おまけ(後日譚)
マリッサが旅立ってから約三週間。
教会の生誕祭では大きな騒ぎが起こっていた。
数ある行事の中でも大きく賑わう祭典の一つである生誕祭とは言え、それは不祥事ともいえる出来事だった。
「マリッサよいい加減にしろ!お前の嫌がらせは辟易だ!」
「お店の商品を買い占めて私たちに物を売らせないようにするなんてっ」
教会の庭園の中央、祈りの像を象ったトピアリーの前。トピアリーには子供たちお手製の色とりどりの紙の飾り─輪っかを繋いだものや、星や花の形を模したもの─がちりばめられており、その前にはシンプルな演台が備えられている。
本来ならその演台に立った司教から宣告─教義や神からの教え・使命─についての話があり、それが生誕祭始まりの合図なのだが、今そこには栗色で襟足の長い短髪に緑の瞳の年若い男性とツインテールのハニーブロンドに赤みがかったピンク色の瞳を持つ同じような年齢の女性─少々飾り気が多い…多すぎるようなデイドレスを纏った─が周囲を睨むように大声を張り上げている。
「どこに隠れてるんだ、さっさと出てこい!」
「マリッサ様お願いです、この場で謝罪と反省をしてくださーい!」
男性の方は威圧的に周囲を見回し、目的の者が見つからないのか舌打ちをしていて、女性の方は胸の前で両手を組み、瞳を潤ませながら高い声を張り上げている。
「お二人とも、どうなさったのかな?」
シンプルな教会服に身を包んだ白髪交じりの男性が二人…ウッドソン侯爵家ケイシー子息とシエンナ嬢にゆっくりと近付き穏やかに問いかけた。
「神父様、どうか傲慢なる女性に訓戒をお与えください。」
栗色の髪に緑の瞳の男性…ウッドソン侯爵家嫡男ケイシーは自らを名乗る事すらせず、丁重にだが慇懃に神父に対して申し立てた。
「傲慢なる女性、とは?」
「ベネット伯爵家の令嬢マリッサです!彼女は今のところ私の…まあその、婚約者…親の決めた相手ではありますが、とても身勝手で傲慢な性格で周囲に迷惑をかけ、苦しませているのです!」
「ほう、具体的にはどのような?」
神父は顎に手を当てて彼に落ち着いてすべてを話すように告げた。
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「なるほど、つまり、
・店での人気商品の買い占め
・自分たちを貶めるような噂の流布
・街の商店での販売拒否
・事業交流会の参加排除
・某貴族家のデイパーティへの参加排除
…が意図的に行われた。という訳だね?」
「ええ神父様、ひどいと思われませんか?我々は思慮深く奥ゆかしく過ごしているだけだというのに。」
「そおですよー。ケイシー様がご親切に恵まれない私に気遣いしてくださっただけなのに、何も言わすにこんなひどい事…」
ツインテールのシエンナ嬢はトピアリーよりも派手な飾りを揺らしながらしくしくと語っている。
「ふむ、ではその噂を一つ一つ確認してみましょうか。」
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・とある商店の店員の話
「買い占め…と言いましても、あの時のイチゴのデニッシュはそもそもベネット伯爵令嬢からご依頼があったのでイチゴを取り寄せて作ったものなのです。特別に作ることになりますから、その分普段より高い値段になる事はご了承済みでして…。」
「後日、またイチゴのデニッシュを売れとおっしゃられたのですが、もうイチゴのシーズンは終わってまして…それをお伝えしても納得されず、…その時あんずのデニッシュをお求めになられたのですが、マリッサ様にツケておけ!とおっしゃるばかりでお題を頂けなかったのです。勿論侯爵家に使いは出したのですが返事は無く、仕方ないので街の商店の皆に気を付けるようにと通達したのです。」
・街の商店の職人の話
「わしらはそこのパティスリーの話を聞いていたんで、まず最初にお代の頂戴の仕方を尋ねたんでさ、そしたら、『マリッサにツケておけ!』『マリッサに支払わせておけ!』ばかりでこりゃ話にならねえってなって。一応『侯爵家から使いを出してもらえばいつでもお売りします』と伝えたんでさあ。でも侯爵家からの依頼は今も無いもんで…」
・事業交流会の世話人の話
「マリッサ様が名義人の事業でしたから、関係者以外の参加はお断りしていますし、ただその頃は事業の名義人が変更になるとのことでしたので変更が完了するまではどなたも受け入れないことになっております。」
・デイパーティ主催家の令嬢の話
「確かにデイパーティを開催しましたわ。招待状はケイシー令息と婚約者のマリッサ様宛にお出ししましたの。そもそも従姉の出産祝いのパーティーでしたので、いくら招待状をお出ししたとはいえ婚約者以外の女性をお連れになった方をお通しするわけにはまいりませんでしたの。これはその時にもお伝えしましたが、ツインテールの女性が余りにも大声で泣き喚かれたので覚えていらっしゃらないかもしれませんわね。」
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教会の応接室でそれぞれの証言を尋ねた神父は証言者たちをすべて下がらせると深くため息をついた。
「これではベネット伯爵が婚約の話を無かった事にしたいとおっしゃるのもやむを得ませんな!」
応接室にいるのはウッドソン侯爵夫妻。ベネット伯爵夫妻、いつもマリッサの相手を務める上級シスター、そして
「司教様、ケイシーは決して悪い子ではありません!」
神父─教会の位階は司教の位を頂いている─は、我が子を庇おうとする侯爵夫妻にじろりと見据えると
「いくら可愛い御子だといっても夫妻が甘やかしすぎたのでは?」
ときっぱりとたしなめた。神父服のままの司教は冷や汗をかきっぱなしの侯爵夫妻に向かって
「では、ベネット伯爵からのご相談のとおり、ケイシー令息とマリッサ令嬢との婚約は解消という事でよろしいな?」
と宣言した。
「し、承知いたしました…。」
「幸いにして『生誕祭が始まる前』の事ですから、『大きな騒ぎ』にはならないでしょう。」
項垂れながらその言葉を耳にした侯爵はハッとした表情で
「…!寛大な御心に感謝いたします。そ、そうだ、ケイシーもきっと司教様や教会の皆様の慈悲に大変感謝しているでしょう。ケイシーが名義人となる手続き中の事業がありまして、そちらを寄付させていただきたく…!」
「え、ええ、ケイシーもきっとそう望んでいますもの!」
「ご子息本人からその言葉をお聞きしたかったですな。」
冷や汗が止まらない侯爵夫妻が応接室を出て行くのを見送り、自分たちも失礼しようと司教に会釈をして立ち上がったベネット伯爵夫妻に司教は
「ところでベネット伯爵、頼みがあるのだがよろしいかな?」
「ええ、何でしょう司教様。」
軽く礼を取りながら答えると
「事業運営など詳しい者は教会にはおらぬのでな、そなたに代行してもらえぬだろうか?」
「お気遣い感謝いたします。」
ベネット伯爵夫妻は司教に向かって深々と頭を下げた。
「ふむ、何のことかのう?」
司教は顎に手を当て、ニヤリと笑った。
その後、ケイシー令息は規律の厳しい士官学校へと編入させられ、一から鍛えなおされることになった。
そして別の結婚相手を探そうにも、『大した騒ぎは起こさなかった』とはいえ釣り合いの取れる若い女性の家からは敬遠され続けたため、ウッドソン侯爵家は仕方なくシエンナ嬢を長姉の嫁ぎ先の養女とし、長姉自らによるスパルタ淑女教育の真っ最中だそうだ。