優しい後輩と、
クリア特典 おまけ話『文化祭改』より抜粋
「………………古町」
「はいはい、古町ですよ」
「……」
婚約者の名前を呼ぶと軽薄そうな男が返事をしてくれる。
髪を切ることは許されず、長い黒髪を一本に結っている。
「ちょんまげにでもしたらいかがかしら」
「………………嫌味言うならあっち行くけど。
あくまでも僕当て馬だぞ、主人公とかなんもねぇだろ。」
今回私がこんなに古町に嫌味を言っている理由、それは。
——彼に会わせない為。
文化祭に来るなんて聞いてすらいなかった。
今までのイベントにも出てこなかったくせに、なによ暇だったからとか。
私と結婚した彼を思い出す。
『婚約者君と喋ってみたかったなぁ』
…………男というだけでも壁が高いのに。
…………憎い奴にあの人を取られるなんて考えたくもなかった。
「さっさと帰ってくれない?目障りなのよ。
ここは私のテリトリーなの。」
「……ふんっ、婚約者に言うセリフがそれかい。
まったく、他の男に現を抜かして、君の役割を果たせないなんて。
——本当に無能だな。」
私はそいつを睨み続ける。
彼さえ取られなければ良い。
彼さえいれば良いもの。
私が無能でも、女でも、約束があるんだもの。
……私自身私が信じられないままなのに?
「……誰が無能だよ」
目の前に影がかかる。
私より大きな背中が見える。
背後からは七音が私の背中を支えてくれる。
何も気になどしていなかったのに、貴方は守りに来てくれるのね。
「産むしか脳が無いんだ、無能と呼んでも差し支えないさ。
……ふむ、君は彼女のなにかね?」
「………………」
ふいっと目を逸らすのが見える。
……最愛の貴方、私だけが想っている人。
幼少期の約束など、破られても仕方の無いもの。
心にずんと何かが重くのしかかる。
分かっていた、理解はしていた。
ただ、それを心から認める事など出来なかった。
足元がボロボロと崩れ落ちるような感覚に陥る。
つい、目の前の背中に縋りつく。
七音がいるのだから、崩れ落ちることはないのに。
……心底みっともない女なのね、私。
そうして俯いていても、貴方の声は拾える。
貴方の口から紡がれたその言葉は、耳を疑うものだった。
「——愛だ恋だのは言えないけど、大事なやつだ。」
パッと光が差したような気がした。
貴方の背中をただ見つめる。
「僕も、まぁ……愛だ恋だのには、興味はないが……。
それは僕の婚約者だからなぁ。」
「それ、ねぇ……」
七音の肩を掴む力が若干強まる。
痛くはないが、怒りが伝わってくる。
……今にも殴りかかりそうなので、手を重ね制止させておく。
「こんなイベントなかったよな、七音。」
「ええ、ないわよ。」
霜井戸君が振り返って、七音と確認し合う。
私とも目が合う、逸らしてしまいそうになるけれど、目が離したくない。
そう思い、じっと見つめていると、安心しろと言うかのようにウィンクが返ってくる。
……今までこんなことなかったのに。
「じゃあさぁ、産むことも出来ない俺らは無能以下だぜ。婚約者様。」
「……男に生まれたのであれば、有能だろう。
それとも、それは自己紹介かい?霜井戸君。」
「おー、有能な割に血気盛んだなぁ。
なんだよ、墓穴掘られて頭に血でも上ったか?」
「小賢しいやつだねぇ。」
「有能様に褒められて嬉しいなぁ。」
「煽りも通じないバカとはねぇ。
この学校の偏差値は高いと聞いたのだがね、
まったく、お門違いだったようだね。」
「俺らの生徒会長様の統括のおかげでなぁ。
なんだよ〜分かってんじゃんか、会長の有能さ。」
「……誰もその女の話などしていないが。」
「うちの生徒会長様に憧れる、お前曰くの無能が多いもんでなぁ。
受験生のくせに、周りの面倒も見てくれてんだ。
で?お門違いはどっちだよ。」
「フッ、君だね。」
鼻で笑う古町をついに堪忍袋の緒が切れた七音が、霜井戸君が話す前に口を出した。
「どちらがよ、この変態野郎。」
「へ、ん……!なんだ、この女!?」
「俺の幼馴染、いい女だぜ、おじさん。」
「そうよ、婚約者のおじさま。
パパ活をしに来たのなら、おじさまに唆されるバカはいませんわ。お帰りになられてくださるかしら?」
七音の言葉にわなわなと震え出す古町……初めて見たわ。
いつだって私の煽りにも飄々と返事をしていたのに。
「僕はお前らと同い年だ!」
「…………まじ?」
古町は高校一年生で、私より年下。
つまり、彼は本当のことを言っているのだけれど………。
私が頷きで返すと、2人から信じられないという顔を向けられる。
思わず声に出して俯きながら笑ってしまう。
「ふ、ふふ……。」
「……はぁ、もういいよ。
当て馬らしく煽ろうとしただけだ。
喧嘩は終わりにしよう、だから僕のことをおじさんと呼ばないでくれ。」
勘弁してくれと両手を挙げて降参する古町を指差しながら霜井戸君は私へ話しかけてくれる。
「ほら会長、許す許さないは会長次第だ。」
「こんな老け顔無能婚約者、許さない方がいいわ。」
「……僕ってそんなに老け顔なのか?」
ショックを受ける古町、ふふんと満足そうな顔で私の返事を待つ可愛い私の後輩たち。
私はこの婚約者に帰れ、と言った。
霜井戸君が興味を持ってしまうから。
……でも、私の考えとは相反して、彼は私への悪い言葉を怒ってくれた。
少し考えてから、先ほどの考えを改めることにし、素直に気持ちを伝えた。
「……楽しい文化祭の日だもの。
皆に楽しんで欲しいわ、そこの婚約者も含めてね。
だから許してあげる、帰らなくていいわよ。だから、あまりいじめないであげてちょうだい。」
「えー……てか、名前なによ、こいつ。」
「古町小町、古い町に小さい町。」
「……じゃあ、ニコマチ!」
「は!?」
3人を眺めていると、霜井戸君が呼んでくれる。
「会長、みんなで一緒に回ろうぜ。
高菜とか園とか、明日も呼んでんだ。」
「——ええ。ありがとう、霜井戸君。
私、やっぱり貴方のことが好きだわ。」
「……脅しとかいつもの抜きなら、とても嬉しいよ」
「なら、次からは脅し抜きで伝えるわね。」
「いや、その、それは違う話っていうか……。」
好きでよかったと思わせてくれる貴方。
「七音もありがとう。」
「いいえ、会長が無能とかありえないですし。
本当目くり抜いた方がいいですよ、こいつ。」
優しい後輩。
——思ったより、私って恵まれていたのね。
「十中八九その目の下の隈のせいよ」
「僕の隈は、ストレスのせいだけれど?……何のことか分かりませんという顔をやめたまえ。」




