リティ、フィジカルモンスターについて知る
「ハッ?!」
「集中できてないんじゃなぁい! ロマさぁん? ハァイ! ワン! トゥ!」
踊り手ギルドでのロマの訓練は順調そのものだった。
単調な基礎訓練の段階ではあったが、早くも頭角を表しつつある。しかしここで彼女の中に異変が起きた。
「ロマさぁん!」
「すみません! 続けます!」
「今はまだリズムよぉ! リズムが何なのかを知らなければいけないのよぉ! わかるぅ?」
突如、ロマは不安を覚えたのだ。自身に対してではない。リティの身に何かあったと、根拠もなくそう思った。
もしくは危険が迫っていると予感してしまい、ロマは目の前の支部長に許可を取って抜け出そうかと考える。
「あの! 支部長!」
「コーチとお呼び! なぁに?!」
ロマは、かつて王都中を魅了した元劇団女優の支部長が手放しに褒める逸材だ。
申告すれば問題なく抜け出せるだろう。しかし年単位でくすぶっている者も少なくない中、抜け出そうとすればどうなるか。
見習い達の視線を気にしたロマは気の迷いを振り払う。
「いえ! 続けます!」
ロマは自分で決めた事を思い出した。リティと共に戦うだけではなく、自分にしか出来ない戦いを見つけると決心したのだ。
その為には脇目を振っている暇はないのだ。
「そう? じゃあ、リズムを再開するわよぉ?! ワァン! トゥ! ワン! トォウゥ!」
元のスタイルも相まって、ロマの動きは自然と周囲を惹きつける。
踊り手は単なる技術だけでは務まらない。その性質上、本人の魅力次第で発揮できる力が天と地なのだ。
資質、オーラ、カリスマ。人によって表現は異なるが、概ねそういったものが必要になってくる。
「今の動きグッドよぉ!」
「支部長のグッドが出た?!」
「コーチとお呼び!」
見習い達が驚くグッドとは、動きに対する査定である。始めて一ヶ月以内にグッドを得られた者など、この支部ではジェニファ以外に存在しない。
ロマはまだ、わずか初日の終わりだ。支部長は自身の目に狂いはなかったと確信して、より指導に熱が入る。
「グレェト! あなた、グレェトよぉ! わかるぅ?!」
「なにぃぃぃ! 一日目で!?」
「コーチとお呼びぃ!」
「えっ?」
基礎の仕上げにして、ロマは素質を開花させていた。グレートなど、この場で貰った者はいない。
歴戦の冒険者も動きの端正の場として活用するギルドだ。支部長の眼力にかかれば一級冒険者であろうと、些細な乱れを見抜ける。
彼女にグレート以上を貰えたなら最低三年は生き延びる事が出来ると、レッドフラッグのジェニファも太鼓判を押す。
「リズムは皆、無意識のうちに刻んでいるのよぉ! 生活リズムなんてのもあるように、戦いにもあるのよぉ! これが乱れるうちは半人前以下なのよぉ! わかるぅ?」
「はいっ!」
戦いのリズム。リティが聞けば大喜びしそうな情報だとロマは苦笑する。
後で教えてやろうと思いながら、ロマは一日目を終えようとしていた。
「ハイ! お終いよぉ! 皆、お疲れさぁん!」
「今日はありがとうございました!」
「あなた、とても美しいリズムよぉ! 極めれば敵も味方も自然とあなたに惹かれるかもしれないわねぇ!」
「美しいリズム……」
人によって刻むリズムがあるとすれば、リティはどんなものかとロマは考えた。
また、この支部長がリティにどんな評価を下すのか。そんな事を考えるほど、ロマに余裕が出来た証だった。
「私は強くなる。リティ、あなたはもっと強くなるのよ」
支部長のノリについていけるかなどの心配はあったが、ロマはリティに思いを馳せる。
先ほどの不安など、今の彼女にはない。いらない事で思考を乱している場合ではないのだ。
* * *
「背中を洗ってやろう」
「あ、はい」
バスルームにて、リティはイリシスに背中をこすられている。ルイズ村にいた時も、母親にやってもらった事を思い出した。
妙に心地よくなり、一度は村へ里帰りしなければと考える。そんなリティの思考を打ち消すように、イリシスが他の部分にも手を伸ばす。
「イリシスさん?」
「せっかくだから背中以外にも洗ってやろう」
「いいですよ! 子どもじゃありませんし、自分で洗えますから!」
「子どもだろう?」
「イリシスさんもそう言いますか」
「ん? 誰かに言われたのか?」
それまでの経緯をリティが話すと、イリシスは腹を抱えて笑い出す。面白おかしく、いつまでも笑ってそうな様子だった。
たちまちリティはふくれっ面になり、逆襲を考える。垢こすりを手に取り、イリシスの体をこすり始めた。
「ふー、久しぶりに笑った。それはそうと、これはこれで悪くない……あぁっ……」
「子どもじゃないので洗います」
「要するに君はロマよりも、踊り子の素質がないと言われたのが悔しかったのだろう?」
「そうです。やる前からそんな事を言われるなんて、思ってなかったです」
「やはりそっちか」
リティが自分に女子としての魅力の有無を考えるはずがない。単純に子ども扱いされたり、ジェニファにダメ出しされた事が気に入らないのだ。
そんな彼女の様子に、イリシスは複雑な心境だった。これではその気にさせるのは遠いと、歯がゆく感じている。
曲りなりにも騎士団を統率する者として、彼女なりに一線は死守していた。
「私もロマのほうが踊り子の適正があると思う。しかしリティ、君のほうが彼女よりも多く持っているのは忘れないでほしい」
「どういう事ですか?」
「君はフィジカルモンスターなのだ。特に身体能力が異常に優れており、恐らく獣人族をも凌ぐ。かつての英雄もこれを持って生まれたと言い伝えられている」
「英雄……」
「君の冒険者カードに刻まれているジョブの数は異常だ。剣聖と呼ばれた人間に弓の才能があるとは限らないように、どんな強者でも取捨選択をしているのだぞ」
イリシスがリティの腕を掴み、撫でる。くすぐったさを感じたものの、イリシスが真剣な表情なので抵抗はしなかった。
更にはふくらはぎや太ももと、イリシスはリティの肉付きを確かめている。
「私もそうだ。剣術ならば国内で負ける気はしないが、槍……長物となればレッドフラッグのシャールが上回るだろう」
「シャールさんを知ってるんですか?」
「彼らには幾度なく協力してもらっている。国外での活動に精を出して知名度を上げれば、特級も夢ではない連中だよ」
「やっぱりすごいんですね!」
「ここだから言う。リティ、君は彼らとは比較にならない才覚の持ち主だ。怪物と評されてもおかしくない」
冗談の類ではないと、リティはイリシスの表情以外から察する。いつしか押さえつけるように、イリシスがリティの腕を握っているからだ。
振りほどけず、まるで自分の体が支配されたかのような錯覚に陥る。
「今日のペアでの訓練にしてもそうだ。私は正直、もう少しかかると思っていた。対戦相手のレルートやアウィンはあの後、ほとんど口を開かず……。デミトルは今も残って自主練習に励んでいる」
リティは言葉を返せなかった。それは自分がロマに対して感じた感情と同じだろうとわかったからだ。
剣士ギルドにてロマが味わった、いわゆる屈辱というものだった。
「あの二人は私がより目にかけていたのだが……。君と対峙してしまっては、さすがに心の整理をつけるにも時間がかかりそうだ」
「でも! 私はまだまだだと思ってます!」
「気を悪くさせてすまない。ただ……君が感じたものなど、他の者は倍以上も思い知ってるとだけは理解してほしい」
「わかりました」
「あっさりだな」
物分かりがいいのか、悩まない気質なのか。イリシスはリティという少女を計れていない。
そもそも理解できるものではないのかもしれないと割り切り、イリシスはリティを解放した。
「あ……」
「フフ、動けなかっただろう? その気になれば、この場で君を好き勝手にする事も可能だ」
「させません!」
「冗談だ」
する気がないのか、出来ないという意味なのか。リティこそイリシスを計れていなかった。
フィジカルモンスターなどと褒めた手前でリティを完封する。それはイリシスの強者としての矜持でもあった。
そうでもしなければ自分も嫉妬の海に呑まれてしまうと思ったからだ。
「堅苦しい話をしてしまったな。だがリティ、フィジカルモンスターにはある特徴があってな」
「それは?」
「総じて魔力に恵まれない傾向にある。一振りですべてを消し去るとまで伝えられた少女などは、回復魔法が使えなかったらしい」
「一振りで! すべてを! 消し去る?!」
「尾ひれか真実かはわからん。もともと魔力を持って生まれるはずが、身体能力に注がれたなど諸説ある。君も魔力は少ないだろう」
「はい……」
トーパスの街でマームがやってみせた炎の魔法は、リティを上回っていたのだ。
これはセンスではなく、単純に魔力の総量の差である。もしリティが魔力にも恵まれていれば、それこそ怪物どころではないのだが――
「魔力まで与えてはいかん、という運命のささやかな抵抗かもしれないな」
「魔法使いギルドにも興味があったのですけど、クーファさんやマームさんにお任せします」
「落ち込まないのだな」
「はい。イリシスさんにも言われましたし」
「そうか。健気でかわ……」
「みゃん!」
泡だらけのミャンがバスルームのタイルの上に、腹を見せて寝っ転がっている。そして体を反転させて、リティの体に巻き付くようにして這った。
「ミャン?!」
「ハハハ! もしかしてリティを洗ってやろうとしているのかもな……そうだ」
素早いミャンを一瞬で掴んだイリシスの手腕に、リティは何気に驚いた。ミャッ、と鳴き声を上げたミャンにイリシスが垢こすりのタオルを巻きつける。
彼女の意図をリティはすぐに理解した。
「ミャン、これで今と同じようにやってみろ」
「みゃーんっ!」
「わわっ! こ、これは!」
タオルをまとったミャンの動きと擦れる感触は、至福といえるものであった。体中を駆け巡る垢こすりはまさに新発見といってもいいだろう。
もっとも、幻獣ミャーンの召喚例がほぼない時点で褒められる可能性はない。勝手知ったるものによる新発見ではないので、驚きようがないからだ。
「ミャン、私にも頼む」
「みゃんみゃん!」
「あぁっ! こ、これふぁっ!」
「みゃーん!」
イリシスはこの時、幻獣ミャーンの召喚を本気で考えた。しかしこれには背徳感がつきまとうリスクがある。
人としてこれでいいのかとイリシスは葛藤した。
「みゃんー!」
「こ、これはいいな……」
「イリシスさん、もうそろそろいいですか?」
さすがに洗いすぎだとリティは心配する。普通に洗ったほうがいいとすら考え、新発見とまでは驚かない。リティは冷静に泡を洗い流した。




