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最強の後ろ盾

「卒業式の日を以て、君との婚約を解消する」

「……本気、ですのね」

「アイリスの代わりにはオードレッド侯爵家の令嬢を据えることで陛下とは話をまとめてある。君のご両親も了承済みだ」

「そう、ですか」

「何か希望があれば聞くが?」

「父が納得しているのであれば私からは何も」

「では学園でまた会おう」


 馬車を走らせ、学園の寮へと向かう。

 ガーディア王子との仲は悪くないつもりだった。王子妃教育だって頑張った。勉強はあまり得意ではなかったが、遊ぶ時間も削ってとにかく頭に叩き込んだ。近隣国の文化やマナー、言語なんて王子と婚約しなければ学ぶことはなかっただろう。ダンスだって常にハイレベルを要求される。他国の要人に誘われても完璧に踊ってみせろ、と靴を何足履きつぶしたことか。ろくに遊ぶ時間もなく、週末はお茶会で潰れてしまう。令嬢達との腹の探り合いで情報を掴み、けれど弱みは見せずにのらりくらりと躱していく。


 顔立ちの良いガーディア王子は第二王子という立場を抜きにしても、とてもよくモテた。

 彼が微笑めばその場の温度は一気に上昇し、顔を火照らせる令嬢達は王子を飾る花となる。

 そして彼が居なくなれば私を一瞥し、『成金』と揶揄するのである。

 初めのうちは気にしていたが、今ではもうすっかり慣れたもの。嫌みを言われても笑顔を貼り付けて対応していた。



 ーーだが結婚まで残り一年を切った段階で、切り捨てられた。



 それでも仕方ないと思えるのは、田舎の男爵令嬢と第二王子の婚約が非常にイレギュラーなものであることを理解していたからだ。本来お声すらかかることがないはずだった。

 当時デビュタントすらしていなかった私に話が持ちかけられたのは、十年ほど前に当家が所有する鉱山で新たな鉱物が見つかったから。既存の宝石のどれとも違う輝きを放つ宝石の原石である。大陸中の貴族達がこぞって欲しがったが採掘量は少なく、カット技術も確立されていない。価格は跳ね上がり、同時に我が家の懐は潤った。そして第二王子の婚約者に選ばれるまでとなった。ようはガーディア王子に、王家にその鉱山の管理権を譲れと言いたいのだ。すでに候補者が数人おり、話は決まりかけていたらしいが、白紙に戻されたそうだ。


 お相手は明らかになっていないが、予測は出来る。下級貴族の中には、ガーディア王子が生まれた時から同年代の娘を持つ有力貴族に取り入っていた者もいるのだとか。些か気が早すぎないかとも思うが、彼らからすれば私はとんだ邪魔者だ。予想なんてできっこない上に、今頃ごまを擦るような相手でもない。これが私が成金と揶揄される理由である。


 父は鉱物で得られる金よりも後ろ盾を欲しがった。弱小貴族が目を付けられてしまわぬよう、安全に生き残れる道を選んだ。子どもの頃、父はなんて欲のない人なのだろうと思った。だが、ガーディア王子の婚約者になってからずっと王子妃としての教育を受けているうちに父の判断こそが最適解だったと理解した。


 田舎貴族は所詮田舎貴族。結婚まで数年と迫っていた段階でも成金と揶揄する者が多かったのも事実だ。王家からの申し出を断れば角が立つ。それに鉱物は自然界からの贈り物。いつかは枯れ果てる。

 ガーディア王子の婚約者に決まってからは王都に移り住み、家族とは社交シーズンにのみ会うようになったが、状況が良くないのかも知れない。たった十年で見つからなくなったとは考えづらいが、父が婚約破棄に頷いたというのならそれに従うまでだ。



「それにしても私、今後どうなるのかしら? メリン、何か話聞いている?」

 部屋に戻り、侍女に声をかける。メリンは私が王都に移り住むと決まった際、男爵家から来てくれた唯一の侍女である。寮に入る前はガーディア王子が付けてくれたメイドもいたが、今、私の身の回りの世話をするのは彼女だけ。寮の決まりで、使用人は一人までと決まっているのだ。選ぶならメリンしかいなかった。王子の婚約者になる前から私のことを知っている彼女は、多少背筋が曲がったくらいでは怒らない。制服のままベッドに寝転んだら行儀が悪いです、と眉間に皺を寄せるくらいだ。メリンはずっと厳しい教育がされていたことを知っているから、このタイミングでの婚約解消には不満げだ。口には出さないが、先ほどから左の目元がヒクヒクと動いている。

「いえ。旦那様からは何も」

「式まではまだ時間があるし、少しは事情を知っておきたいわね。レターセットを用意してもらえる?」

「かしこまりました」


 ガーディア王子に婚約解消の話をされた旨を記し、私は今後どうなるのでしょうかと現状を悲しんでいるような文を書いて封をした。実際、悲しんでなどいない。メリンのように怒ってもいない。ただこの十年間積み重ねてきたことが無駄になったな、と少し残念に思うくらい。

 だがそれ以上に解放感もある。新たにガーディア王子の婚約者となるオードレッド侯爵家の令嬢だが、鉱物が見つかるまでは彼女こそが王子の婚約者として最有力であったようだ。様々な嫌みレパートリーを受け取ってきた私だが、大抵の令嬢が彼女こそが相応しいとオードレッドの令嬢を挙げていたので間違いないだろう。私との婚約解消で彼女達が有頂天になる姿は見ていて楽しいものでもないが、王子の婚約者ではなくなった私が王都に残る理由もない。この先、会う機会もないだろう。メリンに手紙を託し、ボフンとベッドにダイブした。


「王子の元婚約者なんて貰ってくれる人いないだろうし、この場合、違約金とか出るのかな?」

 いや、お金の心配よりも今後の王家との関係はどうなるのかが重要か。

 私が見た限り、ガーディア王子とオードレッドの令嬢は特別な仲ではないように思う。話は合うようだが、二人きりで一緒に過ごすことはない。あくまで幼なじみや友人関係の範疇にとどまっている。彼女が私を敵視していることもなく、ガーディア王子の婚約者として普通に接してくれていた。嫌みを言う令嬢達を諫めることもなかったが、私よりもずっと彼女の方が王子妃に相応しいのだろうとは思っていた。なるようになっただけ、と言ってしまえばそれまでだ。


「まぁ我が家に不利な状況にさえならなければそれでいいか」

 ふわぁとあくびを漏らせば、次第にまぶたが重くなってくる。これ以上、婚約解消のことを考える思考能力はなかった。



 だが私は後に、深く考えなかったことを後悔することになる。


 父からの手紙が届く前に卒業式が終わり、荷物をまとめて実家に戻ろうとした時だった。王都を出る直前、馬車が何者かに襲撃された。

 すでにガーディア王子との婚約解消は広く知れ渡っていると思っていたが、襲撃犯はそれを知らなかったのだろう。ギリギリになって切り捨てられ、挙句襲撃まで受けるとは運が悪い。金属が弾かれる音に深いため息を吐く。気絶させられたのはそれからわずか数分後のことだった。



 そして今、目が覚めた私の前には見覚えのある男がいる。

「おはよう、アイリス」

 ガーディア王子は私の目の前で優雅にカップを傾ける。賊に襲わせたのは彼なのだろう。私は身動きが取れないよう、両手は腰のあたりで縛られており、同様に足も縛られている。


「これはどういうことですか?」

 友好的な関係が築けていると思っていたのに、まさか賊に襲わせるほど恨まれていたとは……。

「君のご両親にはちゃんと了解を得ているから大丈夫」

 ニッコリと微笑まれ、両親に売られたのだと理解した。後ろ盾が欲しかった父にとって、王家に睨まれることほど怖いものはない。余計な火種を持ちこんだ娘を切り捨てて、ご機嫌を伺うという判断は正しい。父は何も間違っていない。間違えたのは、私だ。


 所詮、成金女。

 珍しい鉱物で得られる利益に勝る不快感を与えてしまったのだろう。


 もっと上手く立ち回れていたら……。

 悔しくてたまらず唇を噛んだ。


「ああ、ダメだよ。血が出ちゃう」

「…………ガーディア王子は私を一体どうなさるおつもりでしょうか」

「したいことはいろいろあるけど、まずは庭園でお茶をしたいかな。いつ招いても綺麗な花を見せられるようにずっと整備させていたんだけど、アイリスはずっと忙しかったから。それから指輪も作らないと。君の家が贈ってくれた宝石があるからそれを加工しよう。デザインはどんなものがいいか。ああ、それと」

「王子は」

 指を折りながら、ああこれもしたい! と頬を緩ませるガーディア王子から悪意は見えない。むしろその正反対の感情があるような気がする。

「ガーディア王子は私を恨んでいるのではないのですか?」

 おずおずと疑問を投げかければ、彼は目を丸くした。

「まさか! 君のことは出会った日から変わらず愛している」

「ならなぜ婚約を解消し、その上こんな監禁まがいのことまで……」

「王子妃になんてなったらいつまで経ってもゆっくりできないじゃないか」

「え?」

「第二王子って第一王子のスペアなんだ。そこそこ仕事もあるし、兄上が死んだら僕が上に立たなきゃいけない。僕は兄から地位を奪うことを望んではいないけど、周りは勝手に持ち上げて、いつのまにか権力争いに巻き込まれることもある。そうなればその妻も矢面に立たされることになる。……僕は、君が傷つくのが嫌だったんだ。だから面倒くさい仕事も権力争いも全部兄と親しいオードレッド家に押し付けた。あの女が生きている限り、僕が兄に牙を剥くことはない証明になるし、殺されたらスペアを迎えればいい」


『王子は最も国に縛られる存在である』

 妃教育で何度も繰り返された言葉であり、私はそれを理解したつもりでいた。けれど実際は知識をつけただけで彼の悩みを何一つ分かってなどいなかったのだろう。ガーディア王子の隣に立つために努力していたなんて私の思い込み、傲慢でしかなかった。


 彼は愛していると言ってくれたが、私は愛される価値などあるのだろうか。

「私はガーディア王子に」

 相応しくはありません、と続けようとした時だった。


「そもそも父上が婚約者になればアイリスとずっと一緒にいられるって言うから鉱物を作って君の領地の鉱山に撒いたのに妃教育で全然会えないし」


 ん? 作って撒いた?

 彼と会ったのは鉱物が見つかった後のことだ。引っ掛かりを覚える私に気づくことなく、ガーディア王子は言葉を紡いでいく。


「社交界でも離れたくないのに役目があるし。その間、君が虐められていても守れないまま。何度あの女達の口にナイフを投げ込んでやろうと思ったことか……。そうそう知ってる? あの鉱石ね、金属探知に引っかからないから暗器をアクセサリー型にすれば難なく持ち込めるんだ」


 この数年で滅んだ国もしくはトップが入れ替わった国は少なくとも十ある。国の重役が死を遂げた数も合わせれば倍以上に跳ね上がる。

 いずれも犯人は見つかっていないが、犯行の手口が似ていることから同様の暗殺者もしくはグループの犯行と推察されていた。王子の婚約者である私にもその手が伸びるかもしれないと、姿の見えない殺人鬼を恐れていた。まさか婚約者と父がそれに加担しているなんて疑うことすらしなかった。


「アイリスの指輪もちゃんと『加工』しておこうね」


 父が娘を差し出して手に入れたのは最強の後ろ盾ではなく、矛である。裏切れば躊躇なく胸を貫く恐ろしい矛。だが仲間に取り入れれば周りの貴族を恐れる必要がなくなる。


 国王陛下は天才を囲っておくために私を檻の中に入れたのだ。


 そう、気付いた時にはもう遅い。

 この狂人から愛された時にはもう飼われる未来が確定していたのだから。

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