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「殿下、私は一つだけマリアさんに感謝しているんです」
「感謝?」
「婚約破棄されれば、私があなたに抱かれる日は永遠に来ないのですもの。その切っ掛けをくれたマリアさんにはいくら感謝しても足りませんわ」
最後に毒を、消え去る悪役として殿下を傷つけてみたいと思いました。
前世の記憶を取り戻してから、私は一度も本心を告げたことが無かったのです。
「コーデリア」
「私にとっての最大の恐怖。それは殿下、あなたとの婚姻が成立してしまうことでしたから」
笑顔。 それを意識して、立ちすくむマリアさんに向け言いました。
どこから聞いていたのか、マリアさんの顔は真っ青で今にも倒れそうです。そんな顔でも愛らしい。さすが、全ての攻略対象者を魅了しただけの事はあります。
「私を憎んでいるのね」
「いいえ」
「でも、殿下は私を選んだわ。聖女のあなたではなく、ただの平民の私を。悔しくてたまらないでしょ」
本当にこの人は強気です。
素直なんでしょうね、自分の気持ちに。
本心も何もかも隠して殿下に接していた私とはそこが違う。だから殿下は惹かれたのでしょう。
「感謝していると申しましたが、あなたの耳に私の言葉はいつも届かない様ですね」
マリアさんはゲームのヒロインですが、皆に認められる切っ掛けは私がすべて潰してきました。
本来なら今の時点でこの国の聖女となっている筈のマリアさんは、今もただの平民のまま。聖女と言われているのは私です。
聖女となるための条件を私は元々知っていたのですから、容易いことでした。
殿下達との繋がりは切ることが出来ませんでしたが、どうしてかこれは出来たのです。
私がこの学園から消えても、領地に戻ったとしてもマリアさんが殿下の婚約者として認められる日は来ないでしょう。
たとえ殿下が王家ではなく、ただの貴族になったとしても。
「あなたが殿下だけを慕うなら、きっと誰もが祝福したでしょう。それがあなたの失敗ね」
近寄る人間すべてに良い顔をして、努力もせずにその真ん中で笑っていた。その才を天から与えられ、幸せに生きることが当然だと無邪気に笑っていた。
努力しても努力しても、私は何も得られなかったというのに。
それが許せなかったから、私は聖女になり悪役になる事を決意したのです。
「さようなら、皆様。お元気で」
身に付いた淑女の礼をして、私は歩き始めました。
「お嬢様」
「私は馬鹿な人間だと思う?」
殿下達が動く気配はありません。
マリアさんも何か言いたげに口を開きかけ、俯いてしまいました。
「そうですね。でも、生きてさえいてくださるなら私はそれで十分です。お嬢様の側にずっとお仕え出来ればそれで」
「悪役でも?」
「悪役でも、聖女でもお嬢様はお嬢様ですから」
泣き笑いの顔で、私の隣を歩くマーガレットと一緒に私は学園を後にしました。
後日、病気療養を理由に、私は学園を退学し殿下との婚約は破棄されました。
そして、数年後。
「お嬢様、そろそろお休みください。毎晩毎晩遅くまでお仕事のし過ぎで倒れてしまいます」
「あとこれだけね。この書類を片付けたら休むわ」
弟が廃嫡し、今私はお父様の補佐として領地運営に携わっています。
運命に流されるままだった私が最後にした抵抗は、どういうわけかお父様を喜ばせ私は修道院に送られる事なく、かといって領地で引きこもりもさせてもらえず、忙しい毎日を送っています。
病気の為、離宮に居を移した第一王子に代わり第二王子のイシュト殿下が正式に王太子となり、お父様はちゃっかりイシュト殿下の片腕となりました。
王になれなくなった殿下の側にヒロインの姿は無く、大富豪の後添えになって贅沢三昧の日々を過ごしているという噂が世間を騒がせました。
その話を聞いて私は、時が流れたのだと悟りました。
「お嬢様」
「はいはい、もう休みます」
「本当ですか?」
「本当です。マーガレット、こんなに忙しい私でも見捨てず側に居てくれる?」
マーガレットは結婚し子供もいますが、それでも私の侍女を続けています。
そんな彼女に私はこうして甘えてみるのです。
「お嬢様が幸せなご結婚をされて、子供が生まれて育って孫が出来ても、ずっとお側におりますよ」
「私が悪でも?」
「ええ、悪でも、聖女でも。ですからお嬢様」
「分かったわ。自分を大切に、幸せになるから」
三歳の時、私は自分の未来に絶望した。
十八歳の時、私は自分の生を終えようとした。
時が過ぎて今、私は幸せの為未来を作ろうと考えている。
「幸せになるから」
笑って言いながら、あの時死ぬ事を選ばなくて良かったとそう思った。
これで終わりです。
読んでくださってありがとうございました。
ろくにプロット考えずに書いたら、あっさりさらっとあらすじみたいな話になっちゃいましたが、楽しんで頂けたら嬉しいです。