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8:続・不死者について考えてみる

 引き続き、知性のある不死者(ゾンビ系などのアンデッド除く)について考えてみたいと思います。


 前の考察で、不死身の化け物の言う「〇〇を経験したのは数百年ぶりだ」というお約束の言葉についてつっこみを入れました。


 何で数千万年でも数千億年ぶりでもなく、たった数百年ぶりなのか、と。不死者のくせに。お前の不死身ってそんなもんなのか、と。


 しかしよくよく考えてみると、これ(=数百年ぶりだ、という台詞が出てくる)って必然なのかもしれない。何で必然になってしまうなのか。以下、箇条書き。



① 数百万年生きるような真なる不死者に対し、人間は遭遇したり認識したり意思疎通することができない

② ①に該当しない場合でも、数百万年生きるような不死者は、時間の概念を超越しているために、「〇〇年ぶり」という認識を持たない



 ①については、「太陽と意思疎通するためには太陽の中核に行く必要がある。人間がそれをできるか?」とか、「超越者の悪魔と意思疎通するだけで人間は耐えられずに精神崩壊する」とか。ふんぐるい むぐるうなふ くとぅるう るるいえ うがふなぐる ふたぐん。


 そもそも論として、不死者から「〇〇年ぶりだ」という台詞を引き出すためには、彼らにとって久しぶりの行為を何かしないといけないわけですけれども、ほんまもんのヤバい連中相手にそれができるかというと、うん。無理。例外として、悟空とか超人ロックとかその辺の「超大作で、無敵性がこれでもかというほど立証されたキャラクター」持ち出すなら別ですよ? あるいはギャグマンガとかね。


 メタ的な話なのですけれども、「小説に出てくる連中は、読者が想像できる範囲でなければいけない」んですよ。そっから越えちゃったSFをやりすぎると読者がついていけない。読み疲れる、分からない話になってしまうから。そして往々にして「数百万年生きてる奴」とか「数百億年生きてる奴」とか、スケール感がでかすぎてつかみどころがないんですよね。設定としては作れるにせよ。

 例えば、「東京から大阪の距離」と、「地球から冥王星の距離」、どっちが距離感としてピンとくるかっていうと前者ですよね。だから、後者は分かりにくい。分かりにくい設定を小説でメインに据えるのは難しいわけです。


 続けます。


 ②については、よくよく考えると当たり前の話。

 数百万年生きる奴にとって、1年っていうと人生の数百万年分の1なわけです。

 ちなみに1年を秒で表すとだいたい3153万秒。分で表すと52.5万分。時間で表すと0.876万時間。


 例えば年齢500万歳の不死者がいた場合、「××を経験するとは、〇〇年ぶりだ」という台詞は、私ら人間にとって「××を経験するとは、〇〇時間ぶりだ」というスケール感になってしまう。


 おかしいですよね。

 どうして、”年”っていう単位を使っているの?

 もっと上の単位を用意するか、あるいは万年という単位をそれでも使い続けるか。にしても違和感がある。不死身の者ならば、経過した時間を何年とか数えるところから超越しているのではないかと。


 となると、今回のコラムの冒頭で書いた話に繋がるわけです。


③ 人間が遭遇し、意思疎通が可能で、かつ「〇〇年ぶりだ」という言葉を引き出せる者の不死性は、せいぜいが「数百年ぶりの経験をカウントする」レベルでしかない


 うん、しっくりくる。魔王だろうが竜だろうが天使だろうが神だろうが、「我が一撃に耐え得るとは、何百年ぶりのことか」という台詞でマウントをとる連中は全部これ。そっから上は、以下になる。


1.遭遇=即死を意味する

2.どうあがいても遭遇することができない

3.認識すらできない


 1は、「アレはダメだ。人間ではどうにもならん」って心が折られるレベル。まあ、心が折れる前に認識した瞬間に即死するわけですから、感想すら残せません。

 2は、恒星シリウスなど、人間のテクノロジーではどうあがいても会えないところにいるレベル。

 3は、人間の想像力、認識力の埒外にある。完全なる神の領域。


 1、2、3の連中を物語として登場させることが可能かどうかって考えると、難しいんですよね。1は定義に従うなら相手が主人公だろうが誰だろうが即全滅させるから話が終わってしまいますし、2は登場させようにも主人公たちと出会えません。出会えたら定義の設定がおかしいってことです。3は人間である限り、どんな作者にも書けません。そして読者も読めません。認識できないわけですから。当然、作中の主人公たちにも認識できません。認識出来たら定義の設定が以下略。


 というわけで、物語的に出しやすいレベルの不死者って、「〇〇を経験したのは数百年ぶりだ」って程度に落ち着いてしまう。もちろん、主人公を含めて登場人物全員が不死身という神々の世界を描くなら話は別ですが、一般的なファンタジー世界ではなかなか地に足のついた話にはならないと思います。ドラゴンボールのように、パワーインフレ展開を何十年も続けてきた超大作は別ですけどね。


 というわけで、今回のコラムはここまで。ご意見やつっこみなどお待ちしております。

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