最終話 『いつまでも幸せに』
「おぇっ……ふざけてるっ……ゔっ……」
七音が吐きかけているのを明日が支えている。
真っ青な顔をしている七音を横目に、柊花を探す。
いつの間にか、2人ともいなくなっていた。
はらりとメモが上から落ちてくる。
上は天井だ、どこから落ちてきたっていうんだ、と考えながら、紙を見ると案の定柊花だった。
【健くんへ♡
えっと、ロト様と新婚旅行に行ってくるね♡
ごめんね〜♡みんなに二次会はありませんって
伝えといて〜♡
あとあとっ!穂波くんは屋上に置いといたからねっ!
柊花ちゃんより♡】
「あ、おいっ」
「どうせ、穂波くんよ、ほっときなさいな」
コウちゃんの声が聞こえた気がしたけど、無視して駆ける。
「はぁっ、はぁっ……」
階段を駆け上がっていると、息が上がってくる。
屋上に一直線に、駆け上る。
無機質なドアが見えてくる。
勢いのままドアノブに手をかけて、開く。
少し体勢を崩しかけるが、気にせず、屋上を歩き回る。
いない。
だけど、屋上って。
約束、破られた……。
「穂波〜!」
大声で呼びかける。
頼む、どこかに。
そう思いながら、名前を呼びながら、屋上の奥の柵まで行く。
振り返ると、やっとのこと息を整えられる。
「……はぁっ」
ドアの死角にいる。
屋上に入ったら、すぐには見つけられない場所。
近づくと、すぅっと寝息が聞こえる。
抱き締める、温かい。
鼓動もする。
穂波がいる。
本当に穂波だ。
体の力が抜ける。
やりきったんだ。
穂波のおかげだ。
「穂波、穂波……」
声をかける。
涙でぼやけた視界を袖で拭って、穂波を見つめる。
何も変わってない、明日でもない。
ちゃんと、穂波だ。
「なぁっ」
「……ん」
「穂波っ!!」
「………………け、んちゃ……」
カスカスの声で、名前を呼んでくれる。
嬉しくなり、もう一度抱きしめる。
「穂波っ!」
「おわっ!?え、なに!?」
「俺、お前にさ、伝えたいことが……穂波……?」
「あっ………………」
穂波の顔が真っ青になり、唇を震わせている。
「あっ、ぁ、あっ、思い出した、そうだ……」
ぶつぶつとなにかを呟いているが、聞き取れない。
聞き取ろうと、体を近づける。
「ッ!」
「ッ、イテッ……!」
拒絶するように押され、尻餅をつく。
「ちが、俺、健ちゃ、違っ……!」
「穂波っ!!!」
パニックになりかけている穂波の頬を掴む。
こちらに視界を固定させると、なおのことパニックが加速する。
「ぁ、イヤッ!!!嫌だっ!!!!健ちゃんっ!!!
嫌だっ!!!!」
まるで以前の俺だった。
あの時の俺は穂波に助けられた。
だから、俺は。
頬から手を離し、抱き締めて拘束する。
「大丈夫だ」
「嫌だ!」
「穂波、お前が心配してるようなことはないんだ」
「いや、やだ、健ちゃんっ……健ちゃん……」
「……健ちゃんなら、ここにいるからな。
大丈夫だぞ、穂波」
「違う、違うのっ、怪我させたかったわけじゃなくて……」
「気にすんな、お前の肉離れよか全然マシだわ」
ぽんぽんと背中を叩く、だんだん落ち着いてくる。
が、息はまだ荒く、完全に落ち着いた訳ではないことが分かった。
「はぁっ、健ちゃん……」
「飯岡健なら、ここにいるから、な」
「違う、違うんだ。
……いつかはって、分かってたのに。
分かってたはず、なのに。」
背中にある手が服を強く掴むのを感じる。
肩が湿る、泣いているのか。
なにで、泣いているんだろうか。
俺が遅かったのか。
でも、もう脅威はない。
「穂波、伝えたいことがあるんだ。
お前にも良いことなんだ。」
「やだ、聞きたくないっ、健ちゃんの口から聞きたくないっ」
自分の耳を塞ぐために俺から穂波の温かい手が離れていく。
耳を塞ぎながら、なにかに怯え続ける穂波の前に白詰草を出す。
「………………?」
「なぁ、穂波。
覚えてるか、約束。」
「…………なにの?」
忘れるか、そりゃ。
あんな小さい時の約束なんか。
……また思い出させたらいい。
また約束を取り付けるのもいいかもしれない。
そう考えながら、白詰草を輪っかにしていく。
一つしかないから、上手くいかない。
けれど、なんとか輪っかになった。
穂波の左手を耳から優しくはがすと、困惑したような表情を浮かべる。
「俺、さっきさ……なんちゃって神父をしてたんだ。
ん゙ん゙っ、ごほん……飯岡健は……健やかなる時も、病める時も、喜びの時も、悲しみの時も、富める時も、貧しい時も、高岡穂波を、いつまでも愛することを誓います。」
薬指に嵌めてやりながら、誓いを立ててやる。
穂波は、白詰草を眺めながら、ポカンと口を開けている。
その様子になんだか笑いが込み上げてくるが、我慢をして問いかける。
「……穂波は?」
「……え、でも、でも……」
「言ってみろよ、健ちゃんは諦め悪いぞ」
「…………あはは、知ってるよ。」
やっと、笑ってくれた。
「……さっきさ、コウちゃんとチューしたじゃん……。
それに、告白して、それを受け入れてたからさ。
……だめだよ。健ちゃん、これ浮気だよ。」
「……………………………………………………あ゙?」
情報量が多い。
どうしてコウちゃんが、チュー?
告白……、あ。
「お前っ!!まさか、あの時も隠れてっ!」
「だ、だって!健ちゃんが、屋上に先に行ってろって…!
そ、それに、いつの間にか戻ってたし」
「それはそうだけど……、男に戻れたのもリセットした後だったし……」
「……?
リセット?」
「そうだよ、お前が人質に取られて、リセットして、今の今までゲームオーバーやらなんやらで失敗したりしながら、取り戻したってのに!
なんだよ、浮気とかなんとかって……」
「だ、だって、コウちゃんと恋び」
「………………」
「……ごめん」
睨んでいると、謝られる。
謝ってほしくて睨んだ訳ではない。
俺のせいでもある勘違いだったし。
「はぁ……、コウちゃんとは恋人じゃないし、ただの友達ってとこだな。だから、浮気じゃない!」
「……そっか、うん」
なんだか一安心してるところ悪いけど、言い直させてもらおう。
「……気づいたのは最近だけどさ。
俺が好きなのは……
——愛してるのは穂波だけだよ。」
「あ、あい?」
「うん」
穂波は薬指と俺を交互に見ながら、真っ赤になる。
蒸気すら見えてくる。
「あい、愛してる、か……へへ、健ちゃんが……俺を………………………………。」
「おいこら、ほっぺをつねろうとするな。
夢じゃないっての。」
自分の頬をつねろうとする穂波の手を止める。
「……あの女がいるから、分かんないじゃん」
「ああ、あの女なら結婚して、新婚旅行中」
「えっ!??」
「だから、誰にも邪魔されないぞ」
「えっ!じゃあ、え、嘘だっ!
……え、えぇ……夢、じゃ…………健ちゃんが?
俺を?え、あ、愛して……?」
「愛してる、誓ったんだから、何回でも言ってやるよ。」
「…………もう一回!もう一回!アンコール!!」
「ふっ、いいぜ。
——飯岡健は、高岡穂波をいつまでも……この体が壊れたとしても、いつまでも愛することを誓います。
……穂波は?」
「……高岡穂波は……、飯岡健をずっと愛していました。
これからも、いつまでも、愛することを誓います。」
その告白に思わず顔に熱が集まる。
穂波も真っ赤なまま、愛しそうにこちらを見つめてくる。
見るなとも言えない、雰囲気に流されるままに、顔を近づけていく。
「キース、キース」
「ドゥアァッ!!」
「あら、残念」
「邪魔してあげないの」
「いてっ」
七音と会長が屋上のドアから覗いていた。
俺は驚き、穂波に抱きつく。
よく見たら、その後ろにみんなもいた。
コウちゃんは泣きながらおめでとうと祝ってくれ、
高菜ちゃんと園は顔を赤くして、おめでとうやら、お熱いね、などと言いながら去っていかれた。
なんだよ、ここは宿屋か。
「穂波くん、お幸せに。」
「明日……ありがと、健ちゃんといればずっと幸せだから」
「キスはしないの?結婚式なら必要でしょ、ねぇ神父様もそう思うわよね」
「ニセ神父なので、お答えしかねます……」
残念と言いながら、七音が去っていく。
それを明日が追いかけ、コウちゃんも泣きながら去っていく。
「ふふ、あなたの『諦めない』を見せてもらったわ。
……私も諦めないことにするわ。
応援してくださるかしら。」
「……もちろんじゃないすか」
「……それじゃあ、お幸せにね。」
会長も去っていってしまった。
「…………」
「…………」
下校のチャイムがちょうどよく鳴る。
その鐘の音を聞きながら、穂波に向き直り、手を差し出すと少し肩を跳ねさせながら、おずおずと手を取ってくれる。
「帰るか。俺らの住んでたアパートもここにあるんだ。」
「うん…………健ちゃんの部屋に泊まろっかなー。」
「おまっ、それは」
「……なに想像してんの、おばさんたちもいるでしょ。」
「………………いないんだけど」
「……………………やめとくね」
別にいいけど、と言いながら、帰路に着く。
伸びた影は、手を繋いで楽しそうだった。




