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秘密は守りますわ ―消えた令嬢と三冊の帳簿―  作者: 飛絽じゅらん


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第五章 進行方向は二つございます⓵

 翌朝早くに、ロザンヌはサンドラの元を訪れた。さっそく応接室へ通され、そこで待っていたサンドラの頬が少しこけているように見えた。ロザンヌが着席したところで、待ちきれない様子を隠しもしないサンドラはさっそく話を切り出した。


「それで? エルシーの行方が分かりましたの?」


 ロザンヌは軽く首を振った。

「エルシー様が慈善会で書かれた可能性のある文字を見つけましたの。それがご本人のものか筆跡を確認したくて、参りました」


 前日にケイトリンからエルシーのものらしいと連絡はあったが、重要な点なので、エルシー本人の筆跡と照合し、推測ではない形にしておきたいと思ったのだ。

 サンドラはあからさまにがっかりした表情になった。


 ロザンヌはそれにかまわず、話を続けた。


「それでお願いがあります。エルシー様の筆跡がわかるものをなにかお貸しいただけないでしょうか」


 ソファの背もたれに体を預けたままのサンドラは、ちらりと視線を動かした。


「あなたまさか、エルシーが慈善会の帳簿に細工をしたと考えているのではないでしょうね?」

 ロザンヌは静かに首を振った。

「逆ですわ。倉庫にあった記録簿を確認しました。エルシー様は改竄される前の記録を残そうとなさった可能性がありますの」


 サンドラは体を起こし、じっとロザンヌを見た。


「確かなの?」

「それをきちんと確認したいと思います」

「で、エルシーの筆跡のわかるものが欲しいのね」


 ロザンヌはサンドラから目をそらさずにうなずいた。


「少しお待ちになって」


 サンドラは席を立つと、部屋を出て行った。どうやら頼みを聞いてくれるようだと思い、ロザンヌは目の前に置かれた紅茶を手に取った。

 一息入れたところで、サンドラが戻ってきた。手には小さく畳まれた紙がある。


 サンドラはソファに座り直し、脇に紙を置いた。どうやら話はまだ続くらしいと察したロザンヌは、カップをローテーブルへ置いた。


 サンドラは浮かない顔で、ロザンヌに質問した。


「エルシーは記録簿の改竄を見つけたせいで、何者かに誘拐されたということ?」

「それはまだ断定できませんわ」

「でも、そのせいで……」


 サンドラの瞳が暗く揺れた。


「サンドラ様。断定するのは早いと思います。悪い方にばかりお考えにならないでくださいませ。お体に障りますわ」


 サンドラの近くに控えていた侍女が微かにうなずいた。


「ちゃんと眠れていまして?」

「なんとか」

「お食事は?」

「……食べても味がしないのよ。わかるでしょう?」


 サンドラはロザンヌをにらみつけた。


「エルシー様がお戻りになったとき、サンドラ様が体調を崩されていたら悲しまれますよ?」


 サンドラは目を伏せ、唇をかんだ。


「体調がすぐれないと、エルシー様に言いたいことがあっても全部を伝えられないかもしれません。それはサンドラ様も嫌でしょう?」


 サンドラははっと目を開いた。


「そうですわね。あの子には言いたいことがたくさんあるのです。全部言うまで放してやらないんだから」


 サンドラの瞳に力強い光が戻った。彼女は本来、燃える火を映したような輝きを瞳にたたえている。赤みを帯びた金色の巻き毛に強い光を宿した瞳で、近くの人を魅了するのだ。


 ロザンヌはにこりと笑った。


「それはエルシー様も本望でいらっしゃることでしょう」


 不敵な笑みを口元にたたえたサンドラは、脇に置いた紙をロザンヌに渡した。


「内容を拝見いたしますわね」


 ロザンヌは一言断って、用紙を広げた。


 それは、エルシーがサンドラから借りていた本の返却に添えられたお礼の手紙のようだった。これなら万が一、自分以外に読まれても困らない内容だとロザンヌは安心し、じっくりと書かれた文字の癖を観察する。あの書き込みは手紙に書かれるような丁寧な文字ではなかった。だからこそ、日ごろの癖が強く出ていたはずだ。おおよそではあるがめぼしい癖を確認し、ロザンヌは手紙を丁寧に畳んだ。皺を作らないためにも、すぐに持参したノートに挟み込んだ。


「お借りいたしますが、ひとつだけ」

「なにかしら」

「この手紙を使って記録簿の文字を確認する作業は、ケイトリン様にお願いするつもりです。その点をご了承いただきたいのですわ」


 サンドラの眉が微かに動いた。


「あなたではなく、ケイトリン様がするのはなぜですの」


 ロザンヌはゆっくりと話し始めた。


「倉庫の出入りは関係者のみとなっております。わたくしは昨日、ケイトリン様の口利きで一日だけ入る許可を事務室の方にいただきました。また今日も、と顔を出すと警戒する人が出てくるかもしれません。それを避けたいのです」


 サンドラは扇子を開いては閉じながら、目線を下に落とした。やがて扇子をパチリと閉じ、

「ロザンヌ様はご自身で確かめないと納得しないと思っていましたわ」

 落とした視線をすい、とロザンヌに向けた。


 感情を表さない、冷えた眼差しだった。ロザンヌはそこに彼女の微かな不信を感じ取った。


「ええ。本来ならわたくし自身が確かめます。けれど今回はエルシー様の文字を全く知らないわたくしよりも、見覚えのあるケイトリン様のほうがより正確に判定できると思いました。わたくしは彼女を信頼しております」


 サンドラは目を細めた。


「ずいぶんとケイトリン様を評価なさるのね」


 ロザンヌはにこりと笑った。


「ええ。彼女は嘘をつくのが苦手でしょうから、わからなければわからないと言うはずです。中途半端な確認をしないと思いますの」


 サンドラもくすりと笑った。


「ああ、それは私もそう思います」


 互いの目を見ながらうなずきあった。


「わかったわ。ではまた進展があったらすぐに知らせて頂戴」

「わかりましたわ」


 サンドラの元を去った後、ロザンヌは倉庫にいると思われるケイトリンへ、もう一度配送記録簿を確認してほしい旨をしたためた手紙を書いた。手紙は滞在先ではなく、倉庫へ持っていくように使者へ指示を出した。


「倉庫にはもう入れないのでは?」


 メリーの質問に、ロザンヌは含み笑いをした。


「中に入らなければよいのでしょう?」

 メリーが嫌そうな顔になった。ロザンヌはすまし顔で、


「このまま、倉庫近くまで行って馬車の中で待ちますわ」

「ということは?」

「ケイトリンはおそらく倉庫から飛び出てくると思います。そこをメリーが捕まえて……いえ、メリーに声をかけてもらいたいの」

「お嬢様……」


 あきれるメリーにロザンヌはこてんと首を傾けた。


「わたくしはあまり倉庫の近くに姿を出さないほうがいいでしょう? 馬車まで彼女を案内してほしいのよ」


 メリーは仕方ありませんね、と肩をすくめながら言った。


「アンナさんはしばらく安静が必要なはず。今日の代わりの侍女さん、お気の毒です。私が推薦した者を採用されるにしても、時間がかかりますし」

「お願いね」

「もう手紙を出されてしまいましたものね」


 メリーはため息をついた。


 馬車を倉庫から見えにくい道端に止めたところで、倉庫から、勢いよく開かれた扉の、壁にぶつかる音がした。メリーが急いで馬車を降りて倉庫の門へと走ると、ケイトリンがちょうど鉄格子の門を開けようとしていた。


「ケイトリン様! そこでお待ちください!」


 叫び声に、ケイトリンはぴたりと手を留めてメリーへ顔を向けた。ぱっと笑顔を浮かべるケイトリンへ、メリーは息を弾ませながら近づいた。


「お嬢様は馬車の中にいらっしゃいます。おいでくださいますか」

「もちろんです! ロザンヌ様に今日もお会いできるかと思うといてもたってもいられなくて!」

「うちのお嬢様が無理を言っているのになんて健気な」


 メリーが申し訳なさそうにつぶやいた。


 馬車の中にケイトリンが入ると、

「お時間をいただき、感謝しますわ」

 ロザンヌがにこっと笑った。


「ロザンヌ様!」

「ケイトリン様、昨日はいろいろとありがとうございました。本日もあなたに甘えさせていただく形になりますが、お願いしてもよろしいかしら?」

「もちろんです!」


 ケイトリンは、任せてください、と胸を叩いて見せた。

 ロザンヌはノートに挟んだ、エルシーの手紙をケイトリンに見せた。


「この手紙を使って、昨日ケイトリン様に見ていただいたページの筆跡を改めて確認していただきたいのです」

「これは、エルシー様が書かれた手紙ですのね」


 ロザンヌは手紙を渡しながらうなずいた。


「サンドラ様からお貸しいただきました」

「では、大切に扱わせていただきます」


 ケイトリンは丁寧に手紙を畳み直した。


「ケイトリン様、またお願いがございますの」

「なんなりと」

「確認していただくページをその状態のまま、書き写しておいていただきたいのです」


 ケイトリンはにこっと笑った。


「お安い御用です」

「それをできるだけ早くいただきたいのですが、いつになりそうかしら?」

「それでしたら」


 ケイトリンはちらりと目線を上に向け、ひとつうなずくと、


「馬車でお待ちいただけますか? これから作成します」

「倉庫のお仕事はよろしいの?」

「私がしていたところをほかの人がしてくれているみたいなので」

「なんだか申し訳ないわ」

「お礼を言っておきます」


 ケイトリンは馬車を降りると、メリーが倉庫前まで送るのを断り、小走りで倉庫に戻っていった。

 小さくなった背中が門に入るのを確認すると、ロザンヌとメリーはほっと息を吐いた。すぐそことはいえ、彼女を一人で歩かせることには抵抗があったのだ。


「あとで倉庫の方々に差し入れをした方がよいかしら」


 馬車の中でロザンヌがつぶやくと、


「ケイトリン様にもなにかお礼をすればよろしいのでは」

「そうね。そうしましょう」


 ロザンヌとメリーがお礼を何にするかと話し込んでいると、馬車の扉をノックする音がした。扉を開けると、申し訳なさそうな顔をしたケイトリンがいた。後ろに見知らぬ若い侍女が困惑顔でついている。


「ロザンヌ様、少々お時間をいただきたいので、後でうちのものに届けさせてくださいませんか?」

「あら、何か困ったことでも?」


 ケイトリンは首を振った。


「閃いたことがありまして。きっとロザンヌ様にもお喜びいただけるかと」


 ロザンヌは首を傾けた。それほど難しいことを頼んだとは思えないが、彼女も仕事中だ。申し出を受けるのがよいだろうと、ロザンヌは思った。


「では、お願いできますか? これから新聞社の叔父を訪ねる予定なのです」

「わかりましたわ。そちらでお渡しできるようにいたします」


 ケイトリンは頭を下げると、侍女とともに倉庫へ去っていった。


◇◇◇


 ロザンヌは予定通り、新聞社にいるロバートを訪ねた。

 建物に入ってすぐに、先日の赤毛の受付嬢に会釈をする。彼女は不満な表情を隠しもせず、目をそらした。


「あれでは社の顔として不適格では」


 階段を上がりながらメリーが言った。


「それをお決めになるのは叔父さまですから」


 階段を上がりきり、廊下を進む。

 社長室の扉をメリーがノックすると、

「お入り」

 ロバートの声が返ってきた。


「叔父さま」


 ロバートは席を立って、ロザンヌを抱きしめると、持ち上げてくるりと一回転した。


「わたくし、もう小さな子どもではありませんのに」


 笑いながらロザンヌが言うと、

「きみはいつまでたっても私の小さな姪っ子だよ」


 ロバートはロザンヌの手を引いて、執務机の前に置かれていた来客用のソファへ座らせた。


「で? 事実をどこまで拾ったのかな」


 ロバートの問いに、ロザンヌはノートをローテーブルの上に置いた。


「まずは慈善会の事務所で得た情報から説明いたしますわね」


 ロザンヌはノートをめくりながら説明した。


 寄付品管理台帳では、毛布百二十枚、小麦粉六十袋、薬品三十箱を購入したことになっているが、それが倉庫受入簿では毛布九十六枚、小麦粉四十八袋、薬品二十四箱になっていて、不足分はすべて番地のわからない西区第三臨時救護所へ渡したことになっていること。


 運搬費は荷馬車三台分だが、実際の出入りは二台だったこと。


 エルシーはどうやら失踪直前まで記録簿を照合していたこと。


 配送記録簿の「受取人、現れず」という文字が削られていること。


 そこから導き出されたのは、エルシー嬢が不正に気づいて手を回そうとして、失踪したのではないかという推測だ。


「以上ですわ」

 ロバートは肘をそれぞれ膝にのせ、両手の指先同士を合わせた格好で、幾分前のめりの姿勢のまま、耳を傾けていた。


「まずは、よくここまで短期間で調べ上げたことを褒めてあげよう」

 ロザンヌの顔がぱっと輝いた。

「ありがとうございます」

「だけど」


 ロバートは顔を上げ、今度は両腕を組むと、背中をそらした。


「慈善会で不正があったことと、エルシー嬢の失踪がその不正によって起きたことは、まだ同じ事実ではない。そこは押さえておくべきだ」


 ロザンヌはゆっくりうなずいた。


「不正の存在は濃厚だよ。だけどね、不正を知ったために拉致されたとか、不正を知って自分から逃げたとかも考えられる。また、不正とは別の事情で失踪したのかもしれない。もしかしたら、不正を利用して誰かが失踪の偽装をしたのかもしれない」


 ロバートの挙げる仮説はどれもありえそうだった。


 ロザンヌはノートに目を落として考え込んでしまった。困り顔のロザンヌに、ロバートは小さく微笑した。


「調べるべきものは二つだな。消えた金と、消えた令嬢だ」


 ロザンヌは顔を上げた。


「二つ……」


 ロバートはしっかりとうなずいてみせた。ロザンヌの目に光が戻る。


「では、進行方向が二つございますわね」


 ロバートがにやりと笑った。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。よかったら、評価をお願いします!


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