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一大事

僕の大声を聞きつけ、音もなく現れたシルヴィアに半ば引きずられるようにして、僕は別荘へと連れ戻された。


応接室のソファに腰掛け、これまでに起きた一連の事の顛末を説明すると、シルヴィアは眉ひとつ動かさずに淡々と言い放った。


「お嬢様、そんなくだらないことで大声を出さないでください。何事かと思いました」

「そんなくだらないことじゃないだろ! 一大事だ!」


思わずソファから身を乗り出して突っ込む僕に、シルヴィアは手に持ったお茶のトレイをテーブルに置きながら、何を言っているんだと、言わんばかりの口調で


「どこが一大事なのですか? お嬢様は聖女なのですから、精霊と契約など当たり前のことでございます。むしろ遅いくらいです」

「…………」


これは、何を言っても無駄だな。シルヴィアの斜め上の価値観には敵うはずがない、か。僕はガクリとうなだれた。


すると、僕の肩のあたりでふわふわと浮いていた精霊が、不思議そうにシルヴィアを見つめながら無邪気に聞いてくる。

『へー、この人は主様の臣下なの?』

「臣下じゃない、僕の専属メイドだ」

僕がそう言うとシルヴィアは精霊に向けて、完璧な角度の美しい一礼をして見せた。


「申し遅れました。オーレリアお嬢様の専属メイドをやらせてもらっている、シルヴィアでございます」

『メイド? よく分かんないけど、よろしくね! シル!』


(……おい、いつの間にかあだ名呼びになってるぞ)

そんなことを僕が思っている間に精霊とメイドという奇妙な組み合わせの間で、なんやかんやとワイワイした空気のまま自己紹介が済んでいく。


一段落ついたところで、シルヴィアが思い出したように口を開いた。

「そう言えばお嬢様。アルベリック様が明日、こちらにいらっしゃるそうです」


(……アルベリック? 誰だそれ?)

僕の脳内に疑問符が浮かぶ。が、その疑問を、口にする前に同じく疑問に思ったのか隣で無邪気に浮いている精霊が代弁してくれた。

『アルベリックって誰?』

「お嬢様の婚約者でございます」


シルヴィアの答えに、僕の思考がピキリと凍りついた。

(……へ? 婚約者? そんなのいな……………いたー!!)

たしか、いつもニコニコと人当たりの良い笑みを浮かべて腹の底が全く読めない男。そしてこの国の第三皇子!!


よし、ちゃんと思い出したぞ。なるほど、それで、その人が僕に会いに来ると。

じゃあ、出迎えの準備を……って、ちょっと待て……… 


「……シルヴィア、今、なんて言った?」

なんか、凄いことが聞こえたような気がするけど、気のせい、、、だよな?皇子とか明日とか、、、


そんな僕の切実な願いシルヴィアの淡々とした声に打ち破られた。

「アルベリック様が明日、いらっしゃると言いました」


(…………はあーー!? この国の皇子が明日来る!? しかも、公爵令嬢と使用人の二人しかいない、この寂れた別荘に!?)


いや、一応は婚約者なのだ。リアの記憶を辿っても、定期的にこの別荘へ見舞いに来ていたらしいから、訪ねてくること自体は不自然ではない。だが、タイミングが最悪すぎるのだ。


(なんで今なんだ!? シルヴィア以外の使用人、全員解雇しちゃったんだけど!?

しかも今、目の前には勝手に契約してきた変な精霊までいるし!)

「シルヴィア、どうするんだ!? 使用人が一人しかいないなんて、皇子を迎える体制としてあり得ないだろ!」


焦る僕をよそに、シルヴィアは平然としていた。

「問題ありません。適当な言い訳は用意しております」

「用意周到すぎるだろ……。けどな、いくらなんでもな。あの使用人たち、一時的に呼び戻すことはできるか?」


藁にもすがる思いで尋ねる僕に、シルヴィアは静かに首を振った。


「申し訳ありません。いくらお嬢様の願いでも、死者を呼び戻すのは不可能でございます」

ん!?

「勝手に殺すな!」

いや、なんで死んだことになってんだよ!


「事実でございます。少なくとも、買い手側の組織に捕まって、今頃まともな様子ではないでしょう」

(うっ……確かに。あのニセモノを売り捌いたんだから、今頃無事であるはずがないか)


シルヴィアのあまりにも容赦のない正論に、僕が納得しかけたその時。ふと、この物騒な会話を精霊の目の前で大声で繰り広げていることに気づいた。


(おい、こんな血生臭い話を精霊に聞かせて大丈夫なのか?精霊って、たしか平和主義じゃなかったっけ?)と僕が心配して横目で見ると、なんと精霊は目をキラキラと輝かせ、興味津々に身を乗り出していた。


『え、なになに!? 人を殺したの? その使用人、何やらかしたの!?』

(なんでそんなに興味津々なんだよ!? 精霊って、普通そういう悪行を咎める立場だろ!)


イメージ上の精霊と本来の精霊の姿の差異に、若干の頭痛を覚えつつ、明日のための準備をしないと、と考えている僕を横目にシルヴィアと精霊は呑気な会話を続ける。


「横領です。ちなみに、殺してはおりません。解雇しただけでございます」

「おい、」

『へ? けど、死んでるかもなんでしょ? あ、解雇してヤバめなところに売ったんだね!』

「いったん、、」

「いえ、普通に解雇いたしました」

『え、どういうこと??』

「そのままの意味で……」

「……………」


プチン!僕の中で何かが切れたのを感じた。

「い、いい加減にしろーー!!!」


僕は、今日何回目か分からない全力の叫び声を、別荘の天井に向けて盛大に響かせたのだった。

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