ジュニアとの別れ
ジュニアが発情します。
ⅩⅤ ジュニアとの別れ
月夜の晩だった。いくら夏でも夜は涼しい。木曜日は、町に魔法をかける日だと決めていた。町中の木や草に町の様子を聞く。緑池の畔の林にあるエノキが、最終報告をしてくれる。それを受けて、そのとき必要な魔法をかけるのだ。
この日は、喧嘩して気まずくなった女子中学生に仲直りのきっかけを作ってあげたり、地域の人達が何となく地域でできた西瓜を食べたくなるような気分になる魔法をかけたり、このところ雨が降らないので米の作柄を心配する農家の人達のために一、二日雨が降るようにしたりした。
軽く腕を振って、魔法をかけ終わると、ジュニアが現れた。ジュニアは、いつもここへ来てくれる。前は、毎日来てくれていたのに、このところ足が遠ざかって寂しかったのだ。目と目が会って、私は安堵の息を吐いた。
「どうしたん?ご無沙汰や」少しすねたように言った。「向こうで、何ヶ月経ってもいい。時空を旅して来るんや。こっちには毎日顔見せて欲しい」
「あんまり、私を喜ばせないでください」
ジュニアは少し陰りのある微笑みを浮かべた。
「今度のことでは、何のお役にも立てませんでした。綾乃、あなたは素晴らしい」
ジュニアが、初めて、私のことを『綾乃』と呼んだ。
「ジュニアがいてくれたから。だから、私、頑張れたんや」
「私がここへ来た時、あなたは父のために泣いてらした……」
「前から聞きたいと思ってた。あんた、いつ、来たん?書道の時間にいたって嘘やろ?」
「バレましたか?あなたが父をあの時代に送ってすぐです。私が独り立ちして、二年ほどして、父からあなたのことを頼まれたのです。あの三人と一緒にいる限り、いずれあなたが不幸になる。その時お役に立つように、と。それで、時空移動して、あの後すぐのここへ参りました。そうして、あなたが父のために泣くのを拝見しました。毎日ここへ来て、水をすくって泣いてらした。父が羨ましかった。私のためにも、泣いてくれますか?」
「ジュニアも、どっか行くん?」
「行きたくないのです。どこへも行きたくないのです。ずっと、綾乃の側にいたい」
ジュニアが私を抱きしめた。いつもは、ジッと抱きしめるだけなのに、今夜は、どうしたんだろう?普通じゃなかった。目が妖しく光った。どこかで見たことがある目だった。
その目を見ると、体中からが抜けた。
ジュニアは、そっと唇を寄せて、顔中にキスした。誰にも渡さないと言わんばかりに、私の体中に手を這わせて、力一杯抱いた。
思わず抗うと、驚愕に目を見開いた。目の光りが消えて、私より呆然としている。そうして、悲しそうな顔をして言った。
「申し訳ありません。父が危惧した通りになりました。しばらくお会いできません」
ジュニアの目に涙が浮かんだ。
「何で?」
私が聞くと、ジュニアはもう一度、私を抱いた。大切に大切に抱いた。泣きながら抱いて、私の心が読めましたか?と、尋ねた。
私は、タツヤが何を危惧していたのかを知った。
「お嫁さんを探しに出掛ける時期になったんや」
「龍なんか要らない。あなたがいれば、それでいいのに」
「でも、タツヤもあんたのお母さんと結婚して幸せになったんや。あんたも、その方が幸せになれる」
「あなたは、それでいいのですか?」
「分からん……でも、一番好きなのは、あんたや」
最後に、激しいキスを残して、ジュニアが消えた。
しばらく呆然として動けなかった。ズッと一緒にいて欲しかった。でも、あいつには、龍のお嫁さんが必要なのだ。
あの目は、タツヤが発情した時と同じ目だ。タツヤは、ジュニアが発情して、私と関係を持つことをおそれたのだ。いくら長老が認めたと言っても、魔法使い社会は閉鎖的だ。タツヤは、私が魔法使い社会で生きて行けなくなることを心配したのだ。
だから、ジュニアに言ったのだ。深入りすると、綾乃が不幸になる、と。発情した龍を止めることは、誰にもできない。急いで綾乃の側を離れて、嫁を娶るまで側に寄るな。そう言ったのだ。
タツヤが心配した通りかもしれない。
でも、私が独りぼっちで泣いていた時、そうして助けの必要な時、青の魔力と引き替えに時空を飛んで来て支えてくれた、あの優しい礼儀正しい龍が愛おしくて、涙が出た。龍のお嫁さんになっても良かったのに……と、つぶやくように言うと、肩を掴まれた。
聞き慣れた音がして、電流が流れる。
「お前、まだ、あの魔法、解除してないのか?さっさと解除しろ!危なくて、側にも寄れない」
小西が、手に息を吹きかけながら、怒っていた。
私は、ジュニアのことで頭が一杯で、何を怒っているのか分からない。無視された、と思ったのだろう。小西は火のように怒った。
「お前、あいつにあんなこと、許してたのか?あの龍、とんでもないヤツだ。龍のくせに人間の女に手ぇ出しやがって」
小西はカンカンだ。呆然としている私に、もう一度怒鳴った。
「早いとこ、あの魔法を解除するんだ。龍しかお前を抱けないってのが、あいつをつけあがらせるんだ!」
何で怒ってるんだろう?あんたには関係ないのに。
ジュニアがいなくなった。ジュニアが私から離れて行った。それが悲しくて、小西なんかどうでもよくて、小西が怒る理由が分からない。
「綾乃!」
「……どっから、見てたん?」
やっとの思いで尋ねた。
「俺がここへ来た時、やっこさん、お前の顔中にキスしてやがった」
「そう」
タツヤに会わなければ。ジュニアが気を遣わなくてもいいんだって、言ってもらわないと。ジュニアがいなくなってしまう。
小西が、私の心を読んだ。
「あいつがいなくなるなら、結構なことだ。お前を取られてたまるか!」
小西が叫んだ時、中島が現れた。中島は瞬時に私の心を読んで、蒼白な顔で言った。
「綾乃。タツヤが心配するのも道理だ。大丈夫だ。ジュニアだって、じきお嫁さんを見つけて戻って来る」
「でも……三年も見守っていてくれたのに。ずっとずっと私のこと心配して見ててくれたのに。長老だって許してくれたのに……」
情けなくて、涙が出た。
情けない綾乃です。




