの責任だ。怖かっただろう?」
「いえ、ナターシェさんとリティさんのおかげで平気です。それに私のワガママを聞いて下さったのに、お父様は悪くありません」
「しかし、しかしだなぁ!」
娘を抱きしめて、涙を流すデマイル。自身の判断で娘を危険に晒してしまったという自責が、彼にのしかかっていた。
しかし問題の本質はそうではなく、それはナターシェがもっとも理解している。
「デマイル様もマーム様も悪くありません。悪いのは命を狙ってきた連中です」
「そうだ、そうだったな。だが、心当たりがまったくない。いや、ワシ自身も気づかぬうちに誰かの恨みを買ってるかもしれんが……」
「警備隊が捕えた男達のうち二人は元冒険者で、ジョブは暗殺者と盗賊。一人はノージョブで、冒険者ではないようです」
「元冒険者……?」
リティはデマイルとは違った疑問を持った。何故、今は冒険者ではないのか。
そして暗殺者といえば上位職、それをあの状況で撃退したナターシェ。
そう考えると、おどけてみせていたナターシェも得体の知れないものとして映る。
リティはまじまじと後ろから彼女を観察した。
「過去に違反をしてライセンスを剥奪されています。本人が口を割ったわけではありませんが、支部に確認をとったら一発でしたよ」
「その元冒険者に恨まれる筋合いもない……いや、誰かに雇われたのか?」
「それこそだんまりです。いずれにしても仲間がいないとも限らないので、今夜は厳戒態勢でお守りします」
「そうしてもらえるとありがたい」
「あの……」
リティは意を決して、ホワイトショックについて話す事にした。
自分がユグドラシアにいた事、そこでズールという冒険者が同じものを製造していた事。
もしかしたら、信じて貰えないかもしれない。
しかし、これで少しでもマームの命が脅かされる危険性が減るのなら、自分の立ち位置はどうでもよかった。
すべてを聞き終えた一同の反応は様々だ。
「あのユグドラシアのズールが、ね。リティちゃん、一ついい?」
「はい……?」
「私からすれば、あなたは今日初めて雇われた護衛なの。その立場で、こういう話をすればどうなるか……わかってる?」
「疑われてもいいです。覚悟はしてますから」
リティが話をでっちあげて、真相から遠ざけようとしている可能性をナターシェは指摘した。
普通に考えれば、到底信じられる話ではない。しかし、本気で疑ってるわけでもない。
彼女はリティを試していた。ホワイトショック下での立ち回りに加え、あの英雄に同行して生き残った少女。
その資質を認めざるを得ないからこそ、リティという冒険者を見極めたかった。
「そのホワイトショックはどういう手順で作られたかわかる?」
「詳しくはわかりませんが、素材はなんとなくわかります」
リティが列挙した素材の中には、とても5級の冒険者が知っているとは思えないものがあった。
拙いながらもリティが説明した製造方法は、聞く者が聞けば仰天する。まさに特級の世界を聞かされたナターシェは内心、畏怖した。
レベルではない。次元が違う。根本的に頭の作りが違うのだ。
努力もあるかもしれないが、特級になるべくしてなった。
平静を装うのに苦労しているというのに、この少女は事もなく述べている。
このリティという子は一体。ナターシェの中で際限のない疑問の渦が巻いていた。
「失礼します」
聞き覚えのある声なのか、そのノックの主をデマイルが通す。入ってきたのは痩せ型の色白な青年だった。
「ニルスよ、具合いはどうだ?」
「はい、おかげ様で少しは……。すみません、大事な時に体調を崩してしまって……」
「良い。普段の働きぶりは知っているからな。お、そうだ。あの子がお前の代わりに護衛を務めてくれたのだ」
「あぁ、これはどうも……」
ニルスが申し訳なさそうに、頭を下げる。リティもそれに応えると、彼の視線が気になった。
頼りない護衛だと思われているのかもしれない。思わずリティは目をそらしてしまった。
「ニルスは3級の冒険者でな。見た目はこの通りだが腕は立つ。ナターシェと並んで、頼りにしておるのだよ」
「いやいや、肝心な時にこの様です。聞けば大変な事態になっていたそうで……」
「ナターシェとリティのおかげで、愛娘は無事だ」
「それは本当によかった……。二人とも、すまない」
デマイルが頼りにしている護衛ニルスを、リティは観察していた。
機嫌がいいデマイルとは裏腹に、マームはまだ彼に寄り添ったままだ。
ナターシェにもなついているのに、彼の登場には特に関心がないのか。
「リティ、今日は本当にご苦労だったな。明日、ワシのほうから冒険者ギルドに伝えておこう。素晴らしい働きぶりだったとな」
「い、いいんですか?」
「マームを見ていればわかる。この子が気に入ったのだ。君はいい冒険者になるぞ? ハッハッハッハッ!」
「はぁ……」
あまりの親バカぶりに、さすがのリティもリアクションを取れない。慣れているはずのナターシェですら苦笑する。
彼女もリティへの評価は高いので、それ自体に文句はないがやはりユグドラシアの話は気になった。
もし本当ならば、大ニュースだ。あのアルディスが弟子を取っていたなどと知られたら、我もと押しかける者が後を絶たないだろう。
しかし同時に、その人間性には多いに問題がある。
「リティちゃんはこの話を他の誰かにしたことある?」
「ありません」
「正解ね。あのユグドラシアだもの。ホワイトショックの件がなかったら、私も信じなかった」
「ですよね……」
「すまない。マームが眠そうにしている、今夜はこの辺でいいかな?」
眠そう、というよりすでに寝ている。
一日中、遊んだ上にあれだけの騒動だ。心身ともに疲れていて当然だった。リティもたった一日の護衛だったが、貴重な体験をしたと思ってる。
彼らは明日には帰るそうで、その際は見送りたいと伝えた。
もし王都に立ち寄る事があるなら、力になるという言葉も励みになる。
これから冒険者ギルドに立ち寄り、一日を終える決心をしてリティはホテルを出る。
* * *
夜道、何か違和感がある。この感覚はホテルでも味わった。
ねっとりと見られている視線。どこからか、何者かが自分を観察している。
リティはあえて無視して歩いた。
あえて隙を見せていれば、視線の主が出てくると思ったからだ。そう、マームを襲った刺客のように。
しかし、このかすかに感じる威圧感。もしこれが襲いかかってきたら――
「……たぁッ!」
背後からの強襲を旋回して、その襲撃を剣で防ぐ。その威力たるや、リティのガードを容易く崩しかける。
警戒していた上で、この威力。リティはその襲撃者の実力を瞬時に見抜いた。格上だ。
敵がここで容赦のない追撃をしていれば、確実に危なかった。
しかし敵はリティの防御を賞賛するかのように、棒立ちだった。
「すごいなぁ。本当に5級?」
「……あなたはニルスさんですね」
「え? よくわかったね」
顔を覆っている布を外し、その素顔を晒す。細身で色白の青年ニルスが、両手に鉤爪を装着している。
先程、ホテルで会った時とは別人のような雰囲気だ。街灯に照らされたその表情が、嫌らしく笑っていた。
「わずかな間でしたが、印象はあります。私を気にしていたようでしたし」
「そりゃ君があんな話をするものだからね。まさかあの方と繋がっていただなんてさぁ……」
「あの方?」
「君、もしかしたら知りすぎてるかもしれない。だからここで果ててもらうよ」
ニルスの二の腕が筋肉で膨れ上がる。その腕から繰り出される爪の一撃は、先程とは比べものにならない。
払い薙ぎ、受け、スピアガード。リティが知っている防御スキルでは到底凌げるものではなかった。
武器を持ったまま吹っ飛ばされ、石畳を転がり難を逃れはしたが風圧だけですでにダメージを受けていた。
「ううぅ……」
「僕のジョブって何だと思う? これ、初対面で当てられた奴はまずいないんだ。この爪がなければね」
「グ、グラップラー……」
「正解! 必要な時だけ、その筋肉を引き出すようにしてあるんだ! 強化魔法のちょっとした応用だねぇ。こうすれば、大体の奴らは舐めてくれるだろう? 出来る奴は爪を隠すのさ」
上位職グラップラー。鍛え上げた肉体そのものが武器で、体術のエキスパートだ。
何故、そんな猛者が自分を。彼はマームの護衛ではなかったのか。
考えたところで、彼が自分を殺そうとしてるのは事実だ。
リティによる現時点の分析では、勝算は薄い。ジョブギルドの教官達と同じ3級だが、今をもって実感した。
彼らは本当に手加減していた、と。
「どう? 怖い?」
「はい……」
「ハハハハハッ! 冒険者ってのはね、こうやって思いもよらないところで死ぬんだ! でも君はまだいいほうさ……」
鉤爪をカチカチと鳴らして、ニルスはまた笑う。リティはその男をただ見ていた。
「中には死んだことにすら気づかない奴もいる。惨めなもんさ、だから冒険者は怖い。でもね、そんな冒険者が今の世の中を賑やかしている……。そりゃ憧れるよなぁ、君みたいな子どもでさえさぁ。だから死ぬんだけどね」
この男の思想、動機にリティは関心を持っていない。だからリティはひたすら考えていた。
「そう、理由もわからずに君は死ぬんだ。フフフッ! どうかな? おしっこ漏らして逃げ出したくなった?」
「いえ……」
「へぇ?」
「あなたが言った通り、冒険者はいつ死んでもおかしくない危険な仕事です」
「うんうん……」
ニルスは最初こそ、リティが強がっているのだと思い込んでいた。しかし、その通る声に恐怖を感じられない。
鉤爪による強襲を受けても、それを意に介していない精神力。
自分の優位性を信じているはずだが、ニルスは何故か笑えなくなっていた。
「でもそれが冒険ですよね。命が危ないと言う事は、命をかける価値があるんです」
「頭がおかしくなったのかな? 君はもうここで死ぬんだよ?」
「いいえ……」
ニルスが自然と身を引いた。元々、気温は高くなかったがやけに肌寒く感じる。
そこにいる少女が剣だけでなく、槍を手にした。まだやる気か。そもそも剣と槍、やはりいかれている。
そう、リティという少女にニルスはいかれてるという印象を持ってしまった。
「楽しいです」
リティは笑っていた。それは自分の勝利を確信したニルスの笑いとは違う。
心の底から、今の状況を楽しんでいる。圧倒的に実力差があるはずなのに。どうして。
ニルスの表情が引きつった。




