リティ、貴族令嬢を護衛する
「リティさん、あなたに4級への昇級試験の案内が届いてます」
今日も依頼の張り紙を眺めていると、冒険者ギルド受け付けのシンシアが声をかけてきた。
先日のラフラの素材採取、及びヴェスパの蜜採取はトーパス支部の支部長を動かすのに十分な成果だったからだ。
昇級試験と聞いて、リティが飛びつかないわけがない。
「本当ですか?! 私が4級!」
「昇級試験に合格すれば、ですよ」
「早いですねぇ!」
「まぁ確かにこれほど早く試験の通知がなされるのは異例ですね」
ここ最近のリティの活躍は同じ冒険者も知ってる。ある3級冒険者はやや眉をひそめ、4級冒険者はそんなバカなと内心の焦り。
年単位で5級でくすぶっている冒険者に至っては――
「やっぱりなぁ。結局、才能だよな。あんな女の子に追い抜かれちまうのかぁ」
「そろそろ実家の農家でも継ぐかな……」
「馬鹿野郎。そんなんだから5級止まりなんだよ。見てろ、俺だってすぐに上がってやる」
実際に4級が見えてる冒険者は鼻息荒く負けじと奮起するが、そうでない者を諦めさせるには十分だった。
元々、明日には命があるかわからない冒険者稼業だ。諦めるのも立派な選択の一つだと、3級の冒険者は彼らを称える。
「それで試験の内容は何ですか?」
「はい。こちらをご覧下さい」
依頼:デマイル伯爵令嬢の護衛
期間:1日
概要:王都からトーパスの街へ外遊されているご令嬢の護衛を頼みたい。
護衛の一人が体調を崩した為、補充人員が必要との事。
昇級試験といっても千差万別だ。5級の時のように、ギルド側が主催する場合もあればリティのようにワンランク上の依頼を任される事もある。
更には支部によってもまちまちで、こればかりは当たり外れもあった。
「はくしゃくれいじょう?」
「デマイル伯爵は王都で財を成している貴族、マルセルユ家の当主です」
貴族や伯爵といった耳慣れない言葉をリティは今一つ理解できなかった。要するに偉い人だという漠然とした解釈が関の山だ。
そんな偉い人の娘を自分が護衛していいのかと、疑問に思わなくもない。
「もちろん任意です。受けますか?」
「受けます!」
「わかりました。では健闘を祈ってます」
初の護衛依頼に、リティは現時点で興奮が高まる。依頼人や護衛対象の人間性に不安を抱くメンタルはない。
昼下がりのひと時、リティは昼食も忘れて依頼人の元へ向かった。
* * *
依頼人であるデマイル伯爵が宿泊しているホテル"スカイオーシャン"の前には、二人の男が立っていた。
身なりからしてデマイル伯爵の護衛だと判断したリティは、二人に近づく。
「護衛依頼でやってきましたリティです」
「冒険者カードの提示を」
「はい」
事務的に対応した男がリティの冒険者カードを確認すると、ホテルの中へ入っていく。
もう一人が入口に立ちはだかって、無言の圧力でホテルへの侵入を許さない。
現在、ホテルは伯爵親子が宿泊しているとあって厳戒態勢だ。
一般の宿泊客はもちろん、従業員の出入りすらも管理されている。
「待たせたな。私がデマイルだ」
「リティです」
やってきたのは高価な衣装で身を包んだ初老の男デマイルだ。その隣にはリティよりも幼いストレートの金髪少女がいた。
ホワイトが基調された上品なドレスとロングスカートが、いかにも貴族の令嬢という雰囲気に一役買っている。
「君が……?」
「はい。こちらが冒険者カードです」
無言でリティが差し出した冒険者カードを見つめるデマイル。顎をさすり、これはどうしたものかと悩むのも無理はない。
街の中とはいえ、自分の娘を任せる護衛の一人だ。それほど高い等級は望んでいなかったが、年齢に関しては完全に彼の予想外だった。
しかし5級ではあるが、歳が近い少女とあって安心して任せられる一面もある。デマイルは自身をそう納得させた。
「確認した。少々若いが問題ない。今回の仕事についてだが、娘が一人で街を観光したいと言ってな。
親としては少々寂しいが、たまにはと了承した。だが仮にも貴族令嬢、どこでよからぬ輩が企んでいるかわからぬ」
「はい。そちらの子を守ればいいんですね」
「そうだ。ほれ、マーム」
父親に促されて、娘のマームはリティに頭を軽く下げる。リティも思わず同じ動作で返すと、マームが挨拶を始めた。
「初めまして、マームです。この度は私の我がままに付き合っていただき、感謝します」
「リティです。今日は頑張って護衛させていただきます」
「マーム様! 私もいるわよ!」
ホテルの前にいた男達とは別の護衛が名乗りでた。青空のような色のロングヘアーを一つ結びにした容姿端麗な女性だ。
身なりからして剣士だろうか。リティは同業者であり、確実に先輩であろう彼女に興味を持った。
名前:ナターシェ
性別:女
年齢:23
等級:2
メインジョブ:魔法剣士
習得ジョブ:魔法剣士
剣士
魔法使い
「2級?!」
「一応、先輩だからそれなりに敬ってね」
言われるまでもなく、ナターシェはリティの中で即尊敬の対象となる。
そんなナターシェにマームが、ぴとりと寄り添った。この様子からしてナターシェが頼りになるのはわかる。
それなら何故もう一人、護衛が必要なのか。リティにはそれがわからなかった。
「行先はマームに任せてよいが、あまりよろしくない場所は避けるのだぞ。まぁこの街ならば、そんな心配もないだろうが……」
「おっけーです! それじゃ二人とも、さっそく生鮮市場に行きましょうか!」
「行先はマームさんに任せるのでは……?」
リティの疑問はもっともだが、マームも反対せずに乗り気だ。
ここまで頼られる護衛というのは、リティとしても目標になる。
現時点でマームにとって、リティは完全に部外者だ。
しかし彼女になつかれるのが目的ではない。
護衛として立派に務める。それがリティにとって何より大切だった。
* * *
「マーム様! 港町から遠く離れているのに新鮮なお魚がありますよ! それは冷魔石のおかげなんですって!」
「わぁ! 死んだ目をしてる!」
この辺りは6級の依頼で何度か足を運んだ場所だ。
お嬢様育ちのマームにとっては珍しいのか、市場の前ではしゃいでる。
リティは思った。ナターシェに警戒している素振りがない。護衛としてこれでいいのか、と。
「ナターシェさん、これはなんていうお魚なのですか?」
「これ? これはね、これ……タイショウウオですね」
「ショウグンウオですよ、ナターシェさん。タイショウウオと違って、エラの数が多いですし、鱗の大きさも違います」
「リティちゃん、それを言おうと思ってたの」
ナターシェのいい加減な回答を訂正したリティに、マームが目を輝かせる。
ナターシェがわずかにつまらなそうに口を尖らせた。
「リティさん、詳しいですね。お魚の博士なんですか?」
「ええと、まぁ食品はよく扱ったのでわかります」
「すごいですね! じゃあ、これはわかりますか?」
「ソードフィッシュです。剣のようなエラがたくさんあるのですが、これは下処理されてますね」
「そんなお魚が?!」
「えー、次行こ?」
ナターシェが片手をぷらぷらさせて、二人を呼ぶ。
次に彼女が案内したのは、肉屋だった。大小の様々な肉が陳列されたり、天井からぶら下げられている。
「マーム様、あの肉はバーストボアという魔物なんですよ。4級の魔物で、鼻先に魔力を溜めて突進して爆発させるこわーい魔物です」
「こわい! そんな魔物の肉がここに?」
「これも私を初めとした優秀な冒険者のおかげですね。あ! こっちはブラストベアの肉?! こっちは3級ですよ!」
「さんきゅう!」
どうだ、今度こそ私のほうが上だ。そう言わんばかりの視線をリティに向けたナターシェだが、肩透かしだった。
リティが食い入るようにブラストベアの肉に魅入る。
「ナターシェさん、3級の魔物ってやっぱり手強いんですか?」
「え? ま、まぁね。特にこいつの両手で引き裂かれたら、爆破もおまけでついてくるのよ。バーストボアの上位互換みたいな奴ね」
「す、すごい……。そんな魔物が……。ナターシェさん、もっとお話を聞かせてほしいです」
「へ? うん」
半ば冗談で後輩をからかうつもりで、敬えなどといったナターシェが面食らう。
目を輝かせている人間が二人に増えた。
「ナターシェさんのお話は本当にワクワクしますよ! ね、"侵略する斑頭"という魔物を討伐した時のお話、また聞きたい!」
「そ、そうですね。確か12回くらい話したと思いますけど、いいですよ」
「ネームドと呼ばれる2級の魔物で、その長い胴体で森の木々ごと壊すほどの力があるんですよね!」
「そこまで詳細に覚えてる相手に話す意味とは?」
「にきゅうのまものぉ!?」
何の奇声かと思えば、リティだった。
調子を崩されたナターシェだが、後輩に尊敬されて悪い気はしない。
せがむマームに驚くリティ。ナターシェは何故、デマイルが自分以外の護衛を雇ったのかが理解できなかった。
欠員となったもう一人がいないとはいえ、自分だけでも護衛としては十分なはずだ。
しかし、この光景を見ていると結果的によかったと思える。
「フフフ、リティさんって面白いです!」
「私が面白い?!」
リティのような小さな護衛は予想外だったが思いの他、可愛がる事が出来そうだとナターシェも満足した。




