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契約!?

別荘から使用人たちが立ち去ってから、数日が経った。

シルヴィアと僕しかいなくなった別荘は、驚くほど快適で、穏やかな時間が流れている。


(身体も完全に軽い。前世の、年中どこかしら怪我をしていた頃とは大違いだな)


体力もだいぶ回復したので今日は別荘の裏手にある静かな森へと散歩に出かけることにしたのだ。

木漏れ日が優しく降り注ぐ、緑豊かな森。鳥のさえずりと風に揺れる葉の音だけが響く心地よい空間だ。僕はおしとやかな足取りで、ふんわりと微笑みながら歩みを進めていく。


(……ん?)

しばらく歩いたところで、僕の『リク』としての鋭い警戒アンテナが、奇妙な違和感を捉えた。


(誰かの視線か……? いや、ちがうな。気配の質が、人間のものではない)

しかし不思議と、そこに敵意や悪意は一切感じられない。むしろ、好奇心に満ちた無邪気な何かが、じっとこちらを窺っているような感覚だ。


リアの脳裏に、数日前にシルヴィアから聞いた言葉がよみがえる。

——『神獣や精霊と意思疎通を図り、大地に恵みをもたらす……それが、レンお嬢様でございます』


(……まさか、本当にいるのか?)

そう思った次の瞬間、目の前の空間がきらきらと輝き、淡い光の粒子の中から、透き通るような羽を羽ばたかせ、きらめく髪をなびかせている手のひらに収まる大きさの生き物が現れた。


「え!?精霊!?」

え、まさか本物!?!?…………


……………いや、あり得ないな。うん。

精霊はそう簡単に見られるものじゃないらしいし、こんなところに現れるはずがない。きっとまだ病み上がりで、おかしな幻覚でも見ているんだろ。

スルーだ、スルー。


『ちょっと待ってよ! なんでフル無視して通り過ぎようとするわけ!?』


そりゃ、幻覚なんだからフル無視するだろ。だが幻覚は、慌てたように僕の鼻先の前に回り込んで声を張り上げた。

『ねぇ、ちょっと!精霊だよ! 普通の人には見えない精霊様だよ?だから、もっとこう、奇跡に感謝してよね!』


はぁ。どうやら僕はだいぶ疲れているらしい。幻覚がここまでリアルに見えてしまうとは。頭が痛い。それに、こんな幼稚な精霊がいてたまるか。


「はぁ。よく分かんないけど精霊の真似事してるなら、さっさと帰れ。こっちは暇じゃないんだよ」

幻覚にお嬢様口調で話す義理もないだろう。にしても、どうやったら幻覚は消えるんだ?適当にあしらってみたものの、それで消えるもんなのか?うーん………


『真似事って言った!? ボクを子供扱いしたなー!』

幻覚は悩む僕をスルーしてムッとしたように小さな顔を真っ赤にすると、その場で両手を突き上げた。


次の瞬間、突風が吹き荒れ、周囲の巨木が激しく揺れ動いた。僕の足元に咲いていた花々が一斉にまばゆい光を放ち、森全体の生命力が一瞬で跳ね上がる。それは、人間の魔法などでは到底不可能な、大自然そのものを操る圧倒的な『力』だった。


「はぁーー!?うそだろ………幻覚じゃなかったのか……」

あまりの光景に、僕の脳内は大パニック状態!!

と同時に、一つの疑問が浮かび上がる。

(精霊ってもっと神秘的で、厳かで、近寄りがたいものじゃないのか? なんだこの、近所の生意気なガキみたいなやつは!?)


『どうだ! これで信じたでしょ!』

僕の混乱をよそに胸をフンと張りドヤ顔で胸を張る精霊。


「精霊ってもっと神秘的なものだと思っていたけど……こんなおこちゃまな精霊がいるもんなのか」


僕が、その様子を見上げ呆然としつつ、しみじみと感心していると、精霊が再び全力で突っ込んできた。


『おこちゃまじゃないー! ボク、キミよりずっと年上だし!』

「そんなはずないだろ。からかうのもいい加減にしろ」

『ボクは今年で114歳だー!!』

どこが!?


「は? 見えな!? 精神年齢6歳くらいだろ」

『なんだって!?』


ギャーギャーと騒ぐ精霊を、僕が「本当に114歳か?」と訝しげな目でジロジロと見ていると、精霊はハッと気を取り直したようにニカッと不敵に笑った。

『オホン!それはそうと、見た目はめっちゃふわふわお嬢様なのに、口調は男とか、おもしろ! 決めた! ボクと契約してあげる!』


そうか、契約か。…………。ん?契約!?

「は? おい、ちょっと待て! 契約って……!?」

僕の突っ込みを精霊は完全にフル無視し、パチンと小さな指を鳴らした。


『はい、契約成立ー!』

その瞬間、僕の右手の甲に眩い光とともに複雑な紋様が浮かび上がり、すっと肌に溶け込んでいく。契約が結ばれた衝撃を肌でハッキリと実感した僕は、一瞬のフリーズのあと、盛大に怒鳴った。


「ふ、ふざけるなー!! いや、契約ってそんな簡単にノリと勢いでしていいもんじゃないだろ!」


『簡単じゃないよ。だってボクがおもしろそうって思わないと、絶対に契約なんてしないもん!』

当の精霊は、僕の怒りなどどこ吹く風でケラケラと笑っている。


(精霊との契約なんて、国を挙げた儀式が必要なレベルの重大事だろ。それをこんなノリと勢いで……。これからどうすればいいんだ……)


僕が脳内でぐるぐると最悪の未来を考えていると、そこに精霊が、なんてことないように、とんでもない爆弾を落とした。

『あ、そうだ。ついでにボクの兄妹も一緒に契約したから!』


「…………は?」

あまりの急展開に、僕の思考は今度こそ完全にフリーズした。一体だけでなく、その兄妹までセットで強制契約させられたという事実に、開いた口が塞がらない。

リアが石のように固まっているのをいいことに、精霊は嬉しそうにリアの周りをぐるぐると回りながら、ニコニコの笑顔で言った。


『ってことで、よろしくね! 主様!』

我に返った僕は、静かな森に響き渡るような大声で、心からの叫びを上げた。

「ひ、人の話を聞けー!!!」


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