未来の視点:0日目:車中
『ブロロロロロロ……』
葉子さんのご好意に甘えて、乗せて頂いた高級車。
車内から眺める周りの景色は颯爽と過ぎ去っています。
「葉子さん、ご迷惑をお掛けしました」
私は再び謝罪する。
「いえ、私の方こそ勝手にお邪魔して電話を使わせて頂きましたし」
「え? 電話?」
葉子さんの口から飛び出してきたのは、意外な言葉。
「はい、未来さんたら、いきなり家に駆け込まれるんですもの。遅刻したら大変なので、加藤に車を出してもらいました」
まったく気付かなかった。
……ん?
「……加藤、さん?」
気になったのは『加藤』という聞きなれない名前。
「運転して下さっている方ですわ」
私は運転席に目を移す。――そう、私はこの方にも迷惑を掛けてしまっていたのでした。
「加藤さん、ご迷惑をお掛けしました」
私は運転席に向かって深々と頭を下げる。
座ったままで、しかも後ろから謝るというのは目上の方に失礼かもしれないけど、この気持ちは伝えないといけない。
「いえいえ、お気になさらないで下さい」
運転席から帰ってきたのは優しい声。おじいちゃん――。思わずそう言いたくなるような、温かみのある口調。その声に私は、少し救われた気がした。
「それで、未来さんは何をされてましたの?」
ホッとした所に投げかけられた質問。
「あ、はい、カコ……いえ、猫のご飯を用意してました」
「猫?」
「はい、憎たらしい所もあるけど、可愛いやつなんですよ、これが」
「へぇー」
「……こ、今度紹介してくださいます?」
「ええ、いいですよ」
……あれ?
「あれ、勇治君じゃないかな?」
葉子さんとの談笑中、外の景色の中に、見慣れた男の子の姿を見つけた。
金髪で、長身。肩幅も大きくガッチリとした体格。うん、間違いなく勇治君だ。
勇治君は両肩を激しく揺らしながら走っている。時間からして、遅刻を免れようと学生の本分を行使しているに違いない。
……一方、同じ学生である私は車中にある。
勇治君の姿に追いつくにつれて、切ない気持ちがこみ上げてきた。
「勇治君、遅刻しそうだね」
「……そのようですわね」
『勇治君も乗せてあげようよ』そう言おうとした時だった。
「加藤、急いで下さい」
葉子さんから発せられた一言が、私の言葉を遮ってしまった。
車はスピードを上げ、私達は勇治君の隣を、――通り過ぎた。
こちらに気付いたのだろうか、勇治君は私達に向かって右手を差し伸べている。
でも、私はその手を掴んであげられなかった。
いえ、掴んではいけなかったんだよね。そうだよね……葉子さん。これが、優しさ。
景色の流れは、更にスピードを増している――。
切ない表情を浮かべた勇治君の姿は、あっという間に小さくなっていった。
葉子さんと共に、彼の勇姿を見送る。
「あ……」
かすかに見えていた勇治君は、
「……転びましたわね」
勇治君、ほら、目指すべき城はもう目の前だよ。




