未来の視点:0日目:朝
『リリリリリリリィ……』
――目覚まし時計が鳴っている。
鳴り続けてから何分が経過したのだろう……。これが、気が付いてからから一番最初に浮かんだ考えだったと思う。
しかし、強烈な眠気に襲われ、夢現の今の私には、それと断言する事ができない。
昨夜、津波のように押し寄せた眠気は、未だに脳細胞の奥深くに根付いているようです。
「うー。眠いよぉ」
心の底から出た本音。
私は朝あまり強い方ではない。でも、それを差し引いても今日は特に眠い。まるで、体を起こしたくない気持ちが全身に行き渡っているような感覚。
昨夜の夜更かしが原因かな……。そう思ったときだった。
「未来さん? 未来さん、聞こえますかー? 現在、午前七時を回った所ですが……」
不意に聞こえてきた女性の声。
これには覚えがある。この声は、今のように意識がはっきりしていない時、稀にこえてくる幻聴。
……これも恐らくは夢の一部なんだと思う。でも、私はこの現象を妖精さんと呼んでいる。何時も私の事を気遣ってくれる優しい言葉は私の中の妖精のイメージそのままだったからだ。
「……ん? 七時?」
妖精さんの言葉が気にかかる。
そういえば、今鳴り響いている目覚まし時計は七時に鳴る設定にしていた。……つまり今は七時過ぎという事。
過ぎた時間が数分であればいいのだけど……。こればかりは確かめないと分からない。
私は未だ軽快な金属音を鳴り響かせている目覚まし時計を布団の中から手探りで探し出す。
『カツン』
頭上辺りに伸ばした手。そこで触れた何か。
そして、その手に伝わってきた激しい振動。間違いなく目覚まし時計だ。
私はそれを掴むと、落とさないようにゆっくりと手繰り寄せ、布団の中へと引き込んだ。そして、まずはそのうるさい金属音を止めるため、一時停止のスイッチを手探りで探す。
使い慣れた目覚まし時計。直接確認せずとも攻略は容易い。
『――リリリィン』
ほら、ね?
金属音の停止には成功した。……でも、このままで正確な時刻を知るのは流石に無理な事。
……だけど、目が開かない。眠たいと、体が正直にアピールしている。
でも、少しだけ、そう、一瞬だけ目を開ければ……。私は重い瞼を擦り、意を決してほんの少しだけ瞼を開く。そして、持っていた目覚まし時計を顔に近づけ時計の長針の位置を探した。
短針は確認しない。目覚ましが鳴るのは七時。だから七時台というのはほぼ確定事項。寧ろ、そうでなくてはならない。問題なのは何分過ぎたかという事。
一瞬。何とか瞼をこじ開けて確認出来たのは、時計の長針が1の位置を指していた事。
――七時五分。
「うん。起きないと」
我が日本国で伝統的に言い伝えられている『あと五分』その猶予はすでに過ぎていた。
今起きないと、朝ご飯、そしてお昼ご飯の準備が出来なくなる。それは大変。
……でも、眠い。どうしようもなく眠たいのだ。
頭の中で、妖精さんが『起きる』という思考をいとも簡単に捨て去っていく。肌に伝わる布団の暖かさも手伝って、私の行動意欲は程よくそがれていった――。
「――」
『ピンポーン』
『ピンポーン、ピンポーン』
「未来さん、いらっしゃいますの?」
呼び鈴が鳴っている。続いて、玄関から私の名を呼ぶ甲高い声が響いてきた。
何故? そんな考えが頭を過ったが、私はこれを切欠に起き上がる決心をした。
妖精さん、さようなら。お布団さん、ありがとう。また、今夜会いましょうね。
私は、布団と共に名残の念を脱ぎ捨てながら、もそもそと立ち上がった。
「はーい!」
返事をし、そのまま玄関へと向かう。先ほどに比べ、不思議と眠気は少し和らいでいるが、やっぱりボーッとする何かが抜けない。
ドアノブに手を掛け大きなあくびを一つした後、ゆっくりと玄関の鍵を開けた。
開いた扉。そこから流れ込む初夏の風は鼻腔をくすぐる甘い花の香りを乗せていた。
直後、まるでその香りを追ってきたかのように、差し込んできた一筋の影。
見上げると、そこには葉子さんが立っていた。ウェーブの掛かったゴールドの髪が背にした朝日に反射している。
「綺麗――」
思いが言葉に出てしまう。
……でも、葉子さんがなぜここに?
青のブレザーにその身を包み、右手には鞄を持っている。これから登校するらしいというのは分かるのだけど……。
「未、未来さん!? なんですのその格好は!?」
「ふぇ?」
目の前で、葉子さんがあわてている。
……でも、なんで?
浮かび上がってくるのは疑問ばかり。突然の事で、何が起こっているのかすらよく分からない。
私は、未だに仲の良い瞼を擦り、よりハッキリとした意識の覚醒を促す。
「早く着替えてきてください!」
すると葉子さんは、顔を赤くして叫んだのだ。……まるで赤鬼さんですね。
それはそうと、葉子さんの『着替える』という単語が少し気にかかる。
私はゆっくりと視線を落とした。すると、目に飛び込んできたのは猫をモチーフにしたパジャマ。
私はパジャマを着ている。でも、それは上だけで下はショーツ一枚の姿だった。
……昨夜、この姿で寝た記憶がある。そして、今現在もその姿のままだった。……うん、確かに着替えなければいけませんね。
でも、葉子さん。赤面して慌てるような事でないでしょう。女の子どうしですし……。
言葉にせずに心の中で呟く。どう考えても、着替えていない私に非があるのですから。
「あ、はい、着替えてきます」
私は踵を返し、部屋に戻ろうと、ゆっくりと歩を進める。
「未来さん! 急がないと遅刻してしまいますよ!?」
「ふぇ?」
よく聞き取れなかった私は、生返事を返し、再び葉子さんに向き直る。
「し、ち、じ、よ、ん、じゅ、う、ご、ふ、ん!」
「ごほん。……今の時刻ですわ」
仁王像のような表情を見せ、ものすごい剣幕で時刻を読み上げる葉子さん。
でも、あれ? 時間?
「……七時、四十五分?」
今の言葉はハッキリと聞き取れていた。でも、改めて葉子さんに問う。間違いってよくあるし、ね? さっき確認した時は七時五分だったんだよ。……まさか、そんな、ね?
「たった今、七時四十七分になりましたわ」
と、今度は淡々とした口調で時刻を読み上げる葉子さん。
一気に目が覚めました!
「遅刻、遅刻、遅刻ー!」
葉子さんの間違いを期待していた心はあっさりと吹き飛びました。
私は駆け足で部屋に戻ると、乱暴に猫パジャマを脱ぎ捨てた。
現実世界さん、おはようございます。今日もよろしくお願いします。
「はぁ……」
壁越しに大きなため息が聞こえてきた。
額に手を当て、首を左右に振っている葉子さんの姿が脳裏に浮かぶ。
葉子さん、ゴメンナサイ。




