リティ、イリシスに鍛えられる
魔法使いギルド。一定以上の魔力がなければ門前払いされるという、ある意味で一番厳しいジョブギルドである。
しかも一定以上というのは、あくまで最低水準の話だ。仮に魔法使いの称号を得たとしても、魔力が低ければ活躍の場はない。
多くのパーティではメイン火力として期待されるので、この辺りで折り合いがつかずに追放冒険者となる者もいるほどだ。
「炎属性中位魔法……」
「さすがマーム様! いけてるっ!」
魔法を放つ際に課題となるのは集中力である。魔術式の構築や魔力のコントロールなど、やるべき事は多い。
魔法や個人によっては詠唱が必要となり、こういった苦労はあまり知られていなかった。
このギルドの卒業生でもあるナターシェが持ち上げているマームは、いわば天才に属している。
マームの体ごとすっぽりと入りそうな火球が空中で制止して、教官や見習い達の驚愕した顔を赤々と照らしていた。
「……鎮火」
マームがそう呟くと、巨大火球は収縮して消えた。魔力のコントロールと消失の魔術式で更に周囲を驚かせる。教官ですら、ここまでスムーズに行える自信がないのだ。
この所業に加えて三角帽子や木製の杖が、いっぱしの風格を漂わせていた。
「見事です、マーム様。短期間で中位魔法を習得したばかりか、そこまで操れるとは。あなたの最終試験を検討しましょう」
「最終試験?! わぁい! やったっ!」
「なんてペース! はやっ! 早すぎて見えないっ!」
護衛という名目でマームを見守って茶化すナターシェだが、教官達と同じ心境だった。
魔法使いギルドで一年半、剣士ギルドで二年。彼女も天才の域だが魔法ならば、マームに軍配が上がる。
何せマームの場合、半年と経っていないのだ。魔力の総量を上回る見習いが、この状況に一番納得していない。
「フンッ……結局、モノをいうのは火力さ。コントロールなんて些細なものだ」
「では、次。クーファ」
見習いの男が悪態をついた直後、ふわりと漂ってきた魔力に戦慄する。
冷水を浴びせられたような、体の芯から凍り付くような。鼻や口から大量の水が流れ込む苦しささえ感じた。
基本的に魔力の総量が多いほど、魔力感知に優れる傾向にある。同時に知らないほうがよかった現実を知ってしまうのだ。
見習いの男は微動だにできずに、前へ出たクーファの背中を見る。
「なんだ、こいつ」
その呟きがクーファに聴こえてしまったか。そんな心配をするほどに、見習いの男は自分よりも一回りも年下の少女に恐れをなした。
クーファが両手を差し出すと一つ、水球が出現する。
二つ、三つ、四つ、五つ。どれ一つとして同じ大きさの水球がなく、それが際限なく増え続けた。
さすがにまずいと判断したのか、教官が片手に持つ杖を振るうと水球を砂が包む。教官の地属性から派生する砂魔法は水を吸収するが、焼石に水だ。
単純に砂の量以上に水量が多い。明確な魔力差に、教官すらも心が折れかける。
「もういい! やめろッ!」
「は、はい!」
口頭での注意をされるまでもなく、クーファは発動した魔法を抑えようと試みていたのだ。
室内の人間を溺死させかねない状況だったが幸い、水球が一つずつ消えていく。すべてが収まった頃には、クーファはへたり込んでいた。
もう少し遅ければ水浸しどころか、訓練場が完全に水没していたところだ。
「……魔力のコントロールが課題だな」
「うまく出来ません……」
教官の精一杯のアドバイスだった。今回、クーファはアーキュラの力を使用していない。当の水の精霊はナターシェの隣で無意味に伸び縮みしている。
つまりクーファの魔力量が絶大であるが故の結果だった。
怒れる水神の契約者、水属性への限りない適合率。大器などという枠組みでは捉えられず、もはや災厄への変貌を危惧する事態である。
こんな子どもが今まで埋もれていたのかと、教官が今日までの平穏に感謝するほどだ。
放置してはいけないと、教官は意を決してクーファに声をかけようとした。しかし、彼女の前にマームが立つ。
「あ、あの!」
教官は焦った。陰気なクーファの性格が掴めない以上、下手に刺激するのはよせと願っている。
見習い同士のいざこざはたまにある上に、止めるのも教官の務めだからだ。
ライバル意識を滾らせて挑発するような少女ではないと思いつつも、止めようとして彼女の肩に手を伸ばしかけていた。
「魔力の放出、うまいですね。私、コントロールは上手と言われるのですけどそっちがどうも苦手で……」
「……え?」
「あ、いきなりごめんなさい」
「いえ……」
トラブルの兆しはない。そうとわかった途端、教官は床に膝をついた。
* * *
「ま、まいった……」
リティの前で、レルートとアウィンが尻餅をついている。二日目にして四対四の模擬戦で、リティはシルバーフェンリル隊の大隊長候補を破った。
単なる才覚だけではない。二人はリティの気迫に圧倒されたのだ。模擬戦だというのにこの瞬間まで微塵も殺気を隠そうともしなかったからだ。
それだけ真剣という事だが、終わった途端にリティはそれを感じさせていない。
「ありがとうございました!」
負けた二人に対する配慮か、リティは大声で礼を述べただけに留まる。
レルートが立ち上がらずに剣を突き立てて俯く。その姿勢は誰の目から見ても、落ち込んでいるとわかる。
アウィンも座り込んだまま、呆然として地面を見つめたままだった。彼らは良家の生まれで幼い頃から恵まれた環境にて、剣一筋だったのだ。
レルートとアウィン、共に十六の頃には剣の師匠を越えている。親友同士、切磋琢磨してきた関係だった。
「立て、二人とも」
「隊長……」
「気にするな。これが世界というものだ」
「でも……」
「では私の模擬戦を見ろ。相手はリティだ」
イリシスとのまさかの模擬戦である。心躍っているのはリティのみで、部下達は一律に固まっていた。
この部隊において、イリシスは部下と模擬戦を行った事などほとんどない。単純に彼女とそれを成立させられる者がいないからだ。
手加減などしては模擬戦の意味もなく、相手に礼を欠く行為だと考えるイリシスが実行しなかったというのもある。
「お前達が敵わなかったリティは今から私に負ける」
「むっ……!」
イリシスのほうが上だと認識しても、実際に宣言されるとリティも感じるところはある。
この瞬間からリティはイリシスを完封するとまで意気込む。それほど気合いを入れなければいけない相手なのである。
冒険者でいえば特級に位置する彼女に自分がどこまで通用するか。リティとしても確かめたいところであった。
「リティ、あらゆる手段でかかってきてもいい。ミャンも活躍させるといいだろう」
「……怪我させます」
「フフフ……よい気迫だ」
総毛だつとはこの事かと、イリシスはリティの圧を真正面から受けた。先ほどの模擬戦の時ですら見せなかったそれは、敗者である二人を更に追い込む。
化け物、怪物、人間じゃない。言葉に出さずとも、リティに対するイメージは二人で共通していた。
リティは剣を構え――
「ではいくぞ」
リティの手元に剣がなかった。それは回転しながら宙を飛び、遥か遠くへと突き刺さる。
さすがのリティも固まった。終わった、負けた。何も出来なかった。そう認識するのに数秒を要したのだ。
「どうした? 実戦ではわざわざ『いくぞ』などと言ってもらえないぞ」
「はい」
リティが剣を拾った途端、消えた。持てる最大限のフィジカルを発揮して、イリシスに迫ったのだ。
裏をかくよりも瞬間の決着をつける。それは正解であり、イリシスも納得するところではあった。
が、それと結果は別である。
「……あ」
「二度目の死亡だな」
見透かしたようにリティの首元に突きつけられる刃。実戦であればリティはイリシスに二回も殺されていた。
先日のバスルームでの賞賛など、どこ吹く風だ。イリシスはリティを軽く上回っている。まさに子ども扱いであった。
「確かに君は私の部下よりも強い。しかし私の前では彼らと模擬戦を行った時の結果と変わらない。要するになんとかの背比べなのだ」
部下達はリティに同情した。何故、お気に入りであるはずのリティにここまでするのか。
リティが彼らと同じメンタルであれば、アウィンやレルートと共に意気消沈する。
下手をすればしばらく武器を手に取る事も出来ないだろう。リティが立ち尽くす姿を見て、騎士達は胸が締め付けられる気分だった。
「アウィン、レルート。落ち込むことはない。お前達よりも強いリティがこの様なのはわかるだろう。それに世界にはこの私よりも強い者などいくらでもいる。
つまり際限がないのだ。自分よりも強い者などいくらでもいると考えた上で、どこかで折り合いをつけろ。もちろん向上心は大切だがな」
国内どころか、少なくとも大陸を見渡しても彼女より上の者などそうはいない。
あのレドナーですらそう評価するのだ。バドリックが召喚した天使だろうが、彼女もレドナーと同レベルの戦いを披露する。
言ってしまえばそのレベルでなければ、戦いが成立しないのだ。
「リティ。今がもし冒険の最中であればどうする? それでも楽しめるか?」
「はい。今、ドキドキしてます」
イリシスはリティを本気で折ろうと思っていた。これで折れるならばいっそ冒険などやめたほうがいいと考えているからだ。
あわよくば、それでリティが自分の元へ来るならば――と邪な願望も抱かないわけではない。しかしそれ以上に信じていたのだ。
「死んだら冒険は出来ません。それは残念です……でも、イリシスさん。私は生きてます。だったら強くなります」
「……なるほど」
そう、リティがこれで折れるはずがないとイリシスは信じていた。騎士達もさすがに悟る。
イリシスがリティを本気で叩き上げようとしていると気づいたのだ。
同時にその容赦のなさも、見ているだけで痛々しく伝わってしまう。我が身の事と少しでも考えれば、自分のほうが折れるだろうとすら思っていた。
「君は冒険終了の時ですら楽しむのか。さすがの私も君への理解が限界に近付いている」
実力ではリティを圧倒的に上回るイリシスが、二の腕をさする。彼女は初めて人間相手に寒気を感じた。
とことん鍛えてやろう。イリシスは口元を歪ませる。




